表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

微笑む君の隣で

作者: 水無月 汐璃

  空には真夏のギラギラ輝く太陽。その下で賑わう人々が歩き回っている。電車の音とモニターの電子音、人のざわめきが流れ行くここは休日の駅前。

「………………」

 そんな中、俺はと言うと顰め面で頭を掻きながら立ち尽くしていた。

 どうしてこんな事になったんだ……未だに納得がいかない。そもそもイタズラやドッキリ――じゃないよなぁ。そんな事をする子には見えないし、思えない。

 そう、俺が何故、休日にこんな場所で立ち尽くしているのかと言うと、2週間前までに遡る出来事だ――…………。


「あ、あの……ずっと、好きでした! 私と付き合って下さい!!」

「……………………は?」

 夕暮れの教室の中。追試をようやく合格して、自分の教室へ戻って、鞄を手に取って帰ろうとしていた時だった。

 誰も居ない筈の教室に一人の女の子が残っていた。その子の名前は愛葉あいば 水姫みずき。秀才、運動神経も良い、容姿も可愛い、それでいてお嬢様という絵に描いた様な子。

 だからクラスどころか学園中に人気があって、ファンクラブまで結成されている。

 俺みたいに平凡以下でふらふらしながら生きている様な人間とは大違いだ。だから特に声も掛けず、気にせずに帰ろうとしたら、彼女に告白をされた。

「………………」

 夢、だよなこれ? うん、そうだ。そうに違いない。そうであってくれ。

 あまりの出来事に思考が固まってしまう。今の俺の表情はとてつもなく情けない表情をしている筈だ。

「好きだったんです……だから、その……」

 愛葉さんは俺の前に立って、顔を真っ赤にしている。胸の前で合わさった手を微かに震わしながら、俯いてもじもじとしている。

 その姿はとても可愛らしく、ただ一人の女の子として立っていた。

「…………あ、いや、その……人違い……じゃないのか?」

「違います! 私は……秋月さんが、秋月 久也さんが、好きです」

 ようやく出せた言葉は、凄く失礼な発言だった。怒られてもおかしくはない。でも愛葉さんは真っ直ぐな目で俺の名を言って、好きと言った。

 純粋な好意を投げられて、頬にカーッと熱が溜まって行くのが分かる。今まで女の子と付き合った事もないし、話したこともほとんどない。

 だからお嬢様でもある愛葉さんに告白されている現実を前に、何も言えなくなる。

「久也さんの、返事聞かせて欲しいです」

「あ……俺、は……」

 誰だって突然、告白されたら頭が真っ白になり、何も分からなくなる。

 どう応えれば良いのか。どうして愛葉さんは俺を好きと言っているのか。ごちゃごちゃになって訳が分からない。

「俺は……君と違って、バカだし、不真面目だし、フラフラしてるし、特にこれといって出来る事もない。俺なんかより、もっと良い奴が居るだろ」

「『俺なんか』――なんて言わないで下さい。私は、そんな久也さんだから……好きになったんです」

 愛葉さんは俺の目を見続ける。その目は決して嘘を語っている目ではない。愛葉さんは本気で俺を好きと言っているんだ。

「だから、久也さんの返事――聞かせて欲しいです」

「っ…………俺は――」

 俺は、どうなんだ? 俺から見ても愛葉さんは綺麗で可愛い。正直言えば、こうやって告白されて嬉しい。

 でも俺の気持ちは……どこにある? 本気で好きと告白されている。だから俺も自分の本心で答える必要がある。ただ嬉しいから、可愛いから好きと言うのは間違っている。

 そんなの、愛葉さんの気持ちを踏み躙るようなものだから。

「まだ、答えられない…………。正直、いきなり告白されて戸惑ってるのもあるけど、俺の中の気持ちがまだはっきりとしていない。曖昧な返事はしたくない。だから、その……上手く言えないけど、返事はまだ出来ない」

「やっぱり、久也さんらしいです」

 俺の言葉に愛葉さんはやっぱりと優しい微笑みで呟いた。

「その……再来週、週末の予定は空いてますか?」

「…………空いてるけど」

「ではデート、してくれませんか?」

「俺はまだ愛葉さんに返事――」

「だから、デートするんです。それでお互いを知れば良いんです。ですから、再来週の週末、朝十時に駅前で……ダメですか?」

「…………ダメ、じゃないけど」

「では再来週の週末。楽しみにしています」

「あ…………」

 俺の返事を聞く前に、愛葉さんは鞄で顔を隠しながら教室から飛び出して行ったのだった――…………。



「………………」

 やはり納得がいかない。どうして愛葉さんは俺を好きになったのか。この二週間、ずっと考えているが未だに分からない。

 それに愛葉さんは『ずっと好きでした』と言った。それはつまり、ずっと俺を見ていたという事になる。

(やっぱ分からない……そもそも、俺と愛葉さんに接点なんて、今までほとんど無かったよなぁ……)

 課題回収の時や、授業をサボった時とかに、向こうから話し掛けてくるくらいしか接点は無い。しかも一言二言、あちらから声を掛けてくれるだけで終わってしまう。

(…………どうして愛葉さんは俺の事を好きになったんだ?)

