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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第1章 出会い
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1-3

シャルナ・カバルディアは平民の子であった。平民といっても、城仕えが出来る程度には裕福な家の生れである。しかし、この御時勢、いくら裕福でも平民の侍官は肩身が狭い。

貴族のわがままを聞き、ちょろっとした仕事をこなせば給金がもらえると聞いて出仕したのに、その「わがまま」の内容はとんでもなかった。善良な人間だと自負するシャルナは、「花もち内乱」のときは早々に実家にこもっていたのである。

しかし、王太子が無事即位し、徐々に城も落ち着いてきたと聞けば、シャルナは生来の一途で生真面目な気質から仕事に向かわずにはいられなかったのである。


実質的な仕事はないに等しい。

そもそも侍官は王の補佐と世話が仕事である。現王は臥せっているし、平民育ちという王太子はまだ執務のしの字も知らない若造だという。

加えて王太子の世話は高位貴族出身の侍官が奪うようにして行っている。

きっと王太子に媚をうるのであろう。王にもそうしたように。

おかげでシャルナの周りも少しは静かになっていた。

平民の侍官同士、細々とした、してもしなくても変わらないような仕事をこなしてしまえば、後は自由である。シャルナは同僚に挨拶し、第三図書館に向かった。この図書館にはめったに人が来ないし、蔵書も豊富である。シャルナの絶好の休憩スポットであった。

くすねてきた茶葉で自分のためにお茶を入れる。

「完璧だ。なんていい香り!」

お茶入れの腕を自賛していると、くすくすと小さな笑い声が聞こえた。

はっとして振り向くと、鮮烈な赤毛が窓から差し込む光に照らされてより一層鮮やかになるのが見えた。

上機嫌に鼻歌を歌いながらお茶を入れる姿を他人に見られ、気恥ずかしい思いをしたシャルナは、鼻の頭をかきながら、先客に向かって苦笑してみせた。

先客はやわらかい微笑を返してきた。まだ13歳かそこらの少年だった。

「確かに、君が上機嫌になるのも分かる。こんな人気のない図書館にあるような茶葉じゃないね」

ばれてる。

嫌味な言い方だが少年の愛嬌のある顔は楽しげに微笑んだままだ。

シャルナはごまかすように笑い声を上げた。

「いやあ、ちょっとした休憩にはそれなりのお茶をと思いまして」

少年はふっと息を吐くような笑い声をもらした。

どこの子どもだろうか。

身なりも上等だし、結われていない髪は肩に垂れて彼の顔に陰を作っていた。

貴族の子、だろう。

それにしては窓枠に無造作に腰掛けていたり、下っ端侍官に随分気さくに話しかけてきたりしているが。

「えっと、その、あなたはどちらの家の御子息ですか」

シャルナは少し緊張した様子で少年に話しかけた。

「どちらの家ね。そうだな、それじゃあ、ケルディナ侯爵の家の息子」

少年のとってつけたような言い方に、シャルナは目を丸くした。

ケルディナ侯爵は若い。それにまだ息子どころか、妻もいないと聞く。

しばらくしてそれが少年の嘘だと気づく。言いたくないことだということも。

「そうですね、あなたは、ケルディナ侯爵の御子息でした」

「君はお人好しだね」

どきりとした。

目を細めじっとこちらを見る少年は、シャルナの返答を待っているように見えた。

「よく、そう言われます」

シャルナはそれだけ伝えた。

少年はシャルナに可愛らしく笑いかけた。

「今度あったら、君のお茶をごちそうになろうかな」

少年は、呆然としたシャルナの横をしなやかな猫のように通り過ぎ、小さく手を振って図書館を出て行った。

分厚い本は出したまま、窓も開いたままだった。

シャルナは本をもとの位置に戻し、少年が座っていた窓際に近寄ってみた。

少年が眺めていたと思われる景色は、シャルナにとって特に見るべきものはなかった。

いつもどおりの景色であった。

せっかくのお茶は茶葉をいれたまま放置していたので、飲めたものではなくなってしまっていた。


少年には度々会った。

いつも窓際に腰掛けて、分厚い本を読むか、ぼんやりと外の景色を眺めていた。

その少年は、シャルナがお茶を入れると、きちんと礼を言って美味そうに飲んだ。

「いつも本をよんでいらっしゃいますね。何か調べ物ですか」

シャルナはいつ会っても気安い少年の態度にすっかり気を許して、彼と世間話のようなものをする仲になっていた。

「調べ物…といえば、そうかもね。僕の知るべきことは、たくさんありそうだ」

少年はいつもこのような物言いをする。

曖昧で、気の抜ける言い回しを。

「僕は全然駄目なんだそうだ。だから、何もしなくていいってケルディナ侯爵は言ってたな」

少年は呟いた。

「あの、お寂しいんですか」

思いつきで声をかければ、彼は軽く目を開いて、驚いたような顔をした。

「寂しそうにみえます」

少年は声を上げて笑った。

「そうだね。うん。寂しいのかもしれない。僕には味方が少ないし、役立たずのようだから」

少年は本を閉じて、伸びをした。

「寂しいときはどうしたらいいと思う?」

いつも聞き役に徹していた少年からの質問に、シャルナは誇らしげな気持ちになって答えた。

「お茶を飲みます。一緒に飲んでくれる仲間がいるといいですね。他愛もない話をして、大口を開けて笑うのが一番です」

少年はテーブルの上に準備された一揃えのティーセットに目を向けた。

「なるほど」

感慨深げに呟いた彼は、ならこんなところでじっとしているわけにはいかないな、と呟いた。

シャルナは立ち上がった彼を不思議そうな顔で見た。

「どちらへ?」

シャルナに背を向けて歩き出した彼は、顔も向けず、しかし、はっきりと言った。

「茶飲み友達を探しに」

どうやら君は僕と一緒にお茶を飲んでくれるわけではないようだから。

ティーカップは二つあった。

これまでシャルナは二つ目のカップにお茶を注いだことは一度としてなかったのである。



少年は図書館に姿を見せなくなった。

シャルナがどの窓際を見ても、本棚と本棚の間を探しても、決して見つけられなかった。

ふと少年が座っていた窓際から、外を眺めてみた。

何も変わらない、いつもどおりの城の景色だった。

温厚でおおらかなシャルナは、しかし、その景色が気に食わなくて仕方がなかった。

初めての癇癪を起こして、テーブルに八つ当たりをした。

完璧に整えられたティーセットは床に落ちて、粉々に砕けた。

お茶の入ったティーカップを二つ用意していたのに。


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