第二十一話「一歩、前へ」 アバン、OP、Aパート
それは歌というよりも、絶叫だった。
モニターの中で豊かな蜂蜜色の髪を振り乱しながら、女性が大きく口を開けて叫んでいる。
女性は天国への階段では名前の知れた、リュミス・ケルダーというパフォーマーだ。
いつもは、きらびやかな衣装を纏いライブを中心に活動しているが、モニターの中の彼女は違った。
飾り気のないリネンの白いシャツ。大きく胸元を開けているが、多少でも意匠を凝らしているとすればそれぐらいのもので、ボトムスは黒のパンツ。
あまりにもシンプルすぎる。
彼女は叫びながら、部屋の中を後ずさりしながら進んでいく。
そして曲調に合わせて奥の扉が開き、リュミスはその部屋に侵入。
先ほどまでいた部屋は、良くも悪くも“普通”の部屋だったが、今度の部屋は何かおかしい。
家具が一部壊れていて、壁にバールが飾られている。
だが、それをじっくりと確認している時間はない。
今度はリュミス自身が蹴り飛ばして、また奥の扉を開ける。
新しい部屋は、照明も暗くさらに雰囲気が悪い。壁紙の色もおかしい。
このパターンの繰り返しか、と視聴者が油断していると、いきなり視点がリュミスの横――と言うか部屋の横側に回り込む。
暗い部屋の中で、リュミスの絶叫が響いているが、その姿はよく見えない。
ただ視点が移動しているので、そこにリュミスが居るのだろうということはわかる。
やがて、その部屋も通り過ぎ次の部屋に。
そのタイミングで今度は視点が上から見下ろす形となる。
今度の部屋は広い――いや、今までの部屋の広さも、ここまで来るとよくわからなくなってくる。
リュミスは、上を見上げながらさらに絶叫を続けていた。
足下のオブジェを砕き潰しながら。
その砕き潰すタイミングで当然聞こえて来るであろう音が、そのまま曲を構成している。
そのオブジェは、何処かしら横たわった人間のようでもあった。
視点はそんなリュミスを残して、今度は先回りして誰もいない部屋を映し出す。
丁度そこで歌声は止んでいて、噛みつくようなベースの音が、先ほどの歌声以上に絶叫していた。
そんなベースの音が響くの中、視点は無人の部屋――最初に映されていたのと同じような、ごく普通の部屋に見える――をただただ見つめ続けていたが、やがて部屋に変化が現れた。
ベースの音が響くたびに、壁のあちこちから赤い染みがじわじわと広がっていく。
やがて部屋全体が赤一色に染まったとき、部屋の扉が開け放たれて、リュミスが飛び込んできた。
まだ余力があったのか、と思うほどのシャウトで全てを圧倒し、叫んだままでドンドンと視点に近づき――
――視点は横倒しに倒された。
今まで、どこか傍観者だった視点がこの“物語”に巻き込まれた。
そして突然落ちてくる鉄格子。
視点が檻の中に閉じこめられて、この映像は終わる。
鉄格子にはプレートがぶら下がっており、まず目に付くのは『APPLE DICE』という文字。
これがこの曲のタイトルなのだろう。
その他には製作者や出演者、制作に携わった者達の名前が刻まれていた。
そして『コピーしたら殺す』とも。
「……以上が現在、天国への階段を席巻しているPVだ」
「――出来云々で言うなら、大昔の遺物だが」
「それよりも、この曲だろう。いや、曲と呼べるかどうかも怪しい」
「今回、議題に上げたいのはこのPVの批評ではない。これにどう対抗するかだ」
PVの再生が終わった何の特徴もない薄暗い部屋の中で、三人の男がお互いの姿を見ないままに囁き合っている。
このPVが再生されている段階で、ここが天国への階段なのだということは確定なのだが、周囲の造形はまるで自分たちが天国への階段に接続していることを何とか否定しようとしているようにも感じられた。
「天国への階段でのこと。出荷数の発表などされるはずもないが、圧倒的な数が流通しているのは間違いない」
「しかし、それもやはり天国への階段でのこと。コピー品が出回っているだけではないのか?」
「確かに当初は、かなりのコピー品が作られたらしい。だが――」
「だが?」
「元の商品には天国への階段でも屈指の職人達が協力して製作されたリュミスのポートレートが付属品で付いていてな。これのコピーは至難の業だ」
