1-2
広間は困惑と動揺にあふれていた。
貴族たちは互いに目を交し合いながら、ちらちらと王座に視線を向けていた。
誰もが王の真意を探りかねているようだった。
「そ、れは、一体、どういうことでしょう」
やっとの思いで衝撃から立ち直ったリティニウスは王座に向けて尋ねた。
「言っただろう。気分転換になることがやりたいとね。気分転換といえば、やはり楽しいことだ。私は馬鹿だから、楽しいことと言ったら、祭りしか思いつかなかったんだ」
王は少し困ったように微笑んだ。
「どうかな」
「悪くはないだろう。内乱の混乱状態が続いている状況ではまず無理なことだ。それに、王自身が暢気にお祭りを開くというなら、民たちも随分と気楽な心でいられることだろうよ」
答えたのはデュルベ公爵であった。
王の後見人として会議の場にいることはあっても、その発言力の強さを考慮して、これまで静観していたというのに、今、この場で王を擁護する言葉を発した。
デュルベ公爵の支持があるというならば、安易な反論は賢くない選択だ。
リティニウスは秀麗な顔を歪め、下唇をかみしめた。
「けれど、陛下、祭りと簡単に言いますが、具体的には何をお考えなのですか」
とある伯爵が首を傾げながら王に尋ねる。
王はかすかに頷き、口を開いた。
「私が考えているものは、祭りというより、大会かもしれないけれど、とても簡単なものだ。知・武・技の部門に分けるから、参加者はそれぞれに課されたお題を達成し、期限内に王城にたどりつくこと。これが大まかな構想だよ。無事王城にたどりつけたものには銀貨一枚を褒賞としよう。加えて、城の門を少しばかりの期間開けておくから、王城にたどりついたもののなかで、さらに城のどこかにいる私を見つけ出せたものには、私直々に何かを授けようと思っている」
思いのほかまともな案にだったためであろうか。
貴族たちはほっと一息つき、乱れた髪や衣類を整えていた。
リティニウスは考えた。
一番の問題は必要になる銀貨の量である。
一人一枚とはいえ、全国民に平等に分け与えるとなるとそれなりの量になってしまう。
しかし、課題付き、期限付きということであれば、こちらが王城にたどりつく人間の人数を操作することは可能だ。
無理のない案では、あるようだった。
王は続けた。
「お題を発表する場所、つまり、出発地点は全部で45ヶ所を予定しているよ。王都だけでなく、各領地で同時に発表しようと思うんだ」
この王はさらりととんでもないことを言った。
「陛下、それは各領地の領主の了解を得ていなければ出来ないことです。王都や、王の直轄地で祭りを行うというならいざ知らず、他の領地にまで影響があるようでは」
リティニウスはつい反対の声を上げた。
王は首をかしげた。
「本来ならば、この国の土地や人民は全て王である私のものだ。今は君たちに貸しているだけであって、君たちの了解がなければならないなんて、どうしてそんなことが言えるんだい」
王の言葉にとっさに返そうとしたリティニウスは、しかし、何も言えなかった。
良く考えずとも分かる、単純なことだ。
宰相のいない今、王がこの国のすべての権力を握っている。
王の命令は絶対だ。誰にも覆すことはできない。
それが例え、お飾りの王だとしても。
「この大会、参加資格は特に問わない。老若男女、外国人、奴隷、死人族、貴族、貧民、誰が参加したって構わない。なにしろ、お祭りだからね。みんなで楽しまないと面白くないだろう」
王はにこやかに笑っていた。
リティニウスはたくさんの言葉をなんとか飲み込んだ。
それは王への侮辱や悪態の言葉だったかもしれない。
貴族たちは困惑や怒りの表情をしながら、互いに何かを囁き合っているようだった。
「これはただのお祭りなのだから、君たちがそんなに深刻な顔をすることはではないよ」
王は随分と気の抜ける声音でゆるりと告げた。
「そうは言いますが、陛下、心配せずにいられましょうか。このような大規模なお祭りなど、そんな急なことを言われましても、我々には対処できかねます。我々は普段どおり仕事をせねばなりませんし」
もごもごとした口調で、しかし、随分と断定的に述べたのはどこかの男爵だった。
王は面白がるような顔をして、一度大きく頷いた。
「君の心やり、確かにその通りだ。けれど、心配する必要はないよ。この大会を主催するのはこの私だ。当然これを運営するのも私の仕事であるのだから。君たちは君たちの仕事をいつもどおりこなしていればいい」
リティニウスや貴族たちは微妙な顔で沈黙した。
確かに王の言うとおりではあった。
しかしこの王に、何かの主役を務めるなどということが出来るような、そんな大それた才がないのは皆が知るところである。
王自ら認めていることでもある。
自分は馬鹿だから、何もできないのだと。
「……しかし、それほど大規模な大会を君だけの力でこなせるのかな」
沈黙を破り、誰もが知りたいと思っていたことを王に尋ねてみせたのはデュルベ公爵だった。
リティニウスは知らず、唾を飲み込んでいた。
「それについては、あてがある。心配しなくても、大丈夫だ」
リティニウスは驚きに目を見開いた。
彼が自由に使える人材が、彼の側にいる。
しかも、全国規模の祭りを成功させてしまうほど有能な。
そんな馬鹿な。
リティニウスは呆然と王を見つめることしかできなかった。
「君たちに何らかの負荷がかかるようなことはないよ。もちろん、この大会に参加する、しないも君たちの自由だ。私は君たちにも楽しんでもらいたいと、そう思っているけれどね」
王はただ無邪気に微笑んでいた。




