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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第3章 始動
37/42

1-7

王の言葉は明らかに貴族をないがしろにするものであった。

そんなユーリウスの態度に、テデリウスは驚愕し、ひどく失望した。

テデリウスにとってユーリウスは唯一の血縁だ。

可愛がってやりたいし、彼の行く末を応援したいと思っている。

しかしそれは、彼が王という立場に真摯に立ち向かうならば、の話しである。

ユーリウスは自身の権力の重さを自覚していたからこそ、自らを法の下におき、管理しようとしたのではなかったのか。

テデリウスはその思慮深さに感心していたのに、今、彼は王としての権力を振りかざし、全てのものの上に立とうとしている。

それでは何の変革にもならないと、聡いユーリウスは理解しているだろうに。

「……つまり、陛下は我らの忠誠を信じられぬということですかな。それとも、わざわざ国から見張りを出さねば、我らを制御しきれぬと?」

静かに反論したのは中書省の長官であり、あのトゥルティン子爵の上位官であった。

彼は王の弱点をついたという顔で喜んでいるようだったが、テデリウスはむしろ悲しかった。

つまり、ユーリウスはテデリウスたちを何一つ信じていないのである。

確かにこの国を腐敗に向かわせているのは貴族だ。それは認めよう。

けれど同時に、ケルディナ侯爵やテデリウスのように、ユーリウスに従ってこの国を再建しようと励むものがいるのも事実。

テデリウスはフロテティーナの伝統的な貴族の一員である。

そしてこの城に勤める貴族もまた、古から続く由緒ある家系のものたちである。

彼らの誇り高く、気高い心得を知っているからこそ、ユーリウスの態度には悲しみと怒りを抱かずにはいられない。

我々が貴族というだけで排斥されるというのならば、それは、身分違いというだけで平民を排斥する下等な貴族と同じことを、ユーリウスがするつもりだということだ。

そんなことを許せるはずがない。

テデリウスは挑むようにユーリウスを見つめていた。


「どうやら、君たちと私の話はかみ合っていないようだね」

広間はしばし沈黙した。

唐突な話題転換に、誰もがユーリウスの真意を測りかねていた。

「官吏として不正を犯したものを、どう処罰するかという話しだったね。名の挙がったものは権威ある貴族であるから、貴族としての権利を優先し、彼らを優遇すべきだと君たちは言うけれど、これは断じて否だ。さっきも言ったけれど、この城で働くものは等しく官吏という枠に収まる。そこに貴賎の別はない。けれど、君たちは貴族として、それを許せないというのだろう?」

違うかな、とユーリウスは首を傾げた。

何となく都合よく言い換えられている気がするが、間違ってもいないので、奇妙な思いを抱えたまま、曖昧に頷きを返すものが大半だった。

テデリウスは違和感に眉をしかめた。

「けれどね、この国にはすでに、最高権力者が王であるという法がある。そして、この国の全ては王のものであるということもまた、法に記されている。これは王である私でも変えることのできない決まりとして、つい一年前に成文化された」

テデリウスははっと目を見開いた。

急いでトゥルティン子爵を見れば、彼は鼻歌でも歌いそうな陽気さで、笑ってみせた。

リティニウスを見れば、彼もやはり気づいたようだ。

驚きのあまり、ユーリウスとベルと交互に見比べ、挙動不審になっている。

リュゼという男に視線を移すと、彼は小さく拳を握っているようだった。

流石は選ばれた高官たちというべきか、皆、次々に王の心に気付き、次の瞬間には唖然とした顔でユーリウスを見上げていた。

「こと政に関しては、王と官吏は法と種々の規律の下に強く戒められている。これらの決まりを最終的に承認し、明確に記したのは君たち官吏だ。そして今、その官吏たちは己が貴族だからという理由で、定められている政のあり方に抗議している」

ユーリウスは頬を支えていない手の指で、こつこつと卓を叩いた。

「これは、つまり、どういうことなのだろうね?」

ユーリウスはにぃっと唇を釣り上げ、一言の反論も許さぬまま言葉を続けた。

「政に口をはさめるのは、官吏だけだ。そして、官吏は政を行う上で、貴族の領地に踏み込むことを公的に認められている。これは、政の基盤となる法にも確かに記されていることだね。そして、その法の下にいない貴族たちが、どうして政の在り方に文句が言えるのかな?」

ユーリウスはずっとこれだけを狙っていたということだ。

官吏と貴族をはっきり分けたのも、政に関する規律を次々と成文化していったのも、不正官吏の処分に関する議論ですら、たったこのためだけに演出されたこと。

テデリウスを含め、多くの高位貴族をはぐらかし、騙し、挑発して、その身の奥底にたった一つの事実を刻み付けるためだけに、彼は四年もの歳月をかけたのだ。

「貴族の権威や権力なんて、ここでは何の意味もないんだよ」

つまり、「貴族」はすでに国政から排斥されいて、そのうえ、王は「貴族」を徹底的に追い詰める手段を有しているという事実を。

周到に用意された謀略である。

「貴族」であり、「官吏」であることが当たり前だったテデリウスたちに、彼は選択を迫っているのである。

「貴族」である自分を捨て、法に戒められながら、「官吏」として政に携わるか。

「官吏」である自分を捨て、国の監視を受けながら、「貴族」として自領に引きこもるか。

それとも、法の下にくだり、「貴族」でありながら「官吏」を続けるのか。

「…………陛下、」

呟いたのは誰だったのだろうか。それは、ほとんどうめき声のようであった。

「また話しがそれてしまったね。いい加減、審議に入ろう。この21名の処遇を如何にすべきか、皆どう思う?」

しっとりとした、穏やかな声であった。

けれど彼の瞳は油断ならない光を宿して、テデリウスたちを見下ろしていた。

テデリウスにはある予感が横切った。

残酷で、容赦のない未来の予感である。

思慮深く優しき王にはできるはずがない、いや、そう願いたい未来の話しである。


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