第十六話「雲の上にて」 Bパート、ED、Cパート、次回予告
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GTが暴れ回る。
一方でリュミスは、ライブの準備に余念がない。
そして二人を雇っているモノクルも、今はなかなか忙しいらしい。
原因はもちろんイシュキックでの騒動だ。
この騒動によって、現実世界の内と外とに仕事を抱えてしまったモノクルは、GTに指示を出すばかりでほとんどその活動に同行しなくなった。
いままでの、薔薇越しの会話が“同行”と言えるのかは微妙なところではあるが、現状放置状態であることは確かなことだ。
外とは、もちろんクーンの組織の締め上げだ。
別に陣頭指揮を執っているわけではなさそうだが、知恵袋的な役割を求められているらしい。
内は、騒動で判明した連合職員の腐敗っぷりについてだろう。
GTに言わせると、
「どこもかしこもまんべんなく腐っている」
ということになるのだが、モノクルに言わせると、
「どこが、どのぐらい腐ってるのか、目処が付いたと言うところで。クーンを捕まえられれば、さらに詳しいところがわかると思いますよ」
ということになるらしい。
問題はそこから先で、それを調べることによってモノクルは連合の浄化を期待しているわけではなさそうだと言うことだ。
それを利用して、連合内部に何か根回しをしようとしている。
極端なことを言えば、一番腐っている連合職員は実はモノクルで、腐りすぎてすでに別の何かに変化している。
謂わば、発酵食品だ。
その発酵食品は、仲間と何かを目論んでいて、今の事態が非常に好機であると考えている――ようだ。
なので、本来の仕事である“篭”一派への牽制は、今のところ成果を上げなくても良い。
むしろ、ここで事態が一気に動く方が面倒だ――
――などと考えているようだ。
あくまでGTの感想でしかないが、それを否定するだけの動きをモノクルが見せないことも確かである。
RAの変貌と戦闘能力の強化はもちろん報告しているが、負けることはないだろうというGTの続いての分析に、笑顔でうなずいて以降、何ら対策を講じようとしない。
どう考えても、現段階で膠着事態に陥ることを歓迎しているようにしか思えなかった。
だが――
それはあくまでモノクル側の都合であることを、モノクルもそしてGTも気付いていなかった。
イシュキックの騒動で、状況が有利になったことで二人にどこか“勝った”というような気の緩みがあったことは否定できない。
だから――
――こういう事になるのである。
~・~
モノクルの指示で赴いた場所は、なにやら険しい山岳地帯が造成されていた。
もともとモノクルにしてからが、いわゆる「不透過地域」の位置がわかるだけで、それが実際にどういう状況になっているのかはわかっていない。
“不透過”地域と言っているのだから、当たり前の話ではあるが。
だが正直、こんな人の出入りを拒んでいるような場所で取引をしたがるような連中がいるのか?
もしかしたら、フォロン達が趣味で作った地域なのでは……というGTの推測は当たらずとも遠からじといったところだろう。
この場所では確かに取引は行われず、どちらかというとあの砂浜と同じような区画と言い切ってしまっても良い。
違う点は、フォロン“達”の趣味ではないということだ。
しかし、今のGTにはそれは知るよしもないことで、うねうねと続く山道を警戒しながら昇っていく。
何しろ周囲に、ミルクのような深い霧がかかっていた。
頭上を見上げれば、僅かに山の頂が見える程度で非常に視界が悪い。
しかも足下の道は非常に細く、危険な要素だけが積み重なっている。
もっともGTとっては落ちたところで、さほどの危険はないだろう。
道はやがて山の中腹あたりにあるだろう、ちょっとした広場にGTを誘った。
相変わらず視界は悪いが、この広場――二十メートル四方ぐらいだろうか――は見渡せる。
その縁に柳の木が一本生えているが、それ以外には特に目立ったものもない。
GTはそこで、この地域からの撤退を決意した。
取引は行われていない。それどころか誰もいない。
これでは、探索するだけ無駄骨だ。
そうしてGTがきびすを返したところで、声が掛けられた。
つまり今し方自分が登ってきた方角、つまり目の前からである。
「そう簡単に諦めるものではないぞ、GT」
フォロンの声だった。
後を付けられた――のかも知れないが、結果的にそうなったというだけの話なのかも知れない。
何しろ、フォロンからは全く殺気が感じられない。
「取引は行われていない。別に変な仕掛けもない。お前達と話す趣味はない。諦めるも何も、ここには俺の目的がない」
「そんなことはないだろう。そら、後ろに――」
古典的な手だ、とGTはそれを無視しようとしたが確かに背後に気配を感じる。
先ほどまでは確かに無人だった。
霧の向こうに隠れていた?
