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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第2章 転機
27/42

2-2

ユーリウスは緊張していた。

ユーリウス自身が会議で事を起こすのは二度目になるが、一度目と違って台本がないためであった。

ユーリウスはリティニウスとベル、それぞれの言葉を思い出した。

『いいですか、陛下。今はまだ“王命”が有効です。手っ取り早くこの案を通すなら、それ以外にありません』

『それに関しては、子爵の言うとおりです。癪ではありますが、王命なら従うしかありません』

ユーリウスはその言葉たちに果敢にも反論した。

『ただでさえ、貴族には喧嘩を売ってしまっているんだ。そんな無理は出来ない』

ベルは前と同じように台本を考えようと言ってくれた。

けれど、それはリティニウスによって却下されてしまったのである。

リティニウスの目は以前と同じく冴え冴えと澄み渡っていた。

ユーリウスはその奥に、ユーリウスを試そうとする意志を見た。

ユーリウスは驚き、そして、少しだけ心が震えた。

『陛下、そう言うのであれば、あなたがわたくしどもを説得せねばならないのです』

リティニウスの声は相変わらず朗々としていて、平淡でもあった。

『少なくとも王でありたいと願うなら、その程度のこと、ご自身の力だけでこなして見せなさい。それさえ出来ないならば、この案が通ろうと通るまいと、あなたはただそこにいるだけの存在です』

リティニウスの言葉はユーリウスの胸をえぐった。

ユーリウスに出来ること、それをしたいだけなのに。

そんなユーリウスの心の声を聞き取ったのだろうか、リティニウスは目を細めた。

『平民育ちだからとか、無学だからとか、そんなことで身を引くようでは、わたくしたちを従えるなんて、出来ませんよ。陛下、あなたは王だ。わたくしたちの王なんですよ、それだけは心得てください』

