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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第3章 始動
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2-4

混乱ここに極まれりといった様である。

今にも殴りかかられんとしていた王が鳴らした鈴が合図となり、拘束用の魔法具が発動すると同時に、騎士が乱入してきた。

あちこちから怒声と罵り声、甲高い悲鳴と鈍い打撃音が聞こえる。

出入口はあっという間に封鎖され、ある者は押し倒され、ある者は拘束され、そしてある者は……保護されていた。

リティニウスの思考は完全に停止した。

テデリウスの思考も停止していた。

「デュルベ公爵様、ケルディナ侯爵様、こちらへ、お早く」

失礼いたします、と言いながら、強い力で無理やり二人の腕を引っ張っていく男は、全く見覚えのない人物であったが、正装していた。

「……お前……これは……何が」

「混乱されていらっしゃるのは分ります。しかし、全ては王の命令です」

「……王の……命令?」

男は回廊を横切り、大ホールにリティニウスたちを押し込んだ。

場違いなほど優雅に整えられた会場であった。それこそ、これから舞踏会でも始まるのかとさえ思ってしまいそうなほどに。

そこには、トゥルティン子爵……否、新ペリラント伯爵を始めとして、先ほど名を上げられていた貴族たちとその家族が続々と集められていた。

男は一礼し、すぐ、部屋を出て行ってしまった。

事態を飲み込んだのはテデリウスが先であった。

彼は垂れた目じりを精一杯釣り上げ、困惑と不安にあふれたこの部屋で、唯一にやにや笑いを浮かべるベルに詰め寄った。

「トゥルティン子爵、これは何ごとだ!」

「お言葉ですが、デュルベ公爵。わたくしは先ほどから、ペリラント伯爵ですよ。しかし、気軽にベルとお呼びください」

ふざけた物言いに、テデリウスはますます不快感を表した。

リティニウスは無表情の下で今だ混乱し続けていた。

リティニウスの混乱を悟ったのだろうか、ベルはにんまりと笑みを深めた。

「わたくしが説明する必要もありませんよ。もうすぐ、ご本人がいらっしゃるでしょうから」

さあ、お茶でも飲んで待っていましょう。

給仕をしている侍官に茶をサーブしてもらうベルにならい、多くの貴族たちが混乱状態のまま用意された軽食などに手をつけはじめた。

リティニウスは用意された長いすに腰掛け、混乱を収めようと深く息をすった。

テデリウスはベルを睨みつけたまま、しばらくその場を動かなかった。

しかし、ベルが何も話さず黙っていれば、テデリウスは顔を逸らして、リティニウスの横に腰掛けた。

「決定的だ。あの子は、最低限の貴族を残して、後は全て排除するつもりなのだ」

そうなのだろうか。

リティニウスの優秀な頭をもってしても、ユーリウス王の真意は分らなかった。



全ての始まりは、三年にわたる視察である。

ユーリウスはあの視察の間、民の様子よりも、その領地の統治体制と、犯罪あるいは不正行為を注意深く観察していた。

長い間王家が無視し続けていた各領地の有様は、一目瞭然であると同時に、王家からの干渉に対して無警戒であった。ユーリウスにとっては都合の良い状況であったが、深く失望したのも確かである。

彼らは「どうしようもない」ところまできていた。それこそ、手のうちようがないほどに。

そしてユーリウスは旅の道中でベルと「祭り」を計画しつつ、密かに領主の査定を行っていた。

どんな領主がどんな目的を持って、どんな統治をしているのか。

噂程度のものしか手に入れられなかったが、それで充分だった。

ユーリウスの疑心を確信に変える仕事は、リュゼたちに任せた。

リュゼのような人間の横のつながりは国を横断できる。

官吏になるための学問をしながら、現状の把握と不正の証拠集め、雇った傭兵やならず者たちにいたるまで、細かに調べ上げてくれたのはさすがとしか言いようがない。

ユーリウスとベルが王都で祭りを開き、城門を開放したのは、内乱で沈んだ民を元気付けることを建前とした組織改革の準備のため、とリティニウスには伝えたが、その究極の目的は、官吏でなかった彼らに自由に王城内をうろつかせることである。

さらに言えば、貴族たちが貴族街や王城に隠した「秘密」を暴いてもらうためであった。

成果は上々で、ユーリウスの寝台の下に隠した書類も着実に増えていった。

その書類とは、つまり、貴族の不正の調査書である。

抜け目なく正確なその調査書に従って、ジルベウス率いる近衛騎士団が密かに「共犯者」を捕まえ、ベルの息がかかった刑部の官吏が尋問し、言質まで取っている。

処罰するには充分すぎるほどの条件が整っていた。

ユーリウスは、けれど、それで満足しなかったのである。

急がなければならないと主張するベルに対し、まず法律の明文化を進めるよう命じた。

各地に散らばっていたリュゼの仲間たちの時間稼ぎのためでもあったし、『処罰』の大義名分を得るためでもあった。

邪魔だから殺すのではない。既存の「法」に反したから罰する。そう言い訳ができるように。

ベルには、時間をかけてまでやるべきことではないと言われたが、ユーリウスは譲らなかった。

決まりは明瞭かつ絶対的でなければならない。誰の目にも明らかでなければ、言い逃れされてしまう。

ユーリウスの説得に渋々応じたベルはすぐさま手をうった。

まずは王と法の絶対性を認めさせ、貴族たちが不審に思わないように、誰にも納得できる決まりから順に文章化していった。予想より早く進んだことは、ベルも不審に思ったようだったが、止まるわけにはいかなかった。

一番難題となるのは貴族に関する法だと分かり切っていた。

ユーリウスは、かつての名残を残したまま「貴族」と「官吏」の別を理解できてない者に容赦ない現実を見せつけ、彼らを法の下に縛った。

そして、リュゼたちから寄せられた情報を下に、国にとって、王にとって、害がない、あるいは利となる統治を行える領主を新たに選びつつ、「どうしようもない」腐敗貴族を法の下で断罪する。

腐敗貴族の逮捕を一斉に行うため、シャルナに貴族を誘うような噂を流してもらいながら、召集令状を発布する。

爵位につられてやってきた「犯罪者」を、会場に紛れ込ませた監察官と騎士で拘束し、逮捕する。

それが、ベルとユーリウスが練った策の全貌である。

国を立て直すための大きな一歩、それは、ユーリウスが即位してから今日に至るまでの、八年がかりで踏み出されたものだったのだ。


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