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テデリウスは広げられた巻物に視線をはしらせた。
リティニウスの言葉は正しかった。
この国の頂点が王であることは間違いない。
けれど、よくよく考えてみれば、この図式どおりならば、王の権力は著しく制限されうる。
王を国の中枢に据えつつも、王の権力をほぼゼロにまで削ぐことが可能になるこの政治体制。
ユーリウスに思いつく案ではない。トゥルティン子爵か。
テデリウスは子爵に視線を向けた。彼はテデリウスの視線を受け、唇をつりあげて見せた。
「全ての基盤となる法は私が定め、同時に国政全ての責を私が負う」
どうして私が政から排されると言うのかな。
ユーリウスは不思議そうな様子で首を傾げていた。
リティニウスはむっつりとした顔で黙り込んだ。
テデリウスは違和感の正体に気づいた。リティニウスが静かすぎるのだ。
普段通りならば、ユーリウスに真っ先に噛み付くはずなのに。
テデリウスはリティニウスを見つめた。
視線に気づいたリティニウスは気まずそうに目を伏せた。
テデリウスは額に手をやった。リティニウスさえ共犯だとは。
貴族たちは互いに顔を見合わせ、この図式を理解しようとしているようだった。
つまり自分たちにとって不利か有利か、見極めようとしていた。
テデリウスは改めて図をじっくりと見てみることにした。
今までの暗黙の了解として、侍官が文官の仕事もこなし、騎士が武官の仕事もこなしていたが、この図式は、それらをはっきりと区別することから始まっていた。
文官が行政に携わり、侍官が城全体の雑務や世話をし、武官が兵として国と王を守る、この三官がはっきりと分けられているのである。
文官は大まかに三つの省と三つの局に分かれていた。
王を補佐し、王とともに国の法を定める中書省。
王の定めた法を審査し、その法の良し悪しを見極める門下省。
王の定めた法のもと、実際の政を担う尚書省。
医学や薬学の研究、発展に携わる医局。
魔石と魔法具の研究、開発に携わる魔局。
そして、それら全てを監察し、国政に不正がないよう見張る監察局である。
医局、魔局は国営の学問的な研究機関ではあるが、国政には関与しない。
監察局は第三者として不正を暴く身であるから、国政からは距離をおく。
実質的に国政に携わるのは三省である。
特に実際の行政を担当する尚書省はさらに六つの部に分かれていた。
人事は吏部、財政と地方行政は戸部、外交と貿易は交部、教育や国儀は式部、公共工事は工部、裁判は刑部、というふうに具体的な仕事の内容にしたがって分けられているようだ。
侍官は侍局という大きなまとまりとして中書省の管轄下にある。
王や城の世話と管理を任される侍官、後宮全体の管理を任される女官、侍官に従う侍童、女官に従う侍女は全てこの侍局の所属である。
武官は二つの種類に分けられ、武局という組織として門下省預かりとなる。
城と王都を中心に活動する国王軍は、近衛騎士団と王都警備兵が、王国全体、もとい国境付近で活動する王国軍は、国家騎士団と王国守備兵がそれぞれの構成員となっている。
そして、これら三省五局六部の上に立ち、その全てを統括するのが王である。
王より下の権力図が複雑化し、一見非効率的なようだが、そうではないことは皆直ぐに気づいたようだった。
仕事内容を限定することによって、具体的な問題に対してどこの部署が対処するのかも分かりやすくなり、責任の所在を明らかにすることも出来る。
官位自体のランクと貴族の位をはっきりと分け、曖昧な上下関係をなくし、実力によってランク付けされた絶対的な上下関係と官位それぞれに用意された義務権利が明確になることで、越権行為を防ぐことも可能になる。
さらに中・門・尚の三省が互いに互いを牽制しあい、ほどよい権力のバランスと緊張感を保つことができそうでもある。
しかし、同時に三省は王さえも牽制することが可能なのである。
今までのように王の独断で何かをなすことはほぼ不可能といっても過言ではない。
それどころか、三省が結託し、王の意向を無視することさえ、考えられるのである。
ユーリウス、君は本当にお飾りの王になるつもりなのか。
テデリウスはじっとユーリウスを見た。
彼はただ気だるげな笑みを浮かべ、囁きあう貴族たちを見下ろしていた。
「……し、しかし、これはつまり、今とさほど変わらないのでは?」
「よくよく考えれば、そうかもしれないぞ」
「宰相が三人いて、仕事別に部署が分けられているだけと考えれば、確かにそうだろう」
「それ自体は悪くない案のようだが……」
そんな囁きをテデリウスはひろった。
その言葉も正しかった。
今まで曖昧にされていたものが、文章化されはっきりと明示されただけだ。
けれど。
「……こうして細かい部署に分けるならば、どこに誰を配置するのが適切か見極める必要がある。だから君たちにも試験を受けてもらわなければならないんだ」
テデリウスの思考は、ユーリウスのそんな言葉にさえぎられた。
確かにその通りではあったから、直ぐに反論の声はあがらないようだった。
ユーリウスは、この案が通りそうだとでも考えているのか、いつもどおり穏やかな笑みを見せていた。
「急な話しだから君たちにすぐ決断を下せというのも、無理な話だ。詳細なことも含めて、おって伝令を飛ばす。この案に賛成か否か、一週間後のこの場で再び尋ねよう」
ユーリウスの言葉で、会議は多くのざわめきを残したまま終了した。




