第四話「バーサス500」 Bパート、ED、次回予告
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ザバザバザバザバザバザバザバザバ……
水位はあいかわらず絶賛上昇中。
そんな中、動こうとしないGTに、モノクルはいささか焦れたように話し続ける。
『本気で死ぬつもりですか? さすがに水中で息が出来るほど融通は利かないでしょうし……』
「えらが生えている可能性を追求してみるのはどうだ? 犬耳の奴もいるんだし」
言いながら、GTは目を瞑る。
『ちょ、ちょっと!』
「――良いから黙ってろ」
言いながら、GTは銃を胸の前で構える。
今までのGTの行動には見られなかったパターンだ。
水がGTの胸元まで迫ってくる。
『ど……
モノクルが再度、GTに真意を問いただそうとした一瞬――
ドンドンドンッ!
GTが続けざまに、発砲した。
あちらこちらではなく、ある一定の方向に向けて。
チューン!
さすがに防弾対策、というか構造物自体がブラックパンサーの銃撃に耐えうるだけの質量を持っていたらしい。銃撃を受けてもダメージエフェクトすら出ない。もちろん、跳弾が縦穴の中で弾け回る。
GTがそれをかわすために回避行動を取ったところで、いきなり水が爆発した。
GTの回避の動きに周囲の水が付いていけなかった結果だが、GTはそんな中でも、変わらずに発砲を続けていいるらしい。
その銃声はもはや聞こえない。
だが、その音の中に一つ、聞き慣れない音が混ざった。
ピシッ……
その音を聞き逃さなかったGTは、マガジンをスライドさせる。
交換のためではない。そうしておいて銃弾を一つ取り出すと、それを手首の動きだけで音がした方へと投げつけた。
そして再びマガジンを装填し、今度は慎重に狙いを定める。
その間にカーテンのように周囲を覆っていた水が引いていった。
ドンッ!!
ブラックパンサーが火を噴いた。
今まで撃っていたのと同じ方向に。
で、あれば結果も同じになるはずであるが――
ゴゥゥゥウンン……
まず最初に響いた音は三半規管を深刻に揺るがす低くて重い爆発音。
その後に密閉された空間から解き放たれた空気の流れる音。
そして最後に、ゴォォォォ、という水が引いていく音だ。
縦穴のどこかに穴が開いたのは間違いないらしい。
『そうか……銃弾を簡易爆薬に使ったんですね』
ようやくモノクルの理解が追いついた。
常人が撃てば、腕がソーラーパネルの様に畳まれる程の威力を誇る、ブラックパンサー専用の弾丸。
その火薬の爆発力は並の炸薬弾を凌駕する。
通常ならその爆発力が一方に解き放たれているわけだが、その出口を塞いだ状態で爆発させれば、当然その威力は弾薬の周囲に波及することとなる。
GTはこれを利用したのだ。
『しかし、よく弾薬をねじ込める穴が空きましたね……一点を狙ったとか?』
「クーンがここで俺を仕留めていたとして、それをどうやって証明すると思う?」
モノクルの疑問に、問いかけで返すGT。
それでモノクルの疑問はほとんど氷解した。
GTを倒したことの証明のために、その決定的なシーンを保存しておく必要がある。
録画機器はこの天国への階段でも存在しているし、そうなると問題は……
『そうか、アレは可視光線ではない、何かの光源を探っていたんですね。恐らくは熱』
普通の録画機器で撮影するにはこの縦穴の中は、あまりにも光量不足だ。それをGTに感知されないように補うとなると、自ずから答えは導き出される。
この縦穴を照らすための仕組みがあるはずで、その部分は構造的に脆弱になるはずだ。
「さすがによくわかるな。多分赤外線だな。熱でわかる」
とことんまで非合法な体質の持ち主だ。過去にもそうやって探知した経験があるのだろう。
しかし未だ疑問は残る。
『しかし、そうなるとカメラの設置自体はもっと上の方がよかったように思いますが』
このトラップが順調に働いた場合、GTが命を落とすのは縦穴の上部ということになる。
水で縦穴が満たされないと、そもそも溺死はあり得ないからだ。
つまり溺死する瞬間は、穴の上部ということになる。
