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王の言葉は明らかに貴族をないがしろにするものであった。
そんなユーリウスの態度に、テデリウスは驚愕し、ひどく失望した。
テデリウスにとってユーリウスは唯一の血縁だ。
可愛がってやりたいし、彼の行く末を応援したいと思っている。
しかしそれは、彼が王という立場に真摯に立ち向かうならば、の話しである。
ユーリウスは自身の権力の重さを自覚していたからこそ、自らを法の下におき、管理しようとしたのではなかったのか。
テデリウスはその思慮深さに感心していたのに、今、彼は王としての権力を振りかざし、全てのものの上に立とうとしている。
それでは何の変革にもならないと、聡いユーリウスは理解しているだろうに。
「……つまり、陛下は我らの忠誠を信じられぬということですかな。それとも、わざわざ国から見張りを出さねば、我らを制御しきれぬと?」
静かに反論したのは中書省の長官であり、あのトゥルティン子爵の上位官であった。
彼は王の弱点をついたという顔で喜んでいるようだったが、テデリウスはむしろ悲しかった。
つまり、ユーリウスはテデリウスたちを何一つ信じていないのである。
確かにこの国を腐敗に向かわせているのは貴族だ。それは認めよう。
けれど同時に、ケルディナ侯爵やテデリウスのように、ユーリウスに従ってこの国を再建しようと励むものがいるのも事実。
テデリウスはフロテティーナの伝統的な貴族の一員である。
そしてこの城に勤める貴族もまた、古から続く由緒ある家系のものたちである。
彼らの誇り高く、気高い心得を知っているからこそ、ユーリウスの態度には悲しみと怒りを抱かずにはいられない。
我々が貴族というだけで排斥されるというのならば、それは、身分違いというだけで平民を排斥する下等な貴族と同じことを、ユーリウスがするつもりだということだ。
そんなことを許せるはずがない。
テデリウスは挑むようにユーリウスを見つめていた。
「どうやら、君たちと私の話はかみ合っていないようだね」
広間はしばし沈黙した。
唐突な話題転換に、誰もがユーリウスの真意を測りかねていた。
「官吏として不正を犯したものを、どう処罰するかという話しだったね。名の挙がったものは権威ある貴族であるから、貴族としての権利を優先し、彼らを優遇すべきだと君たちは言うけれど、これは断じて否だ。さっきも言ったけれど、この城で働くものは等しく官吏という枠に収まる。そこに貴賎の別はない。けれど、君たちは貴族として、それを許せないというのだろう?」
違うかな、とユーリウスは首を傾げた。
何となく都合よく言い換えられている気がするが、間違ってもいないので、奇妙な思いを抱えたまま、曖昧に頷きを返すものが大半だった。
テデリウスは違和感に眉をしかめた。
「けれどね、この国にはすでに、最高権力者が王であるという法がある。そして、この国の全ては王のものであるということもまた、法に記されている。これは王である私でも変えることのできない決まりとして、つい一年前に成文化された」
テデリウスははっと目を見開いた。
急いでトゥルティン子爵を見れば、彼は鼻歌でも歌いそうな陽気さで、笑ってみせた。
リティニウスを見れば、彼もやはり気づいたようだ。
驚きのあまり、ユーリウスとベルと交互に見比べ、挙動不審になっている。
リュゼという男に視線を移すと、彼は小さく拳を握っているようだった。
流石は選ばれた高官たちというべきか、皆、次々に王の心に気付き、次の瞬間には唖然とした顔でユーリウスを見上げていた。
「こと政に関しては、王と官吏は法と種々の規律の下に強く戒められている。これらの決まりを最終的に承認し、明確に記したのは君たち官吏だ。そして今、その官吏たちは己が貴族だからという理由で、定められている政のあり方に抗議している」
ユーリウスは頬を支えていない手の指で、こつこつと卓を叩いた。
「これは、つまり、どういうことなのだろうね?」
ユーリウスはにぃっと唇を釣り上げ、一言の反論も許さぬまま言葉を続けた。
「政に口をはさめるのは、官吏だけだ。そして、官吏は政を行う上で、貴族の領地に踏み込むことを公的に認められている。これは、政の基盤となる法にも確かに記されていることだね。そして、その法の下にいない貴族たちが、どうして政の在り方に文句が言えるのかな?」
ユーリウスはずっとこれだけを狙っていたということだ。
官吏と貴族をはっきり分けたのも、政に関する規律を次々と成文化していったのも、不正官吏の処分に関する議論ですら、たったこのためだけに演出されたこと。
テデリウスを含め、多くの高位貴族をはぐらかし、騙し、挑発して、その身の奥底にたった一つの事実を刻み付けるためだけに、彼は四年もの歳月をかけたのだ。
「貴族の権威や権力なんて、ここでは何の意味もないんだよ」
つまり、「貴族」はすでに国政から排斥されいて、そのうえ、王は「貴族」を徹底的に追い詰める手段を有しているという事実を。
周到に用意された謀略である。
「貴族」であり、「官吏」であることが当たり前だったテデリウスたちに、彼は選択を迫っているのである。
「貴族」である自分を捨て、法に戒められながら、「官吏」として政に携わるか。
「官吏」である自分を捨て、国の監視を受けながら、「貴族」として自領に引きこもるか。
それとも、法の下にくだり、「貴族」でありながら「官吏」を続けるのか。
「…………陛下、」
呟いたのは誰だったのだろうか。それは、ほとんどうめき声のようであった。
「また話しがそれてしまったね。いい加減、審議に入ろう。この21名の処遇を如何にすべきか、皆どう思う?」
しっとりとした、穏やかな声であった。
けれど彼の瞳は油断ならない光を宿して、テデリウスたちを見下ろしていた。
テデリウスにはある予感が横切った。
残酷で、容赦のない未来の予感である。
思慮深く優しき王にはできるはずがない、いや、そう願いたい未来の話しである。




