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第五話「砂上の後宮(ハーレム)」 アバン、OP、Aパート

今回、ちょっと年齢制限が必要かも知れない描写があります。

まぁ、15禁程度にしているつもりですが。

一応、ご注意下さい。

 個体と化したように頭上に重くのし掛かってくる殺人的な陽の光。

 一歩踏み出せば、足下からサラサラと崩れていく頼りなげな感触。

 視線の先には陽炎が揺らめいている。

 陽炎の先に見えるのは波打つ地平線。


 ――砂漠だ。


 紛う方無き砂漠だ。

「改めて言うけど、もうここは何でもアリだな……」

 がっくりと肩を落としながらGTが独りごちた。

『だから、その格好じゃ無謀だって言ったじゃないですか』

 GTの出で立ちは相変わらず黒を主張していた。

 ほぼ白一色の世界の――

『“染み”みたいですよ』

「……お前、この前から俺に悪意しかねぇな」

 ボルサリーノを被りなおして、少しでも陽の光を遮る角度を探求するGT。

 が、黒ずくめのこの出で立ちでは焼け石に水も良いところだ。

「で――、方角はこっちで良いんだな」

『それはそうですが……歩いて着くんですかね?』

「だからこの世界は嫌いなんだ……」

 GTは呟きながら、砂の上へと一歩踏み出した。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その“事件”をGTが知らされたのは、砂漠に踏み込む前日のことだった。

