第十二話「終焉の虜」 Bパート、ED、Cパート、次回予告
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李による調査は成果を上げぬまま、新・カリアリの日付は変わった。
リュミスのライブの準備は、まず順調と言っても良いだろう。
何もかもが上手くいくわけではなく、何事も上手くいかないわけではなく。
そんな風に当たり前に時は流れる中、一人、刻々と変化する状況に悩む男がいた。
シェブラン――モノクルである。
刻々と変化しているのは天国への階段である。
わかりやすい変化は未帰還者の数が、急激に増えたこと。
これだけならまだ良いのだが、この未帰還者が、帰ってきている――非常に矛盾した現象だが、一度制限時間を超えた者が、その後さしたる救助活動も行われないのに、現実に復帰してきた、ということであるらしい。
朗報である――と単純に言えない。
接続中は、現実世界の状態が死んでいるのと変わりがないのである。
自在にその接続時間を操れるとなれば、事実上生殺与奪の権を、この騒動を起こしている何者か――“篭”に決まっているが――に握られているのも同然だ。
それに加えて、未帰還状態からの帰還者が抱えている情報だ。
彼らは、一様に記憶していた。
――暗く、そして暗い部屋の中。
――鉄格子の中に閉じこめられた、光り輝く宝珠。
いかにも抽象的であったが、シェブランはそれこそが自分たちの真の目的。
あるいは、自分たちの真の目的のレプリカ。
そういうことであろうと直感した。
つまりは“篭”一派の罠だ。
このタイミングで罠を仕掛けてきた理由。
これも推測できる。
あのビーチで、こちらが使用したあの“術”がどれほどのものか――具体的には恐らく使用回数だろう――を知りたくてたまらないのだ。
だから、これほどにわかりやすい罠を仕掛けてきている。
そして――
――あの術には、確かに“使用回数”がある。
もともと、周到に準備されていたものではない。
現状では“遺品”と呼ぶしかない、あの男の残骸をかき集めて何とか形にしたものだ。
そして、それを全部使い切るわけにはいかない。
あの男を解放するためにこそ、この術は必要なのだ。
そして恐らく相手もそれを察したからこそ、この面倒な罠を仕掛けてきた。
どう――対応すべきか。
相手の罠を無視して、不気味さを演出する。
あるいは罠に乗って、キッチリと使ってみせることで相手の行動を制限する。
まだ選択肢が“残っている”事を喜ぶべきなのかも知れないが、実はこれを自由に選べる程、シェブランも自由な立場ではない。
もし罠を仕掛けた“篭”一派の目的が、シェブランの消耗を意図してのものならこれ以上ないほどの効果を発揮していることに喜ぶことだろう。
それほどにシェブランは悩んでいた。
GTとエトワールが接続して、例の小部屋に現れたとき、そこにいたのは憔悴しきったモノクルの姿だった。
ソファに浅く腰掛け、うつむき加減でため息をついている。
それを見て、思わず顔を見合わせるGTとエトワール。
二人ともが「今日は無理」と告げてさっさと切断しようとしていたのだが、これではさすがに放置も出来なずに、モノクルの前に座った。
そこで現在、天国への階段に起こっていることをモノクルは説明し、その対応を連合から迫られていることを説明する。
以前にエトワールが行使した術に関しては、あえて何も言わなかったが、
「で、エトワールがやらかしたのは、後どれぐらい使えるんだ?」
GTにはすぐに指摘された。
使用回数に制限があることも見抜かれている。
というか素直に考えれば、そういう結論になるということなのだろう。
「内緒です」
「おい」
「これも仕事のウチと思ってください。使いどころが難しいんですよ」
「つまり、俺達が正確な数を知っていると行動でバレる危険があるということか」
「そうです」
即答するモノクルに鼻白むGTだが、そもそもここでへそを曲げるほど深い付き合いでもない。
「連合からせっつかれているって事は“篭”の罠に乗るわけ? どこに行けばいいのかもわからないのに」
「いえ、それは……」
