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夏と時代

作者: 4.2J

この物語はフィクションです

お初です。ふと思いついたので。








「お婆ちゃん、ここの景色、結構変わっちゃったよね。」


騒がしいくらいに青い川を遠目にし、軒下でカモメの頭上の群青を見ながらそう言った。


「そうかい?わたしゃそんなことないと思うけどねえ。昔となんら変わらない、美しい景色さ。変わっちまったのは時代だけだよ。」


そう言って祖母は手に持った湯呑みを顔に近づけた。風に揺られ、カラカラと鳴る鈴の音が耳を吹き抜ける。


「えー?変わっちゃったよ。昔はもっと緑とか山とかあったじゃん。私、15年しか生きてないけど、それでも分かるくらいだよ?」


澄み渡った海の水平線の向こうには、明日すら見えそうだ。


「そりゃお前さん、まだ15年しか生きてないからだよ。わたしゃあんたの何倍生きてると思ってるんだい。」


「んー...もう5倍くらい。」


「ご名答。よく出来た孫を持って、わたしゃ幸せモノだねえ」


「茶化さないでよ。」


音のずれた笑い声が優美な和音となって遠い山に響く。やかましいセミの鳴き声ですぐに消えてしまうのが勿体無いくらいだ。


結局、あの時の祖母の言葉がどういう意味だ

ったのかは分からなかった。祖母は別れ際に、


「大人になったらまた来なね。きっと分かるさ。ハタチで来たってしょうがないけどね。」


と微笑みながら言った。きっと私と同じくらいになったら分かるよ、ということだろう。ちょっと凝った言い回しにしようという魂胆が見え見えだ。


それから私はスレた灰色の街に戻った。

緑も祖母も無い風景にはもう飽き飽きしているのだが、そんなことも言ってはいられない。私は今15である。そうだ、多くの15に立ちはだかる壁、受験を乗り越えなければならなかった。

あまり勉強が好きではない私は、死ぬ気で勉強しなんとか第一志望の高校に入学した。多分、親の顔よりも見たであろう参考書、そして問題集は既にボロボロになっていた。


絵を取り扱う仕事に就きたかった私は、入学後、美術部へと入部した。ここの美術部は有名で、専門学校のようなことも学べる。その分、部費はかかるが、私立高校に行くよりは断然安い。


様々な絵の技法を学び、描き、意見を共有し合う。同じようなことを繰り返していたが飽きることはなく、ただただ充実した毎日を送っていた。


ある日、活動の一環として有名な美術館に行った。今の自分には到底描けなさそうな絵、努力すれば誰でも描けそうで、何故飾ってあるのかが理解不能な絵など、様々な絵が飾ってあった。


「なーんかつまんないっていうか...心が揺れないっていうか...」


そんな考えを床に零していたら、急に足が止まった。考えより先に足が止まったのだ。経験したことのないことに、心底驚いた。更に驚くことになることも知らずに。


顔を上げると、そこには一枚の風景画が飾っ

てあった。とても大きく、そしてとても美しい。

窓と間違えてしまうのも無理ないようなその絵は、瞬時に私の目と心を奪った。本当に素晴らしいモノと出逢った時、口が開いたまま塞がらなくなるみたいだ。身をもって実感したのだから間違いない。


その日を皮切りに私は、何かに取り憑かれたように風景画を描き始めた。他者からの賛美も、コンテストでの賞も沢山あった。だがそんなこと正直どうでも良かった。では何がしたかったのか。あの時みた景色、あの夏祖母の家で見た景色をなんとしてでも描きたかった。確かにあの時、昔とは変わってしまった、と残念がっていた。しかし、それでも、あの軒下から見える景色はまだ絶景だった。


時が過ぎるのは速いもので、何かに熱中すると1、2年なんていう短い間は瞬きをしている間に過ぎた。

その間に私は何百枚と風景を描いた。里帰りの日には、祖母と談笑しながらあの景色を描いた。その時も祖母は「変わったのは時代だけ。」と言っていた。


それからも日が経ち、遂に3年生の夏。

私はこの2年間で美大に進もうと決めた。


猛反対を覚悟で親に打ち明けたが、案外、すんなり受け入れてくれた。


「んー...凄くあっさり受け入れたけど、なんか裏とかあるんじゃないの?」


そう親に聞くのは、捻くれ者の象徴だ


「何変なこと疑ってんのよ。無いわよ裏なんて。ただちょっと絵画には縁があるからね。」


白く薄い蛍光灯の下で、アルバムをめくるように話す。


「えー?縁なんてあるの?だって母、絵下手じゃん。」


「失礼なこと言うわねアンタ。それに縁があるのは私じゃ無いわよ。」


「え?」


てっきり母に縁があるのかと聞いていたが、どうも違うらしい。かといって父は企業の正社員だし...