 定期連絡に訪れたモノクルの部屋――なのだろう。

 部屋と言ってもこの部屋の外に入れ物としての“家”があるわけではないので、何とも言い様が難しいのだが、どのみちGTにとっては、どうでも良いことではある。

 GTが部屋に現れるとモノクルは珍しくソファに座って、グラスを傾けていた。

「それ、飾り物かと思ってた」

 とGTが言うのは、部屋に備え付け合った酒と氷についてだ。

 モノクルが初めてそれを活用している姿を見れば、GTが思わず呟いてしまうのも無理はない。

「今日はちょっと……上司とやり合いましてね」

「ああ、上司。そういう存在がいるとは噂には聞いている」

「いるんですよ。私なんか下っ端なので、もう立場が弱い弱い」

「下っ端なのか?」

「……GT。“天”と“地”はどっちが偉いと思いますか?」

 突然の質問に面食らうGT。

 だがモノクルの表情が特にふざけてはいなかったので、一応真面目に考えて、

「そりゃあ……“天”じゃないか?」

 と、無難に回答してみた。

「ですよね。私はその偉くない“地”のトップだそうで」

 今度こそGTは返答に迷った。

 それはそれで偉いように思えるし、所詮は下っ端というだけの事なのかもしれない。

 ただ、根本的な疑問がある。

「今の連合って、そういう風な仕組みなのか?」

「いやいや、今の話は仲間内での酒の席で出た、戯れ言でして。ただ、どういうわけかそれを本気にしている人が――よりにもよって一番偉いんですよ」

 聞くだに悲惨な話である。

 ただ、どうも話が要領を得ない。

 結構酔っているのかもしれないな、とGTは無言のまま心構えをする。

「GT、あなたお酒は嗜むんですか?」

「いや。もし酒を気に入ったら、ロブスターに回す金がなくなるだろ。俺はロブスターが原因で死にたい」

「相変わらず猟奇的なラストがお好みの様で。お酒はもう飲める年齢ですよね?」

「多分な。法律的なことを言ってるならだけど」

 GTは肩をすくめる。

 見た目の年齢は二十代半ば程のGT。連合に所属している自治政府では十八から飲酒が許可されているところがほとんどだ。

 まず、間違いなくGTは問題なく飲酒できる年齢であるといえる。

 だがそんな飲酒の年齢制限など、今まで自分が犯してきた法に比べれば児戯に等しい。

 肩をすくめたことは、そんな事を言外に主張した仕草であり、モノクルも薄く笑ってそれを受け取った。

「あ、ロブスターありますよ」

 テーブルにロブスターが出現する。

「それを先に言え」

 そこでようやくGTはモノクルの向かいに腰を下ろし、例の手際でロブスターを解体して早速口いっぱいに頬張る。

「それで今後の話なんですが……」

 ようやく本題に入ったようだが、GTは首を捻る。

「今後?」

「今日のところは出勤はなしで……出勤?」

 自分で使った言葉に違和感を覚えたモノクルは思わず繰り返すが、GTはそれをスルーした。

「何でだ? あ、それが上司と揉めた原因か」

「当たらずとも遠からじ、といったところですね。あなたが制圧していってるのは、連合が探査できない区域だということは説明しましたよね?」

「ああ、くどい程な」

「逆に考えると、そこに奴らはいるわけです。で、あなただけに任すことはない。むしろ我々の手で片を付けるべきだ……」

 そこまで話したところで、モノクルは恐る恐るGTの顔色を伺った。

 前にエトワールを仲間にしようとした時の強い拒否反応を思い出してのことだろう。

 しかし、GTはどこ吹く風でロブスターを頬張り続けている。

「……怒らないんですか?」

「何で? 俺の仕事に割り込んでくるならともかく、そっちが勝手にやってる事まで俺の知ったことか」

「あ、そういう理屈になるんですね。いやぁ、良かった」

「それで揉めてたのか?」

「いや、そこは全然揉めてませんが」

 GTがねっとりとした目で、モノクルを睨む。

「で、連合の調査員が乗り込んだわけですが――」

 モノクルは、GTの視線の意味を理解しているであろうが涼しい顔でスルーして話を先に進めた。

「全員殺されました。逆GT状態です」

 GTは口をへの字に曲げた。

 何に不満を感じているのか、今度も実にわかりやすかった。

 そして、モノクルも安定のスルー。

 それどころか逆に嬉々としてGTに問いかける。

「誰にやられたと思いますか?」

「RAだろ」

 即答するGT。

「ああ、それはわかるんですね――そういえば名前もすぐに覚えてましたし」

「あんなもの名前であるものか」

「はい“お前が言うな”」

 モノクルの突っ込みにますます表情を歪めるGT。

「あ、ロブスター、まだありますよ」

「……もらおうか」

 幾らかは眉を開くGT。結構簡単だ。

「で、それからどうした?」

