第四話「バーサス500」 OP、Aパート
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
どんな時代にも、型に収まらない事を至上の価値と考える人間はいる。
そして、この“一週間の世界”において、それは優秀な航法士の資質でもあった。
しみじみと長所と短所は表裏一体である。
行政首都から、A級航法士が最高に飛ばしても四日の行程。
つまりは辺境中の辺境である、この惑星を開発しようと思ったのは誰なのか。
この惑星を中心にして、さらに人類の版図が広がるに違いない、と気概だけは立派だったのか。
惑星「ジャガーノート」
大層な名前であったが結局、行政首都がイシュキックの衛星軌道上から動くことはなく、この惑星は“ド”田舎の地位を確保することとなった。
このように中央から遠く離れ治安が行き届かない地域では、しばしば自警団にも似た相互扶助組織が発達する。
入団儀式。
沈黙の掟。
鉄の結束。
その多くが後に、犯罪組織と変わらぬ状態になってしまうのは皮肉か必然か。
ジャガーノートにも、そのような組織がいくつか存在していた。
その内の一つ。
ガルガンチュア・ファミリーの若きボス、クーンは目一杯不機嫌な表情のまま、アジトである「ホテル・アーセルト」へと帰ってきた。すでにとっぷりと日は暮れている。
もっともこの星の居住区域は、圧倒的に夜の方が長いので、そのあたりはいつも通りと言えるかもしれない。
いつも通りと言えば、クーンが不機嫌であるのもいつも通りと言えばいつも通りだ。
自身がこの惑星の出身でありながら、クーンはこの星に来ると大体はこんな顔つきになる。
だから、側近であるイザーク――赤毛で顔に傷痕のある――は、特に声を掛けたりはしない。
ホテルの玄関先、フロントとファミリーが総出でクーンを出迎えており、その合間をクーンはずんずんと歩いていく。
このホテルはド田舎には不釣り合いな高級ホテルの外観を有しているが、むくつけき男達のおかげで色々と台無しであった。
もっとも、このホテルのオーナーがクーンであり、そして利用客のほとんどがガルガンチュア・ファミリーの構成員。ファミリーの保養所といっても差し支えないようなホテルでもある。
こんなド田舎では、観光客がそもそもやってこないし、地元民が利用することもない。
ほとんど経営は趣味の域だ。
そして、それを趣味だと言い切れるだけの資金力がクーンには――ガルガンチュア・ファミリーにはある。
クーンは用意されていたエレベーターに乗り込む。
向かう先は、そのまま最上階のロイヤルスイートである。
それにつき従うのはイザークだけだ。
そのタイミングで、イザークはボスのガス抜きを行うことに決めた。
「……ご老人方に困ったものですね、ボス」
「小遣いをねだられるのは良い。爺さん達には世話になった!」
溜まっていたクーンの鬱憤が、見事にイザークの一言で破裂した。
イザークはクーンよりも年長で、付き合いも一番古い分、扱い方も心得ている。
「額が大きすぎましたか?」
「それもある!」
(それも、ときたか)
この吝嗇家のボスが、金をねだられる以上に嫌がること――イザークは首を捻る。
クーンが出席していたのは、ジャガーノート商工会議。
……とは言っても、表に発表できるような産業はこの星特産の海藻の養殖と販売ぐらいなもの。
裏で取り扱っている麻薬の類は、また別の会議――というかガルガンチュア・ファミリーの占有事業だ。
これもまたジャガーノート特産と言っても良いこの麻薬は、天国への階段の接続時間引き延ばすことが出来る。
そのために需要は大きかったのだが、ジャガーノートの零細組織では、販路の確保が出来ず、他の惑星の大きな組織に甘い汁を吸われ続けてきた。
それを大きく改善したのがクーンである。
その成果で、この惑星の実質的な支配者はいまやクーンだと言っても良い。
二十代後半。やせぎす。目尻のつり上がった、間違いようのない凶相。
マフィアの定番とも言うべき黒のスーツは好まず、白地にダークブルーのピンストライプのスーツを愛用し、そのファッションセンスは、色々な意味で他の追随を許さない。
ちなみにイザークは三十代前半で、グレーのスーツ姿のごく一般的なファッションセンスの持ち主だ。
チーン。
エレベーターが最上階に到着。
