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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第3章 始動
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2-2

何かがおかしい。何かを見逃している。

リティニウスは議会の記録を抱えて、保管庫に向かっている途中であった。

この国の規律――王が言うところの『法律』は、明文化された後、厳重に管理された保管庫に収められる。

誰かが入れかえたり、書きかえたりしないように、契約書などに用いられる特殊なインクで書かれ、保管庫の扉には金庫と同じ種類の魔法具が使われている。

保管庫自体が魔法具であり、その鍵も普通の鍵とは違うので、その保管の仕方は鍵を持つものしか知らない。また、鍵を管理できるのは、三省の長官と王の地位にあるものだけである。

ユーリウス王がこの『法律』にどれほどの慎重さをもっているか分るというものだ。

だが。

「……何か、変だ」

王がやたら「貴族」と「官吏」の別を説いていた先月頭の議会。

「貴族」の権利と義務を定めた終えたつい最近の議会。

何か妙にひっかかるのだが、それが何か分らず、リティニウスはずっと苛々しっぱなしである。

おのれ、狐め。

リティニウスにとって、あのベルとかいう男は危険極まりない男だった。

ユーリウス王は騙されているのではないだろうか。あんな思考も感情も読めない男を信頼するなど。

もしこの場にユーリウスがいたならば、彼に言っただろう。

分かりにくいのは、君のほうではないかな、と。

「ケルディナ侯爵様! 緊急のお知らせが!」

大声に思考を中断されたリティニウスは、眉をしかめて振り返った。

リティニウスの部下、尚書省副官が険しい顔をしてこちらに寄ってきていた。

「何ごとか」

「それが……陛下が、臨時議会を開くと」

「臨時議会? 議会はつい五日前に終了したばかりだ」

いえ、それが、と男が口ごもった。

「何でも、『己を貴族と自負する者をこの国中から集め、城に招け』とのことです」

リティニウスは違和感に眉間のしわを深めた。

「国中の貴族を集めるなど、陛下は戦争でもするおつもりなのでしょうか」

「何?」

「全貴族の一斉招集など、はるか昔帝国との戦争以来、一度もございませんでしたから」

「陛下が帝国との戦争を企てていると? 馬鹿らしい。断じてあり得ぬ」

「それではなぜ、国中の貴族をお集めになるのです?」

リティニウスは一瞬黙った。

「陛下には陛下のお心積もりがある、ということだ。我らが詮索することではない。ただ命に従え」

男は不服そうな顔をしながらも、かしこまりました、と慇懃に答えた。

男が去るのを見送って、リティニウスは眉間に深いしわを刻んだまま再び歩き出した。

「『己を貴族と自負する者』か……駄目だ、分らない。何だ、この妙なひっかかりは」



約半月かかって城に集められた貴族の数は、途方もなかった。

爵位を持つものとその家族、親族がこぞってこの場にいるのだ。城で一番大きな広間をもってしても、収まりきることはない。そのため、いつもは閉じられている扉を開放し、四部屋をつなげて、大きな一つの会場としているようである。

それでも、身動きが取れないほどの狭さである。

贅沢に慣れた貴族たちが、あちこちで不満の声をもらしていた。

「私は多くの貴族と知り合いだと自負していたけれど、まさか、この国の貴族がこれほどいたとはね」

官服ではなく、舞踏会や晩餐会に使用する正装をまとったテデリウスの言葉である。

リティニウスは頷いた。

「まさか、まだ成人していない子どもさえ対象とは思いませんでしたが」

『貴族を自負する者』という曖昧な召集令状では、それも間違いではないのだろうが。

「本当に……皆が王の命令に素直に従っているという事実にも、驚いているがな」

テデリウスの言葉と表情には苦味がにじんでいた。

「デュルベ公爵、あなたは今回の陛下の命を、どのように考えておいでなのですか」

「知ったことか。あの子の生れは下賤なものだ。私たち貴族には到底理解できるものではないのだろう」

テデリウスのその言葉に、リティニウスは目を見張った。

少なくとも彼は、このような言葉遣いをする人ではない。

加えて、彼はユーリウス王に協力的であったはずだ。

それなのに。

「驚いているのか、リティニウス。けれど、それも仕方なかろう。私は、あのユーリウスが、昔のユーリウスのようには思えない」

昔の、謙虚で身の程をわきまえた、思慮深き王には思えないのだ。

テデリウスの視線は鋭かった。

「……デュルベ公爵……」

「ユーリウスは我々を貴族を排斥しようとしているのだ、気づいているだろう? しかし、それになんの意味がある? 脳ある平民は今だおらず、官も少ない。その上で、さらに貴族を排すると? それはただの自滅だ」

リティニウスには答えられなかった。

確かにユーリウス王は貴族を排斥しようとしている。

けれど、それは腐敗貴族という膿を出すために致し方ない手段であることも確かであった。

「当然、一部の貴族がこの国を貪っていることは私も知っている。しかし、それを危ぶんで一掃したところで、そんな暴君に誰がついていく?」

「……陛下は貴族を排したその先に、何かを見据えているのではありませぬか」

テデリウスは怪訝そうに眉をしかめた。

「何だ、それは?」

「いえ……確信のあることではないのですが」

貴族を排したいだけであれば、テデリウスやリティニウスを国の中枢に据えるはずない。

いくら人材不足といえど、大貴族が国の中枢にいる。

これは、ユーリウス王が貴族を取り立てている何よりの証拠ではないのか?

それに、いくら『法律』の拘束力があるといっても、限度がある。

リティニウスはすでに法の穴を見つけている。

おそらく、他の貴族たちも少なからず気付いているはずだ。

法に従いながらも、貴族として自分の領土を占領しつつ、国の財を貪る方法はないわけではない。

トゥルティン子爵に分らないはずがない。

それほどには、リティニウスは彼の才を認めている。

だからこそ、今回の一連の出来事は、もっと別の目的があってのことだろう。

それに、

「リティニウス、どうした?」

テデリウスの心配そうな声に、リティニウスははっとした。

「いえ、何でもありません。失礼いたしました」

リティニウスはぐっと唇をかみ締めて、前を見据えた。

王の入室を告げるベルが鳴る。会場が静寂に包まれる。

それに、リティニウスは、ユーリウス王のあの願いを、忘れてはいない。

『どうかこの花をもっていてほしい』

あの言葉の意味を、改めて考え直すべきなのかもしれない。

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