「あなたは経験がないから実感は出来ていないでしょうが、O.O.E.で死ぬとそれはそれで痛いんですよ。最低一日は倦怠感が続き、日常活動もままなりません」

「らしいな」

 天国への階段(EX-Tension)で、いわゆるその手の仮想戦闘ゲームがそれほど発達していないのは、そういう仕様がデフォルトであるからだ。

 他に生活のある者は、安易に殺されるわけにもいかないのである

「要するに、結構な数の職員が継続してダメになってるんですよ。そこで日常業務にも差し障りが出るようになりましてね」

「……おい」

 揉めた理由がGTにも見えてきた。

「俺に、職員の代わりをしろって話になるんじゃないだろうな?」

 モノクルは苦笑いを浮かべながら、

「さすがにそれは虫が良すぎますよね。でも、ここ最近“銃”のことや“弾”のことで面倒を掛けたのも事実ですから」

「く……」

 それを言われるとGTも強い態度には出られない。

「が、無制限に全部受けるのは物理的に無理です――そこで一つ気になる事案に目を付けました」

「それはその……連合の監視の目が届かない区域に行く、ということか?」

「それは仕事を引き受けるための前提条件です」

 モノクルはンフフと笑ってみせる。

「未帰還者が相次いでいる区域がありましてね」

「未帰還者? つまり“ここ”から抜けられない……そんなこと出来るのか」

「出来ないはず、なんですけどね。ここに留まったまま――つまりは現実世界では安楽椅子リフティングチェアの上で寝転がったまま、という状態になってますね」

「それは……死んでるって言わないか?」

「直接的な表現は止めましょうよ」

 モノクルは愛想笑いを浮かべる。

「ああ、けどあれだ……なんか接続時間を延ばす薬があるとか……そうだ、使用禁止とか表示が出てたぞ」

接続延長薬ハイアップですね。きっぱりと禁止薬物――いわゆる“麻薬”ですね」

「まぁ、なんでもいいや……それがガンぎまってるだけじゃねぇのか?」

 モノクルはGTの質問に、すぐには答えなかった。

 その代わりに、グラスに酒を注ぐ。

「そういう輩もいます――だが、そうで無い者もいます」

 そう言って、グラスを呷る。

「……なるほど。おかしな事は全部あいつらのせい、というわけか」

モノクルのそんな様子を黙って見ていたGTは、一足飛びに結論にたどり着いた。

「……まぁ、そいういうことになりますね」

 接続時間を無視して、天国への階段(EX-Tension)に留まり続けることが出来る何らかのチート技。

 最有力容疑団体は――

「そろそろ、奴らの名前が欲しいな」

「考えておきましょう」

 図らずも、そのやりとりがGTがモノクルの依頼を了承した合図となった。


                    ~・~


 ――調査がそのやりとりの翌日になったのは、調査する区画用の装備を準備するためだ。


 その装備のほとんどはGTによって拒否されたが、ある装備だけはGTも大量に持っていっている。

 水、だ。

 砂漠を黙々と歩いているGTは、ボルサリーノの上から500ml容器に入っていた水を被る。

『……それ、意味ありますか?』

「“気化熱”って言葉を俺は知ってる」

『しかし、こんな広大な規模の区域を造成できるとは……敵の能力を見誤っていたかもしれません』

「結局“敵”か……」

『昨日の今日ですからね。お役所というのは時間がかかるんですよ』

「…………あ」

 GTは、思わず声を上げた。

 陽炎の向こうに地平線ではない、異物が紛れ込んでいる。

 砂漠と言えば、まず思い出されるのは今も昔も――ピラミッド。

 素晴らしきかな、エジプト文明。

 そして遥か彼方に揺らめいて見えるのは確かにそんなエジプト文明の象徴ピラミッドの形だった。

 だが、そのピラミッドは普通の状態ではない。

 簡単に言うとひっくり返っているのである。四角錐の漏斗、というのが適切な表現だろうか。

 そして、その逆さまピラミッドの四辺から大量の水が滝のように流れ落ちており、そこには椰子の木の生えたオアシスが形成されていた。

『……ピラミッドではなくて、空中庭園、といった方が適切なんでしょうか』

「なんか今までの区画とは桁が違っているような……本当に“あいつら”か?」

『それを否定するだけの材料がありませんから、そのつもりで事に当たりましょう』

 妥当ではあるだろうが頼りにならないモノクルの言葉に、GTはさらに肩を落とし、ピラミッド改め空中庭園へと歩を進めた。


                    ~・~


 近づいてみると空中庭園の規模の大きさに、改めて開いた口が塞がらなくなる。

 滝の規模は、もう瀑布と呼んでも差し支えないレベルで、砂漠の暑さもどこへやら。

 マイナスイオンが充満しすぎていて、肌寒いくらいだ。

「これはまた罠が用意しているのか?」