「アガンのいるピラミッドだろ。“篭”だってそんな都合の良い施設つくりまくれるなら、ドンドンつくってるはずだ。ありものを利用してるに違いない。だからこそ、この罠が機能している」
その言葉にエトワールが何かを言いかける。
だが、それが形を成す前にGTがモノクルにさらに詰め寄った。
「お前、俺達が嫌がったので今回は見送り、みたいな返事が欲しいんじゃないのか?」
モノクルは、言われて初めて顔を上げた。
そして、しばらく救いを求めるようにGTを見ていたが、やがて大きくため息をついた。
「……そうは行きませんね。やはりやるしかないようです。今回は“忙しい”の言い訳は聞きません。可及的速やかに未帰還者多発の原因を究明して、それを解消してください」
雇い主がここまで決断したのであれば、今更否とも言えない。
GTはそのために必要な確認に移る。
「俺の銃にあの仕掛けは……?」
「仕様上、あなたの銃には仕掛けようがないんですよ。そこでエトワールさんがこだわりで持っていた剣です」
「……まさかこんな事になるとは……」
今度はエトワールがため息をついた。
「じゃあ、エトワールを護衛してピラミッドに行き、未帰還者を閉じこめている“何か”を破壊か?」
「……いえ、請け負ったのは未帰還者の解放ですから……」
モノクルが“悪い”笑みを浮かべる。
それでGTは、モノクルの意図するところを了承したが、
「つまり俺が撃ち殺して、強引に切断させるのもありって事か」
わざわざ口にしてみせる。
モノクルは涼しい顔で、
「私は何も言ってませんよ」
と返すが、その口ぶりで幾らかは復調してきたことがわかった。
「じゃあ、私は基本は使わない方針で行動するわけね……もっとも使い方がわからないんだけど」
「基本、私のセーフティが効いてますから」
「そんなに……やばいのか?」
「教えません。ただ“篭”にしても、こちらが使わない方がさらに迷うんじゃないかと。で、その間にあなたが力尽くで突破していけば、いつしか思考もそれるでしょう」
「皮算用臭いが、とにかく今日ややこしくないのは有り難い。珍しく、現実で忙しいんだ」
「あ……私も」
モノクルは薄く笑みを浮かべ、
「……では利害が一致します。二人で協力して速やかに。私もそれを望んでますから――そのための用意もしてありますよ」
その言葉に送られて、二人は部屋を出た。
お互いが知覚している、砂漠に行こうと意識する。
そうして、何歩か進むとあの強烈な日差しの元へとたどり着いた。
目の前には一面に広がる大きな砂漠。
ほんの少し前まで、小さな部屋にいたはずなのにいきなりの落差である。
「……相変わらずでたらめな世界だ」
ボルサリーノを目深に被りながら、うんざりしたように呟くと、
「どうして、また一台だけなの……」
そこにエトワールが被せてきた。
砂漠の出現地点。いつか見た光景に、全く同じオブジェが。
いや、オブジェではなくそれもまたいつか見たサンドバギー。
モノクルが言っていた“用意”とはサンドバギーのことだろうと当たりは付けていたが、またもや用意されているのは一台だけ。
「時間がなかったんだろ? それに一台あればピラミッドまで行けるのは証明済みだ」
『あなたが私の味方になってくれるとは……感激です』
薔薇越しにモノクルが混ぜっ返してくるが、エトワールはそれには取り合わずにモノクルにさらに問いかけた。
「またスフィンクスが出てきたら……」
あんな経験をしたあとでは、心配になるのも無理はないだろう。
だが、モノクルはわざとらしく思えるほどの明るい声で、
『それは大丈夫です。GTにそれ用の銃弾渡してますから。一撃でクリアされます』
調子の良くペラペラと返してきた。
完全に復調してきたらしい。
エトワールは思わず苦笑を浮かべ、小さくうなずいた。
そうなると次の問題は――
「今度は俺も運転できるという確信があるな」
「……私が運転するわよ。どうしたって、あなたの腕が自由になっていた方が良いに決まっているもの。前みたいに囮みたいな事はしなくて良いんでしょ?」
『かと思われます。向こうが仕掛けてきた罠ですからね。少なくともエトワールさんの剣を使いたくなる状況までは誘導してくると思いますよ』
「そうか……ピラミッドを外から潰すというのは無理なんだな」