もちろんこの階にも、護衛のための構成員が詰めており、ボス到着の報せを受け取った厳つい顔の男達が廊下に勢揃いしている。
そんな光景を当たり前に受け取って、クーンはさらに突き進みロイヤルスイートへ。
それに付き従うのは、やはりイザークだけ。
部屋に入ってすぐにジャケットを脱ぎ捨てて、革張りのソファの上に叩きつけた。
「――俺に子供を作れと言ってきた」
出し抜けに会話が再開される。
「子供? つまりは結婚しろと」
「その課程はどうでも良いみたいだったぞ。子供を作れ、何なら養子でも良い、ぐらいの勢いだったな……お前とデキてるんじゃないかと疑ってるみたいでもあった」
結婚しておいて本当によかった、とイザークは胸をなで下ろした。
料理よりも、菓子を作る回数が多い困った嫁だが、とにもかくにも生物学上、女である。
「すっかり親戚付き合いのつもりか、爺さん共」
「違うでしょう」
イザークは、ボスの真っ向から言葉を否定する。
普通なら許されない行為ではあるが、二人の関係性と他に人がいないという気安さも手伝っている。
そして、何よりもそんな生やさしい話ではないということを、イザークは直感的に理解していた。
「先日盛大に銃弾をばらまきましたので、ファミリーの資金が大きく動きました。これは長老方も知っています」
言わずもがな、対GT戦についての話である。
「……だからどうした。あの程度の金――」
「もちろん、その点はたいした問題ではありません。ただあれだけの資金を動かした成果が得られていないようだ、と長老方は判断したのでしょう」
「なぜだ?」
「ボスがずっと不機嫌だからですよ」
それはほとんどとどめの一撃だった。
「天国への階段でも、ボスと長老方は会っていたでしょう? で、久方ぶりのボスの帰星の機会に確かめ確信した――何か失敗したらしい、と」
イザークはさらに追撃を繰り出す。
クーンは苦々しげな表情を浮かべた。
イザーク相手に虚勢を張っても仕方がない。
あのGTとの邂逅は“あの”組織の幹部の間では完全にクーンの失敗として扱われている。
「つまりボスが失脚した場合、この惑星の利権を守るための代用品の御輿を欲しがって居るんですよ、爺様方は」
「俺は御輿じゃねぇぞ」
「いっそ御輿に代えたいと思っているのかもしれません。今はボスがガッチリと固めてますから」
守銭奴で吝嗇家の帳簿を見る目を舐めてはいけない。
むしろ、そこに集中しすぎて他のことがおろそかになっているきらいがある。
だからこそ、自分に存在価値があるわけだが、とイザークは内心で呟いた。
「爺さん共の考えそうなことだ。だがまぁ、鼻薬をかがせてやったから、しばらくは大人しくしてるだろ。その間になんとかしないとな……」
負けっ放しは、この世界では許されない。
確実な報復が必要だ。
だが、実際問題としてクーンはあの戦いで金の限りを尽くしている。
出し惜しみした武装はない。
そしてクーン自身はRAや、あるいはGTのような超人的な能力を天国への階段で獲得しているわけではない。それは彼の部下達にしても同じ事だ。
反撃の糸口が見つからないのである。
「ボス、会議の間にある報告を受けておりまして」
そこにイザークがそっと手を差しのばす――というのはいささか大げさだ。
イザーク自身もその報告がどれだけの価値を持つかはかりかねている。
彼は天国への階段については全くの素人といっても良い。
「GTが何か騒動を起こしたとか」
結果、こういう曖昧な報告になる。
「騒動?」
返しながら、クーンは今更ながら自分が部屋に戻って来ていることに気付いたようだ。
室内のバーカウンターに潜り込むと、手ずから酒の準備をする。
このあたり、零細組織であった頃の癖が抜けていない。
「マイクが、向こうで遊んでいたようで」
クーンに付き合うつもりのないイザークも、ボスのその作業をじっと見守るだけに留まっている。
その代わりに報告を続けた。
「あ? 何やってんだあいつは……」
「あいつに自由にやらせてるのはボスですよ」
「そりゃ、そうだがよ……」
天国への階段で遊んでいた地元のチンピラに目を付けたのが、今のガルガンチュア・ファミリーの発展の礎でもある。
そういう事情があるために、このファミリー、緩いところは徹底的に緩い。
「で、直接報告させようと思ってるんですが、呼んで良いですか?」