「沈んできた俺の死体……は無いのか、この世界だと。じゃあ単純にあいつがバカなんだな」
『……可哀想ですが、そういうことにしておきましょう』
「で、どうなってる?」
と呟きながら、GTは水の流れのままに、自分が開けた大穴の奥へと足を踏み入れる。
そこは小さな部屋になっていて、当然のように録画機器が揃っていた。
しかも部屋の雰囲気がまったく違っている。
録画機器だけが置かれた殺風景な部屋であることに変わりはないが、明らかに“中世風”ではない。
そうやって観察している内に、上の方で響いていた水音が止んだ。
『遅ればせながら――というところですね。どうしますか? 恐らくはここを進めば労せずして中枢部分にたどり着けると思いますが』
小部屋には、果たして奥の方に扉があった。ここもすでに水に浸食されており、水が止まったのはそこから水が流れ込んでいく場所にクーン達がいるからだろう。
「……クーンにご褒美を上げよう」
モノクルの問いかけに、GTは笑みを浮かべながらそう返答した。
『というと?』
「改めて真っ正面から打ち砕いてやる」
胸元の薔薇がしばしの沈黙を獲得する。
『……まぁ、その方が私もありがたいですからね。で、どうします?』
正面から打ち砕くためには、この縦穴を登らなければならない。
「……そうだ」
GTがポツリと呟いた。
~・~
エトワールの前では、クーン達が右往左往していた。
彼らにしてみれば、初手でGTが易々と罠に引っかかっり勝利を確信していたのだろう。
実際、エトワールも、
「あ、終わったな」
などと考えていた。
エトワールが今いる場所は、まさにこの古城の制御室ともいうべき場所で、壁一面にモニターが設えられている。城内のトラップのある場所はこれによってカバーと録画のバックアップを行っているのだろう。
画像自体はカメラから引っ張ってこられたものか。
配線が大変そうだが、この辺りは努力でなんとでもなる。
モノクルが言うには、この機器に関してはクーン達が用意した可能性が高いらしい、ということで金銭的にもお疲れ様といいたいところだ。
もっとも、この古城を丸ごと用意することに比べたら雀の涙ほどの費用しかかかってはいないだろうが。
エトワールの他にこの部屋にいるのはクーン、そして傷面の男と、少年のような目をした若者。
この四人だ。
もちろんエトワールは、この部屋では完全に異分子である。
発見されれば、今以上の大騒ぎになるだろうが、現在のところ見つかってはない。
かといって、彼女は物陰に隠れているわけでもない。
エトワールの持つ特殊な能力――認識阻害とモノクルは呼んでいた――によるものだ。
クーンも、その他大勢も視界に確実にエトワールを捉えているはずなのに、それを認識できないのである。
だからといって、暴れたり、大声を出したりすれば当然の如く気付かれてしまうのだが。
大人しくしている限りは目立たなくなる、というのがもっとも的を射た説明かもしれない。
そんなわけで、大人しくクーン達とモニター越しにGTの行動を見ていたわけだが、しみじみと、
(とんでもない化け物だわ)
と、再確認することとなった。
あんなのを相手にしなければならないクーンに同情してしまう。
「ど、ど、ど、どうするんスか、ボス! あの通路ここにつながってますよ!」
「お、お、お、落ち着け。真っ直ぐここに来るかどうかわからんだろ! メンテ用のドアはたくさんあるんだし」
「しかし、雰囲気が違いますからねぇ。わざわざ古めかしい方に踏み込んでくれるかどうか……」
二人は明らかに混乱しているが、傷面だけは落ち着いたものだ。
もしかしたら単に諦めているだけかもしれないが。
兎にも角にも、これでモノクルが当初思い描いていたとおりの状態になったわけだ。後は何か重要な固有名詞をポロッと言ってくれれば――
『エトワールさん』
であるのに、当の本人から連絡が入った。仮面から伝わってくる骨伝導であるので音が漏れる心配はないが、何とも間の悪いことである。
とりあえず、聞こえているということを知らせるために、軽くうなずいてみせる。
『GTからの……ええと、依頼なんですが』
依頼……?