『この前、使ってわかりました。効果範囲から考えて無理ですね。で、それは相手もわかってます』
何しろ敵の目の前で使っているのだ。
「とにかく了解。じゃあ、後ろに乗って」
「ああ」
二人でサンドバギーに乗り込み、エトワールはエンジンを掛ける。
何事もなくバギーは動きだし、一路逆さピラミッドの元へ。
変わらぬ景色に、変わらぬエンジンの駆動音。
そんな中、エトワールがポツリと呟いた。
「GT、あんた本体はどの惑星にいるの?」
「イシュキック」
ほとんど即答といっても良いタイミングで、GTが答えるとエトワールは何かを諦めたように、
「私もイシュキック」
「……だろうな」
「いつから気付いてたの?」
「うん? ああ、カルキスタでポスター見たときかな。ちょうどこの砂漠でお前の顔見た後だったからな。まぁ、その時は確信が持てなかったけど」
「どうして?」
「ポスターの方が美人だったからな」
その返事に、不自然な間が空く。
サンドバギーが風を切り裂く音だけが、耳元でヒュウヒュウと静寂を埋めていた。
「……あなたは現実世界だと、パッとしないわね」
ようやくのことで、エトワールが答えると、
「ほっとけ」
とGTが短く返す。エトワールはその答えにフフッと短く笑うと、
「この仕事終わったら、祝杯でも挙げましょうか――あ、それはマズイか」
「何でだ? もっとも俺は酒飲まねぇから、どっちにしてもやらないけどな」
「あ、そうなの。私が嫌がったのは、何か死亡フラグみたいだったからよ」
「シボウフラグ――なんだそりゃ?」
『物語などで、ある特定の発言や行動を行ったキャラクターが死んでしまう確率が高い事を揶揄した言葉です』
突然、モノクルが割り込んできた。
聞いてないはずはないのだが、それを改めて意識することになりエトワールの頬が僅かに染まる。
「具体的に言ってくれ」
情緒のないGTは、自分の疑念の追求に暇がない。
「『帰ったら、俺、結婚するんだ』」
突然、エトワールがそんなことを言い出した。
「……すりゃあ、良いだろ」
「違うわよ。典型的な死亡フラグの例を挙げたの。そういうことを戦う前に言い出したキャラクターは、創作の世界では高確率で死んじゃうわけよ。だから“死亡”フラグ」
「なるほど。フラグの意味はよくわからんが、納得は出来た」
「フラグは……」
『エトワールさん、無駄です。この人、ゲームの類まったくしませんから。説明するためにどれほどの準備が必要なことか』
モノクルの的確なフォローに、エトワールは説明を先に続けることにした。
「……で、帰ったら何々しようとかいうのは、この死亡フラグと同じみたいだから、そういうこと言い出すのは止めることにしたの」
「別に言っても良いんじゃないか?」
「そ、そう?」
「この世界はどうせ嘘なんだ。実際に死ぬわけじゃない」
「また……それ。何だってそんなに天国への階段を否定してかかるの?」
「それは――」
『失礼、着いたようですよ』
白熱しかかった論議にモノクルが水を差した。
その指摘に嘘はなく、逆さまではない見慣れたピラミッドの麓に三人の人影。
装甲服を纏った一際大きな影――恐らくはクーン。
薄衣を纏い、両の手に曲刀を握った男――アガン。
和装姿の青年――フォロン。
三人は、横に並んでGTとエトワールの到着を待ち受けていた。
~・~
サンドバギーを停め、GTとエトワールも三人に対峙するように並ぶ。
それを三人は手出しもせず、黙って見つめていた。
「……おびき出されてやったぞ。そっちの目的は何だ?」
さすがに、この状況ではGTでも、いきなり銃撃することは躊躇われたらしい。
それでも、すでに右手にはブラックパンサーが握られている。
エトワールもすでにライフルを装備していた。
「――決まっているだろ。以前の戦いで君たちが――というよりはそこの彼女が使った武器についてだよ。どこまでのことが出来るかそれが悩みの種でな」
フォロンが代表して答える。
それにGTは笑みを浮かべながら返す。
「それで人を攫って閉じこめたわけか。俺達が正義の味方だと思ってるわけじゃあないよな?」
「だが、正義の味方であることを要求される立場であることは間違いない。結果として君たちはここに来ている」