 そんな事を考えていると、辺りがざわざわと騒がしくなる。顔を上げてみると、目の前の道に黒く長い車。金持ちしか乗れない、リムジンが止まっていた。

 黒服の執事と複数のメイドに導かれて、車の中から一般的な私服を身に纏った女の子が出てくる。

「ではお嬢様、お気をつけて」

「頑張ってくださいね!」

 言葉と同時に扉がばたりと閉まり、リムジンはどこかへ去っていく。取り残された女の子はキョロキョロと辺りを見回し、やがて俺と目が合った。

「お待たせしました」

 女の子は俺の方へ小走りで走ってきて、俺にそう告げたのだった。

「………………あ、愛葉……さん?」

「すみません、少し準備に手間取ってしまって……」

 腕時計に目をやると、時計の針は十時五分を指していた。

「いや、俺もついさっき来たとこだし、気にするな」

「わぁ! メイド達や本の言う通りの会話ですね!!」

 愛葉さんにそうフォローをすると、目を輝かせながら笑った。

 やはり、お嬢様となると普通のデートに憧れる――よな。だってお嬢様だからこそ、俺にとっては当たり前の普通を知らない。

 だからこんな些細な事でも愛葉さんにとっては嬉しい事なんだろうな。嘘を付いて良かった。一時間以上前から来ていたのは秘密にしておこう。女の子は早く来ると雑誌に書いてあったから、つい早起きしてしまったしな。

「どうかしたのですか? もしかして、何か変、でしたか?」

 俺が何も喋らずにいたせいで、愛葉さんは自分の服装を見回して、不安そうになっていた。

「……え、あ、いや……その、初めて私服姿……見たから。へ、変じゃない! 凄く似合ってて可愛い!!」

 愛葉さんは白色の上着に、リボンが付いたキャミソール。フリルがあしらわれたミニスカートに、ハイソックスという、お嬢様みたいに綺麗な格好ではなく、俺と変わらない一般的な普通の服装をしていた。

 普段の勝手なイメージからのギャップもあるのか、凄く似合っていて、可愛かった。

「あ、ありがとう……ございます」

 愛葉さんはミニスカートを両手で押さえながら真っ赤になっている。本当に、こんな子が俺を好きと言ったのは……未だに信じられない。

「そ、それよりさ! 今日の予定って……決めてる?」

「あ!」

 愛葉さんは顔を上げてしまったと言った表情をしていた。

 多分、浮かれていてそこまで気が回らなかったんだろう……だって俺もそうなのだから。人生初のデートで、どうすればいいか、身嗜みはどうするか、楽しむにはどうするかと大変だったから。

 愛葉さんが好きと言った理由と一緒に初デートに悩んでいて、この二週間まともに授業の内容を覚えていない。

 そして実際のデートでどこを回ればいいのかと、気付いたのは昨日の夜だった。

「すみません……すっかり忘れていました……」

「ははは、大丈夫。一応、俺の方で考えてきたから。つっても、楽しめるかどうかは保障できないけれど」

「いえ、久也さんと一緒ならどんな場所でも楽しめますから」

「っ…………」

 心臓がドクンと跳ねて、胸が締め付けられ、動機が激しくなる。愛葉さんの顔を真っ直ぐ見れなくなって、つい視線を逸らしてしまう。逸らさないと俺がどうにかなってしまいそうだったから。

