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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第1章 出会い
18/42

2-6

ユーリウスの馬車はこの旅のゴールであるデュルベ公爵の本邸に到着していた。

デュルベ公爵はユーリウスの旅を密かに支援してくれており、ユーリウスはこの旅を終えたら、真っ先に礼を言おうと思っていたのである。

しかし、デュルベ公爵邸に着いたユーリウスが一番に連れてこられたのは、湯殿だった。

どうやらユーリウスは、この屋敷の主に会うことも許されないほど、ひどい有様だったようだ。

ユーリウスのもはやぼろ布といって差し支えない服を脱がした召使は鼻をふさぎたそうな顔をしながらも、ユーリウスの身を磨き上げる使命を果たすため、奮闘するようであった。

まずユーリウスは全身に湯を浴びた。湯はすぐに茶色に濁り、なかなか透明になることはなかった。

ソープをつけてこすり、湯で洗い流すという動作を七回ほど繰り返しただろうか。

召使はやっと満足したようだった。

荒い鼻息さえ聞こえてくるようで、ユーリウスは苦笑した。

次に召使は無造作に伸びた赤髪を解しにかかった。

長く伸びた髪はもつれ絡まって、ひどく洗いにくそうだった。

召使は使命感を刺激されたようだ。

手で器用に髪の毛を洗い解し、櫛ですきながら、香油を混ぜたソープで丹念に洗い続けた。

その間、ユーリウスは湯船に体を沈めたまま、手足の爪を切りそろえられ、再びがさがさになった皮膚にクリームや薬を塗りこまれた。

これだけしても、貴人の支度は不十分なようである。

湯殿から上がば、優しくふきあげられ、体に香油を塗りこまれる。

ぼさぼさの長髪は、デュルベ公爵がわざわざ呼んだという職人が、美しく整えてくれた。

最後に、ここの主人に会うのに相応しい衣類を身につけ、ユーリウスはやっと解放されたのである。


「長旅お疲れ様、と言えばいいのかな」

テデリウスは久しぶりに会ったこの子ども、いや、青年に何を言うべきか迷った。

ユーリウスが王都を出発してから二年近く。

ユーリウスが王になってからはすでに三年という月日がたっていた。

少年だった彼は随分と成長してしまったようだった。テデリウスは彼の旅路に思いをはせて目を細めた。

大変な旅だったはずである。

彼の共はたった四人。

最低限の装備しか用意されていない、ほとんど無計画の旅だった。

彼は行く先々でこの国の真実を見ただろう。テデリウスがかつて目を背け、素通りしたものを。

彼のゆったりと開いた襟元からのぞく花は、少し大きくなったように見えた。

「君が連れていた侍女は身を清めると寝入ってしまったようだよ。女性には耐えられる旅ではないと思っていたけれど、彼女はよくやってくれた。下人たちは簡単に水を浴びた後、少し休んで先に王都に帰ったと報告があった」

ユーリウスは頷いた。

「下町の男どもというのは随分タフだ。それにトゥルティン子爵も」

テデリウスの正面の長いすでくつろいでいるユーリウスのその後ろ、身なりを整えた子爵はテデリウスに目礼を返した。

子爵の髪は初めて出会ったときのように短く切りそろえられていた。

それにしても、とテデリウスはユーリウスに視線を戻した。

「君は一体何がしたかったんだい。確かに王太子には国内の視察が義務付けられているけれど、時間がなかった君は特別に免除されていたはずだ。そうだと言うのにわざわざ城を空けてしまって。今、王城はリティニウスが我が物顔で仕切っているし、このままでは君、本当にお飾りの王だ」

ユーリウスは穏やかに微笑んだ。

初めて会ったときからずっと見てきた微笑だったけれど、テデリウスは何故か気圧された。

「僕はそれでも構わないんです。どうやったってケルディナ侯爵以上の政治なんてできないですから」

「やはり。君、最初からリティニウスを宰相に選ぶつもりだったのだろう。何故早く公表しないんだ。彼なら今よりもっといい政治を行うことができるはずだ」

ユーリウスは黙っていた。

「なあ、ユーリウス。君の考えを私に聞かせてはくれないのかい」

ユーリウスは少し目を伏せた。

王太子の頃から陰りのある色気をもつ子どもだった。けれど、こんな、話しかけることをためらってしまうような雰囲気はもち得なかったはずだった。

凡庸で、貧弱な少年だったのだ。

「……僕はやりたいことが、やってみたいことがあるんです。王である僕……いや、私がまだすべての権力を握っている今だからできることを、やらなければならない」

テデリウスは軽く目を見開いた。

「私は自分ではなにも出来ない。国を上手く統治することも、諸国との外交も、そして居並ぶ大貴族たちを従わせることも」

けれど、とユーリウスは続けた。

「私はこの国の王だ。王としてやらなければならないことがある。だから、ずっと探してきたんだ。私の代わりに私の意志を叶えてくれる存在を」

「……それはリティニウスでは、トゥルティン子爵では、駄目なのかい」

ユーリウスは静かに首を横にふった。

「それだけでは足りないんだよ。私は随分と欲張りになったから」

だから。

「私は私の城を変えるつもりだよ。たくさんの優秀な誰かが、私のもとに来ることができるようにね」

ユーリウスはただ穏やかに微笑んでいた。






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