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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第1章 出会い
13/42

2-1

 三賢王の一人、ユーリウス王は即位した年から3年間、まるで人形のように大人しく従順であったと、当時のケルディナ侯爵の私的な日記に記されていた。確かに、公的な記録にユーリウス王の公務の軌跡を示すものは何も見つからない。しかし、この3年の間、あのユーリウス王が何もしなかったというのは明らかに妙だ。彼が後に引き起こす波乱を鑑みれば、彼にとってこの3年間ほど重要なものはなかったはずである。わたしは、この謎を解明するため、現存する資料を確認し直した。そしてついに見つけたのである。それは彼の侍女であったとされるマリアが彼女の父、キニシア男爵に送ったと思われる手紙である。

 手紙にはこうある。


『エンリルの爽やかな風がふく今日この頃、あなたの娘、マリアは健やかに過ごしております。突然のお手紙に驚いているかもしれませんね。しかし重要なお知らせがあります。今わたくしはとある貴人の旅に同行しております。わたくしの主人は、まもなくテドレナール侯爵領にお入りになるようです。もし、万が一、わたくしの主人がお見えになった際には、最高のもてなしでお迎えください』


 これは、ユーリウス王があの空白の3年間に非公式の視察を行っていたことを証明する貴重な資料である。私はかつてないほどの興奮とともにこう記さねばならない。

 彼の忠実な臣下の一人である生粋の叩き上げ騎士、ノワルは平民どころか名もない辺境の民であったのだ。通説では、彼はモルベン・リュゼとともに城下町のならず者たちをまとめあげていた孤児であり、色街育ちのユーリウスとは旧知の仲であったとされている。しかし、私はこう考える。空白の3年を利用してフロテティーナ王国全土を視察していたユーリウス王が、たまたま立ち寄った辺境の地、隣国との国境近くで出会った死人族の一人、それがジャック・ノワルであったのである。

 (『ユーリウスとの出会い』「ジャック・ノワルの成り上がり」より抜粋)



フロテティーナ王国はシャーペート帝国に属する小国の一つである。

その小さな国を見て周るにもそれなりの時間が必要だった。旅の行程はやっと半分を迎えたところである。ユーリウスは本を読むだけでは分らなかったこの国の真実をその胸に刻み込んだ。

それにしても、いくらお忍びの視察とはいえ、王であるユーリウスがこんなにものんびりと出来るのは、いかがなものであろう。

今はむしろ助かっているけれど、考えなければならないことはたくさんありそうだと、ユーリウスはため息をついた。

「ユーリウス様、お疲れですか」

同じ馬車に乗り、ユーリウスの世話を焼くマリアが心配そうに声をかけた。

「いや、大丈夫だよ。この辺りは君の故郷だろう、懐かしい?」

マリアは首を横に振った。

「いいえ、何処も同じような景色で変わりばえしません。そもそもここはテドレナール侯爵領の入り口で、わたくしの故郷はもっと辺境です」

「確か、あなたの家名はキシニアだったね。なるほど、キシニア男爵といえば辺境生れの無骨者と良く聞く」

嫌味な口調でマリアの父を侮辱したのはベルだった。彼もこの旅の同行者である。

「そういうトゥルティン子爵こそ、子爵のくせに王宮に居座っていたらしいじゃないですか。しかも、結局王都から出るなんて、よほど間抜けな子爵様なんでしょう」

マリアは少しむっとした様子で嫌味を返したようだった。

しかし、ベルには全然効き目がないらしく、彼はマリアを無視して、窓から見える景色をじっと見ているユーリウスに声をかけた。

「それにしても、ユーリウス陛下、いや、ユーリウス様。こんな少数で旅に出て大丈夫なんですか」

ユーリウスはベルのほうに顔を向けた。

「たぶんね。君が教えてくれた黒いものが僕を助けてくれるはずさ」

ベルは光の加減で金に光るうすい茶色の目を見開いた。

「驚いた。まさか付いて来ているのか」

マリアはベルの無礼を咎めるように鋭い視線を向けた。

ユーリウスは全く気にしなかった。

「さあ。僕は仕事を頼んだけれど、彼らは命令に忠実だから」

僕の背中を守っているのかもしれないな。

旅の同行者はたったの四人。マリアにベル、そしてリュゼが貸してくれた男が二人。一人は御者台で鞭をふるい、一人は並走していた。

「王都はやはりケルディナ侯爵が仕切っているようですよ。もっとのんびりして奴を困らせるのも悪くないですね」

「ベル、彼はそんなことでは困らないよ」

分ってますよ、とベルは肩をすくめた。どうやらベルは彼が大嫌いらしいのだ。

「ユーリウス様、どうして宰相をお決めになる前に視察を?」

マリアは不思議そうに尋ねた。

ユーリウスは笑って答えた。

「宰相がいるとできないことがやりたいからさ」




彼は死人族の子どもだった。名は与えられず、死ぬも生きるも運次第であった。

冗談ではない。

彼は運命というあるかどうか分からないものにすがる軟弱者ではなかった。

彼は人になりたかった。

人になる方法を知る者は誰一人としていなかった。

だから彼はその方法を知る者を探していた。

ずっと、ずっと、ずっと探していたのだった。



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