「ふむ」
「それを持っていないままPVを持っている者がいると密告があると――問答無用で殺される」
「殺される?」
「もちろん天国への階段の事だから実際に死んだりはしない。だが、一度殺されると、その後何度も何度も殺され続ける。そしてそれを取り締まる法が天国への階段には存在しない――コピー商品に対する法がないのと同様にな」
「……それをやっているのは誰なんだ?」
「このPVのプロデューサーだと言われている。だがそれ以上に厄介な人物であるらしく、この人物について“専門家”に問いただしてみたところ――『二度とその話はするな。すれば縁を切る』といきなり最後通牒を叩きつけられた」
……ゴクリ。
誰かの喉が鳴った。
ここにいる三人はショービジネスの世界でそれぞれ成功を収めた、いわゆる業界の黒幕とも呼ばれる者達だ。
裏の世界との関わりも深く、邪魔者は力尽くで排除することも行ってきた。
“専門家”と呼ばれた裏社会の頭目達も、そういう自分たちの素性は知っているはずだ。
それなのに、その問題のプロデューサーについて尋ねただけで最大限の警戒を示したのである。
リュミス・ケルダー。
天国への階段で、細々と活動していたのは承知の上だったが、ここに来ていきなり、ブレイクが始まった。
編集する技術が確立していないために、天国への階段では不可能だといわれていたPVの作成。これを流布させることによって、今までは人気があるといっても限定的だった彼女の名前は爆発的に知れ渡ることとなった。
そして天国への階段は、一週間の世界を繋ぐ一大情報網でもあるのだ。
彼女の名前は、ごくごく近い将来一週間の世界に知れ渡ることとなるだろう。
「……マズイ。それはマズイな。この女はマードルの本性を知っている。発言力が増した状態で、それを暴露されれば、庇いきれんぞ」
「排除しようにも、その背後には“専門家”も怯えさせる謎の存在か」
「……潮時なのではないですか? ここ最近、仕事も満足にこなせない様な有様らしいですし」
何が“潮時”なのかを、省いたその提案に、残りの二人がうなずく。
――こうして、カイ・マードルという商品の残りの寿命が決定された。
◆◆◆ ◇ ◆◇◆◇◆◇ ◇◇◇◇◇ ◆◆◇◆ ◇◆◇
相も変わらぬプラスチック・ムーン号のリビング。
今は公安に座標を掴まれてもおらず、相変わらず星の海を漂っている。
だが、中の二人の雰囲気は最悪と言っても良かった。
リュミスは小さなタブレットを前にせわしなく指を動かし続け、眉間には深い縦皺が一本刻まれている。
白地に、大昔の新聞がプリントされたTシャツ。ボトムスはジーンズ。
どこか、貧しさを感じさせる出で立ちだ。
一方のジョージは、リビングの隅で膝を抱えて座り込んでいた。
そんな中、リュミスが小さく呟いた。
「…………やっと」
「黒字か!?」
「トントン」
ジョージの希望に、リュミスは現実を叩きつけた。
「あなたが無茶苦茶するから、一時はどうなることかと思ったけど、この船売らなくて済んだわ」
「うん、俺はやっぱり向いてないな」
「何言ってるの」
リュミスが上目遣いでジョージを睨み付けた。
「ケートは一日に三度あなたを殺したくなったと言ってたし、ガーベィは本気で自殺を考えたと告白したわ。クーリーとライリーは、自分たちの曲作りの甘さを痛感したらしくて、もう天国への階段には接続するのは止めようって本気で思ったらしいわ」
「…………」
「私も、あなたがダメ出しを続けまくってみんなの心をへし折っていく間、リテイクで減っていく自分の貯金額に心を痛めていたわ――まぁ、私自身が無茶苦茶ダメ出しされたんだけど」
ますます膝を抱え込む、ジョージ。
「――でも、みんな最後にはこう言ったわ『次の機会があったら是非とも呼んでくれ』って。私はしばらくやりたくないけど、もしやるとしたらやっぱりあなた抜きじゃ、この仕事はしない」
相変わらず眉間に皺を寄せたまま、リュミスが告げた。
「……今度はもうちょっとお金の事を考えて。まぁ、回収方法とかコピーへの対策とか、全然考えてない訳じゃないみたいだけど、問題は実際の制作の時よ。今度天国への階段での物の値段を教えるからね」