「じゃ、じゃあ、電車に乗って移動……だな」

「は、はい!」



 そうして意気揚々と駅の中に入ったのは良いのだが……

「え、えーっと、ここにお金を入れて、切符を買うんだよね……きゃぁっ!」

 愛葉さんの手からお金が零れ落ち、辺りにチャリンチャリンと硬貨が幾つも地面に落ちる音が鳴り響く。

「すみませんすみません! え、えっと……これで大丈夫!! 久也さん、切符買えました――きゃあ!?」

 後ろの人に頭を下げて、ようやく切符を買えた安堵から、俺の方へ走ってくる。しかし、その足は改札口により止められて、愛葉さんは危うく転びそうになっていた。

「ひ、久也さん…………」

「………………右側の場所に、小さい長方形の穴があるだろ? そこに切符を入れれば大丈夫だ」

「穴……穴……これですね! やった、開きましたよ久也さん!!」

「よ、良かったな…………」

 どうやら俺にとって当たり前の事は、愛葉さんにとっては未知の領域らしい。電車くらいなら――と侮って、先に行くべきじゃなかった。

「すみません……ご迷惑を掛けてしまって」

 何とか無事(?)にホームに辿り着くと、愛葉さんはしょんぼりとしながら謝ってきた。

 あーもう、何やってんだ俺は。折角のデートなのに落ち込ませたら世話無いだろ。

「気にするな。むしろ愛葉さんを置いて、先に行った俺の方こそ悪かった」

「いえ、久也さんは悪くないです! 私が、世間知らずなだけですから」

「そこをフォローしなかった俺が悪い。愛葉さんは悪くない」

「違います! 私が悪いんです!!」

「違う、俺が悪い!」

「私です!!」

「俺だ!!」

「「………………」」

「ぷっ、あはははは!!」「くすくすくす……ふふふ」

 お互い譲らない様子で張り合っていると、可笑しくなって二人同時に笑い出してしまう。

 俺と愛葉さんって意外と似たもの同士なのかもしれない。

「久也さんは頑固です」

「愛葉さんの方こそ」

「分かりました。お互い様という事で手を打ちましょう」

「それもそうだな」

 そんな会話をしていると、電車が駅のホームに入ってきた。これに乗って八駅先が今回の目的の場所だ。

「それじゃ行こうか」

「はい――きゃっ!?」

「っ、危ない!!」

 電車に乗ろうとして、人ごみにぶつかり、躓きそうになった愛葉さんの手を咄嗟に取る。

「大丈夫か? やっぱ休日は人が多いな…………ごめんな、あまりその辺、気を使えなくて」

「いえ、助けてくれてありがとうございます。あ、あの……それより、手――」

「……へ? あ、わ、悪い!!」

 咄嗟の事だったとはいえ、俺の手は小さな愛葉さんの手をしっかりと握り締めていた。

「す、すぐ離すから」

「あ……嫌です! 離しちゃ嫌です……」

「そ、そっか…………じゃあ、このまま……繋いだまま」

 甘い。甘すぎる……何だこの空気は。いや、デートだから当たり前なんだろうけどさ!? 雑誌や漫画で読んだ以上に甘くて恥ずかしすぎる! 

 でも繋いだ手は小さくても暖かくて、守ってやりたいと思う。

「あ……電車……」

 気が付けば電車はホームから発進していて、ホームにはぽつんと俺と愛葉さんだけが残されていた。

「行っちゃったな……ま、まぁでもすぐ来るから待ってようか」

「…………はい」

 愛葉さんは小さく、手を握り返してきた。だから俺も少し強く握り返す。チラッと横目で愛葉さんを見るとばっちり目があって、慌ててそっぽを向く。俺も愛葉さんも同じ様に気にしているみたいだ。

 恥ずかしくて言葉が出ないけど、心は満たされている……とはこういう事を言うんだろう。




電車に揺られる事、十数分――ようやく目的の場所に辿り着く。駅から出ると、ぎらぎらと太陽の光が降り注ぎ、目の前にはそよ風で木々が旋律を奏で、風に乗って、潮の香が鼻へと漂ってくる。

「ここは…………」

「何も無い場所でがっかりしたか?」

 辺りには都心みたいに高いビルなんて一切無い。あるのは山と小さな家屋だけだ。

「いえ、そんな事はありません。ただデートなので、遊園地やそういう施設に行くものばかりだと思ってて」

「愛葉さんはそういう場所に、両親とかと一緒によく行った事あるんだろ?」

「はい」

「親子じゃなくデートでそういう場所も良いかなって考えたんだけどな。やっぱりデートは楽しまないといけない。愛葉さんを楽しませるならどうするかって考えた。単純に考えた結果、知らない場所で遊ぶってのが一番かと思ってさ」

 お嬢様故に遊園地みたいな娯楽施設は両親と一緒に小さい頃から何度も行っている筈だ。だからデートで行っても心から楽しめる――とは言い切れない。

 デートは好きな人と楽しむものだ。楽しむにはどうするか――人が一番楽しいと思えるのは、知らない事に直面する事。

 我ながら子供っぽいとは思うが、小さい頃の子供心があった時は間違いなく楽しんでいた。それは今も変わらない。だからお嬢様である愛葉さんが知らない所にデートしようと考えたのだ。

 その場所は俺の故郷でもある町。周囲は山を基本として自然に囲まれていて、近くには海もある。都市みたいに発展はしてなく、昔ながらの寂れた町。それでも都市部には無い活気がここにはある。

「っ、……ぐすっ」

「!? そ、その、嫌……だったか?」

 そう告げると愛葉さんは泣き出した。突然の事に俺はあたふたしするしかなかった。

 や、やっぱり不味かったか? こういう辺鄙な田舎じゃがっかりさせてしまったのか……あぁもう、俺にもっと恋愛経験値があれば良かったのに!!