「縁があるのはアンタの婆ちゃんよ」



おそらく人生で二番目に驚いた。あんなに談笑していた割に、そんな話聞いたことは一度だってなかった。


「しかしアンタが風景画描くようになるとはね...私には似ないくせに婆ちゃんには似るのねアンタ」


なんと祖母も風景画を描いていたそうだ。隔世遺伝とはこういうことだろうか?違うだろうと片付けてしまうには余りにも惜しいか。


「まあ入ってもいいけど...婆ちゃん超えなかったらタダじゃおかないわよ?」


どうでもいい所で厳しいのは似なくて良かったと思う。...いや、私にとっては重要なことだったか、今になって思う。


それから私は受験に向けひたすらに絵を描いた。


今までとしていることは変わらないはずなのに、義務になった途端逃げ出したくなるのは人間の持つ先天性の病気なのだろうか。

折れそうになった時には以前帰った時に撮ったあの風景を眺めながら、それを完璧に描いている自分を思い浮かべてモチベーションを上げた。


そして受験が終わり、春。




私は念願の美術大学の門をくぐって、入学式に出席した。

合否が決まった時、喜びのあまり叫んでしまい、周りに白い目で見られたこと。今となっては淡くも良い思い出だ。


大学での授業は、かなり専門的なものになっていて、より一層絵に対しての興味が深まった。

これから厳しい世界に入り込んでいくぞという決心とともに、少しの不安も纏わり付いて来たが、お得意のどうにかなるさ精神で吹き飛ばした。ああ私の将来を考えていると微笑みが止まらないな、有名な画家になって世界に賞賛されて...


そんな考えの最中、一本の電話がかかって来た




祖母が亡くなった。

虚血性心不全だったようで、前日には久しぶりに絵を描いていたそうだ。


里帰りしてももういない。

もう隣に祖母はいない。

祖母も含めて綺麗だったあの風景はもう二度と生では見られない。

心が空の群青色に吸い込んでしまったのか、空は真っ白い水に覆われていた。


そこからは速かった。


時の進みが幼い頃の何倍にも感じるようになった。

ハタチ過ぎると人は時間の進みが速くなるらしいが、その時は多分、生きる気力を失ってしまっていたんだろう。生きる必要もないのに生きる、きっと屍よりもタチが悪かったと思う。


大学を卒業し、画家として生きていった。

初めは中々世に認知されることは無かったが、次第に評価されて行き、28を超える頃には有名な画家になっていた。

ここまで才能のある芸術家は他にいないとまで言われ、テレビなんかにも出演した。

一般の方と仲良くなり、結婚し、愛する娘も出来た。


それが本当に私のしたことか、と問われればそうとは言い切れない。

これが本当に私の望んだことだったか、と問われたら心からとは言い難い。

ただただそういった「事実」があっただけだ。


かなり時間は過ぎた。ちょうど私が還暦を迎えた頃か。

私に孫ができた。

孫も女の子らしく、男運が無いわね、なんて冗談を娘と交わしていたのを覚えている。


とても嬉しかった。

孫が増えたことも確かに嬉しかった。

ただそれ以上に、私の生きる意味が見つかったことが本当に嬉しかった。


15年が経ち、今私はもう75だ。


この数字には少し覚えがある。




そうだ

ちょうど60年前のこの時期

川のせせらぎが騒がしいこの時期

水平線の先に明日が見えそうなくらいのこの軒下で、頭上の群青に思いを馳せたあの時


私は祖母と談笑していた。




「ねえ、お婆ちゃん。ここの景色、前から結構変わっちゃったよね。ちょっと残念かも。」


「そうかい?私はそうは思わないよ。」


「えー?なんで?私でも分かるくらいだよ?」


「だって」


「だって?」


「ヒミツだよ。」




やっとあの言葉の意味が、分かった気がする。


ふと思いついて書いたので、心理描写や表現が上手ではないと思います。後半は特に。

なんか本文にお初とか書いてますねアホかな?

祖母が本当に美しいと感じていた景色は二人で並んでいる景色だったのかも。若しくは思い出補正ってやつですかね。

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