エトワールは首を捻る。
『そこから、この城に仕掛けられているトラップとかその位置とかがわかるような地図って確認できてますか?』
悪い予感がしてきた。
エトワールは目の前に手を広げて見せて、しばらく待て、と伝える。
そうしておいて、改めてクーン達の様子を観察。
どうやらGTが動こうとしないのを訝しんでいるようで、そのために幾分か落ち着きを取り戻し始めているようだ。
仕事を果たそうとするなら、悪い予感の方に身を委ねなければならない。
きっとGTの依頼というのは、
「銃の練習が出来る場所」
とか、その類のことに違いないのだから。
トリガーハッピーで、トラブルメーカー気取りだ。
エトワールは短くため息をつくと、今度はOKサインを目の前に示してみせる。
改めて確認するまでもなく、この部屋には全体の見取り図がある。
『それではまず、GTが今いる場所から、トラップ満載の通路に戻るルートってありますか?』
――それ見たことか!
~・~
エトワールはまず古城の見取り図をしっかりと見据えることでモノクルにデータを送り、その後、わざわざ部屋の外に出て、モノクルと言葉を交わすことで細かいところを詰めた。
結果、
「もっとも効率よく罠にかかる方法」
という、おおよそ常識外れで傲岸不遜なルートを選定してしまった。
そうしておいて、まずはGTが古城のルートに復帰。
この先には、槍が飛び出てくるトラップがある。
「うん。エトワールに礼を言っておいてくれ。協力者がいると、こんなに楽なんだな」
『絶対に、協力の仕方間違ってますけどね』
「それは元々おかしな策を持ち出した奴の責任だろう」
『わかりましたよ。存分に罠を踏みつぶしていってください』
もはや、罠の危険性は議題にも上がらない。
そしてGTは、飛び出てくる槍を全てへし折って、前進を始めた。
その後も、刃の付いた大きな振り子が襲いかかってきたり、矢が一斉に放たれてみたり、壁が迫ってきたり、と色々あったが、
『力と銃弾で黙らせてしまいましたねぇ』
どこか感慨深げにモノクルが統括する。
警戒態勢に入ったGTには、もはや通路自体に仕掛けられたトラップも通じず、その全てを回避してしまった。
そこでモノクルはエトワールと共に製作したマップを確認してみる。
どうやら残された仕掛けはあと一つ。
それもトラップというよりは……
『何かが待ち受けている、という感じの部屋のようですね』
「ああ、古城の宝を守るガーディアンとか。童話というか物語とか、そんなパターンかな」
『本当にゲームされないんですねぇ。私は改めて思いましたよ。これファンタジーRPGでは定番のパターンです。この城自体もアトラクションとして売り出せるんじゃないでしょうか?』
「そこで商売ッ気を出されてもな……ところで、エトワールから連絡は? 何か収穫はないのか?」
『それがですねぇ。クーンさん達ほとんど言葉を失っているような状態らしくて』
「策士策におぼれる、とはこのことだ」
ドンドンドンッ!
GTはその待ち伏せが行われているらしい部屋の扉を破壊した。
手よりも先に銃弾が出るようであれば、GTもいよいよ本調子である。
相変わらず乏しい光源であるが、扉の向こうの部屋はかなりのスペースがあるらしい。
何しろ奥が霞んで見えない。
もっとも、光源自体がかなり上の方にあるらしいので、そのせいで先が見通せないだけかも知れないが、造りから見ると相当な大きさの部屋だと考えて間違いなさそうだ。
大広間、もしくはダンスホールぐらいの広さだろうか。
「何だ?」
『ええ~っと……何か表記が見取り図に……“500”とあるようです』
GTの要領を得ない質問に、モノクルが何とか返答する。
その間にもGTはスタスタと進んでいき、特に構えることなく部屋に侵入した。
ガシャン!