「つまり――攫った連中はピラミッドの中か?」
「答えかねるな」
そうやって、二人が言葉を交わしている間にも、エトワールはじっとアガンを見つめていた。
――お互いがお互いの正体を知っている。
自分の正体は恐らく報告済みなのだろう。
であるならば、昨日の騒動にも心当たりがあることになる。
しかも、カイもまたイシュキックにいることを知った。
モノクルとGTは武器のことを中心に話していたが、エトワールは“篭”の目的は、この異常な状況を向こうが知ってのことではないかと、疑っていた。
だが――
エトワールは未だに、アガンの正体を言い出せないでいた。
それを語ることは、どうしても躊躇われてしまう。
宇宙をさまよっている自分は安全だという、そんな言い訳が出来てしまったことも、今から思えば問題だった。
アガン――カイは今のイシュキックの状況をどこまで把握しているのか。
そして、この状況は何か他に目的があるのではないか。
だが、アガンはニヤニヤと笑みを浮かべているだけで、特にエトワールを見つめたりはしない。
フォロンとGTの応酬を、ただ黙って聞いているだけだ。
今日はただ、ピラミッドを利用する関係でここにいるだけなのか――
「ええい! まどろっこしい!!」
突然に装甲服のクーンが吠えた。
「ここに二人いるんだ! まとめて蜂の巣にすればそれで済む話だろうが!!」
その右手には、バルカン砲がすでに出現していた。
「……お前、大人の話に子供が出てくるなよ」
GTが、そんなクーンに子供をあやすような口調で声をかける。
「な、なにおぅ!?」
「そもそも、そのバルカンの弾、俺全部避けただろ。なんで同じ事を繰り返すんだ?」
「それはどうかな?」
ヘルメットからはみ出した、クーンの口元がニヤリと笑みを浮かべる。
そして、バルカン砲の銃口はエトワールに向けられた。
ドンッ!
その瞬間、GTのブラックパンサーが火を噴いた。
もちろんバルカン砲だけを撃とうなどという生やさしい狙いではない。
いきなりヘッドショット。
だから次の瞬間に起こるべき現象は、クーンが消失エフェクトに包まれる光景。
しかし、その未来予想図は現実とならない。
ボォォォンッ!
いきなりクーンのヘルメットが爆発した。
それに目を剥くGT。
『まさか……爆発反応装甲!?』
モノクルが呆れたように呟く。
どう考えても、個人装備の装甲に仕込む仕掛けではない。
もちろん、クーンの身体は派手に吹っ飛んだが――消えてはいない。
「ば、馬鹿……?」
エトワールが、もっともな疑問を口にする。
が、その圧倒的な馬鹿さ具合が、クーンをその場に留まらせていた。
そして、その爆発の合間にフォロンとアガンが姿を消している。
「――くそ! どこまでが計算なんだ!」
その中でクーンのバルカン砲が動き出した。
狙いは相変わらず、エトワール。
「あいつの狙いは私みたい。私は弾を避けたり出来ないから、相性が良いとでも思ってるんでしょ!」
言いながらエトワールは、バルカン砲をライフルで狙撃。
スコープを覗くことのない、適当な射撃だったが、さすがにこの距離では外さない。
バルカン砲はエフェクト共に消失した。
「クーンの狙いが私なら、ちょうど良いわ。あなたは二人を追って。未帰還者もピラミッドにいるんでしょうし」
「よし、任せたぞ」
GTは、エトワールの進めに迷うことなく決断した。
砂を力任せに踏み固めると、それを足場にして大きくジャンプ。
ピラミッドの外壁にとりついた。
~・~
ピラミッドの中腹あたりに、ぽっかりと黒い穴が開いていた。
入り口――もしくは出口。
「前は……あんなの無かったよな?」
『無かったと言うより確かめてませんね。あのふざけた構造だと、この程度の改造はいくらでも出来そうですが』
穴の横に寄り添うようにして、そっと穴を覗き込むGT。
強烈な日差しの元にいたので、目がなかなか闇になれない。
しばらく目を凝らしていると、やっと穴の奥が見えてきた。
通路は一直線のようだ。
だが、その直線に多くの横道が接続している。
「……迷路?」
『ピラミッドの定番、という気もしますが……連中はこの中にいるんでしょうか?』
「砂漠で他に行く場所があるとは考えにくいな』
ドンドンッ!!
