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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第2章 転機
30/42

2-5

約束の一週間後が来た。

ユーリウスは時には丁寧に応え、時にははぐらかし、またある時には沈黙して、貴族たちからの攻撃に耐え切った。

会議は朝から夜まで続き、通常の五倍の時間はかかった。

結局のところ、多くの貴族から支持を得られたわけではなかった。

しかし、新しい政治体制と試験の実施は、確かに認められたのである。

「……良かった……」

「情けないですねえ、陛下。会議じゃあんなに偉そうにしていたのに、部屋に戻ったとたんにこれですか」

ベルは部屋の主より先に、ユーリウスの自室でくつろいでいた。

ユーリウスはだらしなく座り込んでいるベルを一瞥し、その頭をはたいてやった。

「いたっ。何するんですか」

「君も試験を受けなきゃいけないんだよ。何をのんびりしているんだい」

勉強でもしたらどうかな。

ユーリウスは腕を組んで、ベルを見下ろした。

「私は大丈夫ですよ。優秀ですから」

ベルは得意満面の笑みを見せた。

「どうかな。何しろ試験の内容を考えるのはあのリティニウスだ」

ユーリウスの落とした爆弾は、ベルを驚愕せしめた。

ユーリウスはにやりと唇をつりあげた。

「リティニウスとデュルベ公爵を呼ぼう。内緒話があるんだ」



「全てが新しい試みになる。本来なら式部が定めた試験内容を突破したものが、吏部の振り分けのもと、この城で働くことになるんだけれど、今回はもとがないから、そうはできない」

そこで、とユーリウスは続けた。

「文官の試験内容はリティニウス、侍官と武官の試験内容はデュルベ公爵、君たちに任せようと思う」

「待ってくださいよ、陛下。じゃあこのお二人は試験を免除されるんですか?」

私は駄目なのに、というベルの言葉が聞こえるようだった。

ユーリウスは頷いた。

「もともとリティニウスは宰相候補だったわけだし、デュルベ公爵は王族だ。誰も文句は言わないだろうけれど、君は子爵だし、城のみんなに知られているわけでもない。今回ばかりは君を使うわけにはいかないよ」

それはそうですけど、とベルは溜息をついて、ふてくされた。

どうやらリティニウスの試験を受けること自体が嫌なようだ。

「しかし、一体何をどうしろと言うんだい、ユーリウス。以前の大会のような頓知のきいた問題など、私には考えられないよ」

デュルベ公爵の言葉だった。

ユーリウスはひげの生えないつるりとした自分のあごをなでた。

「その必要はない。今回のこの試験、真面目も大真面目、本気の試験だ。遊び心なんて欠片もいらない。君たちが官に必要だと思う知識、技能、性格……それらを試すことの出来る試験を考えてくれ」

「……ユーリウス、君ね、簡単に言うけれど」

「できるよ、公爵。君は武人としても有能だったらしいじゃないか」

「昔の話だろう……」

デュルベ公爵は白になりつつある金髪をくしゃりと乱した。

溜息混じりだが、了承してくれたようだった。

「ですが陛下、それでは平民からこの城に上がってくることのできるものなど、ほぼゼロですよ」

よろしいんですか、とリティニウスは尋ねた。

ユーリウスの平民からも官を集めたいという思いを知っているからこその言葉だった。

ユーリウスは神妙に頷いた。

「リティニウスの言うとおりだ。けれど、城に上がるものは真に優秀で有能でなければならない。妥協は許されないよ。それが私の味方でなくても、今は構わない」

リティニウスは微妙な顔で黙り込んだ。

もともと表情の変化に乏しいリティニウスの心をうかがい知るのは、人間観察力に長けたユーリウスでも難しいことだった。

ユーリウスはさらに言葉を重ねて、リティニウスを説得した。

「それにね、試験は四年に一度あるんだ。次の試験に受かることができなくても、四年後、八年後、十二年後、それだけの時間があれば、きっと来てくれる」

「正気ですか。そんな保障、どこにもない」

「私は彼らが城に来る機会を用意することしかできない。けれど、それさえ用意してあげれば、来る気のあるものは、何年かかったって必ず来るはずだ」

ユーリウスはリティニウスに力強い声で告げた。

リティニウスは微かに息を呑み、そして吐き出した。

リティニウスも了承してくれたようだった。

ベルは完全な不満顔でユーリウスを見た。

「……それで、肝心の人事はどうするんですか」

低い声で尋ねるベルに、ユーリウスは小さく笑った。

「私がやる。つまり、君と一緒にね」

ベルの機嫌は簡単に直ったようだった。

ベルは唇をつりあげ、不敵な態度でユーリウスを見返していた。

「きっと成功するよ。いや、成功させて見せよう」

ユーリウスは三人に穏やかに微笑みかけた。



フロテティーナ王国暦269年、フェードレの月。

王の言葉どおり大々的な試験が開催された。

現官吏はもちろん、貴族や富豪の子息、学者、用心棒など、自分の知識や腕に自身のある平民たちも大勢がその試験を受けた。

ユーリウス王が平民びいきだという噂を聞き、試験も簡単なものだろうと見越しての参加だった。

けれど、実際の試験内容はとても難しく、結局突破できたのは長年勉強や鍛錬を続けることの出来る環境にある貴族や富豪ばかりであった。

ある者は悔し涙を流し、ある者は王への失望を抱き、そしてまたある者は怒りの声を浴びせた。

それらを全て受けとめながらも、ユーリウス王はただ微笑みを浮かべていたのである。


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