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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第2章 転機
26/42

2-1

 一般的に安定のユーリウス、発展のアウラレウス、拡大のカルサウスと称される三賢王であるが、始まりの王と名高いユーリウスの治世は、他二名と比べるとかなり地味である。公的な記録がほとんど残っていないというのも原因のひとつであろうが、王としての資質が足りていなかったのも事実だろう。彼は幸運にも優秀な臣下を十二分に揃えることが出来たために、偶然三賢王などと呼ばれるにいたったと考えるのが自然である。(キルティ)

 最近のものはそう考えるらしいが、始まりのユーリウスおらずして、後の二人に一体何ができたというのであろうか。彼はそれまで曖昧にぼやかされてきたものを確認、訂正、確定し、国に安定をもたらした賢人である。そもそも、彼が一番初めに成したことと言えば、優秀な臣下を集め、その力を存分に発揮せしめる政治体制を生み出したことである。幸運などではなく、彼は自分の実力で臣下を集めて見せたのだ。(シニディア)

 しかし、その組織改革でさえ、デュルベ公爵やケルディナ侯爵、テドレナール侯爵の協力がなければ不発に終わったに違いない。彼自身は、自分の無能を理解していたために、己の仕事を少しでも減らそうとしたにすぎない。王として少しばかり情けないのではないか。(キルティ)

 彼の判断は的確だった。彼は国政のあり方に改革をもたらしたのだ。彼は王として全ての責任を負いつつ、各権力を拮抗させ、牽制させあい、清廉な緊張感を生み出して見せた。今の政治体制でさえ、彼の考えたものが基になっているのだから、その当時としては随分画期的な発案であったに違いない。(シニディア)

   (雑誌『ウルルラフローテ』「キルティとシニディアの討論会」より)



ユーリウスは自分の私室が極寒地帯に成り果てていることを確信していた。

別に雪が降っているわけではないし、氷が張っているわけでもない。

けれど部屋に漂う空気は凍りつき、今にも割れんばかりに張り詰めている。

それもこれも、とある巻物とユーリウスをはさんでにらみ合う二人の男のためであった。

「……それでは、何ですか。あの祭りだとか大会だとかはわたくしの目をこれからごまかすものに過ぎなかったと」

「ケルディナ侯爵様一人をごまかすのに、あんな大規模なことはしませんよ。民を元気にするのが当然第一の目標に決まっているじゃありませんか」

はんと鼻で笑ったベルに、リティニウスは拳を固めることで耐えているようだった。

「隠れてこそこそと仕上げた割には、随分とお粗末なもののようだ」

リティニウスの青い目が冷たい一瞥をくれ、ベルの微笑みには亀裂が入った。

「あんた、これ以上のものを考えられるなら、そうしてみなってんだよ」

ベルの口調が悪くなるのに時間はかからなかった。すでに敬語が抜けてしまっている。

「この案、今までのものと根本的には何の変化もないではないか。王が全権を持ち、全責任を負う。ただその下の権力が分散され、複雑化しているだけだ」

「だーかーらー! あんた、人の話し聞いてた? 王の下の力の拮抗が大事なわけ。それとも、あんた。こんなふうに仕事内容に区分をいれることで、それぞれの権利と責任をはっきりとさせて、なおかつ、越権行為を公的に監視することのできるこの図式以外に、何かいい案があるとでも?」

「仕事の区分けと責任の明示、これは確かに効率的で画期的だ。しかし、これでは実質的な王の権力は著しく制限され、それにも関わらず、王が全ての責任を負うことになるのだぞ。王の権力が無視されかねない組織図を通すわけにはいかないだろう」

ユーリウスが発案し、ベルがより良く組み立て直したものを、リティニウスに見直してもらうだけの予定だったのだが。

何故か白熱した議論に発展している。

「分かってないなあ。これは陛下の権力を制限するものじゃない。王の隣に居座って好き勝手やらかそうとしているやつらから、陛下の権力を守るためのものだ」

「どうだかな。言っておくが、今までのような無茶はできなくなるのだぞ。法を定めるにも、軍を動かすにも全て監督がつくようなものだ。王の権力などゼロも同然ではないか」

「違うね。国の全ては王が握っている。王の了解と承諾が全てを決定する」

「分っていないのはお前だろう。そんなものいくらでも無視できるからこそ、この構図は危ないのだ。今の陛下の影響力など塵にも等しいのだぞ。私なら無視する」

「それはそうかも知れない……。でも、表面的には全ての権力は王の下に配置されるんだ。手順や決まりを無視するなら、少なくとも公的に罰する大義名分が出来る。それは、今のままでは不可能なことだ」

「それは確かだが……けれど、それは王にさえ適応されることだ。暗黙の了解を文章化してしまえば、誰にも言い逃れはできない」

「それを考えれば、この国のトップは王の定めた法律ってわけだ。だけど、王が決めるんだ。何が問題になる?」

「その王に三人もの監督がつくことだ。王の意見が通らないなんて、ざらに出てくるんだぞ」

ユーリウスにはもはや二人が何の話をしているのかさえ、理解できなかった。

ユーリウスは緩く編みこんだ髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「そもそも、陛下。あなたはいいのですか」

「……ん?」

リティニウスは真っ直ぐユーリウスを見ていた。

「これが施行されてしまえば、あなたは王という絶対の権力を持ちながら、その権力を行使しにくくなるばかりか、国政すべての責任を負うことになるんですよ。つまり、何もしないのに、全ての責任はあなたが背負うのです。あなたに出来るのですか、そんなことが」

ユーリウスはリティニウスをじっと見返した。

「私には政治のあれこれは分らない。けれど王として国の全てを背負う覚悟はあるよ」

リティニウスはしかめていた眉を僅かに緩め、大きな溜息をついた。

「……現状として、この国の王となれる資格を持つ人間はユーリウス王ただ一人。替えがいないのなら、陛下の足場は崩れない」

ベルの言葉だった。

「脆い足場だ。あまりにも頼りない」

リティニウスの反論も早かった。

ベルは黙り込んだ。

「……だから私は、私の足場を支える優秀な誰かを側においておきたいと思っているし、実際にそうしているんだよ」

二人の視線を受け止めて、ユーリウスは穏やかに微笑みかけた。

ユーリウスが分ることは少ない。けれど、ちゃんと分っている。

この国の王は自分であり、その自分では政は出来ないこと。

そうであるならば、政治を任すことのできる人間を出来るだけたくさん自分の側に置くしかない。

「それにね、私は自分の発言で国や民の生活が左右されることのほうが、耐え切れないよ。そもそも、国や民にとって王が誰であるかなんてどうだっていいことだ。目の前の生活が保障されているか否か、それが全てだ」

民にとってどうでもいい存在のせいで、民が衰弱し、死ぬ。

ユーリウスはそのことに無頓着でいられるほど強くない。

情けないというなら言えばいい。

ユーリウスはただ王座に座り続ける覚悟をするだけだ。

「この国は変わらなければならないんだよ、リティニウス。王や宰相という一個人の能力や人格で国の明日が決まるなんて、そんな不安定なことはもうお終いにしよう。この案、駄策か賢策か、やってみる価値はあると思わないかい」

リティニウスは溜息をついた。しかし、何も言い返してはこなかった。

ベルはにやりと唇をつりあげた。

ユーリウスは巻物をたたみ、真剣な声で告げた。

「次の議会、嵐になるだろう」

それは確信だった。

 

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