いや、それを許すほどに油断していたわけではない。
銃を抜きざま振り返る。
背後にいる段階で、GTにとっては自動的に敵認定だ。
とりあえず殺す。
幸いなことに、情報源としてフォロンもこの場にいるのだ。
あとから説明させても良いだろう。
必殺の決意を持って、気配に銃口を向けるGT。
そこには確かに人がいた。
大仰なフロックコートに身を包んだ、禿頭、そして刈り込まれた髭を蓄えた――老人と言っても良いのだろう。
初めて見る顔ではあるが、そこにGTが手心を加える要素は一切見あたらない。
引き金を絞る――
――GTの認識していた天地がひっくり返る。
GT自身、何が起きたのかわからなかった。
まるで因と果をねじ曲げて接続された――自分が引き金を引いたことによって、逆さまに地面に地面にたきつけられとしか思えないような、自然な流れがそこにあった。
だが、これは不自然なのだ。
引き金を引いた結果、発射されるはずの弾丸――いやもっと言えばその衝撃はどこに消えたのか。
そして、自分がひっくり返っている現象は何が引き起こしたのか。
そこまで思考が及んだとき、GTはすでに地面に組み伏せられていた。
自分の上に乗っているのが、先ほど見た老人だと知ってGTは目を剥く。
一体何が起こったのか。
何をされたのか。
「GT。僭越ながら紹介させて貰う。この方が我らが盟主アーディ様だ」
「め……盟主だと?」
「ああ。そしてこの世界の創造神でもあらせられる。今日は君と語り合ってみたくてな。そこで無理を言ってお力を貸していただいた」
GTは懸命に逃れようとしている。
だが、その糸口がまったく見つからない。
力が入らないのではない。
力を入れても老人のそれに跳ね返されてしまうのだ。
「こういう形をとったのは、兎にも角にも一度君を負かさなければ、こちらの話を聞きはしないだろうという判断があったからだ」
「おい、イヤミか? このジジイがこれほど出来るなら、さっさとこいつを前に出せば……」
<そう簡単にいくのであれば、我も苦労はないのだよ、若人。ましてや、今はそちらに“竜”の力がある。これを振るわれると、我も相当危険なのでな>
GTの上に乗った老人が、口を開くことなく空気を振るわせることでGTに向けて話しかけてきた。
<若人よ。今、こうして現状は我の勝利だ。だがこの世界において“死”は絶対ではない。で、あるが故に勝利も絶対にはならぬのだ。それはそちらの方が理解が深いと思うが>
「……確かにな。お前の部下なのかは知らねぇが、殺しても殺して復活してくる――特にRAの野郎だ」
「彼の変化はこちらにとっても不測の事態でな。その点も含めて、君と会談を希望する」
フォロンが、平坦な口調で語りかけてきた。
「……モノクルはいないぞ」
「それは確認済みだ。ここのところ単独行が増えているようだな。それもこの会談を思いついた理由だ――もちろん、今日のことは自由に報告してくれて構わない。ただあの男に話の最中に余計な茶々を入れられるのはかなわんのでな」
<若人よ。決断の時だ。負けを受け入れるのもまた勇気だぞ。弱者は強者に従うべきだ>
畳みかけてくる説得に、GTも覚悟を決める。
「……わかったよ。確かにこの状態じゃ何を言っても格好付かないしな」
GTは決断した。
理屈も何も関係無しに、完全に負けてしまった、ということも大きいが、一体何の話があるのかという好奇心も手伝った。
むしろ、好奇心を満たすための言い訳として、自分の負けを利用している、とそんな理屈も思い浮かんでしまい、GTの顔は思わず歪められた。
――負けたのだ。
