魔女の意思を継ぐ者
とある帝国の辺境の森に、1人の魔女が住んでいました。滅多に森から姿を見せない彼女は不老とも、不死だとも言われていました。確かに彼女の姿は、ここ300年程変わっていませんでした。不老の魔術を使っていたのです。しかし、彼女は決して不死ではありませんでした。
それでは、なぜ彼女は人の寿命の数倍もの年月を、生きているのでしょうか。それは、彼女の持つ魔力が膨大だったからです。魔力とは、つまりは生命力。膨大な魔力を持つ彼女は、生命力も膨大だったのです。
若い姿を保ち、軍をも凌駕すると言われる程の強い力を持つ彼女を恐れる者も多かったのですが、国王は知っていました。自分の治世を含め歴代の王も、度々彼女に助けられたことを。彼女が国のことを思っているということを。彼女が何度も世界を救っているということを、国王は知っていたのです。
魔女の住む辺境の森近くに生きる者達も知っていました。怪我をしたり、病んだ村人の存在を知ると、彼女は必ず助けにきてくれました。彼女が優しい心の持ち主だということを、村人達はみんな知っていたのです。
しかし、そんな彼女にも死期が迫ってきました。魔力の衰えは、彼女自身が1番わかっていました。自分の死期が近いことを悟った彼女は、国王と村人達に最後の手紙を書きました。手紙は必ず相手に届くように、使い魔達に配達を頼みました。
村人達には、すぐに届くように。国王には、わざと少し遅く届くように。
手紙を受け取った村人達が、魔女を心配して、森深いところにある彼女の住む小屋までやってきました。
彼女は手紙で頼んでいました。どうか子ども達を連れて来て欲しいと。村人達は、彼女の最後の願いを叶えようと、村の子ども達を全員連れて来ていました。
彼女はその子ども達の中から、自分の【力】や【知恵】を託せる2人の子どもを選びました。
彼女は子ども達に問いかけました。私の【力】を、【知恵】を受けとってくれるかと。2人の子どもは即答しました。『もちろん!』と。
その返事を聞いて、彼女は微笑みました。そして、数百年かけて培ってきた魔法の【力】を、勇気ある男の子に授けました。数百年かけて得た【知恵】を、心優しい女の子に授けました。
子ども達に力を授け終わった彼女は疲れたから横になりたいと言って、村人に付き添われて小屋に入りました。彼女はベッドに横になり、翌朝になっても目を覚ますことはありませんでした。彼女は安らかな最期を迎えたのです。
そこに、国王がやってきました。国王は、魔女の最期に間に合わなかったことを嘆きました。そんな国王に、恐れながらと村人が手紙を差し出しました。魔女から国王に宛てた手紙を預かっていたのです。
国王は手紙に飛びつきました。そこには、こう記されていました。
『貴方のことだから、私の死期が近いといったら、世界中を駆け巡ってでも、私を救う方法を探そうとするでしょう。貴方には、それを実行してしまう力もあるのだから。しかし、私は自分の死期に納得しています。私は充分過ぎる程に生きました。貴方には、わざと遅れて手紙を届けたことを許して下さい。無事に【力】と【知恵】とを、次代を担う子ども達に託すことができました。どうか彼等を支えてあげて下さい』
それは、国王のことを良く分かっている彼女だからこそ書けた手紙でした。確かに彼女が生きていたら、手紙に書かれていたようにしていたでしょうから。彼は決めました。彼女からの最期の願いを叶えることを。彼女から【力】と【知恵】を託された子ども達を、全力で支えていこうと決意したのです。
【力】を託された男の子は、成長して勇者になりました。膨大な魔力を持ち、世界の歪みを正していた魔女がいなくなったことで、また世界が綻び始めていたのです。彼は世界を救う為、村を旅立ちました。彼は多くの偉業を残しました。そして、いつしか勇者と呼ばれるようになったのです。
【知恵】を授けられた女の子は、成長して賢者となりました。魔女の住んでいた小屋に移り住み、魔女の愛した森と使い魔、動物達を守りながら、魔女が行っていた魔法の研究をすることにしたのです。彼女の研究で、世界はより住みやすくなりました。新しい魔法も生みだしました。そして、いつしか賢者と呼ばれるようになったのです。
魔女の意思は彼等に受け継がれました。彼等もまた最期の時には、魔女が彼等に力を託したように、次代の子ども達に力を託すことになるでしょう。そうして1人の魔女の意思は永遠に、世界へと受け継がれていくことになるのです。
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