恐らくは部屋に入ることがトラップ発動の条件だったのだろう。
奥の暗がりから、金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。
GTはその方向に銃口を向け――
「何が出てくるかぐらいは見てみるか」
と、呟いた後、同じペースで歩み続ける。
すると、暗がりの中に出現したのは松明の光を鈍く照り返した金属甲冑。
それがこちらに向かって歩いてきている。
「クーンでも入ってるのか?」
ドンッ!
と疑問符を浮かべながらもGTは容赦なく発砲。
マズルフラッシュが、一瞬だけ周囲を白く染めた。
いつもの通りのヘッドショットで鎧の兜が弾き飛ばされ、消失エフェクト共に消え失せる。
その兜の下の顔は――
「……無いな」
『クーンさん達は部屋から出てないそうですよ。もっとも最初から他の部下が鎧に潜んでいた、ということも考えられますが……』
ガシャン!
鎧はなおも歩き続けていた。
『こ、これは……“まだだ! たかがメインカメラをやられただけだ!”状態ですね。つまりはロボットのようなもの』
「……ちょっと待て。ロボットはわかるが、なんだその前のは」
『古典の名作からの引用です。世に出た当初は、他の媒体と同じように低俗だと切り捨てられましたが、今の時代では抑えておかなければならない教養の一つですよ』
「教養が無くて悪かったなぁ!」
ドドゥンッ!
今度は鎧の胸部、そして右膝に銃撃を加えるGT。
念の入った銃撃のおかげか、鎧は間をおかずに消失エフェクト共に消え失せた。
『なんと勿体ない。三発も使いましたよ』
「……やっぱりお前、絶対に前のこと恨んでるだろ」
そのまま二人の繰り言が繰り返され、この部屋のトラップは終わり――ではなかった。
ガララララララララララララララ……
という音が当然響いて来たからだ。それも上下左右、あらゆる場所から――もちろん床も例外ではない。
「何だッ!?」
思わず反射的に飛び上がるGT。
別にアテがあって飛んだわけではなかったのだが、伸ばした手の先にあった“何か”を掴んでしまう。
どうやらシャンデリアだったようだが、GTの体重がかかると同時に、
ガコン!
と一段下がる。
「なんか……やばいか?」
ポゥン……
その声に応えるように、GTが先ほどまで立っていた床が発光する。
空いている左手でボルサリーノを被り直したGTがそちらへと目をこらすと、床一面が一斉に発光した。
さすがに息をのむGT。
「あれは……鎧達の目?」
思わず呟いた言葉通りに、床には大量の金属甲冑。その兜のスリット部分に鬼火のような灯火がある。
そして、その灯火は増殖するかのように床から壁を伝い、ついには天井まで――
ありとあらゆる方向に現れた西洋甲冑。
先ほどの音は甲冑が格納されたゲージがせり出したり、シャッターが開いたりした音らしい。
「なるほど、これが“500”の正体か」
『正確には“499”ですね』
ギギィ……
床面の甲冑達が一斉に起き上がり始める。その動きは鬼火と同じように、壁、そして天井へと伝播した。
天井の場合は、ゲージからの落下を始めることとなるわけだが、そのあまりに馬鹿な収納方法に突っ込んでいる暇はなかった。
実際には金属の塊が一斉に降り注いでくることになるのだから、いかなGTとしても平静を保ってはいられない。しかも足場が不安定――どころか無いのである。
掴まっているシャンデリアは甲冑のボディプレスを次々に食らって、すでに半壊状態だ。
このままでは遠からず全壊して消失してしまうだろう。
そうなれば掴まる物を無くしたGTは落下して、金属の群れの中で揉みくちゃにされる――想像したくない未来だ。
GTは身体を揺らし、その勢いで宙に舞う。
そのためにシャンデリアは根本から折れて落下してしまったが、GTは落下する甲冑の群れとすれ違うようにして、その上空へと達することが出来た。
が、そこにはもう、都合の良い足場や掴まれる何かがあるわけも無し。
GTはトンボを切って、落下する甲冑の背中に乗った。
他の選択肢がなかった、とも言える。
ガガ、ガッシャーーーーーーン!!!
