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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第2章 転機
25/42

1-7

長い祭りも終わりの時が来たようだ。

始まりと同じく、王の言葉でこの祭りは終わる。

ユーリウスはじっと目を伏せていた。

「陛下、そろそろお時間です」

そんな彼に声をかけたのはリティニウスだった。

ユーリウスが王太子になった日、王になった日、民たちを見下ろした場所に、今日も立つ。

バルコニーへと進み出るユーリウスの側に控えるのは、リティニウスだけだった。

限られたものだけが城に入ることを許されている。

そして、ユーリウスの側にいることが出来る存在は、もっと限られていた。

ユーリウスは明るい日差しに目を細めた。



王は穏やかに微笑み、居並ぶ聴衆を見下ろしていた。

聴衆たちは広場からあふれんばかりであった。

彼らは今回の祭りを開催した王を一目見ようと集まったのである。

それは内乱が終息した喜びのためであったし、日ごろの鬱憤を晴らせた感謝のためでもあった。

そして何より、彼らはこの王が実は平民育ちであるという噂を耳にして、親近感と期待を抱いているのである。

かの王ならば、私たちの心を知ることができるのではないか、と。

「まずは感謝の言葉を述べようか。城の中でおきた内乱が君たちを脅かしていたにも関わらず、この国を裏切らずにいてくれて、ありがとう。そして、私の開催した祭りに多くの民が参加してくれたこと、とても嬉しく思う。ありがとう」

王の言葉は沈黙のなかで静かに響き渡った。

「内乱は終わった。けれど国は傾き、その傷はいまだ塞がれていない。だからこそ、この国はこれを境に生まれ変わらなければならない。いや、私たちが変えていかなければならないんだ」

王は力強く告げた。

「本来、この城の門をくぐることができるのは、その資格ありと正式に認められたものだけだ。だというのに、今、その資格がないにも関わらず、我が物顔で城を闊歩し、この国を腐らしめんとするものがいるのも、悲しい事実だ。私はこの罪を認め、これを許さず罰しなければならない」

その言葉は頼もしく聞こえた。

しかし同時に、貴族たちに喧嘩を売る言葉でもあったから、聴衆たちはどよめいた。

王の後ろで、玲瓏な美貌をたたえた貴人が、僅かに顔をしかめていた。

「私には覚悟がある。多くのものに嫌われ、恨まれることを自覚しながらも、私のすべきことをなす覚悟が」

王の両眼は強く輝いていた。

聴衆たちはその瞳をじっと見返した。

「予言しよう。この国は変わる。しかも、急速に。変わっていくことができないものは淘汰されるに違いない。それを憎むならば憎めばいい。けれど、だからこそ、君たちは君たち自身が変わる覚悟をしなければならない」

王は居並ぶ聴衆をぐるりと見回した。

「はっきり言おう。残念ながら、私は至上稀に見る駄王だ。優秀な誰かの助けがなければ、きっと、何もなせはしない」

正直で情けない王の言葉を笑うものはいなかった。

自嘲も謙遜もなく、ただの事実として自分を駄目だとはっきり言えるものが、一体何人いるだろう。

「だから、私には多くの有能な人材が必要だ。そこで、私は考えた」

王は神妙な顔つきで、聴衆たちを見下ろしていた。

聴衆たちは王の緊張を感じ取り、じっと身を固くした。

「四年に一度、城の門をくぐり、国政に関わるものを選ぶ、公的な試験を行おうと」

どよめきはあっという間に広まり、ざわざわとした不協和音に変わっていった。

王はざわめきをものともせず、強い声音で話し続けた。

「試験を受けることができるものは、この国に三年以上住み、試験を受ける際、半銅2枚を払えるものだ。それ以外の条件は何もない。女だろうが子どもだろうが、貧しかろうが金持ちだろうが、全てのものに同じ試験を課す。その試験に合格し、国の正式な書類を受け取ったものだけが、この城の門をくぐるのだ」

そして、王ははっきりと宣言した。

「第一回目の試験は、来年のフェードレの月に開催する。試験を受けないものや不合格になったものは、貴賎の別なく、この城に入ることすら出来ぬと心得よ。国を動かすものは地位や金ではない。優れた才能と勤勉な努力、そして自国への思いだ。そうだろう、みんな」

一拍の沈黙の後、歓声があがった。

その歓声は、ユーリウス王万歳、と言っているようだった。

「この城で王たる私のために、この美しきフロテティーナ王国のために仕えたいと考えるものたちよ、必ずこの城の門をくぐってこい」

そこまで強くはっきりと告げた王は、しかし、次の瞬間には打って変わって穏やかな微笑みを浮かべ、優しげな声音でこう続けた。

「……この国を私と一緒に変えてくれる存在を、私は待っている。いつになったって構わないんだ。ずっとずっと待っているから。だから、きっと来て欲しい。そう願うよ」

王の言葉は澄んだ空に解けて消えた。



「陛下、一体何を言い出すのですか。そんなこと、わたくしは一言も聞いておりません!」

バルコニーを下りた途端、強い口調でユーリウスを責め立てたのは、当然のことながら、リティニウスであった。

「リティニウス、君に見てもらいたいものがあるんだよ」

ユーリウスはそんなリティニウスの言葉の数々をまるっと無視した。

リティニウスは眉をしかめ、唇を引き結んだ。

「この国を変えなくてはならない。そのためには君の力“も”必要だ」

ユーリウスはリティニウスの瞳をじっと見つめた。

リティニウスは微かに息を飲んだ。

「……一体何なのです。その、わたくしに見せたいものとは」

ユーリウスは彼に、にっと笑いかけた。

「始めの第一歩、とでも言おうか」

ユーリウスは大きく一歩踏み出した。



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