第三話「天国への階段(EX-Tension)」 Bパート、ED、Cパート、次回予告
片や、明るい陽の光の下、黒ずくめで剣呑な雰囲気を纏った男。
片や、出で立ちは辛うじて許容範囲であるものの、一点突破でおかしなパーツが付いている女性。
間違いなく奇異な目で見られるコンビではあったが、当の本人達がまったく気にしていない。
そうなると、周囲の方が自分の観測結果に自信が持てなくなる。
元々、天国への階段に接続して、その上“遊園地”にまで来ている連中だ。
わざわざ面倒そうなものを認識して、嫌な思いをすることはない、とあっさりと無視することを選択した。
二人の方も、出で立ち以外にわざわざ騒ぎを起こすこともなく、今は遊園地内のカフェに陣取っている。
根本的な問題を言うなら、そもそも遊園地に入る必要性があったのか? という疑問もあったのだが、少なくとも一人は、遊園地に入ったことはよかったと考えている。
――片方が天国への階段に関して全くの無知だと判明したのだから。
「――ということは、これは“あいつら”がいるような場所じゃないのか」
「違うわよ。ここはちゃんと連合に申請して、許可された施設」
初対面の挨拶に付随していた敬語が消失するまで、時間はかからなかった。
一方があまりにもポンコツ過ぎたためだ。
「つまり連合の監視の目が行き届く場所ということだな」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうね」
このカフェの位置は、遊園地のほぼ中央。屋内席はなく自動的に全席オープンカフェだ。
雨天の時は別の店に行けと言うことだろう。売り上げはどちらにしろ、全部遊園地に流れていく。
周囲は広場になっており、足下には柔らかな幾何学模様を描くパステルカラーの化粧レンガ。その上でコミカルに飾り付けされた清掃ロボットが、入場者に愛想を振りまいている。
現実の遊園地と大きく違う点は、子供がいないところだろう。O.O.E.への接続は十五才以上からという厳格な決まりがある。破れば管理責任者まで刑事罰の対象となるので、少なくともこういうオープンな場所に子供が現れることはない。
こんなところでいきなり会合をセッティングされ、二人とも内心嫌な汗を掻いていたが、その心配は結果的に杞憂だった。少なくとも現段階で話題に困ることはなさそうだ。
無知をさらけ出すことこそが、コミュニケーションの第一歩なのかもしれない
――無知な人物が無関心でさえなければ。
「……本当に、接続しては殺すだけだったのね。まさかコインも知らないなんて……」
「ああ、あの金のことか。あんなもの用意した覚えはないんだけどな」
この遊園地に入園する際、GTは確かに硬貨状のオブジェクトを支払っている。
GTは持ってないと主張したのだが、エトワールにいいからポケットを探してみろと言われ、素直に従った結果、出てきたものが、GTのいうところの“金”である。
「あれは……ここに接続した人はみんな持ってるの」
一応、教えてくれてはいるが、エトワールの声には疲労が滲んでいた。
「じゃあ、何度もここに来ればそれだけで金が貯まっていくのか?」
「いいえ。単純に積み重なったりしないわ。あのコインを利用して、ここの利用者は色々なものを作るの。そうすれば結果的に積み重なっていく事になるわね――あなたのその格好だって、元はコインよ」
その説明に、思わず自分の出で立ちを見直すGT。
「じゃあ、これはモノクルがしこため貯めていった結果か?」
「……連合ではどうもコインをある程度は自由に作れるみたい――もしかしたらどんどん作れるのかもしれないんだけど……制限掛けてるだけかもしれないわ」
「アンタでも知らないことがあるのか」
「そりゃあね。私は天国への階段を積極的に利用しているけれど、開発段階から知っているわけじゃないから。元は連合の連絡用に開発されたっていう話で、それが民間でも利用されるようになったのは、ごく最近と言っても良いわ」
「なるほど……俺が全然知らないわけだ――」
「……言い訳の仕方が見つかってよかったわね」
話疲れたのか、エトワールは注文しておいたコーヒーに口を付けた。
それをじっと見つめるGT。
「何? マナーがなってないわよ」
「……そのコーヒーも元は金なのか?」
尋ねられたエトワールは、仮面の上からでもはっきりとわかるぐらい顔をしかめた。