「いえ……違うんです。久也さんが、ここまでしてくれたのが嬉しくて……」

 な、なんだ……嬉し泣きだったのか。嫌な気持ちにさせなくて安心した。

 だが同時に凄く恥ずかしくなって来て、顔が沸騰するかと思うくらい熱が篭り出す。

「そ、そりゃ……デートなんだから、楽しまないとダメだから……と、とりあえず歩くか!!」

「は、はい!」



「綺麗……これ、何なのですか?」

 愛葉さんは途中にあった店の前で砂が詰められた瓶のキーホルダーに見惚れていた。

「星の砂だよ。中を良く見たら星みたいな砂や貝殻があるだろ?」

「あ! 本当です! 綺麗……」

「その……良かったら、記念にプレゼントしようか?」

「え…………だ、ダメですよ! 久也さんにそんな迷惑掛ける訳には……」

「俺がしたいからするんだ。愛葉さんが良いならだけど……嫌か?」

「ずるいです……そんな言い方。嬉しいに決まってます」

「じゃ、少し待っててくれ」

 キーホルダーを持って、奥に居る店主に話し掛けて会計を終える。

 本当はプレゼントするつもりは最初は無かった。でも星の砂に見惚れる愛葉さんが綺麗だったから、つい衝動に駆られてしまったのだ。

「こんな辺鄙な地でデートかい、久也?」

 店主であるおっさんが小指を立てながら話しかけてくる。その指の動き、生々しいから止めて欲しいんだが……指摘はするまい。

「地元を辺鄙って言うか……まぁそうだけどよ」

「あの恋愛事に接点が無さそうな久也がねー……成長するもんだな」

「余計なお世話だっての」

「はいはい。頑張れよ。ちゃんとペアルックにしといたからな」

「なっ!?」

 袋の中を見ると、一つだった筈のキーホルダーが二つになっていた。それもご丁寧に青と赤の鈴が付いているペアルック仕様に。

 本当に余計なお世話すぎる……!!

「おかえりなさい、久也さん。店主さんと話してたけど、何を話してたの?」

「あー……いや……お節介を焼かれたというか」

「お節介?」

「…………これ」

 袋の中からペアルックの星の砂キーホルダーを手の平に乗せると、愛葉さんはぼっと湯気を頭から立てた。

「お、お節介……そ、そう言う事なんだ」

「嫌だったら――」

「嫌じゃ無い! 久也さんとペアルックで嬉しいです」

 だからそうやって幸せそうな嬉しい表情で笑顔になるのは卑怯だろ……。そんな風にされたら、俺だって口元がにやけてしまう。

「そ、そうか。じゃあお揃いのペアルック――あああああああ!!」

 口に出すと恥ずかしさがやばい! 顔から火じゃなく炎が出てしまいそうだ! それでいて、口元がにやけそうでたまらない。というか…………愛葉さんが可愛くて、ついギュッとしてしまいたい衝動がさっきから暴走しそうで、理性をフル動員させている。

「や、やっぱ恥ずかしいね……あはは」

「と、とりあえず赤色で良いか?」

「うん、ありがとう。大切な宝物にするね」

「っ――――」

 俺の手の中にある、赤い鈴が付いた星の砂を取り、それを大事そうに見守りながら、赤くなる横顔をみてドキッとする。

(俺……愛葉さんが、好き……なのか、これは)

 不思議と胸の中が暖かくなって、どきどきしている。これってそういうこと……なんだよな? 我ながら、単純すぎ……だろう。

 そりゃ、前から愛葉さんは可愛いと思ってたけど、ちょっとデートしただけで好きになるって……軽薄じゃないか?

「久也さん、次はどこに行くのですか?」

「あ、あぁ……次はそうだな――」

 早急に結果を出さない方が良いよな。長引かせるのもダメだが、今すぐ出すものでもない。だから今はデートを楽しむ事に集中しよう。



 町中を歩いていると、定期的に声を掛けられる。

「お、久也坊じゃないか。元気してるかい?」

「はは、問題なく元気ですよ」

 店の前を通りかかれば――

「よぅ、もしかして久也かい?」

「はい。お久しぶりです」

「ほー……おっきくなったなぁ! そっちの子は彼女かい?」

「え、えっと私はその――」

「まだ違います!」

「ほほう、まだ違う――ねぇ。どうだい? デート記念に何か買ってくれよ」

「余計なお節介です!!」

 道を歩いていても――

「こんにちは、久也」

「こんにちはです」

「今日は休日利用して里帰り?」

「まぁ似たようなものですよ」

 小さな住宅街の傍を歩いていても――

「あら、久也ちゃん? こっちに戻ってきたの?」

「いえ、今日は遊びに来てるだけですよ」

「うふふ、幸せそうにデートかしら?」

「あ、いや……――――そ、そうです」

「あらまぁ! 本当にデートなのね! あの久也ちゃんが……これは大ニュースよ!!」



「………………やっぱり来る場所間違えたか?」

 喫茶店で休憩兼昼食をする為、二人で向かい合って椅子に座る中、俺は項垂れていた。自分から来ると決めたものの、今日一日で、俺に彼女が出来てデートしに来ていると、噂は広まり切るだろう。

「皆さん、久也さんを見かけると声を掛けてきますが……お知り合いなのですか?」

「似たようなものかな。皆、家族みたいなものだから」

「家族……ですか?」

「ここは俺の故郷だからな。皆、お人好しでお節介なんだよ。この店も小さい頃から世話になったマスターが経営してるんだ」

「そうだったんですか……知りませんでした。でもおかげで普段知らない久也さんを知る事が出来ました。やっぱり変わらず、久也さんは優しくて真っ直ぐです」

「…………なぁ聞きたいんだけど――」

「お待たせしましたー、ご注文の品です」

 やっぱり変わらず――愛葉さんにその事を聞こうとした瞬間、ウェイトレスがやってきて注文した物が机の上に置かれていく。

「………………」「え、え、……こ、これは……そ、その……」

 置かれていくのだが……明らかに注文していないものが置かれている。正確には二つ注文した飲み物が一つのグラスに纏められて、その中にハート型のストローが差し込まれている。

 まだそれなら良い。問題はストローが一本で、飲み口が二つに分かれている――所謂カップル向けのジュースなのだ。

「え、っと……俺達、こんなの頼んでないんだが…………」

「マスターからのご伝言です。『久也、俺からの奢りとサービスだ』。それではごゆっくり~」

 机の上には海鮮パスタとジュース。更にパスタを食べる為のフォークも一本しか置かれていない。

「よ、余計なお世話でお節介すぎる…………」

 やはり、知り合いの店に入るのは失敗だった。昔、よくお世話になってるから挨拶するついでに昼食を取ろうとか思うんじゃなかった!