状況がとんでもなさ過ぎて、上手く自覚できなかったが、こうして結果を利用する段階にまで至ってようやくその事実がGTの腑に落ちた。
その生涯において初めての敗北――などという温い経験しか積んでこなかったわけではないが、随分と久しぶりであることも事実だ。
だが、懐かしさは感じない。
思うことは次に何をするべきか。
そのためにも、とりあえずは話を聞くことに積極的になっても良い。
――その判断がGTなりの敗北の受け入れ方だった。
~・~
GTが案内されたのは、切り立った崖の中腹にある小さな四阿だった。
ざっくりと言い切ってしまえば、仙人の庵のような、そのまま水墨画の中に溶け込んでしまいそうな、そんな風情である。
三人――と言いきってしまって良いのかどうかは不明だが、円形の机、その周りの鼎の位置に腰を下ろした。
「茶などは出さない。そんな仲でもないからな」
早々に、フォロンから宣言されるがそれはGTも願ったりのことだったので、文句は付けない。
それよりも、無言のままのアーディに注意を割いていたが、どうもに人としての気配が感じられない。
有り体に言ってしまえば、人としての抜け殻がそこにあるようだ。
どうも、この会談では自分に対する抑止力ぐらいの役割しか果たすつもりはないらしい。
ということは必然的に主に語るのはフォロンと言うことになる。
GTはフォロンへと視線を向けた。
相変わらずの和装姿に、眼鏡。
いつものフォロンと変わるところはない。
「……さて、結論から言おう。我々はこの膠着状態を、危惧している」
「確かにそうかも知れないが、俺達はそれを別に嫌がってはいないぞ。そっちの都合を――」
「失礼。主語が抜けていた。我々が危惧しているのは君のことだ、GT」
「俺?」
テンポ良く言葉を返すことで、会話の主導権を握られまいとしていたGTだったが、早くもここでペースを乱されることとなった。
「これを前提にして、大きく迂回しよう。君は超光速機関が如何様なものか知っているか?」
「光より速く移動するための機械だろ」
その答えには、フォロンも苦笑を浮かべた。
「そういうことではない。何故そんなことが出来るのか? というその仕組みを知っているか? ということだ」
「……それは、連合が隠してるじゃねぇか」
その点についてはまったくGTの言うとおりで、今現在でも超光速機関は厳重なブラックボックスに隠されており、その製造販売は連合の専売事業だ。
そのために連合は独自の財政基盤を持っていて、当初はそれによって腐敗することはない、などと謳われてもいたのだが……
「その通りだが、隠す必要性を君は思いつけるか?」
「金のためだろ」
「明確な答えだ。だが、今の連合はともかく昔の連合がそのお題目で、本当に秘匿を是とするかな? いまの一週間の世界を支える、背骨のようなシステムだぞ。連合は独占ではなく、その技術を公開して、さらなる発展をめざすか、もしくは分散してリスク管理をした方が理には叶っているじゃないか」
「……お前の話はどこに向かうんだ?」
GTが、話の軌道修正を試みた。
フォロンはその指摘に応じるように話題を変えた。
「そうだな……アインシュタインという男は知っているか? 二十世紀に己の名誉欲のために、人類を光速の檻の中に閉じこめた男だ」
「うん、まぁ、それぐらいは……」
果たして軌道は修正されたのか、とそちらに不安を抱きながらもGTが応じると、
「この男は、確かに問題を引き起こしたが少なくとも馬鹿ではない。いや結果的に人類に残した現象は馬鹿の振る舞いでしかないのだが、何も出来ない無能ではない」
「結論を言え」
