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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第1章 出会い
16/42

2-4

フロテティーナ王国の北方には世界有数の鉱山が三つ連なっている。フロテティーナの金の山と称されるそれらの鉱山は、その名の通りフロテティーナの経済を支えていた。

一般的な宝石や金銀が取れるわけでもないその鉱山は、魔石の宝庫なのである。

魔石は全ての魔法具のエネルギー源であり、魔石の色が美しいほど、大きさが大きいほど、数が多いほど放出するエネルギーは強大になる。現在の研究では、魔石が自己繁殖能力を有していることが証明されており、だいたい五十年から七十年に一度の割合で新たな魔石が姿を現すらしい。魔石が鉱物なのか生物なのかはまだ解明されていないようなのだが、見かけは淡く黄ばんだクリスタルなので、魔石という名が定着している。

フロテティーナは、魔石が山の形をしているとまで言わしめるシャルー魔鉱山、帝国と所有権を分割しているジルベ山脈、そして小規模な鉱山が集まったリヒシュ鉱山群からとれる魔石を独占していた。魔石は高値で取引される貴重品で、昔からフロテティーナの一番の収入源であった。この国が小国ながらも栄えていた時代には、魔法具職人が魔法具の開発に携わり、高度な魔法具が作られ、売られていた。その技術は国によって保護・秘匿され、魔法具職人たちの集落は北の大地で栄えていたのである。

しかし徐々に国王の権力は衰えていき、花もち内乱が勃発した頃には、この美しい山々は多くのものに踏みにじられ、魔法具職人も姿を消していった。

今もどこかの貴族の使いだという柄の悪い男たちが山で採った魔石を袋一杯につめ、乱雑に馬車につめこんでいた。

王の直轄地であるこの地でこんな横暴がまかり通っている現状を、果たして王は知っているのだろうか。


シンディ・バルドは魔法具職人の家に生れた娘であった。

彼女の遠い祖先はかつての国王から直々に王宮御用達の印を賜るほど非常に優れた魔法具職人だった。

家は徐々に廃れていったけれど、その技術は確かに受け継がれ続けていた。

シンディの父親もまたその技術を守る魔法具職人だった。

しかしその家の子どもは女であるシンディしかいなかった。

父は父の代でこの誉れあるバルド家の技術が失われることを覚悟していた。

シンディは悔しかった。

女である自分は何故職人になれないのか。

シンディは父親の働く姿を幼い頃から観察し続けた。

時には彼の手伝いさえこなしていた。

シンディの父は言った。

「何故お前は男でないのだろうな。こんなにも才にあふれているのに」

シンディは父が泣く姿を初めて見たのだ。

「どうして私は魔法具職人になれないのか。こんなにも才にあふれているというのに」

少女とは言いがたい年齢にまで成長した彼女は、家の工房に引きこもって、誰に披露するわけでもない魔法具の図面を書き続けていた。

村人はそんなシンディを遠巻きにし、変人扱いした。

シンディは全然気にしなかった。

魔法具の魅力が欠片も分らない奴らなど、どうだっていい。

「とても美しい図面だね」

集中していた彼女の傍らで彼女の書く図面を覗き込んだ人は、青年になりかけのまだ年若い男だった。

彼女はぎょっとした。

「少し聞きたいことがあって寄らせてもらったんだけど、いいものを見たな。名のある作家が書いた絵みたいだね」

「あんた、一体どこから入ってきたんだい」

男は開けっ放しの扉を指差した。

シンディはわしわしと自分の頭をかいた。髪がぐしゃぐしゃになったが、気にしない。

「王都の魔法具職人でもこんな図面は、もう書けないんじゃないのかな」

「あんた、王都から来たのかい」

シンディは少し警戒した。

「そうだよ。君、魔法具職人なの」

シンディは人畜無害そうなこの男の言葉に気分を害した。

これだから世間知らずの王都育ちは。

「女は魔法具職人になれないんだよ、馬鹿じゃないのか」

男は首をかしげた。

「魔法具職人に必要なのは性別じゃない。確かな腕と、知識だと思うけれど」

シンディは呆れた。

「なれないもんはなれないんだ。まったく、さっさと出て行ってくれないか。仕事の邪魔だよ」

男はしばらくシンディの図面にじっと目を向けていたかと思うと、ふと顔をあげた。

「イブソナ伯爵領につながる道を探しているんだ。この間の地すべりで、馬車の通れる道がふさがれてしまったんだ」

「それなら、こっからあの山沿いに遠回りしな。ほんとは王の許しがないと通れない道だけど、今は銀貨一枚か、運が良ければ銅貨五枚で通れるよ」

見張りの兵士が仕事をしていないからね。

シンディは鼻をならした。

男は穏やかな微笑を浮かべて、ありがとう、と言った。

「職人になれないと言うわりに、君は図面を書くことを自分の仕事だと思っているようだ」

去り際、男は静かな口調で言った。

「馬鹿にしてんのかい」

シンディの強い口調に、男は首を横にふった。

「ただもったいないと思っただけだよ。この国も、君も、とても残念で、とてももったいないことをしているようだね」

男は強く睨むシンディを振り返ることもなく去っていった。

シンディは悔しかった。

だって、どうしようもないじゃないか。

シンディは、女なのだから。

シンディは男がほめた図面をそっとなでた。

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