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この丘の草原で

作者: 仁川 龍

 

不思議な女の子を見つけた。


 それは夏のように蒼く澄んだ空が広がるある春の日のこと。その日は風がとても気持ちよく吹いていたので、僕は昼寝をしようと街が一望できる丘の草原に来ていた。

ここは誰も知らない穴場のようなもので、一人になりたいときはよく来ている。なのでここでは初めて人に会ったと言ってもいい。               

僕はしばし驚きのため、固まっていたが、徐々にその女の子の容姿に興味が湧いてきたので少し近づくことにした。しかし後ろ向きなのでよくわからない。

どんな顔をしてるんだろう。どんな声をしているんだろう。年は同じ位かな?と女の子の後ろでそわそわしていたら、彼女はいきなり振り向き、こちらを見てきた。

 

季節外れの白いワンピース、ちょっと大きめの麦わら帽子。風になびき、光り輝く透明感のあるシルバーの髪。とても白い肌。そして、とても澄んだ青空のような群青の瞳・・・と、とても綺麗で儚い、そうまるで世界を模したような、そんな容姿だった。

 

 僕らは長い間/少しの間、見つめあった。

まるで、


久しぶりにあった友人のように


とても愛し合う恋人のように


長い間連れ添った夫婦のように


見つめあっていた。


 なぜだろう、初めて会ったはずなのに昔からその姿、雰囲気、性格を知っているような気がする。そんな疑問を持ちながらも、僕は彼女を一心不乱に見つめていた。すると彼女は

「君、いつまでもそこに立ってないで、横に座りなよ!」

 と屈託のない笑顔でぽむぽむと横に座ることを催促してきた。その声はまるで教会の鐘のようだ。僕は言われるがままに横に座る。


 いつもは一人で読書をしたり、昼寝をしたり、絵を描いていたりするので、横に誰か居ることが新鮮でむず痒い。それがとても綺麗な女の子ならなおさらだ。彼女は横に座ることを言った以来無言を貫いている。いや、貫いているというか、遥か遠くを見ている。それも陸ではなく空を。白い雲が風に揺られゆっくりと移動する、綺麗な空を。僕はそれに倣って、空を眺めることにした。


 柔らかい風を感じる。心地よい日差しを感じる。流れる雲は僕の心を落ち着かせ、草の柔らかい感触はどこまでも僕をリラックスさせた。なるほど、彼女は今これを感じているんだとわかると、なぜか嬉しく思えた。すると

「落ち着いた?」

 と彼女は聞いてきた。どうやら僕が彼女を不思議がって、緊張していたことを見抜いていたらしい。少し恥ずかしくなり、笑ってごまかしたら、彼女も笑った。とても綺麗な笑顔だった。

 彼女は僕の顔を覗き込むように、顔を近付かせ、こう質問してきた。


「君はこの世界についてどう思う?」と。


 世界?僕らの住む人間世界という意味か。そうだなぁ・・・僕は、世界は破壊されるのと同時に救われるものだと考えている。

「破壊されるのと同時に救われるもの?」

 そう、人というのは、絶え間ない闘争の中を日々過ごしている。それは自然でも同じことが言える。しかし人は、動物のように本能のまま、自分が生きるためだけに闘争をするだけには止まらず、自分の欲のためには必要以上の殺戮をし、ましてや母なる星である地球を壊すまでに至るという救いようがないところまで来てしまった。

それを『破壊』と言わずして何と言おう。

「そう・・・だね。そう考えるとなんで人はそこまで救いようがないところまでいっちゃたんだろうね・・・え、でも救いが あるって・・・」

 そう、でもまだ人には『救い』があったんだ。僕はそう思ってる。

「なんでそう思うの?」

 小さい頃聞いた話なんだけれど、なんで人のことを『人間』っていうと思う?人間って『人』の『間』って書くよね。

なんでそう書くかっていうと、人は一人では生きられない。だから人と人の『間』には絆があり、互いを助け合って生きていく。つまり、たとえ他人同士だとしても何かしらの『間』というものがある。だから、人間は『人』に『間』って書くんだってさ。