『この区画の存在自体は、かなり前から確認されています――もっとも改装している可能性は否めませんが』

「アレが入り口か?」

 逆さ円錐の頂点に、タラップのような階段が取り付けられている。

 してみると、このピラミッド自体は宙に浮いているということになり、幻想的な雰囲気に拍車がかかるわけだが――

「登るの面倒そうだなぁ……」

 情緒も何もない相手には、それも通じない。

 GTは無造作に階段に足をかけ、ピラミッドの中に入り込んだ。

 そんなGTを迎えたのは、両開きの鉄扉。

「これはきっとエレベーター」

 わざわざ口に出して確認するGT。

『……都合が良すぎるような』

「そういう場所にあってこそのエレベーターだろう」

 GTは迷うことなく呼び出しボタンを押す。するとすぐに扉は開いた。

 もちろんGTは躊躇わない。

 そのまま乗り込んで、二つしかないボタンの上を押す。

 即座に扉は閉まり、エレベーターは上昇を始めた。

 あまりにもスムーズな展開だった。

「いやぁ、助かった」

 本当に有り難がっている様子でGTは呟く。

『大丈夫ですかね』

 罠があると疑っているモノクルはなおも懐疑的な言葉を漏らすが、GTは自信満々に言い返す。

「大丈夫じゃなかったら、罠のためだけにこの逆ピラミッドが昔からあることになるじゃないか。ここは使われてるんだろ?」

『……なるほど』

 と、モノクルが一応、納得したところで周囲の風景が一変した。

 出現したのは極彩色の崩れた渦巻き模様――人類はこういった模様に「サイケデリック」という名称をすでに付けている。

 チカチカと明滅する光の波が、上昇するエレベーターの周囲に溢れていた。

『これはもう……』

 主に、ドラッグを使用した際の幻覚症状の象徴とも言える、この幻想的な光景の出現に、モノクルはこの施設のいかがわしさ――あるいは未帰還者に関連しているであろう事を確信したようだ。

 そんな中、突然GTが口元を抑える。

『薬ですか?』

 モノクルの驚いた声に、GTは何も言わずにうなずいた。

『……この世界で、どれほど特質が再現されているかわかりませんが、水で洗浄してみてみてください。口元の湿度を上げるマスクがあれば良いんですがそれは今は望めませんし。水溶性の高い物質であれば、ある程度は――しかしこれはやはり罠だったのか』

「これは媚薬だ」

 GTが突如短く告げた。

『媚薬?』

「ああ、それも科学合成物じゃない。一度嗅いだことがある」

 そのまま二人は黙り込み、エレベーターは静かに上昇してゆく。

 その間もサイケデリックな光景が周囲で蠢き続けている。

『透明なパイプの中を進んでいるわけですね……で周囲にこういった映像を流してる。おまけに媚薬ですか』

「罠、というよりはこれはそういう仕様なんだろう」

 モノクルの独り言じみた呟きにGTが応じ、それが合図だったかのようにGTの身体全体にマイナスGが働いた。どうやら到着したようだ。

 周囲が暗闇に戻り、僅かなタイムラグの後に静かに扉が開く。

 エレベータの中を白い光が一瞬で侵略していった。

 GTは僅かにボルサリーノを傾け、強い日差しから目を庇う。

 当たり前の話だが、エレベーターを降りたところで、ここはあの砂漠区域であることに変わりはなく、つまり日差しは相当に強いのだ。

 だが、周囲の光景は到底砂漠の真ん中にあるものとは思えなかった。

 白い化粧石で覆われた床。精緻な彫刻を施された大理石の円柱が、ある程度の規則性が感じられる間隔で立てられている。

 振り返ってみれば、乗ってきたエレベータもこの柱の一つに偽装されているようだ。

 視界の端には、女性が水瓶を捧げ持っている彫像が設置された噴水が見える。

 何とはなしに、そちらに向かって歩き出すと足下から水のせせらぎが聞こえてきた。

 どうやら人工的ではあるが小川が流れているらしい。そんな水回りには青々とした植物――GTに情緒を期待してはいけない――が茂っている。

 見れば遠くの柱には蔦が絡まり、そこかしこには葡萄が実っていた。

「……なるほど“空中庭園”か」

『かなり様式美を整えてきてますね』

「しかし、こりゃどこを目指せばいいんだ?」

 穏やかな雰囲気に触発されてか、GTも口数が多い。

『さて……まぁ、この場合上流に向かうのが古典的作法というものでしょう』

「上流……」

 小川が流れているということは、こんな真っ平らに見える場所でもある程度の起伏があるということになる。

 そして、その頂点に何かあると考えるのは、それほど奇異な考え方ではないだろう。

 GTはそう判断してモノクルの勧めに従うことにした。

 そうして歩くこと五分。

 日差しは強いが、足下を砂に取られることもなく、足下を流れる小川のおかげか、あるいは空中にあるという高さのせいか、気温もそれほど苦にならずに歩き続けた結果、再びGTは目立った建造物を発見する事が出来た。