そして、静かにカップをソーサーにおいてゆっくりと答えを告げた。
「確かにそうなるけど、この世界でコインをコーヒーへと変化させる技術がそこに加わっているの。そういう苦労をわかって欲しいわ。この遊園地だって――」
エトワールは大げさに腕を振り回してみせる。
「――全部一から組み上げた人がいるからここにあるんだから」
今度はGTが顔をしかめた。
「――ここも?」
「そうよ。製作者は一応私の知ってる人だけど。遊園地を作りたい、と思い立って、連合に申請して、有志を募ってコインを集めて、そしていろんな遊具をプログラムして、こういうお店もデザインして、そういう苦労があるから、この遊園地はここにあるの」
そう説明されて、次にGTが思いつくのは当然いつもの戦場だ。
眉が微妙に形を変える。
エトワールもそれを察した。
「……多分、あそこは違うわ。感覚的なものだけど。それにあの人形達……アレは無理」
「なるほど。モノクルが躍起になるわけだ」
連合が管理するべき場所に、貨幣発行権を持った一つの国家が出来上がっていると言っても良い。
モノクルの主張では、ブラインド状態で裏取引の段取りを整えられていることで、現実世界での取引が潤滑に行われる事がマズイ――という話だった。
だが実際のところは、連中の存在自体がそもそもマズイのだろう。
だからこそモノクルは早急にこの事態を解決したがっている――昨日聞いた理由も全くの嘘ではないだろうが。
「…………」
――やはり、何か隠しているな。
無理矢理吐かそうかとも考えたが、隠しているからには隠しているだけの理由がある、とも考えられる。
それに、このエトワールという女の話によるとモノクルはそれだけの代償を……
そこまで考えたGTは次の疑問に突き当たった。
「……なあ」
「何?」
とことんまでGTの疑問に付き合おうと、エトワールは決意したのか、ごく自然に応じる。
「この遊園地作った奴が居るって言ったよな。そいつはボランティアで作ったのか?」
「ボランティア?」
「入園するときに金を出したから、そりゃこの世界での金は貯まるだろうけど、それじゃあいまいち使い勝手が悪いような……」
「換金するシステムはあるわ。もちろんその逆も」
エトワールはコーヒーカップを傾けながら、済ました声でそう応じた。
「それは……」
続く言葉は「どんなシステムだ?」で間違いないだろう。
だが、GTはそれ以上は口にしなかった。
「……やめた。知ったところでどうでも良いしな。善人ばっかりが闊歩しているような、そんな気持ちの悪い世界でなかったことがわかればいい。どうせ嘘ばかりの世界だ」
カチャン。
と、静かに、しかしはっきりとエトワールのコーヒーカップとソーサが音を立てた。
「聞き捨てならないわね」
仮面越しの瞳が、はっきりとGTを睨み付けているが、それで恐れ入るGTでもない。
すぐに、こう言い返した。
「銃で撃たれても死なないんだぞ。これが嘘でなくて何なんだ」
「それは……」
「それに俺のでたらめなこの能力だ。これも嘘だ。この世界は信用に値しない――この能力の原因については知らないのか?」
GTはそう言うと、デモンストレーションのつもりか親指と小指でテーブルをつまむとヒョイと持ち上げて見せた。
確認するまでもなく現実ではあり得ない光景だ。
「そうね……」
GTが下ろしたテーブルを今度はエトワールが親指と人差し指でつまみ上げて見せた。
「正直に言うと、さっぱりわからない。ただこればっかりは、どういう風にコインを使っても、こうはならないことははっきりしてるわ」
「……そういえば、モノクルもそんなこと言ってたな。で、こういう状態の奴はかなり少ない」
「私が知ってる限りでは――まず私たち」
「ああ」
「そして、あの犬耳の……」
「RAか。確かにあいつもな――なぁ、あの犬耳もコインじゃ無理なのか?」
それはGTにとっては素朴な疑問、と自覚できるほどの裏表のない問いかけだったが、どういうわけかエトワールは口元を歪めている。
「私は近くで見ていたわけじゃないけど……あれは動いていたの?」
「うん? あ~……」
GTは以前の戦いを思いだし、
「……耳も尻尾も動いていたな」
「本当に? そうなるとそれは未知の技術だわ。ただ、人形みたいに絶対無理かと言われると、それほど困難でもないような……」