轟音が室内に飽和する。
その音に紛れ込ませるようにGTは発砲。それもマガジンに残っている弾を全部。
その全てが効果を発揮して、撃った数だけ甲冑は消えているのだが、まったく減ったように見えない。
だがそこで、落胆しているわけにもいかなかった。
他の鎧が、冗談ではなく十重二十重とGTを押しつつもうとしている。
襲いかかってくるものが銃弾であればこの程度の数ものともしないGTであるが、物理的に逃げ道を遮断されたこの状態だと――
「あ、これはマジでマズイかも」
――と、思わず弱音が漏れても仕方のないところだろう。
そこにモノクルが被せてくる。
『戦いは数ですねぇ――これも教養がないと出てこない台詞ですよ』
「教養の問題じゃねぇ!」
ドンドンドンドンッ!
言いながら真正面に銃撃。包囲網の一角を崩して、ほとんど捨て身でGTは出来た穴に突っ込む。
転がりながら――その転がっている場所も鎧の上ではあるのだが――さらに銃撃。
『なんて勿体ない!』
「なにが!?」
『何で銃弾一つで、一体しか片付けないんですか?』
「そんな理不尽な文句、生まれて初めて聞いたぞ!」
マガジン交換。
チャンバーがスライド。
ドドドドドドドドドンッ!!
『壊れる! また壊れる!!』
「てめぇ! これが終わったら、まずお前を壊してやるからな!」
『チューンした威力で、五百発も連続射撃したら、間違いなく不具合を起こしますよ!」
「こなくそ!」
もはやモノクルの繰り言に付き合っている暇はなくなった。
物言わぬままに、ギシギシと迫り来る鎧の胴体を蹴飛ばして、まとめて三体を吹っ飛ばす。
そして右手を振り回して、グリップを兜に叩きつける。
その動きでスペースを確保したところで、右、左と銃撃。
さらにしゃがんで背後からの攻撃をかわすと振り向きながら、その攻撃を仕掛けてきた相手に銃撃。
「今更ながら、こいつらは何だ!?」
さらに転がりながら銃撃を加えつつ、GTが叫ぶ。
『いつかのNPCと本質は同じでしょう。ただ数が違いすぎますが』
ヒュンヒュヒュン!
その時、闇を切り裂いて三本の矢がGTへと降り注いできた。
ドドドンッ!
反射的にそれを銃弾で迎撃したGTではあるが、タイミング的にはかなりギリギリだ。
「くそ! 天井に張り付いたままのが何体かいるな」
『壁にも居残り組がいそうですね』
「こいつら殺気がない! 見えてれば簡単だけど、暗い中だとかなり面倒だ!」
当てずっぽうで天井に向けて撃ちまくるGT。
何発かは効果を上げて鎧が落ちてくるが、今度は別方向から矢が飛んでくる。
GTは眦を決してそれを睨み付け、左手で全てはたき落としてしまった。
「……やっちまったぁ」
『何か問題でも?』
「極力、この馬鹿げた力を活用したくはないんだよ」
『今更ですか?』
「今更だよ!」
矢が飛んできた方向に銃弾でカウンターを食らわせる。
そして背後から迫ってきていた鎧へと後ろ回し蹴り。
すると、その一撃だけで鎧にダメージエフェクトが発生し――ついには消失エフェクトにまで追い込んでしまう。
「……今回ばかりは、そうも言ってられないな」
『それがよろしいでしょう。見てください――武器持ちが現れましたよ』
「あのバカ――これはもうトラップでも何でもねぇだろ! 結局力押しか!!」
GTとブラックパンサーが同時に吠えた。
~・~
酷い。
とにかく酷い。
エトワールは、他に言葉の選択のしようがなかった。
制御室のモニターにはGTの無双振りが映し出されており、それを見た素直な感想はどうしてもそうなってしまう。
ブラックパンサーによる銃撃で甲冑を倒していくのなら、まだ納得も行く。
だがGTの攻撃方法はそれだけに留まらなかった。
殴る、蹴る、握りつぶす、転がす、踏み砕く。
金属製の甲冑を“素手”で破壊していくのだ。
