第二十二話「言い訳が必要な行為」 Bパート、ED、次回予告
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ローダンの商魂は見上げたくなるほどにたくましかった。
「APPLE DICE」のPV撮影セットを移築することについては、二人とも乗り気になった――というかならざるを得なかった。
あのセットは使うあてもないまま放置していたものである。
それで幾らかでも利益を上げることが出来るなら、元々ギリギリ黒字の現状では“受ける”方向に天秤は傾かざるを得ない。
ローダンがたくましかったのはそこから先で、
「で、ライブはどういう段取りで行いましょう?」
「ライブ?」
「リュミスさん。これは謂わばタイアップですよ。タイアップでそれを盛り上げるためのプロモーション活動しないなんてあり得ないでしょう、どうも」
断言されると、そういうものかと納得しそうになるから不思議だ。
しかも、その話に乗っかると「APPLE DICE」を披露するしかなくなる。
ローダンが去った後に、それに気付いたリュミスは頭を抱えた。
他の曲との調和が取りにくいことは、すでにジョージが指摘している。
それに加えて、ライブで歌うためには音響が――
「まぁ、少し安心できたな」
そんなリュミスの悩みを逆なでするかのように、GTが呟いた。
「何が?」
「いくらモノクルでも、あの欲までは計算できねぇだろ。だから、ここに招待されたのも偶然」
リュミスはその指摘に苦笑を浮かべる。
「……そうね。そこは安心できたけど、代わりにとんでもない苦労を……」
「ローダンに丸投げすればいいだろ」
「え?」
「ここで歌わせたいのは奴なんだ。徹底的に要求しろ。どっちにしろあの曲はいずれライブで歌わなきゃならないだろ? それなら全部向こう持ちになるこのチャンスに確かめられることは、全部確かめればいい」
「……いいのかしら?」
「今回はハコの持ち主の方が立場が弱い。ごちゃごちゃ言われたら『じゃあ、やめる』で話が済む。こっちの懐は痛まない。セット展示の企画をして、お前を呼べなくて恥をかくのはローダンの方だ」
断言するGTを見ながら、テーブルに上半身を突っ伏すリュミス。
その表情には濃い疲労が浮かんでいる。
「その金銭感覚が、もう少し前に欲しかった……」
「それは何とかなったんだから、もういいじゃねぇか。しつこいぞ、お前」
堂々と開きなるGTを半目で睨むリュミス。
やがてリュミスは突っ伏した姿勢のまま、GTからそっぽを向くように顔の向きを変えた。
「……香藍さんのお世話になった方が良い?」
そして唐突に尋ねてくる。
GTはその問いかけにすぐには応じずに、ボルサリーノを目深に被りなおして、
「モノクルに何か聞いたか」
「聞きはした。でもそれは確認のため。前に私の周りの環境が変化しているって言われて、この前ホォードラーに降りたことを思い出したの」
「……ロブスター食べるまでに時間は掛かったな」
GTが投げやりに呟いた。
「……ごめん」
リュミスも小さな声で呟いた。
GTはその声には即座に応じなかった。
微動だにせず、焦点を合わせぬままにあらぬ方向を見つめ続けていたが、やがて口を開く。
「――復讐っていうのは、あんまり良くない行為みたいに言われてるがな、結局なんだ――やらないとケリが付かないないというか」
リュミスが首を回して、GTに視線を向ける。
「復讐しても何も得るものがない、とか言う文句もよく聞くよな。だけど、そこはあんまり問題じゃなくて、復讐は新しいことを始めるための整理作業なんだよな」
視線を向けたリュミスの眉が寄っていく。
GTの話がどこに向かうのか訝しんでいるのだろう。
「だから、お前も今新しい事を始めている最中なんだ。ちょっと前後してるけどな。それなら色々不具合が起きるのも当たり前だろ。だから……あんまり気にするな」
リュミスの目が見開かれる。
GTはそんなリュミスに目を向けることもなく、相変わらずあらぬ方向を向いたままだ。
結局、二人の視線は交差することなく数分が過ぎ、やがてリュミスが笑いを含んだ声で混ぜっ返す。
「――復讐した後に、何にもしなくなった人に言われても」
「してるだろ」
「そりゃあ、確かに“篭”とはやり合ってるけど」
「そっちじゃなくて、ほらお前の手伝い」
「え?」
「実を言うと、アレは結構楽しい――その点は、お前に感謝だな」