 いや、建造物というには色々半端だ。

 まず壁がない――いや壁だけがあると言い換えた方が良いのか。

 書き割りの如く一枚の壁が背後にあり、その壁を背景に長椅子や寝台をはじめとしたいくつかの調度品が置かれている。

 なるほど、それを見ればここが生活空間なのだと理解も出来るが、その空間を保全するための“しきり”がない。

 背後の壁の上部から、日差しを遮るための天幕が張られており、それを支えるための白い木の棒が僅かにしきりの役目を果たしているが、それもほんの気休めに過ぎなかった。

「まぁ、つまりテラスなんだろうな、あの部分は」

 ざっくりとしたGTの解釈に、モノクルも賛意を示した。

『色々と突っ込みたいところですが、それが妥当ですね――人もいるようです』

「ああ」

 確かに、GTが言うところのテラス部分には何人かの人影が見える。

 そしてテラスの中央部分は何かが活発に動いていた。

 玉座とおぼしき豪奢な椅子があり、そこ座る男性と……


「あ、あ、あああぁん!」


 ……その上で腰を振りながら嬌声を上げる女性。

 いわゆる男の上で腰を振っている状態。

「なんだこりゃ」

『…………』

 思わず、突っ込むGTにモノクルもフォローのしようがない。

 男性の方はGTに気付いたようだが、一向に行為を止める気配がない。それどころか自分から腰を振り始めた。

 女性の方はさらに艶やかな声を上げている。

 とりあえず今は話に応じてくれそうにないと、近づきながら左右に目を配ってみると、その左右どちらにもあられもない姿の女性達がいた。

 アラビア風の衣装であるが、もっとわかりやすく言うならベリーダンス風と言っても良いだろう。

 胸の谷間、へそ、二の腕が完全に露出しており全員が何だかトロンとした目つきだ。

 人種も、体格も、スタイルも様々でその点においては差別がなさそうだ――胸の谷間があるべきところが真っ平らな女性もいるからその点でも差別はない。

 パッと見では数え切れないほどの数ではあったが、十人以上二十人未満といったところだろう。

 全員がしどけなく、絡まり合いながら横たわっている。

『ははぁ、後宮ハーレムですねこれは』

 どこか暢気な口調で、モノクルが目の前の光景を的確に表現した。

「そんなことよりも、未帰還者ってこの女達か?」

『今すぐに確認は無理ですが、その蓋然性が高そうですね』

「つまり……ええと、拉致監禁? で、あれか」

 男性と女性の行為はそろそろ終わろうとしていた。

「女が喜んでいる風に見えるな」

『しかし、心神喪失状態とも解釈できます――もっとも、この世界じゃ法整備が追いついてないんですが』

「嫌なら切断ダウンすればいいだけの話じゃねぇか……ということは合意が成立してるのか」

『だから心神喪失状態が――』

「おいおい! バカ言ってンじゃねぇよ! 俺は女達を愛してるし、女達も俺を愛してるんだ!」

 突然、男性が会話に割り込んできた。

 どうやら行為は終わったらしい。

 立ち上がっている男の足下に、女性が蹲っていた――その身体には申し訳程度の布がまとわりついている。

 肝心な部分が上手い具合に隠れているのは、運が良いからか悪いからか。

 GTはそんな様子を見て顔をしかめた。

「まず“それ”をしまえ」

 男は全裸だったのだ。


                   ~・~


 男の髪の色はけばけばしい黄緑色。前髪の一部にショッキングピンクでメッシュが入っている。

 原色を主体にしたカラーでフェイスペイントを施しており、人相がほとんど判別できない。

 さらに全身にヘビ柄の入れ墨が施されており、何故それがわかるかというと僅かに纏った薄衣からそれが透けて見えるからだ。

 下履きだけは、GTに指摘されたせいかちゃんと履いたらしく“それ”は隠されている。

「誰かは知らんが、俺の宮殿に良く来たな。俺はアガンだ」