その合間に飛んでくる矢を打ち払い、振り下ろされる剣、メイス、フレイル、斧、といった武器の数々をこれまた素手で打ち払っていく。真っ正面から受け止めるようなことはしなかったが、横から払うだけで武器自体がダメージを受けて消失していくのだから、これもまた十分に反則じみた能力だ。
そうやって無防備|(?)になった鎧にとどめの銃撃を加え、確実に仕留めていくGT。
その光景はまさに虐殺。
圧倒的力を持ったGTが、金属甲冑を一方的に嬲っている。
最初にGTを虐殺時間と呼んだのは一体誰なのだろう。
「ボス、これでもダメですね。残り約200体です」
傷面の男が、ますます諦観の滲み出た声で状況を報告する。
「ボス! やっぱりGTは凄い!!」
「俺の前であいつを褒めるなって言ってるだろッ!!」
残りの二人は狂乱状態だ。
微妙にスタンスが違うようであるが。
「ボス! 追加を発注しよう!」
GTのファンであるらしい若者の方が、エトワールに取って都合の良さそうな悲鳴を上げた。
ちなみに若者と呼んでいるが、年齢はエトワールとほぼ同年代かちょっと年上ぐらいだろう。
この三人の間で、本名らしきものが交わされていないので、何とも呼びようがないのだ。
それだけこの三人の距離感が近しいということなのだろうが、エトワールにしてみれば不自由である上に成果も上がらない。
――面倒なので少年Aとしよう。
その少年Aがさらにクーンへと詰め寄った。
「これだけのもの、ポンと造って寄越す相手なんだ。甲冑ぐらい簡単でしょ!?」
もっともな訴えであるように思えたが、言われたクーンは渋い顔だ。
「……フォロンにこれ以上貸しを作るとやばい」
(フォロン?)
ようやくのことで成果らしい固有名詞が出てきた。
しかし、それが本名である確率は限りなく低い。
むしろクーンとの関係性の方が貴重な情報だ。クーンは幹部には違いないだろうが、その幹部の中にも序列のようなものがあるらしい。
「奴がこの城を用意する交渉に協力してくれたのも、GTの戦力を測る、という望みがあったからみたいだ。俺がそういう風に丸め込んだんだが……」
なるほど、あの部屋の仕掛けだけ何か毛色が違うのはそのせいか、とエトワールは得心した。
それにしても戦力を測るにしても大げさ過ぎはしないかと、再びモニターに目をやると、GTはもうほとんど動いておらず、生き残り(?)の甲冑にひたすら銃弾を叩き込む作業に移行していた。
500体1の戦いに勝利するのはもはや時間の問題だ。
「じゃあ、足りなかったとか何とか言って……」
「いっぺんに500体あったから、意味があるんだ。フォロンが追加を送ってくれたとして、それを順繰りに繰り出して奴に叶うと思うか?」
(意外にバカじゃないか……)
エトワールは酷いことを心の中で思う。
もっともそういう風に思うのも、GTやモノクルがクーンを散々バカだと説明したからではあるのだが。
そんなことをエトワールが考えている間に、若者がさらに反論する。
「じゃあ、とりあえずどこかに溜めておいて……」
「それはダメだ、マイク」
傷面が、即座に否定する。
「溜めている間にGTが大人しくしてくれると思うか? もう終わるぞ」
「う、ぐ……」
少年Aから、マイク――これまた手がかりになりそうにない名前だが――に昇格した若者が言葉を失う。
「ボス、そういうことであればここのデータ持って、例の連中のところに行ってください。全くの無駄ではないなら、我々に資金力がある以上向こうも無視できないはずです」
「……そうだな」
エトワールは迷う。
このままクーンの後を付ける――のは天国への階段のシステム上不可能だ。
『やれますか?』
GTのデータをまるまる渡すのは論外だろう。
モノクルの指示も、当然そういう方向になる。
エトワールは、ゴテゴテとアタッチメントの付いたスナイパーライフルを出現させた。
距離適正が合ってないのは承知の上だが、飾り物の剣は役に立たないし、そもそも剣を振るう技量もない。
エトワールはライフルを構え、スコープを覗き込む。
最初に狙うのは――
パンッ!