リュミスは再び黙り込む。
さらに、再びグルンと首を回してそっぽを向く。
ただ、その耳が真っ赤に染まっていた。
~・~
とにかくライブをする可能性があるなら下見でもしておくか、という最大公約数的な妥協点を見いだして二人は行動を開始した。
そもそも、この遊園地にライブを行えるような場所があるのか、これから作るつもりなのか。
その点も見極めなければならない。
そのついでに遊具の安全性、集客率などを見極めていっているのは、もはや職業病と言っても良いだろう。
「……あの辺でやるつもりかな」
GTが目を向けたのは、観覧車前に設えられた花壇辺り。
多少手狭だが、花壇もステージ設営に巻き込めばスペースも確保できる。
ただ客をどう整理して、どのように安全にライブを行うのかという見通しは入口出口が設定しにくい分、難しそうだ。
それも工夫次第であるのかも知れないが――
「イベントホール的なものを、作るつもりはないのかしら」
リュミスの不満混じりの呟きが、事の面倒さを端的に現している。
「それ、要求すればいいだろ」
「いくら何でも……」
リュミスが微妙な表情を浮かべる。
「そうか? どっちにしてもこの有様じゃ、遊具頼りでここの経営回すのも無理そうだし。お前に限らず、他の歌手を呼ぶ可能性を考えれば、作っておいて損はないだろ」
確かに、ジェットコースター、観覧車に限らず、遊具の乗客率はかなり悪い。
そうなれば他の手段を模索する可能性もあるだろう。
「最初にお前が歌うとなれば、そのホールにも格が付くしな」
「なるほど……じゃあ、一度提案してみましょうか」
そうなると、そのホールの設置場所も含めて提案した方が良い。
だが、そのためには――
「……そもそもセットを持ってくるとして、何処に置くんだ?」
「わかった――あまりにも情報が不足してるわね。これは下見よりも何よりも、もう一回ローダンに会わなくちゃ」
その自分の言葉に釣られるように、リュミスが周囲を見渡す。
そして気付いた。
男女の二人連れが異常なほど多いことに。
いわゆるデート中のカップルが多い――多すぎる。
遊具で遊ぶという選択肢が減っている分、純粋に遊びに来た、という入場者は減り、浮かれた気分だけを味わいたいという非日常の空間を求めるカップル達が……
――などと分析をしている場合ではない。
問題は、自分たちもその“カップル”に見えると言うことだ。
「天国への階段で、人に会うにはどうすれば良いんだ? あ、ここが一体型の施設なら、呼び出しを――どうした?」
リュミスのただならぬ様子に、GTの右手が腰のホルスターに伸びる。
敵、というだけでなく、また遊具の不具合に気付いたのかも知れない、という危惧もあったのだろう。
「だ、大丈夫。え、ええとローダンに連絡を取る方法よね。スタッフが多分連絡方法を知ってると思うけど……」
「ということは、入場ゲートか。考えると、あのタイミングであいつが姿を消した意味がわかんねぇぞ。何かやらかしてから事後報告でもするつもりか」
GTはそう言うと、リュミスの腕を取ってゲートへと逆送していった。
「ちょ、ちょっと」
「お前の知識がないと、連絡が付いても良いようにあしらわれるかも知れないだろ。さっさと歩け」
そのまま引きづられるのもシャクなので、リュミスも足の回転数を上げて、GTの横に並んだ。
リュミスの頭の中では、一つの言葉が何度も繰り返されている。
(これは仕事。これは仕事。これは仕事……)
――今のリュミスには言い訳が必要だった。
~・~
結局のところ、ローダンが去ったのは接続限界時間が来たからということが判明した。
そもそも二人が接続した時間に、ローダンが接続していたという幸運があったことを失念していたのである。
「……しかしまぁ、現実でも悪巧みは出来るし、この状況を利用するぐらいのあざとさはあるだろう」
ローダンの現状を理解したGTが言い訳じみた反応を示す。
「かといって、現実で追いかけるわけにも行かないし。そもそもローダンの現実を知らないわ」
「では、天国への階段で出来ることをやろう。何しろ遊ばなくちゃならんのだからな」
「遊んで、ローダンを牽制する? わざと事故起こしたりとかはダメよ。そんなの私の理想の天国への階段じゃないわ」
「……よくそんな酷いこと思いつけるな」
「――しないわよ」
「何でそっち方向に話が展開するんだ」