出し抜けにGTが通路の奥に銃弾を叩き込む。
が、それで消失エフェクトが発生することはなかった。
「それほど間抜けではないか」
『むしろ安心しました』
「ともあれ侵入するしか無くなったな」
通路は磨かれた黒曜石のような素材で出来ており、硬質な輝きでGTを出迎えていた。
GTはその輝きを踏みつけるように、一歩中へと踏み込む。
そのまま、二歩、三歩。
「罠は……ないか」
『ここが、連中の逃走経路だとすれば難しいかも知れません』
「……逃走?」
その言葉に違和感を抱きながらもGTは、さらに大胆に奥へと進んでいった。
右手にはブラックパンサー。瞳は中央に据えたまま、周囲視で左右の通路を把握。
進む方向はただ真っ直ぐに。
通路の暗さ、罠の存在、それと連動して行われるかも知れない水責め。
それらの警戒のために、GTと言えども速度を上げることが出来ない。
そうやって、普通の人間並みの速度で進んでいたことが幸いしたというべきか。
GTは右手の通路から人の声がすることに気付いた。
フォロンのものでも、アガンのものでもない。
その通路に方向転換したGTは、即座に声の主を発見する。
鉄格子の中に閉じこめられた、水着姿の男性。
「わかりやすい絵を描いてくれるぜ……!」
GTは忌々しげに呟くと、その男性の頭を有無も言わずに吹き飛ばした。
男性の身体は、消失エフェクトに包まれて鉄格子の中から消えていく。
「そんな荒っぽい手法をとらずとも、例の力で鉄格子を破壊すれば済むことではないのかな?」
フォロンの声だ。
通路のさらに奥。
右手に何か灯りのようなものを掲げてそこに立っていた。
ドンドンドンッ!
ブラックパンサーが火を噴くが、フォロンの左手が高速で動き銃弾の全てを払いのけてしまう。
「……相変わらず容赦がない」
『……ジ、GT! そ……フォ……手の光……』
薔薇から声が聞こえる。
途切れ途切れであることに、いらつきを感じたがそれに構っている余裕はない。
「こんな事で、あれを使ってられるか。掴まる方が間抜けなんだ」
「だから、殺して解放を? 言い訳にしては少々苦しいかな」
「ほざけ!」
眉間、心臓、そして右手に掲げる光。
今度はちゃんと狙って引き金を絞る。
それと同時に突っ込んだ。
フォロンは銃弾を払いのけるが、右手の光へと向かった銃弾にだけはことさら慎重に行動した――様に思えた。
先ほどのモノクルの言葉といい、あれが何か重要な“もの”であることはそれで理解できる。
だが――
「ウヒャッハーッ!」
いつもの妙な笑い声と共に、横合いからアガンが二本の曲刀で斬りかかって来た。
いつの間にか他の通路との交差点に踏み入れてしまっていたらしい。
フォロンに向けて突っ込んでいる最中であったので、頭上から振ってくる斬撃は銃把で横から殴りつけ、正面から横薙ぎに振るわれた刀は、上体を反らすことでかろうじてかわした。
大きく崩れた体勢は、強引に身体を回転させることで瞬時に立て直す。
「……気をつけた方が良い」
GTが立ち上がるのを見計らって、フォロンが声を掛けてきた。
「この右手の灯火こそが、君が、あるいは君たちの依頼主が求める光だ。迂闊に破壊しては依頼主も泣くに泣けないぞ」
「どうせ偽物だろうが」
「さて……その保証は誰が行うのかな?」
挑発的な物言いに対して、GTが行ったのは再びのダッシュ。
ただその前に、アガンを牽制すべく銃撃を行っている。
「そいつを貰って、確かめれば済む話だ!」
「名案だな――実行できれば」
フォロンの身体がスッと後退する。
