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王の姿はいつもと何ら変わりなかった。
緩く結われた派手な赤髪、愛嬌のある目じり、柔らかく弧を描く唇、広く開いた襟元から見え隠れする花。急遽設けられた台座の上に座り、居並ぶ貴族たちを見渡している。
王の背後では、侍官たちが巻物を携えており、さらにその後ろで、近衛騎士が会場に目を光らせていた。
「急な命令であったが、皆が集まってくれたことを嬉しく思うよ。ありがとう、皆」
王の第一声は穏やかだった。
「知っている者も多いだろうけれど、先の議会で、規律を明文化するという作業を終えることができた。君たち貴族に関わることも、全て明らかにすることができた」
会場にいる貴族は官吏である者もいれば、そうでない者もいる。
この王が内部改革を行うまで、この城を我が物顔で闊歩し、そして、追い出された者もこの場に集められていた。
「君たちに来てもらったのは、他でもない。先の議会で決定されたこと知らせるためだ。君たち貴族全員に関係することだから、このような形をとらせてもらった。狭苦しいかもしれないが、我慢してくれるかな」
王の言葉が届き、会場に密やかな声が広がっていく。
「やはり……あの噂は本当だったのだ」
「ああ、陛下が爵位の変動を考えているとのことだったが、まさしくそうだ」
「先の内乱で空位になった侯爵家や伯爵家もあることだしなあ」
「ずっと申し上げていただけの甲斐はあった」
「そうだろうとも。内乱も落ち着き、すでにかなりの年数が経っているというのに、爵位に関して王はいつまでも保留にしておりましたからな」
「しかし、王にとっては内部の改革が優先事項だったのでしょう。高位貴族がいないうちにとお考えになったのでは」
「あの王にそこまでの思慮があるものか。おそらくは、子爵のくせに王に媚を売っているあの男が……」
「なるほど確かに……」
ざわざわとした囁きが自然と収まるまで、王はただ微笑んでいた。
爵位の変動、自分の爵位が上がるかもしれないという期待を胸に宿したものが、王の言葉を聞き漏らさぬようにと、口をつぐんでいく。
貴族たちの緊張と期待を一心に向けられた王は、一つ頷き、後ろの侍官を振り返った。
「シャルナ・カバルディア、読み上げよ」
「かしこまりました」
侍官は手にしていた巻物を広げ、声を張り上げた。
「我が国の爵位は、以下の六階級となす。一の位、大公。王となりえない花もちに与えるものとす。二の位、公爵。王家傍系の血族、また、花もちではない王直系に与えるものとす。大公、公爵は王の血脈に依存すべし。三の位、侯爵。建国の時より忠誠を王家に捧げ、永遠の隷属を誓った、最も古き血を受け継ぐケルディナ、ピーニッヒ、テドレナールの名に相応しき者に与えるものとす。四の位、伯爵。我が国の歴史において、王に尽くし、国に利をもたらすイブソナ、アルテティア、シュルティナ、ペリラント、ロンダートの名に相応しき者に与えるものとす。五の位、子爵。公・侯・伯に従い、王に身と心を捧げる15の名を認める。六の位、男爵。民の声を聞き、王に血と肉を捧げる27の名を認める」
高位貴族の数に変更はないが、、子爵と男爵は、その数をかなり減らしていた。
現子爵、男爵が目に見えて動揺しはじめる。
「また、」
と、侍官は一層声を張り上げた。
「侯・伯・子・男の家名を名乗るものは、当主とその妻、その直系の子どものみとする」
小さな悲鳴が上がり、会場がざわめきに満たされた。
信じられない、そんな馬鹿な、という言葉があちらこちらから聞こえていた。
貴族の家名が名乗れないということは、すなわちそれは貴族ではないということだ。
現状では当主の両親は勿論、兄弟や親戚まで貴族としてここに集まっている。
『貴族を自負するもの』とはつまり、新たに『貴族』として認めることはできない者に、その事実を伝えるための、口実だったのだ。
「すでに授爵、除爵されるものは決定している。これは、王である私と、この国の上位官の総意であると心得よ」
悲鳴やざわめきをものともせず、よく通る声で王は断言した。
王の視線を受けて、侍官があらたな巻物を広げ、声を張り上げる。
「大公、おられず。公爵、先々代国王弟君のご子息、テデリウス・トゥティット・デュルベ・バローナ様。侯爵、当代ケルディナ領領主、リティニウス・ファッジ・ケルディナ様、当代ピーニッヒ領領主、ザカリウス・ルルケ・ピーニッヒ様、前テドレナール侯爵四男のご子息、シリウス・スティッツア・テドレナール様。伯爵、現イブソナ領領主、ベリウス・トトラ・イブソナ様、現アルテティア領領主、セルテウス・ベン・アルテティア様、現ロロキア子爵改め、ダブリウス・ロロキア・シュルティナ様、現トゥルティン子爵改め、ベルラリウス・トゥルティン・ペリラント様、現ロンダート領主のご子息、タリウス・ディーン・ロンダート様。子爵、……」
全ての名が読み上げられるまで、広間のざわめきは収まることがなかった。
静寂が会場を包んだ次の瞬間、声が爆発した。
「こんな横暴認められるわけがない!!」
「陛下! 何故わたくしが除爵されるのですか!」
「歴代の王に認められた由緒ある貴族を、何の権利があって放逐するというのか!」
「王家は我らの忠誠を何だとお思いか!」
「お前のような若輩の王に、何故我々が除爵されねばならぬ!!」
礼儀も形だけの敬意も投げ出した、心からの叫びであった。
血気盛んなものは、台座に乗りあがり、ユーリウスに殴りかかろうとさえしていた。
ユーリウスは妙に冷静な思考で、この広間の混乱を眺めていた。
冷静ぶって、と言うほうが正しいのかもしれない。
この時ユーリウスは自分が何者なのかさえ良く分らなくなっていた。
ジャック、王太子、ユーリウス、王、暴君……“ユーリウス”という一人の人間が意識的に生み出した、いくつもの仮面がごちゃごちゃになって、“ユーリウス”にも手に負えなくなっていた。
けれど、“ユーリウス”は、事前に決めていた通り、手もとのベルを二度、鳴らした。
ちりん、ちりん。
ユーリウスは白い思考のなか、やけに甲高い音をただ静かに聞いていた。