「え、えっと…………」

 愛葉さんはチラチラと料理と俺を見ながら、両手をもじもじとさせている。

 これは……しないといけないのか? 今更、無理だって言うのも失礼だし……やるしかないんだろうな。

「せ、折角のご好意ですし……す、素直に受け取りましょう」

「無理しなくていいんだぞ?」

「無理なんかしてません! そ、その……久也さんと、してみたいから……」

「っ……わ、分かった。じゃ、じゃあまず……どっちから?」

「ジュ、ジュースの方から」

「お、おう」

 中央にあるグラスに指されるハート型のストローへ口を近づける。必然的に、愛葉さんの顔が至近距離になって見えてしまう。

 黒い瞳は揺れながら俺を見つめていて、頬は紅潮している。よく見れば薄っすらと化粧をしている。

「あ、あまり……見ないで下さい。は、恥ずかしいです」

「ご、ごめん! 努力は……する」

 無理だ。こんなに可愛い女の子を見るなと言う方が無理だ。震えながらストローを持つ手も、チラチラと動く視線も、紅潮する顔も、何もかもが目に入ってしまう。

 仕草一つを見逃したくないと思ってしまう。あぁ、もう決定的だ……俺は愛葉さんが好きなんだ。好きになってしまっている。

「じゃ、じゃあ一緒に吸うぞ」

「――――(コクコク)」

 愛葉さんはいっぱいいっぱいで必死なのか、言葉を出さずに頷いた。それを合図にストローからジュースを吸う。

 口の中には微かな酸味としゅわしゅわとした炭酸が広がる。ただ味覚への刺激だけが口の中に伝わる。

 恥ずかしさとドキドキで味なんて分かる訳が無い。

「ん…………」

 目を瞑って、ストローからジュースを飲む愛葉さんは、まるでキスをしている様な表情で――

「っ!!」

 咄嗟にストローから口を離してしまう。

「はぁっ……はぁ…………」

 俺、今……何、考えた。好きって自覚したから、変なこと、考えてるんじゃねーぞ俺……落ち着け、落ち着くんだ。

 そう自分に言い聞かせるが、全力疾走した時みたいに呼吸は荒く、心臓の鼓動がうるさく暴れまわり続けている。

「久也……さん?」

「っ、いや……悪い。息が続かなくて……」

 嘘だ。だからって恥ずかしくて、変なこと考えかけたから咄嗟に口を離したなんて言える訳も無い。

「じゃあ、次はパスタ……食べますか?」

「っ、う、お、おう」

 愛葉さんがフォークを手に取って、綺麗にパスタをフォークに巻きつけて行く。

「そ、それじゃ……あ、あ~ん」

「い、ただき……ます」

 パスタを口に入れるが、勿論味なんて一切分からない。

 もう恥ずかしさと心臓の鼓動で死んでしまいそうだ。

「お、美味しい?」

「あ、あぁ……今度は俺の番だな」

 フォークを受け取って、パスタを巻きつける。しかし愛葉さんの様に上手く巻きつかない。元々、パスタ自体をフォークで食べないのもあるが、緊張と恥ずかしさで手が震えているのが主な理由だった。

 不器用ながらも何とかある程度巻きつけて、愛葉さんの口へとフォークを持って行く。

「…………あ~ん」

「あぅ…………うぅ……はむっ」

 愛葉さんは上目遣いで何度か視線を動かしてから、意を決してパスタへと口を付ける。

「あ、味なんて分からない……恥ずかしくてドキドキして、もう分からない……」

「そ、そうだな……うん」

「あっ……か、間接キ――――ああああぁぁ……」

 愛葉さんは両手で顔を覆って、ふるふると頭を振って悶えていた。同じ様に俺も羞恥心で穴があったら埋まりたい気分だ。

 間接キス……してしまった。その事実に全身に熱が篭っていくのが分かる。手の平は手汗でびっしょりしていた。

「そ、その……」

 あぁもう、どうやって声を掛ければ良いんだよ!! 

「嫌じゃありませんでした……? わ、私とその……か、間接…………」

「嫌なわけあるか! むしろ嬉し――あ」

「あ、ありがとう……」

「どういたし……まして?」

 会話の流れがもう無茶苦茶だった。こそばゆい感触だけど、満たされている。

 羞恥心と心臓の暴走に耐えながら、何とか甘々の昼食を食べ終える。

「もう色んな意味でお腹一杯だね……」

「同感だ」

「でも……また、してみたいかな。――…………なんてね」

 悪戯っぽく舌を出しながらお茶目を言うなんて珍しいな……愛葉さんの普段見ない姿を見た気がする。普段はお嬢様っぽくお淑やかで静かなのに、今日は明るく、素直でなんだか子供みたいだった。

「あの……私、もっと久也さんの事知りたいです。久也さんの事も、久也さんが住んでいた場所の事も、もっともっと知りたいです」

「…………俺も、愛葉さんの事、知りたい」

「…………え」

「あ、いや……その、だ、だからだな……」

 好きと自覚した瞬間、しどろもどろになって、上手く言葉が出せなくなる。我ながら情けなさ過ぎる。

「………………久也さん」

 そんな熱い視線で見つめないでくれ。もうどうにかなってしまいそうだ。ダメだ、俺の理性。まだ崩壊するな……したらここで試合終了だぞ!!