「馬鹿ではないアインシュタインの理論は完璧だった。事実上、一度科学はこの男の出現によってとどめを刺された。つまり科学的アプローチでは、人類が光速を突破することは不可能なのだよ」
その言葉にGTは眉をひそめた。
「だけど現に、突破してるじゃねぇか」
フォロンはその答えに満足そうな笑みを漏らした。
そして、たっぷりともったいを付けて、決定的な言葉を口にした。
「当然だ。科学的手法で突破していないんだ。今の超光速機関はな」
「な……何?」
さすがのGTもこれには慌てた。
だが、フォロンはそれに構わずにさらに説明を続ける。
「そう考えれば、連合がひた隠しにしようとした理由もわかる。開発当初、カソリックの司教がそれを阻止しようとした本当の理由も見えてくる。彼らにとって、超光速技術は魔術――つまり悪魔の力を借りて引き起こされる現象と言うことになるからな」
「ちょ、ちょっと待て……」
GTは再びフォロンを押しとどめた。
今度は、フォロンもそれに従う。
話を進めるにしてもGTの混乱が収まってからでないと効果が薄いと踏んだのだろう。
「……その話に何か確証はあるのか?」
ようやくのことで、GTはそこが何も確かめられていないことに気付いた。
今までの話はフォロンの推測に過ぎない。
それになにより――
「もしお前の話が本当だったとしても、俺にはどうでもいい話だ。科学だろうが魔術だろうが、動いているなら問題ない」
「それはそうだろう。実際のところその点については僕も同感だ。それに僕の先ほどの話は全部推測だ」
「……てめぇ」
「正直言うと、一瞬でも君が混乱するとは思わなかった。細かいことにこだわらない君がこれほど動揺するとは……連合が隠したがることに一応の理解も示せるな」
「るせぇよ。で、今の話が再初の話と何の関係がある?」
「……この世界、天国への階段が正式には何という名称なのか知っているな?」
「E.E.Oだっけか?」
「違う。O.O.E。つまりは|アウト・オブ・アインシュタイン《Out of Einstein》――アインシュタインの外、と言う意味だ。これは言外に、光速を超えた、ということを意味している」
「そう……なのか?」
「それはそうだろう。君がどこにいるのか知らないが、少なくとも惑星の上じゃないだろう。一方で僕の本体は確かに惑星にいるんだ。この状況で何故タイムラグ無しにこうやって会話が出来る? アインシュタインの構築した檻の中ではこんな事は不可能だ」
「つまり、天国への階段も超光速機関の一種――ということはさっきのお前の推測だと、これも魔術……?」
フォロンはGTのその言葉に、良くできましたというように微笑んで見せた。
~・~
夜の帳の中にうずくまる摩天楼。
乾いた風が吹きすさぶ、西部開拓時代の街並み。
自分たちで作り上げる遊園地。
灼熱の太陽が照らす果てのない砂漠。
突如現れる、大海原。
そして、それぞれの区画を移動するための時間は事実上ゼロだと言い切ってしまっても良い。
それが科学の果てに引き起こされた現象?
いやいや。
魔法使いが、その業で世界を編み出したのだ、と言われた方が納得しやすくはないか?
科学は二世紀以上前に仮想現実という仮初めの世界を作り出すことを可能としている。
それは確かに“世界を作り出す”という表現するには色々と不十分なものであった。
だが、そこに魔法という科学とは違う理の技術が紛れ込んだとして――
――人類はそれを見分けることが出来たか?
ましてやそれから二百年が経過しているのだ。
人類にはすでに魔法と科学の区別が付かなくなっている……?