「つまりは、髪の色を変えたり、瞳の色を変えたりとかと、同系統の技術?」
「それよりはもっと複雑だけど。服とか、アクセサリーとか。そういう装飾品の一環じゃないかな――趣味はどうかと思うけど」
「自然に生えてるんじゃないのか? それが力の源とか」
「面白い仮説だとは思うけど、それだと必然的にあなたの身体のどこかにも、そういう部分があるということにならない?」
GTは、その指摘にう~ん……と腕を組んで、
「例えば気付かないところが変化しているとか。例えば……歯の数が増えてるとか」
「……それ、私に確認させるつもりじゃないでしょうね」
「いや、俺のこの姿を作ったのはモノクルなんだ。そのあたりからカマをかけて――あいつ何か知ってると思うんだよな」
「それは同感。どうも胡散臭いわ、あのニヤケ面」
「そういえば、そっちは何を報酬に――
そのまま、グダグダと会話が続き、それはそれで親交が深まることとなった。
あるいはGTの天国への階段への理解度が向上した、と前向きに思うことで有意義な時間を過ごすことが出来たと判断する事も可能だったかもしれない。
しかし、それを遮ったのは一つの異音。
聴覚もまた超人的な二人だからこそ、気付くことが出来たと言うべきか。
ミシッ……
人生の中で蓄積された音の分類の中でも、相当な危険度を感じさせる音。
何かの限界が訪れた音。
破滅への予感。
頭の中で警報が鳴り響く。
他の来場者はまだ気付いていない。穏やかの陽気の中、嬉しそうに笑いあっている。
そんな光景の中、一気に緊迫した空気を張り詰めさせた二人の居るカフェの一角だけが、周囲から浮かび上がる。
音が聞こえた方――
それはGTの背後、エトワールのほぼ正面。
――ジェットコースターのレールを支える支柱の一つ。
「みんな! そこから離れて!!」
エトワールが叫ぶ。
声量は確かにあった。それに声もよく通った。
何しろGTが驚いて目を丸くしている程だ。
が、その声で指示された内容は、著しく具体性を欠いていた。
もっともエトワールを責めることもできないだろう。
二人がいる位置から、
「支柱の何本目――」
まではさすがにわかるはずもないし、それに例えそれが判明したとしても、受け取る側でもその情報が共有できない。
結局注目を集めたのはエトワールだけであって、肝心の場所から人が引く気配はない。
「ほっとけ」
GTは短く告げた。
一応、音のした方向に首を向けているが、その表情はすっかりと冷めている。
「もうどうやっても、何人かは巻き込まれる」
視線だけをエトワールに向けた。
「それに巻き込まれたところで、どうせ嘘の世界だ」
吐き捨てるように呟くGTに、
「……違う!」
エトワールは立ち上がりながら、その呟きを否定した。
だがGTはなおも冷めたまま、
「違うものか。何があっても死なないんだぞ。嘘でよかったと胸をなで下ろすところだ」
と、一向に取り合わない。
「この世界を本物扱いすることは危険すぎる。一番に気にかけるべきは“区別”。俺がこの世界に来て一番最初に感じたことだ」
「それは……そうかもしれないけど……」
ミシッミシ……
また異音が響く。
今度は二人の他にも気付いた者がいる。
先ほどのエトワールの叫び声の事もあって、異音がした方向を見上げ緊迫した表情を浮かべている者もいる。
だが危機が起こりつつあることは、まだ多くの者が気付いていない。
「やっぱり、何とかしないと」
エトワールは何かを振り払うように、決意を口にした。GTは焦れたように舌打ちする。
「だから……」
「確かに、この世界は嘘かもしれない。でも、ここで感じた感情に嘘はない。嘘だとは誰にも言わせない」
「…………」
「今日、楽しさを持って帰るはずだった人達がこのままだと、嫌な思いだけを持って帰ることになるのよ!」
エトワールは、もうGTには構わず、異音がした方向――支柱が並び立つ方へと駆けだした。
その背中にGTが声をかける。
「――あんまり酷いことになるようだったら、先に撃ち殺してやるからな~」
「うるさい!」
投げやりに声を返し、エトワールは事故現場――の予定地に向かう。
エトワールの移動速度は、超人レベルには達してない。
向かうまでの間に、エトワールの脳裏ではこの事故が何故起こったのか。
その可能性がいくつも浮かんでいた。