リュミスのダメ出しに、コクコクとうなずくジョージ。
「まぁ、それも何とか回収できたしね。これでクリラリコンビの名も知れ渡るわ。あなたがあの二人を追い込んだ時は、私も殺そうと思ったけど、ちゃんと立ち直ってくれたし」
そんなリュミスをじっと見つめるジョージ。
その視線には、何とも分類不可能な種類の感情が乗っている。
「……な、何よ。あの子達はまだ始めたばかりなのよ。それをあんな追い込み方――」
「違う。いや、まぁ、確かに手加減はするべきだったかも知れねぇが、そういう事じゃなくてだな」
「するべき、じゃなくて今度からそうして」
「いや、やり方がわからないし」
「……しばらく会わせられないわね。あの二人“GT”って名前出すだけで、嫌な汗を流し出すのよ」
「会う気もねぇ」
「――また、態度が悪くなってきたわね」
そういって睨むリュミスを、ジョージは正面からにらみ返した。
「お前こそ、またなんかおかしくなってるぞ。あの双子に入れあげすぎだ。多めに支払ったりしてないだろうな?」
「ちゃんと、売れた分のロイヤリティ払ってるわよ。それ以外は払ってない」
「なら、まぁ、いいか。それにしたって、結構な額になるんだろうけど」
「まあね。あ、一気に現金化しないように言ったかしら」
リュミスの言葉に、ジョージは首を捻った。
「現金化しちゃまずいのか?」
「税金よ。一気に収入が増えたら、喜び勇んで税務局の人間がやってくるわ」
ジョージはポンと手を打った。
「そういえば、そんな制度があったな」
「あなたも気をつけてよ。今回の報酬は、モノクル経由で回すようにはしてるけど」
「お前は?」
「さっき言ったでしょ。私には黒字がな・い・の!」
「あ、あ~……そうでしたね」
思わず敬語になるジョージ。
「おまけに、今度はどうやら惑星に降りてライブしないといけない流れになっているし。まったく貧乏暇無しだわ」
「頑張ってくれ。俺は久しぶりにロブスターをがっつきにいく」
「あ、その前にちょっと協力して」
「何だよ。俺はもう、働きたくねぇ」
「ダメ人間そのものの台詞吐いてないで。すぐに済むはずだから。香藍さん達の影響が少ない惑星を教えて。全然ない方が良いんだけど」
自動的に翻訳すると、黒社会の影響がない惑星を教えろということになるのだろう。
今の状況ではリュミスが望めば黒社会はバックアップを惜しまない事は承知しているはずだ。
だがリュミスはそれを望んでいない。
(……また、面倒なことになりそうだ)
と、ジョージは胸の内で呟いておいて、実際にはこう返事をした。
「……それもお前らしいか。わかった。さすがにこの場で全部は言ってられないから候補地が決まったら言ってくれ。一番、影響が少ない惑星を教える。影響がない場所を基準でライブする場所選んでたら僻地過ぎるぞ」
「う……わかった。じゃあ候補地が絞れたらもう一回聞くわ」
素直に譲歩するリュミスに、ジョージは満足げにうなずいた。
そして立ち上がると、ハンモックへと引き上げる。
「連絡時間まで寝る」
「はいはい。帰ってきたらお風呂に入ること」
「…………」
「返事をしろ!」
「わかった、わかった。頼むから寝かせてくれ」
「……もう」
ため息をつく、リュミスの声はどこか微笑んでいるようにも感じられた。
~・~
カイ・マードルは長らくショービジネスの寵児として活躍してきた。
当然、その間にこの世界を去っていく者も何人も見てきている。
そういう者達には兆候があった。
周りからドンドンと人がいなくなるのだ。
――そしてそれが今、カイの身に起こっている。
だが、それを自覚しつつもカイの関心は他のことに向けられていた。
接続延長薬だ。
ガルガンチュアファミリーが検挙されて以降、カイのところにはろくな薬が回ってこない。
クーンが流通させていた薬は、純粋に天国への階段での活動時間を延ばす効果を追求したものだった。それでも常習性は残っていたが、まだ“良心的”だった。
だが今、カイの手元にあるのは高揚感こそ強いが、効果はさほどではない粗悪品だ。
しかも常習性はさらに強くなっている。
だが接続延長薬を使って、何度も何度も女を貪らないことには気が狂いそうになる。
