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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第3章 始動
35/42

1-5

広間の動揺は瞬きの間に落ちついてしまった。

ベルは素直に感嘆しつつ、対抗心を大いに揺すぶられた。

この会議に参加している面々はいずれも、狸だの狐だのと称されるものばかりである。

確かな発音で不正者の名を読み上げるリュゼに、彼らはちっとも反応をしめさない。

こいつらの中に、不正者の親玉がいるにも関わらず、だ。

ユーリウスの寝台の下に隠された例の書類を見ていなければ、ベルの観察眼をもってしても、決して見破れなかったに違いない。

そう確信しているからこそ、リュゼという男の能力が優れていることもすぐに分かった。

リュゼがユーリウスに従って暗躍し始めたのは彼が王に即位してすぐ、もう八年も前のことだが、それでも、たった数年でこの国の腐り具合を具体的に叩き出せたのは、もともと才能があったからだろう。

ただ、その才能をずっと昔に見出し、自らの元に引き込んだユーリウスの才も認めねばなるまい。

ベルは上座に視線を向けた。

緩やかな弧を描いた唇は、微笑んでいるようにも見えるし、嘲っているようにも見える。

高位貴族に例の条件を認めさせることができるか否かは、この先のユーリウスの話術に全てがかかっている。

ユーリウスはベルに台本を作ってくれと頼んできたけれど、必要性を感じないというのがベルの返答である。台本がなくても、彼は自分自身の言葉でベルを、ケルディナ侯爵を、その他大勢を説得してみせることができる。

ゆったりと背を預け、堂々としている姿は板についていて、まるで演技に見えない。

昔から演じるのは得意だと、彼は言っていたけれど、こういう緊迫した場で自然と王らしく振舞えるのは、やはり、彼に王としての資質があったからに違いない。

ユーリウスの体に咲く花は、決してお飾りではないのである。

「……以上7名の武官、3名の文官、11名の侍官、計21名は越権行為著しく、厳粛な審議をもとに、正しく罰するべきかと存じます」

リュゼの読み上げた名はいずれも下級貴族ものである。

高位貴族にとってはただの下っ端貴族だ。

そして、ベルにとってこの21人は、ただの釣り糸に過ぎない。

腐敗した大魚を根こそぎ釣り上げるための釣り糸である。

ベルはにんまりと唇を歪めた。


「そもそも彼らの不正は、事実なのですかな。そこの男は平民上がりとお見受けしますが、ただのやっかみで罪をでっちあげているのでは? 平民どもが徒党を組んで、高貴なる我らを妬み、貶めようと考えているのでしょう」

「モルベン局長の言は確かだ。彼は定められた規律のもと、正しく不正を暴いたに過ぎない。詳細なことが知りたければ、彼に聞くといい。きっと全てに答えてくれるだろう」

ユーリウスの言葉と視線を受けたリュゼはしっかりと頷いた。

「不正にいたった経緯、経過、結果、損害、証拠、いずれも調査できております」

「もちろん、彼らを不正に導いたものも、調べてあるのだろう?」

「はい」

はきはきとした口調でリュゼは答えた。そして発言した貴族をちらりと見やる。

男は萎縮したように視線を逸らした。

不正の大本にたどりついていると宣言したことが、挑発やはったりのようには思えなかったのだろう。

沈黙を選んだのは正しい選択だと、ベルは満足げに頷いた。

「……しかし陛下、処罰せよと申しますが、これらは貴族の末席におりますものども。安易に処分することは、陛下自身の権威の失墜と思われるやもしれませんぞ」

「そうでしょうとも。いくら下級貴族といえども、貴族であることには相違ありませぬ。我ら貴族は王の下僕、つまり、陛下自身のお力なのですぞ」

「それに貴族とはいわば特権階級。一官吏の規定に背いたところで、貴族の義務を怠っていないのであれば、何の問題もありますまい」

「君たちは新しい官吏登用法の根本を忘れたのかい。私は貴族平民、老若男女の別なく、平等に官吏を募集したんだ。つまり、今ここで働いている者は、如何なるものであろうと、一官吏に過ぎない」

その言葉は高位貴族の癪に障ったらしい。

表情には出さぬようにしているが、皆一様にむっつりと黙り込んでいる。

落ち着いて場を静観しているのはデュルベ公爵と、ユーリウスの計画を把握しているベルやリュゼくらいであろう。平民上がりの官吏でさえ、ユーリウスの挑発的な発言に脅えたようである。

ベルはケルディナ侯爵にちらりと視線をやった。

いつも無表情なすまし顔、冷静沈着なケルディナ侯爵は、麗しい眼を三角にして、ベルを睨んでいる。ベルは密かに笑った。

ケルディナ侯爵はユーリウスのことを、認めるべきところがあるといえども、根本的に素直で従順な馬鹿な王だとしか思っていないようだから、彼をそそのかしたのがベルだとでも言いたいのだろう。

ベルにしてみれば、ケルディナ侯爵のほうが素直で馬鹿だ。

明日の命危うい平民街の裏路地の奥、娼館生れの娼館育ちが、そんな生易しい精神をしているわけがないのである。

ユーリウスは人畜無害な平凡顔だから、穏やかな笑みを浮かべて、優しい口調をしていれば、素直な好青年にしか見えないだろう。

けれどベルは知っている。

ユーリウスが巧みな嘘をつくことも、洗練された話術で人を騙すことも、そして、生かすべき人間と殺すべき人間を躊躇なく選べることを、知っているのである。

「王とこの会議に参加する高官が賛成した規律に、ご本人たちが背くというのは実に滑稽なことですね」

ベルの遠慮のない言葉は貴族たちの視線をさらった。

殺気さえ感じられるそれらの視線を受けても、ベルは不敵な笑みさえ浮かべて見せた。

「口をつつしめよ、たかが子爵が」

「私は中書省の副官ですよ。式部部長のあなたより、はるかに高官ですが?」

式部部長、伯爵でもある男は心底汚らわしいものを見たという顔で黙り込んだ。

「貴族が王の下僕だというのならば、我ら官吏は王の定めた法の下僕。法が下僕に言っているのですよ、『お前らは必要ない』とね」

「貴族としての権利が、一官吏としての権利より下回るというのか。そんなこと、誰が決めた、え?」

ベルはにんまりと笑って、ユーリウスを見上げた。

せっかく餌をくわえてくれたのだ。しっかり釣り上げて見せてくれ。

ベルの心の声がユーリウスに届いたのであろうか。

彼が小さく頷いたように、ベルには感じられたのである。



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