ここの経営者がメンテナンスを怠った――は、まずない。
エトワールの知人でもある経営者は僅かのコインを惜しんで信用を落とすほどの愚か者ではないし、なにしろ開園からさほどの時間は経過してない。
すると設計段階でのプログラムミス。
開園を急ぐ余りチェックを怠ったか、特急仕事を引き受けるが脇の甘い下請けに任せたか――それならば幾人か心当たりがある。
(多分……こっち)
と、この場では役に立たない推測に身を委ねるのをエトワールは止めた。
視界に猛スピードでレールの上を驀進するジェットコースターが割り込んできたからだ。
コースターが問題の地点にさしかかった時――きっと破滅が訪れる。
「みんな! ここから離れて!」
もう一度叫ぶ。
今度は場所が近い。異音に気付いていた者もいる。
エトワールの声が今度は効果を現した。
支柱の下に到着した、エトワールの周囲から人が引いていく――パニックのおまけ付きで。
「くっ……!」
飛び交う悲鳴に、エトワールの視線が引っ張られる。
その僅かの隙に――
――決定的な破滅が始まっていた。
コースターが下り始めたところで、そのレールを支える支柱の一本がすでに折れている。
コースターがさしかかる直前に限界を迎えたのか。
あるいは、さしかかったからこそ限界が来てしまったのか。
その原因を探る作業はあとで良い。
すでにコースターはレールを外れ、宙へとジャンプしている。
悲鳴は怒号に変わった。
エトワールは、ほとんど考えることなく決意する。
落下してくるコースターの落下予測地点に回り込んだのだ。
その迅速さには、直前のGTとの会話が影響している事は間違いない。
――無理でも、無茶でも、無謀でも。
(ここで引いたら女の意地が立たないじゃない!!)
心の中で叫んで、迫り来るコースターに手を伸ばす。
のし掛かってくる、コースターの影と恐怖。
しかし引かない。足を広げ、足場を確保し――
ゴッ!
――コースターを受け止める。
その瞬間に、あらゆる思考が飛んだ。
痛みも感じない。
そんなことを感じている余裕を、この非常識な状況は与えてくれなかった。
足下にから、ピシシッ、と何かにひびが入った音がする。
そのまま身体が持って行かれそうになる。
それに対抗しようと思えたのは、ただ、負けん気だけでしかない。
このままで終わるものか。
このままで済ますものか。
そう思って生きてきて、今の自分がある。
ここで負ければ、今の自分まで否定される。
甦る思考に、全身の超人的な筋力が応えた。
足が地面を掴み、エトワールの位置をその場で固定する。
背筋が破滅へと倒れ込もうとする、身体を支えた。
腕が暴れようとするコースターの先頭車両を押さえ込んだ。
コースターが保持していた位置エネルギー、そして等加速度直線運動で増した速度のエネルギーを。
エトワールは、その筋力で相殺しようとする。
――いや、相殺しようと出来たことがすでに奇跡と言っても良いだろう。
そして奇跡は連鎖する。
コースターは止まった。だが、それは後続車両が宙に浮いてしまうということになる。
次に起こった奇跡とは、その事をエトワールが気付くことが出来た、というその事だ。
「うおぉぉぉぉーーーー!!」
雄叫び――女性が叫んでいるので字面が矛盾しているが――と共に、エトワールがコースターを振り回す。
落下、つまり下方向に向かおうとしていたベクトルは、強引にその向きを変えられた。
コースターは弧を描く。連結部分がしなる。
だがそれは急激な落下エネルギーを散らすためには必要な行為。
コースターに乗る乗客達も必死になってバーを掴んでいた。
この暴力的な横殴りのGに耐えきれば、あの絶望的な状況を脱して命を永らえさせることが出来る。
例え、この世界の死が嘘であったとしても。
――人にとって死が未知である限り、その恐怖を取り払うことはできない。
振り回したコースターの最後尾の車両が、他の建造物に当たりあらぬ方向に吹っ飛んでいくが、それは幸いにも無人の車両だった。
ここまで来れば、あとはもう勢いに任せるしかない。
コースターが渦を巻く。
周囲からはもう、人影は消え失せている。あとはコースターの軟着陸を待つだけだ。
エトワールは、先頭車両をずっと離さなかった。先頭から順番に着陸させるなどという、そんな格好の良い状態をエトワールは夢見たりはしない。
二つめの車両が接地する。
ガッ!