だがそれでも――
「……この世界を誰かが一から作り上げた? それはいくら何でも……」
GTが頭を振る。
「複数の魔術師が協力した、とか」
どこか愉快そうに、フォロンが応じる。
だがGTはそれに対しての反論を紡ぎ出す。
「これは元は連合が作ったんだろ? それはさすがに記録に残る……それに、ここじゃ、かなりの人間がずるをやりたがってるんだ。それは足がつくんじゃないか?」
「実はそれについても推測がある」
「推測ばかりだな。だが、やっと本題に届きそうだ」
「勘が良い。僕はこの世界は、元々あったものだと考えている。この山や、あの海は謂わば後付だな」
「後付か……そこは科学か?」
「いや、それはどうだろう」
フォロンは意味ありげに、微動だにしないアーディを見る。
そういえば、創造神とか言っていたか。
「そこは、推測できていない……と。じゃあ、何を考えて俺が危険だなんて結論になったんだ?」
「GT。クーンから聞いたよ。君の現実世界での名を聞いて家の者も驚いていたよ」
「家の者……?」
GT――ジョージ・譚は確かに名を売った。
だが、表の世界にまで名が知れ渡ったわけではない。
それなのに、名を聞いただけで驚くというのは……
「モノクルは、本当に何も教えないのだな。僕も裏社会に身を置く人間だ。だが存在を認知されてないだろうな。身体が弱くてね。現実では家から一歩も出たことがない」
「おい――」
そこまで明け透けに情報を開示してくる様が不気味ですらある。
「これを話しておかないと、話が先に続かない。僕は天国への階段では力を授かった。君はどうだ? RAは? アガンは少しイレギュラーなんだが……」
「俺達に共通点があって、それでこっちではおかしな事が起こっている……ってことか? だけど俺は寝込んだりはしてないぞ」
まさかロブスターの食べ過ぎが身体に障った、ということはないはずだ。
――いや、絶対にない。
「現象としてはバラバラでも、結果として同じ状態だと天国への階段のシステムが判断すれば良い、と僕は考えている」
「……同じ状態?」
GTには予感があった。
この自分の疑問に対するフォロン答えこそが、今日の対談の核心になると。
あるいはそれを聞いてしまえば、引き返せなくなるかも知れない。
だが、ここまで来てそれを聞かずに終わるという選択肢は、GTにとってあり得なかった。
フォロンの眼鏡の奥の黒い瞳が、昏く沈む。
「――“死”に近いこと。もしくは“死”に近づいたことがあること」
それはGTの予感通りだったのか。
それとも予想を裏切っていたのか。
だが、どちらにしてもそれGTには容易には受け入れ難いものだった。
「俺は……死んでねぇぞ」
「君の経歴は聞いた。復讐の始まりがすでに限りなく“死”に近いではないか。その後の君の活動については、言及を避けるが一般にそれは“地獄”といわれる生活だった――と推測されるがどうだ?」
「勝手に想像してろ」
「そうさせて貰おう。そして僕は現在進行形でいつ死ぬのかわからんような身体の状態だ。僕はここに類似例が揃ったと判断した」
「二つしかねぇじゃねぇか」
「僕は、勝手に想像しているだけだ」
「じゃあ、この世界はなんだって――」
この――セ、カ、イ、は、
瞬間。
GTの全身の毛が逆立った。
どんな危機的状況でも、これほどの恐怖を感じたことはない。
「天国への階段……天国への――階段……だと?」
「性行為に及んだ場合、その快楽は現実の比ではない。その性的絶頂へ容易にたどり着ける。だからこその異称だ――と一般には言われているな。だが、それは誰も保証はしてくれないのだ」
「この世界は……」
「僕やRAはいい。アガンも良いだろう。クーンも結局は自分の欲望だ。だが君は仕事としてここにいる。僕の推測では、死と隣り合わせのこの場所に」
「接続時間……これもそのためか」
「かもしれない。だが、現状の様な膠着状態で、何度も何度も接続を繰り返すことに、接続時間を守っていても本当に危険がないのか――少なくともモノクルはこの天国への階段の仕組みを知ってるはずだ。だからこそピンポイントで君をスカウトした。違うか?」