ユーリウスは拳を握り締め、ただ頷いた。

「……さて、長い間続いていた祭りも終わった。民たちに元気が出たようで、私は嬉しかったよ」

居並ぶ貴族たちはユーリウスをじっと見ていた。

その目は暗くよどんで、鈍くぎらついていた。

凡庸な王が、自分たちにとって敵だと思っている目だった。

「私に尋ねたいこと、言いたいこと、たくさんあるだろうね。けれど、私が言いたいことは一つしかない」

冷たい視線。怒れる視線。怪訝な視線。

それら全てを受け止めてなお、ユーリウスはきっぱりと告げた。

「この国を変えていかなければならない」

ただそれだけだ。

「……陛下。あの演説のお言葉は一体全体、どういうことなのでしょう。これは聞いておかなければなりません」

「ええ。そうですとも。わたくしどもをこの城から追い出すつもりでは?」

探るような言葉だったが、貴族たちの心はすでにユーリウスから離れている。

ユーリウスは震える手を握り締め、ゆっくりと息を吐き出した。

「私はただ曖昧なことをやめようと思っただけだ。この国の政に相応しいものをはっきりさせたい、それだけだよ」

「つまり、わたくしどもは相応しくないというわけでございますね」

「何とまあ……これまで懸命に仕えてきた我々を何だとお思いか」

ざわめきはひどく、ユーリウスの心を落ち着かなくさせた。

「君たち自身がこの国の政に携わるのに資格ありと思うのならば、試験を実際に受けてみればいい。きっと受かる。何が不満なのかな」

「不満など……試験など受けずともよろしいのではないかというだけです。我々がこの国の政に携わってきたのは事実。経験に勝るものなど、ありますまい」

「君たちが政をして私の国がこの有様になったというのなら、私は君たちの能力を疑わなければならない」

爆発的な怒りの感情がユーリウスに向けられた。

言葉の選択を誤ったらしい。

けれどユーリウスは、ひるみそうになる自分をじっと押さえつけ、表情一つ変えずにいることが出来た。

怒りは流す。ユーリウスが経験で学んだものだった。

「……試験とやらを合格できるものが有能で優秀な文官、いかにも単純で短絡的な考えですな」

「本当に。実際の政など、机上の勉学だけでどうにかなるものではございませんのに」

「政をしないユーリウス王には理解しがたいことでありましょうよ」

ユーリウスは小さく溜息をついて、ざわざわとうるさい広間全体を見下ろした。

にやにや笑いのベル、眉根を寄せたテデリウス、そして無表情でいるリティニウスの姿を確認した。

「……はっきり言うとね、君たちがこの国の政に相応しいかどうかなんて、今はどうだっていいんだ」

「どっ」

「どうだっていい!?」

「陛下、陛下、あなたは一体何を……」

「言っただろう。『この国を変えなければならない』」

ざわめきはますますひどくなった。

ユーリウスは座っている椅子の背にもたれかかり、あえて気だるげな雰囲気を装った。

貴族たちの言葉など、取るに足らないというように。

「国を変えるために、まず、中央を変える。優秀なものを見極めるための試験なんて、その副産物に過ぎない」

ユーリウスは巻物を無造作に取り出し、そばにいる侍官に卓上に広げるよう指示した。

それを見たものは揃いも揃って口をあんぐりと開けた。

ベルが今にも声を出して笑いそうだと気づけば、ユーリウスは少しだけ心の余裕を取り戻した。

「……こ、これは」

「中央、つまり、城内部の組織図さ」

ユーリウスは笑うことさえできたように思う。



広間は動揺と緊張にあふれていた。

無理もないとテデリウスは考えた。

「……一体何だってこんなことを思いついたのかね、陛下」

テデリウスの呟きは騒ぎのなかでもしっかりと聞かれていたらしい。

ユーリウスはテデリウスに視線を合わせた。

「曖昧なことははっきりと定めていく必要がある。これはそのなかの一つだ」

「もう少し、詳しく教えていただきたいね」

「今この国の政治は機能していない。しかし、これは間違った認識だ」

テデリウスは目を細めた。

ユーリウスはゆったりと椅子に座し、頬杖さえついていた。

「正確には、政治体制そのものが確立していない、だから政治が機能しないんだ」

「そんなことはありません。我が国はこの二百年間あまり、王と宰相を頂上に据え、その命令に従ってきました」

「それはすでに失敗し、国は衰弱している。この国が腐っているのは内乱のせいだけじゃない。この国の中心が腐っているからだ」

「くさっ」

「腐っている……?」

テデリウスは頭を抱えた。あんまりな言葉の選択だ。

「だから、今まで曖昧にぼやかされていた王より下の権力をはっきりさせる。これはそのためのものだ」

「で、ですが、そんなことをして何になるというのです」

「そうですぞ、陛下。陛下の命令のもと、我々が動く。それで、充分ではありませんか」

「君たち、君たちの王様がこの国を立派に率いていけると本気で思っているの」

テデリウスは目を見開いた。

自嘲というにはあまりにも投げやりで、感情を欠片も感じさせない声音だった。

「そ、それは、その……」

ユーリウスにそんな才はない。誰もが認める事実だ。

しかし、それで構わないと言ってしまえば、国を好き勝手に扱おうとしていることが露見する。

だから、誰も何も言うことは出来なかった。

「で、では、宰相を決めましょう」

「おお! そうですとも、宰相です、陛下。ご自身のお力が足りないというのなら、宰相をお決めになればよろしいのです」

貴族たちは僅かに浮上し、宰相のご指名をとユーリウスに詰め寄った。

ユーリウスはじっと黙っていた。

「……宰相を決めて、この国の全てを宰相に預ける? くだらない」

貴族たちは一瞬にして静まり返った。

流石のテデリウスも唖然とした。

「この国の王は私だ。王である私の上に立つものがいるなど、馬鹿馬鹿しくて、話しにならない」

「ば、馬鹿馬鹿しい!?」

「へ、陛下、あんまりなお言葉です!!」

「だって、そうだろう? 最高権力者たる王は私なのだから」

彼は自分を無能だ、使い物にならないと公言しながら、王であることをこんなにも誇示する。

テデリウスはうなった。彼の考えは全く分からない。

「……陛下、お言葉ですが」

リティニウスだった。

テデリウスはリティニウスを見た。無表情であった。

テデリウスは違和感を覚えたが、何も言わなかった。

「この図では、見かけの上陛下がこの国の頂点にございますが、陛下ご自身、この国の政から排される可能性さえあるように思われます」

それは陛下の言う「くだらない」ことにはならないのですか。

リティニウスの言葉ははっきりと響いた。


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