グラスに酒を注いでいたクーンが思わず顔を上げる。
「……ここにか?」
「私を介して又聞き状態になると、問題があると思いまして」
繰り返すが、イザークには天国への階段の知識が乏しい。
クーンに付き合って接続するぐらいが関の山だ。
「ボスの知識がありませんと……」
何のことはない、天国への階段で遊んでいたチンピラ代表がクーンなのである。
「わかったよ。すぐに来れるのか?」
「ええ。待たせてあります――」
イザークは、扉へと近ずくと半開きにして外のボディガードに声を掛けた。
「――すぐに来ますよ」
クーンはグラスをあおり、胃の中に酒を流し込む。
「よし! 気合いが入った! 酒は安いのに限るな!」
商工会議で饗応されただろうに、どうやらそれは気にくわなかったらしい。
このボスは、未だに塩っ辛いスナック菓子と、酒と言うよりは生アルコールみたいな安酒が大好きなのだ。
……間違いなく長生きしない。
長老達が、跡継ぎを心配しているのも案外そのあたりが真相なのかもしれないな、とイザークが思いを馳せたところで、扉がノックされた。
今度はちゃんと扉を開けて、イザークがチョコレート色の肌の青年を迎え入れる。
「ボス! 凄い! GTはまったく凄い!!」
少年のような円らな眼をキラキラさせて、部屋に入るなりいきなりまくし立てるマイク。
そのマイクの顔面に、クーンは酒をぶちまけた。
「……お前、俺の前であいつ褒めるたァ、良い度胸じゃねぇか」
「ダメだよボス! 強い奴は強いとちゃんと認めないと攻略できないよ!」
わかったようなことを言い出すマイクに、クーンはいよいよ顔を歪めて見せた。
イザークも思わず顔をそらして、肩を振るわせる。
が、そうしてマイクに圧倒されっぱなしでいるわけにもいかない。
イザークはマイクにハンカチを差し出しながら、
「とりあえず、少しまとめて順番に話せ。俺に報告したままだとさっぱりわからないからな。頭を使えよ」
子供を諭すようにイザークが釘を刺すと、マイクの勢いが少し和らいだ。
「俺、遊園地行ったんスよ!」
それでもいきなりソファに腰を下ろすあたり、どうしようもないが、今更それを咎めても仕方がない。
クーンも諦めてその向かいに腰を下ろす。
「遊園地? ローダンが作ってた奴か?」
「そうっス!」
クーンも天国への階段の事情には詳しい。
「そこで、手抜きプログラミングがあったらしくてですね……」
このあたりで、イザークの理解が届かなくなった。
「それは災難だな。あ、でも奴のことだ。これを利用してもっと儲けるかも……」
クーンはしっかりついて行ってる。
「その前に事故の賠償があるな」
「それがですね、客はほとんど無事でして」
「……何だと?」
「GTがいたんですよ」
マイクはそこから、GTが銃で行った解体作業を説明する。どうやらマイクがいた位置は、ジェットコースターのレールを挟んで反対側だったようだが、それだけ離れていた分、十分にGTの手際を堪能できたらしい。
「……最初は何が起きてるか話からなかったんスけどね。それから話聞いてみたら、黒ずくめのキザな男が、ほとんどハンドガン一本で全部壊したって言うじゃないッスか。俺はピンと来ましたよ“GT”にちがいねぇ、と」
自慢げに語るマイクであったが、そんな非常識な男、GT以外にいるはずがない。
(……というか、二人もいられると困る)
イザークはマイクの話を聞きながら救いにならない結論に達していた。
一回きりの邂逅だったが、
「まともにやり合うのは二度とごめんだ」
というところが正直な感想だ。
そうもいかないところが裏稼業の辛いところではあるのだが、かといって勝ち目のない戦いを何度も繰り返すと、それはそれで悪循環に過ぎる。
が、今の話のどこにGTの弱点を見いだせばいいのか。
門外漢のイザークにとっては難題に過ぎた。
一番手っ取り早いのは、リアル割れを起こして、GTの分身体を操っている“誰か”を消してしまうことだが……
(いくらボスでも、この局面で天国への階段内で決着を付けることにこだわりはしないだろう。だけど、それができないから厄介なのか――)
「マイク、もしかしたら使えるんじゃないか?」
「俺個人としては好みじゃないッスけど」
「バカヤロー! もうそういうこと言ってられる状況じゃねぇんだよ」
さすがにクーンはわかっている。
――今「使える」とか言ったか?
