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花かざる国の王  作者: 呆化帽子屋
第1章 出会い
12/42

1-9

リティニウス・ファッジ・ケルディナは優秀で賢明な青年であった。

幼い頃に父をなくし、ケルディナ侯爵として相応しい振る舞いを求められたからであったし、何より彼は自らを高める努力を怠らなかった。

貴族たちの腐敗は激しさを増し、権力と名声は金と脅しで手に入るようになった。そんな中にあっても、リティニウスは何ごとにも屈しなかったし、周囲もそんなリティニウスを認めるようになっていたのである。そのおかげか、リティニウスは若いながらも次期宰相候補と名高かった。

しかし、彼が仕えるつもりでいたトリテリウス前王の第一子は行方知れずとなり、代わりに現れたのは色街で生まれ育ったという花もちの貧弱な子どもだった。

リティニウスの判断は早かった。

自分がしっかりしなければ、この国は終わる。

誰に仕えることになろうとも、リティニウスの忠誠は国のためにあったし、やることは何も変わらなかった。


ユーリウスという名を与えられた少年は、リティニウスの予想よりは随分ましな子どもだった。

文字の読み書きと計算は充分にできていたし、振る舞いや言葉遣いにも粗野な印象は受けなかった。

リティニウスはそれが娼館という特殊な場所で育ったためだと考えていた。

多くの貴族は、彼に媚びへつらう傍らで、彼の生まれ育った場所を口悪く罵っていたけれど、リティニウスはただ畑を耕しているような平民より、彼のように娼館育ちの平民で良かったとさえ思っている。

高級娼館となれば客には貴族もいるし、店員にもそれなりの教養が求められるだろう。

加えて、男娼として育てられていたとしたら、楽器や話術、歌や詩なんかも学んだことがあるのではないか。

それとなくユーリウスに確認すれば、才はなかったがやったことはあるという返事があった。

リティニウスにとって彼は問題児ではなくなっていた。

ユーリウスは自分の無能さを自覚していたようだし、思いもよらず手に入れた権力のまま欲に溺れるような愚者でもなかった。

王として即位してもそれは変わらなかった。

彼は会議の席では黙って貴族たちの議論に耳を傾け、署名を求められればサインし、国璽を押した。

大半のものが彼を「扱いやすい王」と認識し、リティニウスも下手にでしゃばらず、言われたことを黙々とこなす彼には好感のようなものを抱いていた。

しかし、ユーリウスはとある議題だけは素直に返事をしなかった。

それは彼の宰相、つまり王に継ぐ権力者を決めることであった。

「僕は駄目で、無能で、馬鹿な王らしいから、僕の代わりに政治をしてくれる人はきちんと選びたいと思っているんだ」

彼はそう言ってやんわりとその議題を流した。

多くのものが宰相に立候補していたし、それぞれに推薦者もついていた。

ユーリウスはその者たちの言葉を聞いては、うんうんと頷いていただけで、結局誰も指名しなかったのである。

愚図が宰相になるよりずっとましだったが、王太子の頃から教育係として彼についていたリティニウスさえ、ユーリウスは認めなかった。

リティニウスは自分の誇りや実力など、今まで積み上げてきたものが踏みにじられたように感じた。

「陛下、陛下は何故早く宰相をお決めにならないのですか」

執務室で興味なさげに書類を眺めていたユーリウスは、困ったような笑顔を見せた。

「決めたいと思っているよ。でも、大事なことだろう?じっくり考えたいんだ」

考えるほど選択肢があるとも思えないが。

リティニウスは苛々する気持ちを何とか抑えて、彼に尋ねた。

「では陛下、陛下の考える宰相とはどんな人物なのですか」

ユーリウスはその問いに答えなかった。いや、きっと答えられなかったに違いない。

話にならない、とリティニウスは思った。

ユーリウスはしばらくじっと書類の束を眺めて唐突に呟いた。

「僕がいなくても政治は滞りなく行われているらしい」

それは、今のフロテティーナは政治はリティニウスが片手間に出来る程度のことしかないからだ。

フロテティーナの政治体制は崩壊していた。

金儲けと自分の富と名声を自慢することに執心する貴族たちばかりがこの城には居座っている。

数少ない平民の役人たちは花もち内乱以来、姿を見せない。

リティニウスが国庫の管理と、諸外国との貿易をつつがなくこなし、時折必要になる雑務をこなしていなければ、この国はあっという間に帝国にのっとられるだろう。

帝国はその機会を虎視眈々と狙っているに違いないのだ。

リティニウスは確信していた。

だから王には早く宰相に指名してもらわなければない。

少なくとも王と同等の権力がなければ、この腐った政治体制を立て直すのは不可能だ。

それなのに、ユーリウスはこの危機的状況を分かっていないのか、随分と暢気な様子である。

「僕はしばらく視察の旅に出ようと思うんだ」

「は」

自分の思考に沈んでいたリティニウスは、彼の唐突な提案と気の抜けるような声に、思わず腑抜けた返事をしてしまった。

リティニウスが呆然とユーリウスを見れば、彼はにっこりと笑った。

一年もあれば、この小さな国をくまなく見ることができそうだ、と。



少数の供をつれて、彼はさっさと城を後にした。

ユーリウス王の即位から二年目のオルペルの月、葉が青く茂り果実が色づく季節のころのことである。




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