――そうなれば現実の女。
昔は事務所が手配してくれていた。
だが、天国への階段で女を調達するようになってから、事務所はその供給システムを解体した。
事務所の立場で言うならば、
「そんな危険なシステム無ければ無いに越したことはない」
であろう。
だが、カイはそんな事務所の判断をなじった。
今まで、たっぷりと稼いでやったのに、そんなことも出来ないのか、と。
だが、ここで事務所が心を入れ替えるのを待っている余裕はカイにはなかった。
結果、接続延長薬を使って天国への階段に耽溺し、心を身体を壊していく悪循環を繰り返す。
もちろん仕事もまともに出来なくなる有様で、散々に叩かれたイシュキックでのツアー最終日を境にして、キャンセルが相次いでいた。
そんな中、新人マネージャーがいらぬ情報をカイに伝えてしまう。
「ホォードラーで、リュミスがライブ……」
イシュキックでカイがリュミスに妙なこだわりを見せていたことを調べたのだろう。
そして、それをコミュニケーションが取りづらいタレントと話すためのきっかけとしたかった――いらないことをした理由を説明しろといわれれば、新人マネージャーはこう答えたに違いない。
「……僕も、ホォードラーでライブを行います」
結果として、マネージャーの目論見は最悪の結果を生み出した。
事務所の中でも、まだカイを諦めていないスタッフが必死に組んだスケジュールがこれでダメになったのだ。
また、幾人かがカイの下を去った。
だが、カイはそれに気付かない。
あるいは気付いていても、それが大変なことだと認識できない。
カイは、ライブの準備をスタッフに任せると、早々に接続延長薬を手に入れるために暗黒街に接触した。
そして、リュミスの拉致を持ちかける。
今までも散々甘い汁を吸わせてきた連中だ。
もはや天国への階段での“アガン”の立場についても考えていなかった。
リュミスをどうにかすれば――
――いや、すでにそこまで思考が及んでいないのだろう。
身を苛む禁断症状。
それを味わうこととなった原因。
そして、抑えきれない性欲。
これらの要素が重なって、カイの中でおかしな解答にたどり着いたらしい。
だが、暗黒街の面々はカイに会おうともしなかった。
どう渡りを付けても、門前払い。
そんな中、一人の男がカイに声を掛けた。
アメリカン・マフィアの中堅幹部クラスの男で名をエイブラハムという。
カイは記憶になかったが、マフィアの名前だけは記憶にあったので、この男の誘いに乗った。
男の方も小遣い稼ぎが目的らしく、接続延長薬を組織を通さずにカイに売りたい目的があったようで、カイを連れ込んだのは場末の酒場だった。
「おい。何だって僕がこんな店に……」
「俺の稼ぎじゃ、とてもとてもトップアイドル様が行くような店になんか行けやしませんよ」
「僕が……」
「あんたが、この一帯で金を使って足跡を残すことをボス達は嫌がってるんでさぁ」
「な、何を……」
「ここから先は、俺の親切ですがね」
カイを強引にカウンター席に座らせて、エイブラハムはカイの言葉を遮った。
「あんた、もう見放されてるんでさぁ。薬にしたって官憲の手が迫りつつある。それなのに迂闊にこんなところまで来てしまうような奴に、商売なんかできっこねぇでしょう?」
「僕が今までお前達に……」
「昔は昔。今は今でさぁ。第一、あんたが的に掛けろと言ってるらしいリュミス何とか」
「あ、ああ……」
「今は、あの女が金のなる木になるかもしれねぇって話でね。とてもじゃねぇが、あんたみたいな落ち目の言うことホイホイ聞いて、手出しできるような存在じゃねぇんですよ」
それを聞いたカイの額に青筋が浮かぶ。
だが、エイブラハムはまったく動じなかった。
「今、あの女が天国への階段でばらまいているPVが凄い人気でしてね。なんせ、この惑星でライブするって情報が流れると同時に、この惑星に人が集まる集まる。それだけでウチはかなり儲かってるんですよ。あ、カイさんもライブするらしいですね」
「ぼ、僕が……」
「で、あんたに言われるまでもなく、ウチでもリュミスを囲い込もうとしたんですけどね」
もはや、カイには構わずエイブラハムは話し続ける。