傍観に徹してきたイザークが聞きとがめた。
「なんか手があるんですか?」
思わず尋ねてしまうイザーク。それはとりもなおさず、あのGTに勝てる方法を見つけたと言うことだ。
にわかには信じがたい。
だが、クーンはそう尋ねられても自分の思いつきに疑問を抱かなかったようで、こう返してくる。
「ああ、ちょっと閃いた。しかも、この方法にはとんでもなく良いところがある」
「なんですか?」
「金がかからん」
……イザークは悪い予感しか抱けなかった。
~・~
音もなく、GTの右手にブラックパンサーが現れる。
そして柄にもなくグリップを両手で包み込んでしっかりとした射撃姿勢。
ドンッ!
発砲。
標的にしていたらしい、100m程先の木の枝が消失する。
その余剰エネルギーが加わったのか、さらに枯れ葉が舞い落ちる。
ドドドゥンッ……!
その枯れ葉の一枚一枚に、続けた放たれた銃弾が見事に命中し、そのまま枯れ葉は消失した。
GTは満足そうに笑みを浮かべる。
「うん、相変わらず良いトリガーの軽さだ」
『一番に確認するところがそこなんですか?』
思わず突っ込んでしまうモノクルの声は、相変わらず胸元の真っ赤な薔薇から聞こえてくる。
「狙ったところに当たるし、今のじゃ威力もわからんしな。まぁ、手応えは同じかそれ以上、という感じだが」
『……問題なしとしましょうか。今度は壊さないでくださいよ』
「まぁ、そうそう千発も撃つ機会はないだろう」
そんな風に二人が会話を交わしている周囲がどんな場所かというと、まず夜であるということ。
敵の区画では、そのあたりも自在であるらしい。
そして、向かう先に見えるのは鬱蒼とした古城。
何か最近もこんなの見たなぁ、と思い起こしてみると、例の遊園地にも似たような城があったことをGTは思い出した。
つまりは中世の欧州風の古城、と言われて真っ先に思い出すような城だということだ。
そういった素材に蔦をぐるぐると絡みつけ、背景に不気味な陰影を浮かべる月を備え付けると、こういった古城が出来上がる。
問題なのは、自然発生的にこういった城が出来上がったのではなくて、誰かの趣味丸出しで、こういった城が造られたということだ。
「……なんて言ったけ、えーと……」
『…………クーンさんですよ』
「そうそう。“ビーム”とかに名前代えないかな」
『それ多分、情報引き出すより難しいですよ』
「で、そのクーンがここに呼び出したんだよな――今日、エトワールは?」
その声音には“この仕事は面倒だ”という主張が滲み出ている。
パートナーの存在に寛容になった結果がこれでは、モノクルも浮かばれまい。
だが、今日のところは答えは決まっていた。
『いますよ。もう潜入してもらってます』
「は? ……くそ、気付かなかったぞ」
『どうやら遮蔽物があると、あなたの探知能力は落ちるみたいですね。考えてみれば当たり前の話ですが』
「……待て待て。じゃあ俺は何しに行くんだ?」
『クーンさんを慌てさせて、重要な単語をポロッと言わせるためですよ』
「例の策か……」
『ええ、エトワールさんはもう結構奥まで侵入してますね』
「エトワールに行けるなら、俺もいけるって事だろ、そのルート」
単純にジャンプする。蔦を頼りによじ登る。蔦を頼らずによじ登る。壁の一部を破壊する。
その全てをGTであればエトワールよりも上手くこなせるだろう。
『ダメですよ』
ところが、モノクルは即座にそれを却下する。
『せっかくこんなに用意してくれたのに、それをスルーなんてマナー違反でしょう』
「……お前……さては銃のこと恨みに思ってるな?」
『しかしクーンさんにも困ったものですね。荷電粒子砲のことと良い、スルーされるという可能性をまったく考慮に入れてらっしゃらない』
「………………」