跳ねる。
エトワールはそれを許さない。
ギギギギギギギギギギギギ!
接地面と車両の連結部分が嫌な音を立て続けるが、それは無視をする。
こればかりはどうしようもない。
いくつかの車両が横転する――が、それはその車両が接地したという証でもある。
キガガガガガ……
嫌な音が段々と収まっていく。
そして――
――ついに惨劇は回避された。
もちろん全くの無事、というわけにはいかなかった。
だが、エトワールが何もしなければ、コースターの乗客だけではなく、落下地点にいた入園者達にも大きな被害が出ていたことはまちがいない。
ギィ……
ようやくのことで、エトワールは抱えていた先頭車両をそっと地面に下ろした。
そして状況を把握できないままの、その乗客――恐らくはデートに来ていたカップル――に笑いかける。
それで自分たちが助かったのだ、とようやくのことで自覚できたのだろう。
二人揃って笑みを返してくる。
そして避難していた、他の入園者からもパチパチと拍手の音が……
ミシッ……
そんな拍手の音に紛れて、聞こえるはずのない、あり得るはずのない音が再びエトワールの耳朶を打った。
エトワールは思わず支柱へと視線を向ける。
だが、そこからではない。
支柱はすでに残骸と化している。今更あんな音を立てるはずもないし、何より音の方向が違う。
「観覧車が――!」
悲鳴と一体化した声が聞こえる。
そう。
あろうことか、観覧車がエトワールの居る方向に傾きつつあった。
先ほど、何かに当たった最後尾の車両。
それが激突したのが観覧車の骨組みだったらしい。
今から、これを支えるのはいくら何でも無理だ。
エトワールは絶望的な状況に悲鳴を上げそうになった。
体中が悲鳴を上げている。
逃げようにも、身体が動かない。
コースターの乗客達も、放心状態のままだし、怪我を負っているものもいる。
「…………!」
エトワールは、思わず見てしまう。
超人的な能力を誇る、あの男を。
もう、救いはあの男に掛けるしかない。
そんなエトワールの視線に気付いたかのように、GTはゆっくりと立ち上がった。
ミシッ! ミシミシミシミシ……
観覧車が倒れ込んでくる。だが、エトワールはそちらに目を向けない。
GTの右手が閃くのを、ただ吸い込まれるように見ていた。
ドゥン!
GTの右手に出現したブラックパンサーが火を噴いた。
ガァン!
ほぼタイムラグ無しに観覧車の骨組みの一部が、轟音と共に吹き飛んだ。
そしてそのまま消失する。
しかし消失するまでの僅かの間に、横殴りにされたエネルギーが骨組み全体に伝わり、僅かに倒れ込むスピードが鈍る。
ドドドドドゥン!
次に吹き飛んだのはゴンドラ。
思わず目を見張るエトワール。
だが、そのゴンドラは全て無人だった。
ゴンドラは宙に弾け飛び、そのまま消失したが、弾け飛ぶ際にやはりエネルギーを枠組みへと伝えている。
そのために倒れ込む方向が今度こそ変わった。
ドンドンドンドン!
今度は、小刻みな銃声。
それが響くたびにゴンドラの接合部分が破壊されて、今度は乗客の乗ったゴンドラが落ちていく。
かなり乱暴な手段ではあったが、銃撃が小刻みになったのは、一応地面に近づいた順に撃ち落としているかららしい。
事実、撃ち落とされたゴンドラは多少は変形しているものの、中の乗客は怪我ぐらいで済んでいるようだ。
事ここに至れば、もはや残った枠組みに容赦する必要性はなくなる。
GTは下手に銃を構え、さらに追撃。
ドドドンッ!