 僕がそう言い終えると、彼女は思案にふけてしまった。しかし月並みなことながら、自分でもそう考えていたんだと思うと驚きを隠せないでいた。そうしていると彼女は何かに気づいた顔でこう言ってきた。


「でもさ『人』って互いに支えあうって意味があるから、あんな形で書くんだよね?そこ言い忘れてない?」

 

ああ、それもあったか。痛いとこついてくるなぁ、と僕は少し落ち込んでしまった。

すると背中に何か覆いかぶさるような感触があった。何だろうと背中の方に顔を向けると、すぐ横に少女の顔があった。そして後ろから抱きしめられていることに僕は頭がパンクした。条件反射のように背中の方に意識を集中させまいと頑張っていると


「そんなに緊張しないで、リラックス、リラックス。」


 とまるで母親のようなことを言われた。しかしその言葉に僕は素直に従うことができた。気持ちが落ち着いてくると背中に当たる感触が感じられた。意識した瞬間、また緊張するかもと思ったが、違った。

 むしろ彼女の感触は

 

まるで

 

母親のように

 

吹いている風のように

 

草原に生い茂っている草のように

 

心地のよいものだった。

 

そうしていると彼女は背中におぶさったまま、耳元で囁いてきた。


「私は『人』って漢字はこういう状態のことを言うと思うの。お互いの体温を感じれるし、なにより、とても安心する状態じゃない。私はこのことを支えてるって思うの。」


「でもね、『人』っていう字にそう思えるから、私はある疑問が出てきたの。」


「このごろの世の中って、『救い』より『破壊』の方が多いと思うの。」


「それを止めるためにはどうすればいいのかなって。私と君がこう話せるように、分かりあえているようにって。」

 

難しいことを聞いてくるなぁと思っていると、こんな方法が思いついた。

 

 いっそのこと皆、一度一斉に立ち止まるのはどうかな?

「立ち止まる?」

 そう、一度立ち止まるんだよ。皆、前へ、前へ行こうとするから、問題が置き去りにされてしまうんだよ。だけど立ち止まって問題をじっくりと考えて答えを出していけば、皆の心の中に余裕が出来て、分かりあえるようになると思うんだよ。たとえばこの草原のような所で、心を落ち着かせながら話したら、喧嘩にはならないだろ。そんな感じに世界の皆がすればいいんだよ。僕らのように。


 とまぁこんな感じのことを言った。すると彼女は笑いながら、こう言った。


「ぷ、ふふ、あははは!君って面白いね!」

 そ、そうかなぁ・・・

「だって普通、そんなことわかっていても言わないもんだよ?だけど君は自信たっぷりに言った。これが面白くないはずがないじゃない。」

 何気にひどいこと言ってない?

「あ、違う、違う。私は褒めているんだよ。君のその純粋な気持ちにね。」


 その時の彼女の顔は僕に見せた表情のなかで一番輝いていた笑顔だった。それだけで僕は彼女が本心から言っていることが分かった。

 

それから彼女と何個か話をした。とても心が温まった。

そして夕暮時、彼女は、最後に一つだけ良いかな、と聞いてきた。


「君ってここの草原は好き?」

 好きだよ。ここは僕の心の故郷って言っても良いくらい。



「そっか、   、誰かの心の故郷になれてたんだ。・・・ありがとう。」



 と彼女が言った瞬間、強風が吹き、目を瞑ってしまった。次、目を開けた時には彼女はもう居なくなっていた。

 

今でも彼女の正体はわからない。でも分からなくてもいい。彼女と話したことで世界が特別変わったということは無いが、僕が彼女と話したことに意味があると思っている。

もし彼女ともう一度会えたなら、今度はもっと色んなことを話してみたいと思う。




よく晴れた日のこの丘の草原で。


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