「酷いことと、あなたがイコールで結ばれているから」
何のためらいもなく、言い切ったリュミスをエメラルドの瞳でまじまじと見つめるGT。
「――完璧な理屈に思える」
「そこは人として否定して――で、これから先どうするかなんだけど……」
入場ゲートまで戻ってきて、改めて周囲を見渡してみる。
さすがに遊園地の玄関口だけあって、真っ直ぐな大通り以外は、この辺りに開けたスペースはない。
それどころか、各種店舗が軒を並べていて以前より手狭になったようにも思える。
入場しなければ、こういった店に興味を抱いても入ることが出来ない。
じゃあ、入るのをやめるか、と考えるほどここの入園料は高くもないのである。
そして、入園してしまえば店だけ覗いて帰る、という固い意志を貫いてもあまり意味はない。
結果、園内でも金を落とす――というような効果を狙っているのだろう。
そんな店舗の中、一軒のディスプレイに、ふとリュミスの目が止まる。
「そういえば……あなたは、そういう格好をしておいて時計はしてないのね」
「時計?」
リュミスの視線をたどり、GTはそこに時計店を見いだした。
「……別に必要ないだろ。三時間しかいられないんだし」
「そういう事じゃなくて、身だしなみの問題よ。女はほら。色々アクセサリーを身につけることも出来るけど、男はそうもいかないでしょ。だから男は腕時計とカフスボタンで、さりげなくアピールするの」
リュミスの説明に、思わずまじまじとその顔を見つめてしまうGT。
「そ、そんなものか?」
「なるほど。その方面の知識はないわけね。良い機会だから選んできたら。カフスボタンは時計に合わせて、また別の機会を見つけても良いし」
「…………」
その提案に、黙り込んでしまうGT。
提案を頭から拒否しているわけではないようだが、何とも微妙な表情を浮かべている。
「何?」
「金がない」
「は?」
GTには、十分な報酬を支払っている自信があるリュミスである。
その告白を素直に受け入れるわけにはいかなかった。
「い、いや、正確に言うと貰った金を天国への階段で使う方法がわからない。だから、今も最初の分しか持ってない。これじゃあ、時計は買えないだろ?」
リュミスの剣幕に押されるように、GTが説明を付け加えた。
情けない話ではあるが、それに納得できてしまうリュミス。
こうなれば、選択肢は一つしか残されていない。
「仕方ない。私が立て替えておくわ」
「いいのか?」
「まぁ、遊べって言われてるしね。買い物で時間潰すのは割と有意義な方に入ると思うし」
「そう……だよな」
「ちゃんと返すのよ」
「そこは信頼してくれ」
ヌケヌケと言い返すGTを睨みながらも、二人は時計店へと向かった。
~・~
時計店はさほど高級店というわけではなく、かといって天国への階段では出店しても意味がない、量産品の提供場という造りでもなかった。
天国への階段で、時計作りをしている参加者達が、協力して自分たちの作品を発表する場所、と捉えるのが正解なのだろう。
デザイン、機能も多種多様でGTよりもむしろリュミスの方が熱心に商品を見て回ったほどである。
腕時計専門店というわけではなかったが、もちろん腕時計も用意されていて、GTが注目したのはその中でも、かなり無骨なデザインのものだった。
「それはちょっと、今の格好に合わないんじゃない?」
「そうですね~。もう少しスリムなものの方が良いように思いますね~」
リュミスの提案に、緩い感じの女性店員が乗っかってきた。
時計店の店員と言うよりは、時計工房から這い出てきた職人といった風情だ。
チェック柄のエプロンを身につけており、ここに時計を提供している職人が持ち回りで店番をしているのかも知れない。
「彼氏さんへプレゼントですか~」
と、乗っかるついでに爆弾を投下していった。
「ち、違います」
「あ、もしかして~リュミスさん? あたしファンなんです~」
「そ、それはどうもありがとう」
話が飛びまくる店員にペースを乱されまくるリュミス。
「おい、これはどれぐらい頑丈なんだ?」
そこに空気を読もうとしないGTが割り込んだ。
「それはですね~、象が踏んでも壊れない、という頑丈さを目指して作られました~」
店員も即座にそれに対応する。
解放されたリュミスは、もう巻き込まれまいとするかのように沈黙を決め込んでいる。
「これが一番頑丈なのか?」