銃弾のアッパーカットが、枠組みを浮き上がらせる。
ジャコン、とマガジンがブラックパンサーから滑り落ちる。
GTは改めて構え治すと、無防備|(?)な骨組みへと、さらなる銃撃を加える。
桁外れの威力を誇るブラックパンサーの一撃は、一瞬で骨組みを構成していた鉄骨の耐久値を削り取り、当たる端から消失させていった。
それはまさに虐殺。
正確無比で無慈悲な銃弾が、細かに破片になって逃げまどう鉄骨を蹂躙していく。
だが奪われていっているのは、かりそめではあっても命ではない。
そのために倫理観への抵触が存在しないこの虐殺は――あまりに盛大すぎるショーでしかなかった。
一人の男が、強大な敵を一歩も動かずに圧倒していく。
それは壮大なスペクタクルと言っても良い。
そして、ブラックパンサーのチャンバーが深呼吸するように、大きく口を開け、その牙を突き立てることを止めたとき――
――観覧車の骨組みは、この世界から消失していた。
避難していた入場者達から、ため息にも似た吐息が一斉に漏れる。
今まで強いられてきた、異常な緊張。
そしてそこからの解放――それもとんでもない方法で。
理解が追いついていかないのだ。
静寂が園内を支配する。
GTもやりきった感があるのか、珍しいことに停止したまま観覧車が消失した空間をただ眺めていた。
「や、やぁやぁ、助かりました! お見事でした!」
そんなGTに突然話しかけた者がいる。
園内を清掃していた、ロボット……ではなかった。
ロボットのような外装を着ぐるみを来た男。
年の頃は四十といったところだろうか。赤毛で丸っこい輪郭の持ち主だった。第一印象は場に相応しいことにピエロ、というところだろう。
「……誰だ?」
当然の疑問を口にするGT。
「実はここの経営者でして。ローダンと申します」
その質問に答えながら、男は快活に笑いかける。
癖というか習慣というか、マガジン交換をしながらGTは顔をしかめて応じる。
「――だったら少なくとも笑ってる場合じゃないだろ、お前」
「まったくその通りなんですが、実際のところ、笑う以外に何をすればいいのやら、本当に」
言いながら、アッハッハ、と空虚に笑う。
GTは、軽く肩をすくめて、その笑いを見つめていた。
そして現状では確かに他にすることはないな、と妙に納得する。
「――それでご相談なんですが」
いきなり真顔に戻るローダン。
「言っとくが弁償なんかしないぞ」
「とんでもない! あなたは恩人ですよ。そんなこと言い出したりはしません。賠償請求は実際の製作者に行います。なに心配ご無用、契約書の文言は完璧です」
「いや、心配は……」
「それで、ご相談というのはですね――」
強引に話を進めてくる。
さすがに商売人、という感じだ。
「――あのジェットコースターのレールの残骸も、さっきの手法で更地にしていただけないかと」
「……あ?」
思わず声を出して二人揃って、中途半端に壊れたレールを見つめる。
確かにアレなら、全部撤去してしまった方が話が早いだろう。
GTはボルサリーノを被り直し、はぁ、と大きくため息をついた。
「エトワール!」
突然に、今日会ったばかりの相方を呼ぶGT。
未だに呆然としたままだったエトワールが、その呼びかけにビクッと身体を震わせる。
「こっちに来てくれ! 面倒が起きた」
そう言われては、この状況下で無理に逆らう選択肢など選べるはずもない。
駆け足で、エトワールはGTの元へとやってくる。
そして心配そうに、GTに尋ねた。
「な、なに?」
「ちょっとお前のライフル貸してくれ。持ってるだろ?」
「え? え、ええ、あるにはあるけど……」
「引き金を引いたら弾が出る部分だけで良いからな。でかいと取り回しが面倒だ。で、そっちが……」
「ローダン!」
「おや、私をご存じですか?」
「え、ええ、そうね」
仮面をしている意味はあるらしいな、とGTは内心で呟きながら、左腕をエトワールに差し出す。
エトワールは各種アタッチメントを外した、対重力ヘリライフルをその腕に預けた。
それだけでもそうとな重量がある代物だったが、GTは造作も無しに構えると、
パンッ!
といきなり発砲。
その銃弾は見事にレールの構造的弱点を射抜いたようで、ただの一撃で見事にバラバラになる。
「な、何を……!」
ドドドドドンッ!
