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三省の長と副官、六部の長、上三位の高官、それに王を加えた計23名が会議の主な面々である。
通常の会議は週の始まりに一度、情報を共有、確認する場として設けられる。
緊急や不測の事態に対応するための会議は、王の招集によって不規則に行われる。
また、人事に関する審議を行う会議は年に一度と改められた。
これらの決まりが明文化されたのは最近のことだが、ユーリウスが法や決まりを文章に残すことにこだわったのは、誰にも言い逃れさせないためである。
王である自分さえも、『決まり』という確固たる枠組みのなかで動きを制限され、その『決まり』を壊すことはいかなる権力をもってしても容易ではない。
ただし、このような『決まり』は柔軟さに欠けており、頑固な代物となり王や国を縛る。
ユーリウスはその欠点を理解しつつも、この腐敗しきった国を安定に導くには、ある程度の強制力をもった厳格な規律が必要だと考えたのだ。
そして何より、不正を犯すものを公的に処分する大義名分が必要であった。
「……吏部部長より、今回の人事についてご報告を」
以前は貴族という貴族にあふれ、雑然としていた広間が、たった22名の高官たちの均衡により、ぴりっと引き締まっていた。
会議を仕切るのは相変わらずリティニウスであったが、彼の目の前には中書省副官のベルが堂々と座っている。
そして広間の入り口に王付き騎士が二名、王宮警備担当の騎士が二名配置され、不審な動きが無いか見張っていた。
広間全体を見下ろすユーリウスの背後には、王付き騎士筆頭であるジルベウスと、王付き侍官筆頭、そしてそれに付き従う王付き侍官二名が静かに控えていた。
二名の侍官のうち一名はシャルナである。
ユーリウスは吏部の人事報告を聞きながら、この状況に静かに感心していた。
城内部の改革を始めて約四年、中央の機能はここまで回復し、整然としはじめた。
この広間にいる九割は貴族だが、シャルナともう二人、平民上がりの官吏が貴族の官吏と肩を並べて立っている。
むっつりと引き結ばれた口元は、緊張しているからなのだろうか。
けれど背筋を伸ばして堂々としている姿には、卑屈さも恐れも見られない。
ユーリウスは彼らの姿を見て、自分の選択が間違っていないと感じることができた。
これまで行ってきたことも、そして、これから行うことも、きっと、間違ってはいないのだと、ユーリウスは自分に言い聞かせた。
「今回の人事は以上の通りでございます」
「それでは、審議のほうに移ります。挙げられた12名の人事について、質問・異議のあるものは挙手をお願いいたします」
広間はしんと静まりかえり、リティニウスは満足げに頷いた。
ベルがちらりとユーリウスを見上げる。
ユーリウスは微かにあごを引き、静かに口を動かした。
次の一手を投げ入れるために。
「12名の人事については、前々回の定例会議で定めたとおりの手順をもとに各個人に通達してほしい」
「心得ております」
ユーリウス王の静かな声に、吏部部長は冷ややかな態度で応じた。
急激な内部改革は貴族たちの心を泡立たせ、王への敵対心となり態度に表れているようであった。
平民贔屓だと言われても仕方のない官吏登用法を打ちたてながらも、実際に登城できたのは貴族がほとんど。このため、貴族たちの王への不信感は少しだけ薄れたようであったが、貴族たちにとっては今の王は目障りで仕方がないはずである。
リティニウスにしてみれば、王の考え、もとい、トゥルティン子爵の思惑は理解できないものであった。
平民にも貴族にもどちら側にもつかない曖昧な態度、これでは誰からの信頼も得られないのではないだろうか。
王は言った。この国を変え、人を変えると。
具体的な方法や目標を、ユーリウス王はリティニウスに告げなかった。
いつの間にか堂々と会議に参加できる官位にまで上り詰めたトゥルティン子爵は、人を馬鹿にするような笑みを浮かべて広間を見渡していた。
ユーリウス王はあの男には何でも打ち明けているのだろうか。
リティニウスはあの男の顔を見るたび、そんな思いに駆られる。
そしていつも胸が痛むような、頭が爆発しそうな不快感にさいなまれるのである。
「さて、新しい官吏登用法が出来てから二年、新しい政治組織として機能し始めて一年ほどたつ。ここで皆に紹介しなければならない人物がいてね、私に少し時間をくれないかな」
ユーリウス王はぐるりと広間を見渡していた。
ここに集まった者たちは極めて能力の高いものたちばかりであり、表情に困惑を表すことはしなかったが、内心では首をかしげているに違いない。
リティニウスでさえ、その「人物」とやらに心当たりがないのだから。
ユーリウス王は一つ頷き、後ろに控えていた騎士に何ごとかを囁いた。
騎士は静かに礼をとり、すっと広間から消えていった。
ほどなくして、騎士は一人の男を伴って、再び広間に現れた。
皆の視線が男に向く。
男は随分と大柄で逞しい体つきをしていたが、顔は何の変哲も無かった。
それどころか、騎士の輝かしい美貌にまぎれてひどく貧相な顔つきにさえ見えた。
「監察局局長モルベン・リュゼ、王のお召しにより、参上仕りました」
最敬礼をしてみせた男、リュゼの声ははっきりとしており、耳障りの良い発音であった。
「……監察局より今回の人事に伴い、陛下にご報告したいことがございます」
ユーリウス王は気だるげな態度を改め、先を促すように顎を引いた。
リュゼが口を開く。
「新官吏登用法の実施より二年、定められた官吏としての権利を越え、不正を犯したものを以下に告発いたします」
広間の空気がざわりと揺れた。




