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「立派な戴冠式だった。やはりそうやって着飾って、ふんぞり返っているとどこかあのトリテリウスに似ているね」
ユーリウスと卓をはさんだ向こう側、花茶を片手ににやにや笑う初老の男の言葉である。
テデリウス・トゥティット・デュルベ・バローナ。
彼は前王トリテリウスのいとこで、ユーリウスとは遠い血縁にあたる。
花もち内乱のとき外遊していたという彼は、たった一人の王族の生き残りで、しかし、花もちでも直系でもない。そんな彼は花もちでない王族が果たす責務のとおり、ユーリウスの後見人として、今日の戴冠式を一等席で見守ってくれていた。
「デュルベ公爵、僕は母に似たんです。あまり、トリテリウス前王には似てないかと」
ユーリウスは教養があり、人格者であるこの人物を頼れる人だと感じていた。
また、ユーリウスの父と仲が良かったのか、ユーリウスとも気さくに話してくれる唯一の人物だ。
「テディおじさんと呼んでくれたまえ、我が王よ」
茶目っ気たっぷりのウインクにユーリスは苦笑を返した。
「テディおじさん」
ユーリウスと同じ、深い緑色の目が楽しげにゆれた。
「似ているよ、ユーリウス。君も平凡そうに見えて、何かやらかすタイプだ」
テデリウスにしては真面目な顔で言う。きっと全部ばれているに違いない。
「……僕は、駄目な王様なので。優秀な臣下を集めるしか方法はないんですよ」
「帝国からものをもらうのは感心しない」
キルキラのことを言っているのだろう。
本当に、僕なんかよりずっと王にふさわしい人格者だ。
何故、この人は花を持っていないのだろう。
フローテの花というのは自殺願望でもあるのかもしれない。ユーリウスを王に選ぶのだから。
「僕は拾ったんです。もらったわけじゃありませんよ」
テデリウスはらしくない溜息をついた。
しばらくうなって金糸のような髪をぐしゃぐしゃにかき回すと諦めたように笑った。
「まったく、君はいったい何を企んでいるんだい、ユーリウス王」
ユーリウスは花茶に写る自分の顔をじっと見つめた。
「……何も。ただ王である僕に必要なものをそろえているだけです」
マリア・ルーデウス・キシニアは混乱していた。
実家はキシニア男爵家。フロテティーナの東、辺境の地を治める豪族の四人兄弟の末っ子である。
とてもじゃないが王の執務室に招かれるような身分ではない。
しかし、事実、マリアの目の前では背中まで伸びた赤髪を緩やかに結った少年が、愉快そうに笑っていた。
マリアは訳も分からずにただ少年に最敬礼をしてみせた。
「君はとても有能だと僕は思う」
少年は花街で育った、花もちの王子、いや、つい一昨日戴冠式を済ませた立派な王である。
そんな王に有能と言われてマリアは微妙な気持ちになった。
そもそもマリアはあの戴冠式の日、王となる少年の気をひこうと着飾った侍女たちのなかで、いつものお着せを着て、仕事をこなしていただけの侍女である。
仕事というのも彼を着飾るための宝石を恭しく掲げてみせ、実際に飾る役割を担っていた侍女に渡すという地味なものだ。
目立つことなどまるでない。
なにこの若い王は、君にしか頼めないことがあるんだ、と内緒話をするように囁いた。
「この手紙を僕が言う人に渡して欲しい。決して周りに知られてはいけないよ」
そう言って渡されたのは、手紙というには雑な仕上がりの、茶けた封筒に入れられた紙切れだった。
「あの」
「大丈夫。君ならきっと彼を探し出せるし、誰にも見咎められない」
マリアは、君地味だから、という言葉をしっかりと聞いた。
憤慨ものだったが、王が地味な侍女を探していたというなら、自分はぴったりだろう。
何の変哲もない自分だから。
王は少し落ち込んだマリアに気づいたのだろうか。
少し首をかしげて、笑った。
「僕は君が優秀だと思うから任せるんだよ」
とってつけたお世辞だったけれど、頼まれたからにはしっかりやりたい。
マリアはお任せくださいと返事をした。
少しだけうきうきとして王から渡された手紙を大事にしまった。
たとえ頼りないと噂されている王でも、この国の王から直接仕事を託されたことを誇りに思いながら。