続いてブラックパンサーが吠え、空中にばらまかれたレールの破片を消滅させていく。
「おお、これはお見事。何という素晴らしい効率の解体作業!」
「え、あ、あ、解体?」
「俺の銃だと威力がありすぎて、ただこそぎ落とすだけになるからな。効率が悪いんだ」
そしてまた、ライフル、ブラックパンサーのコンボで、レールを消失させる。
再び繰り返される、超人によるスペクタクル。
先ほどまで、ただただ呆然としていた入園者も、今度はそれを楽しむだけの心の余裕を回復していた。
GTが破片を消失させるたびに歓声が上がる。
その中には、GTの超絶的な技量に見とれる者もいた。
「……最後においしいところ取られちゃったわね」
「そんなつもりはない。それよりもその商売人と話を付けてくれ。あとでねじ込まれたら厄介だ。どうもそいつは信用できない」
「アッハッハ、これは異な事を」
「了解。にしても、いざとなったら私たちを撃ち殺すんじゃなかったの?」
そんな皮肉に、GTはフンと鼻を鳴らす。
「……数が足りなかった」
「はい?」
「思ったほど、人が少なくてな。たくさんぶっ放せる方を選んだだけだ。撃ってないと勘が鈍るからな」
「……なによそれ」
短くエトワールが応じる。
しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
恐らくは限りなく相性が悪い。主張も相容れない。
だが、なんとかなりそうな――そんな予感だけはする。
たとえ、それが錯覚だとしても、少なくともここで見限ってしまうほど最悪ではない。
弾け飛ぶレールの部品が、光となって、遊園地の空を彩る。
それが花火のように見えてしまうのも――
――きっと錯覚だ。
エトワールは肩をすくめ、頼まれた仕事をこなすことにした。
「OK、それじゃあそこでせいぜい練習しておいて。ローダンさん、ちょっと書類を揃えましょうか」
「タマが必要なら言ってくれ」
GTのその言葉は現金の比喩表現では――きっと無い。
エトワールは顔をしかめ、
「それは結構」
と、丁寧に断った。
やはり相性が悪いことは間違いない。
根本的な考え方がまず違う。
だが――
ここは「天国への階段」
GTに言わせれば、全てが嘘の世界。何もかも曖昧だ。
良いと思えることも、悪いと思えることもなにも定まっていない。
だからこそ、そこから自分が何を信じるか――
――確かなことはこれから見極めていけばいい。
◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇
急用を済ませたモノクルが接続する。
現れたのはいつもの部屋。
ソファセットのテーブルに、何枚かの紙が置かれていた。
それを取り上げ、モノクルが確認してみると、どうやら二人の書き置きであるらしい。
「少しトラブルがあったけど、さほどの問題は無し。GTは思ったほど最悪ではなかったわ。あと失敗してしまったの。それは謝っておくわ」
これはどうやらエトワール。
首をかしげるモノクル。
それをめくって、もう一枚の書き置きに目を通す。
おそらくGTからのものだろう。
なるほど、少しはこの世界の仕組みを覚えてくれたらしい、とモノクルは一人うなずいた。
ハラリ、とめくる。
「なんか手強くて弾代が出なかったらしい。だから、千発ほど補充よろしく。あと銃も故障した。メンテナンスもよろしく。一応、悪いとは思ってるから、心付けな」
モノクルの顔にどっと冷や汗が吹き出す。
紙片に乗っていたらしいコインが滑り落ち、それを追うように片眼鏡が、コロンと落ちた。
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次回予告。
自分の非力さを呪うクーン。
装備をいくら揃えても、勝ち目が見えない。そんな中、遊園地での騒動がクーンの耳に入る。
それを聞いたクーンはGTの対抗する手段を見いだしたと確信した。
そんなクーンの誘いに乗った、GTが向かうは石造りの古城。待ち受けるクーンの罠とは何か。
次回、「バーサス500」に接続!
今、続き書いてますが、すでに次回予告に嘘があります。
しかも、サブタイがネタバレ。こういう回は、この回だけだと思ってるんですけどね。
それとルビ振りがうまくいってませんね。「天国への階段」全体にエクステンションとルビが振られているという解釈でお願いします。
勉強しないとなぁ。