「バックに付いてるのがやばすぎる。あんたは知らないでしょうけど、裏社会では伝説の……」
「……“復讐完遂者”……」
「おや、ご存じで。じゃあ、その怖さはご存じでしょう。おまけに一週間の世界中に散らばってる中華系達もリュミスに手を出したら戦争も辞さない構えです。もっとも俺達は“復讐完遂者”が出てきた段階で、もう手を出しませんがね」
「じゃ、じゃあもうリュミスからの儲けは諦めるのか? そんなことでいいのか?」
「それはもう、カイさんが心配する事じゃないんですよ。俺がお伝えしたかったのは、今はもうカイさんとリュミスの立場が完全に逆転してるってことです」
エイブラハムはそれだけ告げると、カウンターにバラバラとタブレットを放り出した。
すぐに、それに手を出そうとするカイ。
エイブラハムはその手を掴んで、代わりにカイの懐から財布を丸ごと引き抜くと、そのまま店を出て行く。
残されたカイは、それに構うことなくタブレットを抱え込み――引きつった笑い声を響かせていた。
~・~
その店からさほど離れていない、チャイニーズレストラン。
蒸した大量のロブスターを前に、ジョージが疲れた笑みを浮かべていた。
リュミスは、双子の知名度“だけ”が上がった様に勘違いしているが、そんな馬鹿な話はない。
ジョージはリュミスの影響力が増した事による、様々な現象を想定した。
そして、この惑星に降りると同時に、ロブスターを食べに行くと見せかけて、ライブ会場付近を仕切っている顔役に話を通しに行ったのだ。
リュミスを囲い込もうとすることは御法度。
やったら本気で潰す。
その代わりに、ライブを利用して儲けることには目を瞑る、という取引で、顔役は一も二もなくこれに応じた。
あまりやりすぎるようであれば、また仕事が増えることになるが、とりあえずは、やっと一段落だ。
名目上の事だけだったロブスター大会をようやくのことで開催できた、というのが今の状況である。
今度からはリュミスを説得して黒社会の影響が強いところを選ばせようと決意して、ロブスターを二つに分けて、むしゃぶりつくジョージ。
何日ぶりの至福だろうか。
ジョージはしばらく、ロブスターをがっつき続けたが、二つめの皿にメッセージカードが添えられていることに気付いた。
なんとなしに広げてみると、
「加油」
と、短くも懐かしい筆跡がジョージを出迎えた。
それに苦笑を浮かべ、ジョージは再びロブスターに取りかかる。
だがそこに、店長が端末を持って現れた。
呼んだ覚えがないので嫌な予感しかしない。
「――譚先生。リュミス様が連絡を求められております」
予感は的中した。
「……ああ、くそ! なんで女達は俺のやることがわかるんだ!」
店長は懸命にもそれに答えず、無言で端末を差し出した。
ジョージは観念してモニターでひたすら喚いている、アイコンにタッチする。
『あんたね! 遅くなるのは良いけど、それならそれで連絡ぐらいしなさいよ!!』
繋がっていきなりこれである。
ジョージは無言で、端末のカメラをロブスターに向けた。
『……呆れた。まだ食べてたの?』
「食べてたんだよ。ほっとけ。例のホテルだろ。勝手に帰るから、勝手に寝てろ」
『そうさせて貰いますとも。何なら帰ってこなくても良いわよ!』
ブツン!
面倒くさくなったジョージは通話終了を選択し、端末を店長へと放り投げた。
「――ロブスター、あるだけ持ってこい」
「い、いや、しかしそれは譚先生……」
それに慌てる店長だったが、ジョージは取り合わない。
逆に、店長に脅しを掛ける。
「あぁ?」
――結局、ジョージのロブスター大会は、店からロブスターが無くなる明け方まで続くこととなった。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◆ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
何か時系列を無視した番外編みたいな話になってしまいました。
あと、後編も書き終わってますが失敗してます。
サブタイに偽りありという感じで。本当に構成というのは難しい。
では、日曜日に。