 出迎えの言葉と、自己紹介。

 実に気安げであるが、それを女性の胸を弄びながら行うものだから、なんとも表情の選択に迷う。

 ちなみに先ほど果ててしまった女性とはまた別の女性である。

 そうやって呆れている間にも男――アガンはその女性の首筋をツーッと舐め上げていき、女性に嬌声をあげさせていた。

「俺はGT。勝手に入って悪かったな」

 GTはそんな男の行動に、いちいち頓着するのを止めたようだ。

 その方面の行為についてはオミットした上で、ごく普通に挨拶を返す。

「なに、気にするな」

 GTの名前に反応する様子がない。

 しかも何だか度量が大きそうだ。

『初めまして。こんな状態で失礼。私はモノクル』

 モノクルも薔薇越しに挨拶をしてみると、アガンは鷹揚に頷いてそれを許した。

 その間に、女性の太ももをまさぐっていたが。

『しかし、良い趣味でらっしゃいますね。砂漠の真ん中に空中庭園。女性達の衣装はアラビア風。サラディン、あるいはクライシュの鷹……』

「アッラフマーン一世か。いやいや俺はあんな英雄じゃねえよ。ただどうしようもない女好きってだけだ」

 モノクルの言葉を遮って、アガンが謙遜の言葉というよりは自虐的な台詞を吐く。

 その間にも腕の中の女性の身体をまさぐり続けているので、反省はしていないようだ。

「だけどまぁ、俺はこの世界にいる限りは、英雄じみた力を手にしていてな。この宮殿はその力に相応しいだけの入れ物ってわけだ」

『……英雄じみた力?』

「少なくとも、鉄砲の弾ぐらいは避けることが出来るさ。お前と同じだよGT」

 突然の告白。

 GTの右手が腰のホルスターに伸びる。

「いやいや、ちょっと待て。俺は正直なところお前とやり合う気はねぇんだ」

「……何?」

「そりゃ、お前がいきなりぶっ放してきたら俺も対応の仕方考えたけどよ。お前、割とちゃんとしてるじゃねえか」

「そ、そうか?」

 いきなり褒められたことで、GTの気勢が殺がれた。

 さらにアガンが畳みかける。

「クーンのバカについては許してやってくれ。あいつはもうそういう奴だから」

『アレは先に手を出したのはGT(こちら)でしたよね』

 モノクルが会話に加わってきた。

「それは仕方ないさ。あんたも雇われたんだし、お互いのことを知らなかった」

 アガンはなおも譲ってみせる。

 こちらとの会話に集中し始めたのか女性をまさぐる手が止まり、今度は女性の方がアガンの身体にまとわりつき始めた。

 どう見ても無理矢理囚われているようには見えない。

「RAも、こっちの番人みたいなもんだからな。出会った頃に行き違いがあるのは良くあることだよな」

「その二人は、仲間なんだな?」

「ン? ああそうだ。俺は連中の仲間の一人だよ。それがわかってるからここに来たんじゃねぇのか?」

「それもあるが……このあたりに迷い込んだ奴等が現実に帰ってこないって話を聞いてな」

「それであんたが調査を? そりゃ、人の使い方間違ってるんじゃないか?」

「言ってやってくれ」

『こっちの人手は、RAさんにやられたんですよ』

 同じ言い訳を繰り返すモノクル。

 アガンはそれを聞くと、アヒャヒャヒャ、とアッパーに笑う。

「そりゃあ、悪かったなぁ。あいつもGTにコテンパンにやられて雰囲気変わっちまったから」

「……そうなのか?」

「ああ、今度会ったときにでも気付いてやってくれ」

 どこまでも愉快そうに笑うアガン。

 あの二人を知っているということは、確かに向こうの仲間なのだろうが、どうも仲間意識は薄いようだ。

 その笑い声にしても、どこかクーンとRAをバカにしているような響きがある。

 もっとも、クーンとRAの間にもそういう意識があるとも思えない。

 名前だけは判明しているフォロン――その名を出すか否か。

 迷っている内に、アガンがさらに話を続けた。