「お、泳ぎに行くか!!」

 出た言葉はそんな言葉だった。情けなくて泣きたくなる。本当はもっと色んな表情を見てみたい、色んな事を話したいとか言えばいいだけなのに。その一言が喉につっかえた様に出ない。

「で、でも私……水着、持ってません……」

「あ……俺もだ」

 何と言う失態だ。というか海がある地元なのに水着を忘れるとかバカなのか俺は……。

「あの、久也様。マスターからのご伝言です。『水着なら海の家でレンタルがある。しっかりとエスコートしろ』との事です」

「ど、どうも」

 ウェイトレスさんが傍にやってきてそう告げた。今だけはマスターのお節介に感謝する――が、どこから俺達の会話聞いてやがる……。

「それと『男なら言いたい事ははっきりと言え。言わないと伝わる事も伝わらなくなるぞ。例え、短い時間で好きになったからって黙ってたらな。お幸せにな』です」

「なっ――!?」

 俺だけに聞こえるようにウェイトレスさんが耳元で呟き、そのまま奥の厨房へと引っ込んでいった。

「久也さん?」

「な、何でも……ない」

 くっそ、全部お見通しって訳かよ……でも正論だ。正論が故に何も言い返せない。

「水着の心配は無くなったし、泳ぎに行くか」

「はい!」



「それ! 久也さん!!」

「わぷっ!? この……やったな……お返しだ!!」

「きゃーっ!!」

 喫茶店を後にして、海へやって来た。水着に着替えようとも思ったが、さすがに真夏の休日。しかも昼過ぎは海水浴客がたくさんだ。

 水着のレンタルもサイズや似合うのがほとんど無かった。だから一旦、町を巡ってから再度やってきたのだが、同じ状況だった。

 何でも今日は絶好の海水浴日和で海水浴客がひっきりなしとの事らしい。だからと言ってこれ以上、時間をずらせば日が暮れてしまう。

 真夏だから、すぐに服が乾いて風邪を引く事は無いだろうと言うことで、着替えずに波打ち際で遊ぶ事にした。

 そういう訳で、今現在は水のかけ合いっこをして遊んでいる。

「やりましたねー……覚悟して下さい!」

「そっちこそな。昔から、よくこうやって遊んでたんだ。ただじゃかけられないぞ」

 俺も愛葉さんも子供の様に海水を手にとっては、相手へと向かってかけ合う。勝ち負けも何も無いけれど、気付けば勝負みたいになっていた。

「それっ!」

「おっと、そう簡単には当たらないぞ」

「むー、久也さん、避けないで下さい!」

「避けなかったら勝負にならないだろ?」

「きゃぁっ!! 私だって、負けません!」

「うおっ、危ねっ!!」

「だから、避けないで下さいよーー!!」

「狙いが甘い。こうやって水をかけるんだよ」

「わぁっ!?」

 左手で海水を掬い、水をかけると思わせておいて、実の所は足で水を蹴り飛ばす。愛葉さんはそんなフェイントを想像していなくて、頭から海水を被った。

「ひ、卑怯です!」

「勝負に卑怯も何もな――…………」

 何も無い――と言い掛けた瞬間、固まってしまう。頭から全身に海水を被った愛葉さんの服は肌へと張り付いていて、薄っすらとフリルの下着が透けてしまっていた。

 その光景に愛葉さんは気付いていないのか、隠す素振りも見せなかった。

 よくよく考えれば、安易に起こる状況だった。つい、楽しくて夢中になって、そんな事を想定する思考は無かった。

「隙在りです!!」

「へ!? どぶあっっ!?」

 目を奪われている隙に、愛葉さんの両手から大量の海水が飛んで来ていた。気づいた時には時既に遅く、同じ様に全身から海水を被っていた。

「勝負に卑怯も何も無い……ですね」

「あ、あぁ…………」

 俺はそれ所じゃなかった。見てはいけないと思うのに、視線が自然とそこへ言ってしまう。服の奥には決して小さくは無いが、大きくも無い普通の膨らみが下着に包まれているのが見えている。

 好きな子の裸を見るなというのは正直、苦行ものだ。悲しい男の性だ。

「久也さん……? どうし――――っ!?」

 愛葉さんは俺の視線を追って、自分の状態に気付いたのか、両手で胸の部分を隠すように覆う。しかし、それは膨らみが寄せられて、谷間が更に深く作られる事になる。

「そ、その……悪かった! 言おうかと思ったけど、その……見ちゃいけないと思っても、視線が勝手に……ああああ……ごめんなさい」

「…………久也さん、えっちです」

「ごめんなさい……すみませんでした」

 ひたすら謝る事しか俺には出来なかった。見る前に指摘する事は出来たし、視線を逸らさずに顔ごと逸らせば済む話だったのだから。

 こっそりとじっくり見続けてしまった罪悪感がやばい……でも、見るなって言う方が無理だから! 男として無理だから!!