――どうして頑丈さを一番の基準に据えるのよ。
と、突っ込みたい衝動を抑えているリュミスを尻目に、
「いえ~、他にもありますけどちょっとお高いので~」
「出してくれ」
躊躇無く答えるGTにリュミスは目を剥くが、
「いいですよ~」
と、店員はあっさりと答えると、店の奥へと引っ込んでいく。
その隙にリュミスがGTに詰め寄った。
「何で頑丈!?」
もはや言葉も惜しむリュミスに、
「どう考えても荒事に巻き込むことになるんだぞ。使うからには長く使いたいからな」
言われてみれば納得の理由だ。
「モノクルが提供してくるものなら、使い潰してもやるんだが」
「だけど腕時計を使い潰すっていうのも、あんまりないような気がするけど」
「まぁな。ただ、壊れやすい状況になる可能性はあるわけだしな」
「わかった。それは納得。ただ、やっぱりデザインがねぇ……」
なおも渋るリュミスの前に、
「お待たせしました~」
と、店員が戻ってきた。
「こちらが、当店で最高強度の腕時計になります~」
と、店員が開けたケースの中から現れたのは真っ黒、そして、薄く飾り気のないモデルだった。
ほぼブレスレットのような一体成形で作られているらしく、楕円形の文字盤にホロで長針と短針が浮かんでいる。
「これが……いちばん強度が高いの?」
さすがに疑問を感じたリュミスが尋ねる。
強度を裏付けている部分はと言えば、一体成形であるという部分ぐらい。
「これはですね~、これを制作した職人が、ごく少量、偶然に生み出せた堅い金属を加工して作られてまして~」
「時計作るのに、そんなに堅い金属が必要になるの?」
リュミスの疑問に、店員は緩い笑みを浮かべたまま、
「はい~。出来ることなら歯車を全部ダイヤモンドで作りたいぐらいですよ~」
と、今までとは微妙に違った口調で説明してくる。
「その点、この天国への階段は本当に便利なんですけど~」
「わかった。わかったわよ。何だかわからないけど、私が悪かったわ」
早速、撤退を決め込むリュミス。
「試して良いか?」
やはり二人のやりとりには気も止めず、GTが店員に告げると、
「どうぞどうぞ~」
と、これにはあっさりと応じる店員。
本当に、私のファンなのかしら、とリュミスは内心で呟きながらも時計をはめたGTへと視線を向けるリュミス。
一見では、左腕に黒いブレスレットをはめたようにみえるGT。
GTは左拳を握った状態で、文字盤を自分の方へと向けた。
そんな仕草によって強調されるスラリとした黒スーツのシルエット。
店内に差し込んでくる、柔らかな陽の光が照らし出すそんなGTの立ち姿はなかなか絵になっていた。
「よくお似合いですよ~」
店員が、そんなGTを称賛するが、それは仕事と言うよりも素直な感想に思えた。
「そうか。で、強度は間違いないんだな?」
しかし、GTはぶれない。
「はい~。強度計算はしてませんがダイヤモンドに匹敵すると言ってました~」
「じゃあ、これにするか。デザイン的にも問題ないんだろ?」
「……わかった」
突然にリュミスが呟く。
「立て替えるんじゃなくて、それ、プレゼントしてあげるわ。この前のホォードラーの件のお詫びとお礼をかねて」
「だからそれは……」
「私なりのケジメの付け方よ。ちょっと痛い目見ておこうと思って」
さばさばとした物言いに、GTも少しの躊躇いを残しながらではあったが、無言でうなずいた。
「わぁ、やっぱりプレゼントだったんですね~。では~、お会計はこちらに~」
店員ののんびりとした声に誘われて、レジへと向かったリュミスは――
――絶望を知った。
~・~
赤い。
何もかもが赤い。
――そして赤い。
ここに閉じこめられて、どれほどの時間が経過したのか――もちろん、それを簡単に悟らせるようでは監禁の意味がない。
自分を客観視する、頭の中の冷めた部分がこの状況を合理的だと判断する。
『――少し話をしましょうか』
シェブランも、訪れる周期もきっとまちまちになっているはずだ。
『どうも、以前の申し出をあなたは誤解されているようなので』
「誤解? ウフフフ……僕を“仲間”にしてしまえば、情報が自動的に手に入る――そんなところでしょう」
『ああ……やはり誤解されていましたか』
リシャールは、シェブランのその言葉に驚き、次の言葉を待った。
だが――シェブランの言葉はそこで途切れた。
誤解。
ただ、その言葉だけが頭の中で繰り返す。
誤解。
――何を?