「……違わないだろうな」
「僕はそれを誠意ある態度だと思わないがな」
「俺はあいつに誠意を求めたりはしてねぇよ」
「だとしても、君が無理に首を突っ込む必要はないはずだ。天国への階段の事は我々半死人に任せておく、という選択肢も君にはあるのではないか――つまるところ、今日の僕の話はこれだけのことだ――時間をとらせたな」
「……RAはどう説明するんだ?」
「彼はそうだな……最近になって自分の“死”をより強く認識した――彼の本体は君の関係者だと思うんだが、どうかな?」
恐らくはそうだろうと、という感覚がGTにもあった。
そして、RAの力が増していったのは自分と会ってからだ。
そして自分が得意なことは、人殺し。
――符号が合う。
「さて、僕は接続時間が一杯だ。そろそろ失礼させて貰う」
フォロンは、立ち上がると結局微動だにしなかったアーディに一礼して、その場から速やかに切断した。
アーディはその声に反応して、僅かに視線をGTに向ける。
<――今のフォロンの話。我が保証してやっても良いが>
GTはその声に、ゆっくりと反応した。
「……爺さんは何なんだよ」
<さてな。何もかもを、ここで明かす義務は我にはない。お前は好きなように行動すればいい。その判断が出来ぬほど、子供ではあるまい>
そう言い残すと、アーディもその場から消えた。
――一人残されたGTは、ブラックパンサーを抜き……
~・~
リュミスのステージはなかなか好評のようだった。
帰る客、というものが構造上確認できないが、リピーターがかなり多いことで自ずから出来はわかる。
GTはリュミスの要望で、舞台に入ることはないがその付近にいた。
この舞台の性質上、客が一人でも我が儘を言い出すと成立しない。
その抑止力としてGTが睨みをきかせる必要があり、それをすることを組み込んだ上でGTはこの舞台を提案している。
そのせいか、今のところ客達は大人しくしているが、油断はしない。
「どうした、浮かない顔だな?」
そんなGTにパラキアが声を掛けてきた。
この無茶な舞台の設営も、パラキアのチームが手がけている。
GTは口の端を吊り上げて見せた。
「ここで見張りするのに飽きたんだよ。自分から言い出した舞台だから逃げられねぇし」
「あっはっは。色々と現実では不可能な舞台だしな。作っている分には面白かったが。やはり天国への階段では、天国への階段でしかやれないようなことをしてこそ面白い」
「このセカイにしか……」
GTはボルサリーノを目深に被りなおす。
「……ここは何処なんだろうな」
◇◇◇ ◇ ◇ ◆◆◆◆◆◆◆ ◇◇ ◆
「リュミス」
ライブ前、集中力を高めていたリュミスにGTが話しかけた。
リュミスは煩わしそうに、GTへと振り向く。
そのGTが、心なしか斜めに傾いているようにリュミスには見えた。
「……何?」
「“死”を意識をしたことはあるか?」
その問いかけにリュミスは、とっさに答えることが出来ず――だが、その表情はみるみるうちに歪んでいく。
「あるわ」
そして、短くそれだけを返すと、GTもそれ以上は何も尋ねたりはせず、小さくうなずいた。
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次回予告。
ジョージが訪れることを願った惑星、翠椿。
この惑星は、譚一家の墓標。そしてジョージの復讐の始まりの惑星。
リュミスは譚一家の生き残りである、譚香藍にジョージの過去を案内される。
それはジョージによってもたらされた天国への階段の真実と混ざり合い、リュミスにも過去を想起させた。
次回、「殺されし日々」に、接続!
はい、ということで便利すぎる仮想現実世界のネタバレ回です。
もうちょっとは考えてますが、概ね仕掛けは明らかになったかと。
まぁ、このネタで最後まで引っ張るものでもないので、この辺で。
しばらく暗い話が続いてますが、そういう構成なので、ご勘弁下さい。
では、金曜日に。