「…………わ、私の身体、ど、どど、どう……でしたか?」

「はいっ!?」

 愛葉さんの爆弾発言に声が裏返る。

「い、今、何と仰いました?」

「だ、だから私の身体……どうでした……か?」

 最後の方は消え入りそうだった。でも愛葉さんは、俺から見た愛葉さんの身体の事の感想を聞いているん……だよな?

「お、女の子らしくて……綺麗でした」

「………………ぁぅ」

 二人して、波打ち際で立ち尽くし真っ赤になってもじもじしている。周りから見ればおかしな状況だろう。だが当の本人達は、周りを気にするどころの状況じゃない。

「ひ、久也さんも……たくましくて……かっこいいと思います」

「――――――」

 不意打ちの褒め言葉で言葉という言葉が出なかった。そりゃそうだ……愛葉さんの格好が透けている状態なら、俺も同じ。つまり俺の裸も透けている事になる。

 別に男だから気にしなかったが、好きな人に見られ、褒められるというのは……やばすぎる。恥ずかしいを通り越して、逃げ出したくなる。

「「あの……」」

 気まずさに話題を変えようと声を出すと、見事に愛葉さんと被った。

「あ、愛葉さんからどうぞ」

「久也さんの方が早かったから久也さんからです」 

「いや、愛葉さんから……」

「久也さんからです!」

「じゃあ、同時に言おう」

「分かりました。それじゃ、いっせーのー……」

「無かった事にしよう」「無かった事にしませんか?」

 同時に言って、お互いに見つめあう。

「私達、そっくりさんですね」

「そう、かもな」

 まさか全く同じ事を考えていたなんて。こういうのが繋がっているって事なのか――いやいや、俺達まだ付き合っても何もないのに繋がってるとかアホですか。

 自惚れも大概にしてくださいよ、秋月 久也さん。告白の返事もしてないのに、恋人気分とか何様ですか俺。

 でも…………俺は、この子と――愛葉さんと一緒に居たい。傍に居て笑ってて欲しい。





「もう、夕暮れ……ですね」

「…………そうだな」

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、空はオレンジ色に染まっていた。祭りの後の空気はどこか寂しいものがある。

 その空気は今、この瞬間に流れている。もっと時間が遅くなれば良いのに、まだまだ楽しい事をしたいと願ってしまう。

 砂浜にある防波堤の上に座りながら、そう思っていた。だって、それだけ充実した時間だったのだから。だから終わって欲しくない。

 そんな事を願うのは無駄というのは理解している。それでも願ってしまうのは――

「久也さん……」

「あ…………」

 俺の手の上に、そっと手を乗せてくる君が傍で笑っているから。

「ここは、久也さんにとって大切で、思い出の場所なんですね」

「あぁ。大切な、俺の場所だ」

「今日は本当にありがとうございます。こんな素晴らしい場所に連れて来て下さって」

「楽しんで貰えたなら何よりさ」

「…………その、さ」

「何でしょうか?」

 聞くべきかどうか迷った。でも、知らないままで居るのは嫌だったから……俺はそれを口にした。

「愛葉さん……さ、俺の事、ずっと知ってる風な事、言ってるよな」

「…………え?」

「告白の時も、喫茶店の時も……『やっぱり』って。俺、愛葉さんとはほとんど話したことも無いし、接点も無いから……どういう事か分からなくて」

「私はずっと、久也さんの事を見てました。覚えてませんか? 私が転入してきた当初の事……あの頃、私は愛葉家のお嬢様と言うこともあって、皆さん……言い方はあれですが、怖気付いてると言いますか……どこかぎこちなかったです。だから、上辺だけの付き合いや会話が多くて……中には愛葉家の財産目当てで関わってくる人も居ました」

「………………」

「私は、ただ一人の学生として皆さんとお友達になりたかった。お話したかった。でも……そんな簡単にはいきませんでした。そんな時に、久也さんが声を掛けてくれたんです」

「え……」

「今でも鮮明に覚えてます。『一緒にご飯どう?』ってぶっきら棒に話しかけてくれた事」

 そう言えば……そんな事もあった気がする。確かあの時、どこか寂しそうで独りだった愛葉さんが、見過ごす事が出来なくて……お昼に誘った記憶がある。

「それからも何度も声を掛けてくれて、私がお嬢様と言う事も気にせずに、気さくにずっと――」

 ただのお節介だった。これをきっかけに、皆と隔てなく関われば良いと思ってした事だった。だから友達が出来だしてからは関わらなくなった。ただのお節介――だから、俺なんかより、もっと楽しい友達が出来ればそれで良かった。

 なのに、彼女は……それをずっと覚えていた。

「そんな風に、接してくれたのは久也さんが初めてでした。初めて、普通に話した時はドキドキしました。凄く楽しかったです……気付いたら、ずっと目で追って……好きに、なってたんです」