他に出来ることもないので、ただただリシャールの思考は深く沈んでいく。
赤い。
赤い海の中で。
『“誤解”は解けましたか?』
唐突に、シェブランの声が響く。
「……解けるも何もありませんよ。僕を混乱させるだけの手法じゃないんですか?」
苛つきながらも、出来るだけ平静な声でリシャールは応じる。
シェブランがいつ接触を打ち切るのかわからないのだ。
言葉は出来るだけ自己完結させた方が良い。
『我々が、情報が欲しいがためだけにあなたを仲間に引き込みたがっている――それが誤解です』
「それは……」
返ってきた言葉に戸惑うリシャール。
『我々はあなたを恒久的な仲間にしたいんですよ』
「僕を? 公安に居場所もない、そしてこれからきっと免職になる僕を? 何のメリットが?」
『公安に、あなたの居場所はあります。というか、これから出来るのです。天国への階段を騒がせている不埒者達の情報をもたらした英雄として』
それは、リシャールの思考の外からの奇襲だった。
情報を搾り取られて、そのままうち捨てられる。
それならば、この情報を対価に、たった一つの望みを達成しよう。
――そんな風にも考えていたのだが……
「な……に……」
リシャールの口から漏れだしたのは、どうしようもない疑問を呈する言葉。
言葉の意味を知りたいという、人間ならではの欲求がリシャールの理性を越えてしまった。
『経歴を調べさせて貰いましたが、あなたの能力はトップクラスです。ですが、無能な上司がそれを扱いかねている。矛盾しますが、公安で扱いきれないならば他部署に転属させる選択もあったはずです。ですが今のあなたは飼い殺し状態のままだ』
「…………」
『我々は、ある目的のために、いろんな場所に頼りになる仲間が欲しいんです。あなたは公安で我々の仲間になって欲しい。だからこそ、ここまで手間を掛けたんですよ』
「目……的?」
『それを聞いたら、もうあなたに選択肢は二つしかありませんよ。我々の仲間になるか――死ぬか』
唐突に放たれた最後通牒。
はぐらかされるのではなく、ここに来て突然事態が大きく動いた。
シェブランがそう決意した外的要因は何だ?
時間か。
だが、その時間がわからない。
ここに来てから、それほどの時間が経過したのか。
外では何が起こっている?
そして天国への階段では――
「聞か――せてくれ……」
囁くように、リシャールは呟いた。
そこに希望を見いだしたわけではない。
あるいはそこに死を見いだしたのかも知れない。
希望と死がイコールで結ばれる、あの感覚。
その懐かしい感覚に包まれる中、シェブランが“目的”を告げた。
――弾ける。
頭の中で。
脳の奥で。
そして、納得が心の中に降りてくる。
天国への階段で自分たちがやって来たことが、シェブラン達からどう見えていたのかも。
「ウフ、ウフフフフフ、アハハハハハハハハハハ……」
笑った。
笑わずにいられなかった。
なんと滑稽な。
そんなものに、自分は心を委ねていたのか。
だが――
「――そのお誘いは魅力的です。ですが僕も天国への階段でやり残したことがある」
滑稽であるが故に、ケリを付けねばならないこともある。
大きく事態は変わったが、結局のところ自分が望むことはただ一つ。
『……GTですね』
シェブランが、どこか疲れたように呟いた。
「ええ。GTと戦わせてください。GTが僕に勝てば、情報を提供しましょう」
即座に返事は返ってこない。
だが、リシャールはシェブランが去ったわけではないと確信していた。
ここでシェブランが引く理由――合理性がない。
『……わかりました。あなたにはそれが必要なのでしょう』
果たしてシェブランが、ため息と共にそれを了承した。
『重要な決意に必ず伴う“言い訳”が』
――かくして、二人の野獣が決戦の地へと向かう。
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次回予告。
雨の日に出会った二人の男。
しかし、その出会いによって自らの運命をねじ曲げたのは、一人だけ。
だが捻れに捻れきった、運命の果てに、二人の男は再び対峙することとなった。
――互いの能力が拮抗するあの天国への階段で。
次回、「野獣の尊厳」に接続!
前話の宿題がこのBパートでやっと消化できました。
というか、ここに突っ込まないで、この話の尺はどうするつもりだったのか、という疑問。
時々はこんな偶然に助けられる事もあっても良いでしょう。
というわけで、あと4話まで来ましたね。
あ、モノクル達の目的ははったりで書いてるんじゃなくてちゃんと設定はしてあるんですが、それをここで書いちゃうと別の話になりすぎるので、伏せておくことにしました。
なので、今後出てくるようなこともないと思います。
多分。