傷面の頭部をヘッドショット。
呻き声一つ立てずに、傷面は消失エフェクトに包まれた。
「な!?」
もちろん、ここまですれば残りの二人もエトワールの存在に気付く。
部屋の隅に突然出現した――様に見える仮面の女性を見て二人は驚愕に目を見開いてた。
だが、今までの観察結果から撃つ順番を決めたエトワールは慌てることはない。
次はクーン。
状況を理解でいない内に、狙いを定めて狙撃――という距離でもないが。
パンッ!
もちろん、これも成功。
ヘッドショット一発でクーンを消失させる。
残りはマイクだが、未だにパニック状態から立ち直っていない。
立ち上がって、とにかくエトワールから遠ざかろうと、じたばたと蠢いているが、その動きはまったく効果を上げていない。
――動かれると、狙いにくい。
そんな単純な理由で、エトワールは一歩前に進んだ。
「ヒィ!」
そんなエトワールの動きに、悲鳴を上げるマイク。
思わずトリガーから指を外してしまいそうになるが、ここで躊躇うわけにもいかない。
(本当に殺すわけじゃない)
脳裏をよぎるのは、そんな言い訳と、あの時薔薇に狙いを定めトリガーを引いたあの瞬間。
(くっ……)
エトワールは奥歯を噛みしめる。
それは人を撃つ事への嫌悪からか、GTに予行演習をさせてもらったという事実を認める事への悔しさからか。
エトワールは背を向けたマイクの後頭部に銃口を向けて――
パンッ!
――引き金を絞った。
~・~
ドゥンッ!
その頃、GTも最後の一発を撃ったところだった。
ブラックパンサーは、そのボディから湯気、もしくは白煙を吹き出していてご臨終間近――もしかしたらすでに涅槃に旅立っているかもしれない。
『……ご苦労様です』
控えめな声が薔薇から聞こえてくる。
「……で……成果は……あったか?」
一時間以上暴れっぱなしでは、さすがのGTも息が上がっている。
これでも後半は射撃に徹したので、幾分か落ちつている方だ。
『いくつかの固有名詞を拾えました。あと、向こうの組織図らしきものが見えてきましたね。こちらの方が成果がありました』
「そうか……エトワールが上手くやったのか……」
『最後には情報漏洩を防ぐためにクーン達を始末してもらいました』
「……そうか」
GTは大きく息を吐いた。
そしてボルサリーノを目深に被りなおす。
『……エトワールさんから伝言です。“礼は言わないわよ”だそうで』
「あ?」
銃を腰の後ろのホルスターにしまいながら、GTは首をかしげる。
期せずして静寂が訪れるが、それは何の答えもGTに返してはくれなかった。
モノクルも何も言わない。
「……ま、いっか。礼を言われる覚えもねぇんだから、それはそれで寸法は合ってるわけだしな……先行してたって事は、向こうはそろそろ接続時間切れだろう。俺もそろそろ……」
『あ、その前にですね』
「なんだよ。まだ働かせるつもりか?」
『仕方ないんですよ、ここの施設残したままだと、また来られても困りますんでね。時間いっぱい使って、この先にある部屋の装置破壊していってください』
「破壊って……」
ブラックパンサーはそろそろ限界だ。
『わかってます。銃はまた用意しますよ』
呆れたように呟くモノクルに、GTもため息を一つ返す。
「…………何とも締まらねぇなぁ」
――そして
古城は天国への階段から消え失せた。
◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇
次回予告。
天国への階段から未帰還者が相次いでいる。その調査を依頼されたGT。
本筋と違うとごねるGTであったが、そんな現象を起こせるのは奴らかもしれない、と説得され問題の地点に赴くことに。
そこは一面の砂漠エリア。
オアシスのほとりに立つ白亜の宮殿。
そして、その主とは……
次回、「砂上の後宮」に接続!
やっつけ4話の後半です。
まぁ、やっつけと言っちゃうのが自己防衛ですが。
ちょっとずつ決まっている設定の断片を出したりもしてますので、まったくの捨て回にはなりませんでした(書いている内に結果的にそうなったというぐらい)。
では~