「で、迷い込んだ奴が帰ってこないって話は、残念だけど俺にはわからねぇよ。ここにいる女達にもそんなこと強制したことはないしな。俺達はお互いに楽しみ合ってるんだ」

 そんなアガンの主張に女達は声こそあげなかったが、反対の言葉を紡ぎ出すこともなく、否定的な表情を浮かべることすらしなかった。

「…………」

 無言でそんな女達の様子を眺めるGT。

 何かを見定めているようにも思える真剣な眼差しだ。

「どうだ、好みのはいたか?」

「いや残念だ」

『ちょっと、GT!』

 モノクルが慌てて割り込んでくるが、アガンはそれを無視した。

「中々粒ぞろいだと思うんだがなぁ。どうだ、一つ理想を言ってみてくれないか?」

「顔に関しては、ここにいる女達は全員美人だと思う」

 GTは迷うことなく返事をする。

 女達は、直球で褒められたことになるが、それに対して反応を示すことはなかった。

 アガン以外の男に褒められても仕方がないということなのか、そもそもGTの言葉が届いていないのか。

「胸の大きさは、ぺったんこは正直嫌だな。かといって大きすぎるというのも嫌だ。バランスの良いプロポーションよりも、幾分か胸が大きめが良いな」

「ほうほう」

 女の話になって、アガンの目の色が変わった。

 相変わらず女性にまとわりつかれているが、まったく構う様子がない。

 モノクルも沈黙を保ったままだ。

 GTはさらに語り続ける。

「乳首の色は――」

「乳首の色? おいおい、見上げた野郎だな。確かにそこは重要だ」

 アガンが乗り出してくる。

「ピンクが良いなんて話を良く聞くが俺はごめんだ。乳首の色はもっと濃いめがいい。やってる最中に女の身体が……ええとなんだ……蒸し上がって……」

 一人語りを進めるGTだが、よりにもよってそんなところで言葉が出てこなくなってしまったらしい。

言葉を探して、宙に視線をさまよわせる。

『……もしかして“上気して”ですか?』

「そりゃ“上気して”だろ」

 二人からフォローが入る。

 GTは二人の言葉に大きく頷いて、さらに説明を続けた。

「そうそう、上気してうっすらと肌に汗が浮かんでくるだろ。その時に最高に映える色は、なんと言ってもそういう感じの色なんだ」

「なるほどな……良いこだわりだと思うぜ」

 GTが紡ぎ出した言葉にアガンは熱心にうなずいてみせる。

「尻はなんと言っても逆ハート型に限る。キュっとしてないとな」

「それは同意だ。でもよ、大きいのは大きいので活用方法はあるぜ。後ろからやってるときの眺めなんか最高だ」

 言いながら傍らの尻をもみしだくアガン。

 そんなアガンにGTは鋭い眼差しを向けた。

「今は俺の好みを語ってるんだろうが」

「お、おお、そうだったな。すまんすまん」

 その迫力に気圧されて思わずアガンは謝ってしまう。

「足は細すぎるのはダメだ。特に股に隙間が出来るようなのはごめんだね。あの間に手を突っ込んで、圧迫される感覚が良いんだ――そしてそれをこじ開ける感覚も」

「ふむぅ」

 GTの主張が一段落付いたの見計らって、アガンが身を乗り出してくる。

「そこで相談だGT」

「相談?」

「お前の好みに、パーフェクトな理想の女を用意してやる」

 アガンはそこで、ヒャハハハハハ、と挑発的な笑い声をあげた。

 それを斜めに見つめながらGTはボルサリーノを被りなおす。

「それで?」

「俺達の仲間になれよGT。よく考えてみろ? 俺達に戦う理由なんか無いだろ? 楽しくやっていこうぜ」

 思いがけない申し出と言うべきか。


 ――アガンの瞳が怪しく揺らめいていた。


◇◇ ◆◆ ◆◇ ◇◇ ◆◆


五話目、Aパートです。

思いこみの慣例にしたがえば、キャラクターデザイン自らが作画監督をするような5話目ですね。

そういう作画の回に、なんて話を書いてるんだ……いや、ある意味正解なのか?

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