実にイラッと来るが、ここで喚いても仕方がない。
それに、銃を壊したことはGTも悪いとは感じていた。
そこでボルサリーノを被り直しながら「はぁ」とため息をつくと、
「わかったよ。付き合ってやるから、エトワールがポジションに着いたら知らせてくれ」
『助かりますよ。しかしクーンさんの狙いは何なんでしょう?』
「それは、俺を殺すことなんじゃねぇの? それが通常の始末の付け方だ」
『しかし、それはあなたをいつだっても殺せるという保証が出来なければ意味がないんでは?』
「一度勝ったあと、勝ち逃げすればいい。裏側の人間の面子はそういうもんだ」
『何ともまぁ』
呆れたと言わんばかりの声を出すモノクル。
だが、GTにしてみてもこの仕事のことがなければ、クーンに積極的に絡む必要性は感じてはいない。
モノクルとは所詮、住んでいる世界が違う。
「それじゃあ、門の前ぐらいまでは行っておくか。あの招待状からだと……こっちだな」
GTは特に急ぐことなく、ぼちぼちと古城へと近づいていった。
~・~
数日前クーンからの招待状が、遊園地付近のポイントにばらまかれた。
招待状というよりは、中身は完全に挑戦状であったが。
もちろん連合の監視下にある区域だったので、それはすぐに回収されたが元々の宛先がGTだったので、クーンにしてみれば願ったり叶ったりだろう。
連合の側からしても“大元”に直結しているクーンと接触できるのなら、この誘いに乗らないわけにはいかない。今のところクーン達との抗争は公にされていないので、愉快犯や模倣犯という可能性も薄い。
それに――
「こういう馬鹿げたもの造れるっていうのは、もうそれだけで“クロ”なわけだ」
『間違いなく本命でしょうね――エトワールさんが良いようですよ』
巨大な鉄の門扉の前に立ったところで、二人は改めて確認し合う。
ギギギッ……
相手も準備万端らしい。
門扉が雰囲気たっぷりに開いていく。
「……あの招待状を手に取った奴はこの場所知ってるんだよな?」
『一応、行くなとは忠告しましたが、何人かは赴いたようですね』
「結果は?」
『この門の前で、回れ右、ですよ』
「バカにしては、少しはものを考えたらしい」
GTは処女地に足を踏み入れた。
~・~
「前言撤回だ。あいつはバカだ」
門を潜り、僅かばかりの敷地だった内庭を大過なく通り過ぎたあと、城内に潜り込んだGTを歓迎したのは――
ゴロゴロゴロゴロ……
坂を転がり落ちてくる大きな岩石。それも随分遠くから転がってくる。
何とも間の抜けたトラップだ。
城内は外の雰囲気そのままに、全体的に薄暗く、照明器具はといえば壁に掛けられた松明ぐらい。
今、岩石が転がってきている通路が一番メインの通路という設定らしく、横幅が一番広い。
そして、左右にも細いながらも通路が見える。
「こんなもの、外に出たら終わりだろ」
『扉が閉まってるとか』
「それでも横道もあるし、何より砕いても良い」
GTの指摘通り、こういうトラップは他の選択肢を奪ってから発動させるべきで、せめてもっと岩石に近づいたところで転がし始めるべきだろう。
しかも、こういうトラップを晒すことでクーンの意図がある程度読めてしまった。
「こういう趣向で殺すつもりだったか」
『向こうにしてみればお金がかかりませんからね。それが一番の動機かも』
資金のやりくりで苦労した分、モノクルが正解へと近づいた。
あまり意味の無い正解ではあったが。
「とりあえず、避けるか」
と、GTは一番無難な選択をした。
いつものGTであるなら、恐らくは岩を砕くことを選択したはずだが、微妙なやる気の無さが消極的な選択肢を選ばせた。
それが計算だったのか。
あるいはただの幸運か。
そのGTの選択はクーンにとって、もっとも望むべき行動だった。
ガコン!