「…………愛葉、さん」

 彼女が転入してきたのは一年以上前だ。その間、ずっと俺を見ていた……のか? 俺が関わらなくなってもずっと――

「だから寂しかったです。もっと色々なお話をしたかったのに、久也さんは話しかけて来なくなって。お話しようとしても、久也さんはすぐ居なくなってましたから。少し話しても、久也さんは会話をすぐ切って……寂しかったです」

「…………俺、は」

「だから、あの時――告白したんです。ようやく誰も居ない教室でお話できる――でも、久也さんはいつもみたいに、逃げるように会話を切ってしまう。だから……逃がさない為に、気持ちを、ぶつけたんです」

 俺の気遣いが逆効果だった……のか。俺は不真面目だし、面倒な事は嫌いだし、愛葉さんみたいなお嬢様とは不釣合いだ。

 だからきっかけさえ作ったら離れるつもりだった――なのに、愛葉さんはずっと……俺を追っていたのか……。

「久也さんが、適当でぶっきら棒でも、優しい事は知ってます。素直じゃない様に見えて、真っ直ぐで素直なのも知ってます。凄いのに、自分を下に見下す癖も知ってます」

「――――――」

「だから、私はそんな久也さんが好きなんです」

「愛葉……さん」

 真っ直ぐで強い想いだった。どうして俺は……それに気付かなかったのか。出来るなら昔の俺を殴りにいきたい。

「バカだ。本当に……バカだよ」

「バカで構いません。私は、久也さんが好きなんですから」

 何だそれ……理由になってないじゃないか。好きだからって理由にならないだろうに。

 でも、そんな彼女は幸せそうに、俺の目の前で笑っていた。宝物の様に、俺の手の上に自分の手を乗せて、包み込んでいる。

「違う……バカは俺だ。愛葉さんみたいな可愛い子に、そんな風に想われて……避けて気付かなかったんだから」

「か、可愛い……っ!?」

 可愛いと言うだけで、恥ずかしそうに真っ赤になる君の想いに気付かなかったから。思えば、すぐに気付けた筈だ。

 冷たく会話をあしらっていたのに、何度も話しかけて来てくれる。それに応えていれば、もっと早く気付けた……のかもしれない。俺はバカで、不真面目だから……それでも気付かないかもしれないけれど。

「それで……自分の気持ちも伝えない俺はバカだよ」

「え――――――」

「愛葉さん――いや、水姫」

「あ……」

「俺も、水姫の事……好き……だ。好きになった」

「久也……さん」

 そう告げると、水姫の瞳からは涙が零れ落ちた。それは止め処なく溢れ出す。だから右手でその涙を拭う。

「今日のデートで、水姫と一緒に居て、知らない一面を見て、笑う水姫を見て……好きになってた。我ながら、短い時間で好きになるなんて……単純で、最低で軽い……とは思う。でも、気付いたら好きになってた」

「…………最低でも軽くても良いです。久也さんが好きって言ってくれただけで……十分、嬉しいです」

「好きだ……遅くなってごめん。だから何度でも言ってやる……好きだ、水姫」

「私も、……好きです、大好きです……久也さん」

 涙を拭った右手を頬に添えて、顔を近づける。水姫も目を瞑って、唇を突き出す。

 永遠にも思えた長い瞬間――距離は零になった。

「んっ…………」

 水姫とキス――小さくて、柔らかい唇に触れた瞬間、自分の中が暖かく満たされた。胸が締め付けられるくらい苦しくて、幸せだった。

「キス……しちゃった……夢じゃ、ないよね?」

「夢じゃない。したんだ……」

「夢みたい……ずっと、願ってた事が叶ったから……こんな事なら、もっと早く……好きって言いたかった」

「っ……そういうの、卑怯だ」

 可愛くて、愛おしくて、もう一度、唇を塞ぐ。

「んんっ、久……也さ――」

「んぅ、はぁっ……!」

 キスする度に呼吸が荒くなる。緊張で過呼吸になってしまいそうだった。

「強引ですよ……久也さん」

「う、うるさい……水姫が卑怯で可愛い事言うからだ」

「…………じゃあ、久也さんは強引でかっこいいです。それで、優しくて……お人好しで、真っ直ぐな人です」

「っ…………」

 やばい。可愛すぎる。胸を撃ち抜かれたなんて言葉をよく聞いたり見たりするが、嘘だと思ってた。でも現実だった。過大表現でもなく、言葉そのままの意味だった。

 しばらく沈黙が続いた。日は海岸線へと落ちていき、辺りは暗くなり出していた。

「帰ろうか」

「はい……久也さん」

 添えられた手をしっかりと握って立ち上がる。水姫は幸せを噛み締めるようにゆっくりと、手を握り返してくれる。

「――――大好きです、久也さん」

 微笑みながら君はそう告げた。だから俺はその隣でずっと一緒に居ようと誓う。

「俺も、好きだ――水姫」

 君が願うなら、どんな時も君の隣で、傍に居ると誓う。ずっと好きで居てくれて、想ってくれていた君の隣で――…………。




  

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