横に踏み出したGTの足下の床が抜けた。
「お」
思わずGTの口から声が漏れてしまう。
移動中だったので、その分の慣性が仕事をしてGTの身体は一回転。
頭から落下してしまう。
『これは古典的な……』
薔薇が思わず呟いていた。
GTの顔が“上”を向き、自分の落ちるべきところを見極める。
光源の乏しい状態であったが、GTの瞳はそこに据え付けられた円錐状の突起――要は落下した者を確実に仕留めるためのトゲだ――を確認した。
GTは銃を抜き放ち、そのウチの二本に向けて発砲。
ドドゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
狭い穴の中で銃声が反響を繰り返す。
だが、その狙いは過たず見事に二本のトゲを破壊。一応の安全地帯を作り出す。
それだけに留まらず、GTの身体はブラックパンサーの強烈な反動で半回転。
そうしておいて縦穴の壁面を蹴飛ばすことで、自らが作り出した安全地帯へと身体を導いた。
その上空でさらにクルリと回転して、見事に足から着地。
『さすがですね。大丈夫……そうで何より』
「まあな」
銃を手に持ったまま、左右に目を配るGT。
「……追撃の手配は無し……か?」
『詰めが甘い、と言うべきなんでしょうか』
ギギィ……
その時、先ほどGTを飲み込んだ開口部分が閉じ始めた。
「あのバカ、今回はとことんまで機械仕掛けに拘るのが美学か?」
『それよりも、あそこまで飛べますか?』
「……飛べなくはないと思うが、多分天井にぶつかるな――死ぬ勢いで。何せやったこと無いから加減がわからん」
『それは……ありそうですね』
どこまでも緊張が持てないまま、二人が緩い会話を繰り広げているウチに、ついに落とし穴の扉は閉じてしまった。そのために僅かに差し込んでいた松明の光も遮られることになって、周囲が闇に包まれる。
「……で、どうなるんだ?」
『パターン的に……』
ゴポン!
モノクルが何か言いかけたところで、再び音が響く。
単純に何かが開いた――だけの音ではない。
『……水、ですか?』
ザァァァ……
かなりの量の水が、この縦穴に注ぎ込んできている。
「水、だな」
GTが言わずもがなのことを確認する。
すでにGTの足下には水が溜まり始めていた。
『単純に考えれば、上の扉を破壊してしまえば問題ないわけですが……』
「それぐらいの対策はしていると、クーンを信頼してみよう」
『では、どうしますか?』
「そうだな……」
水はすでにGTの腰にまで迫ってきている。
「……一回、負けてみるか」
『えええええぇぇぇぇ?』
モノクルの悲鳴が、縦穴にこだました。
◇◇◇ ◇◇◇ ◆◆◆ ◆◆◆
個人的感触だと、アニメというのは4話ごとに制作チームが一周しているように思うんですよね。で、4話目で一段落、かつなんだか作画が微妙な感じになる。
それを読んで、息抜きみたいな話を意図的に入れてくるアニメが結構あるんですが、一応それを踏襲してみました。
なので、そういう感じの話にしてます。
だからといって、8話目がまたこんな話かというと、そんな余裕はもうなかったんですが。