見た目は穏やかな身体の動きではあったが、その速度はGTのそれに匹敵する。
そして今度は左手から、アガンの急襲。
「チッ!」
地の利を完全に抑えられている。
舌打ちしつつ、それをかわすがフォロンの姿はすでに無く、アガンも撤退していた。
その代わりに目の前にあるのは囚われた天国への階段の利用者の姿。
少なくとも、今回の仕事に「未帰還者の解放」が含まれている限り、見て見ぬふりも出来ない。
GTは全員にヘッドショットを決め、解放する。
だが、それは上手くいかない現状の不満を解消する代償行為でもあり――GT自身はそれに気付いていなかった。
その後も、現れては挑発するフォロン。
あらゆる方向から襲いかかってくるアガン。
そして、解放を待つ囚われた人々。
これを幾度も繰り返され、GTの精神はいつになく疲労していた。
「随分苦しそうだな、GT。例の武器で通路ごと破壊すればいいのではないかな?」
「……お前らみたいな雑魚に、使えるかってんだ」
「“使わない”ではなくて“使えない”のではないか? あれほどの威力を持つ武器をそうそう用意できるとも考えにくい」
「勝手に都合の良い妄想広げてろ!」
姿は見えないが、声のした方向に銃撃。
マガジンが空になるまで撃ち尽くすが、手応えはない。
カツン……
落ちたマガジンが、通路に虚ろな音を響かせる。
「ほう、いよいよ特別な銃弾の登場か?」
「使わねぇって、言ってるだろ」
チャンバーをスライドさせると、GTは再び駆けだした。
すでに自分の位置は把握しきれていない。
時間の感覚も怪しい。
恐らくはこのまま時間切れで切断することとなる。
すでに、未帰還者の大半は帰還せしめただろう。
最低限の仕事は果たした――
「GT。君もしつこいな。ついに追い詰められてしまった」
心の中に言い訳が灯りそうなその瞬間、果たしてフォロンの姿が目の前に現れた。
右手には灯火が今も輝いている。
「結局、例の武器は使わずじまいか。何とも判断に迷うな……」
「ご希望に添えなくて悪くかったな――アガンはどうした?」
「さぁ、道にでも迷ったんじゃないか? この通路は急遽造らせたものだからな」
「あいつを頼るから、こういう事になる」
GTは言いながら銃口をフォロンへと向けた。
「君も懲りないな。僕に銃は――」
「特別な銃弾だとしたら?」
フォロンの言葉を遮るように、GTは問いかける。
「……何?」
「海を無くしたのと同じように、お前も消してやろうかと言ってるんだ。お前は弾を弾いているが、それはその方が得意だからじゃない。身体の動かし方を他に知らないだけだ」
「…………」
「避けても良いぜ。だけど下手に避けて体勢を崩してみろ。確実に俺はその灯火を奪う」
言いながら、GTは撃鉄を起こす。
「――良いだろう。勝負しようじゃないかGT」
「よく言った!」
ガウンッ!
ブラックパンサーが火を噴いた。
そして撃ち出されるのは――ただの弾丸。
しかし、あれほどのはったりと挑発を行ったのだ。
フォロンは銃弾を弾くのではなく、一度は避けようとするはずだ――途中で諦めるとしても。
その好機を逃さずに詰め寄れば……
だが――
フォロンはあっさりと銃弾を左手で払いのけた。
そこには一切の逡巡がない。
目を剥くGTにフォロンは見下すような笑みを浮かべ、こう告げた。
「なかなかに面白い小芝居だったがね。あの武器は“人”を殺したりは出来ないよ」
灯火を取ろうと勢い込んで飛び込んでいたGTは、飛び上がって回避するフォロンに即座に対応できない。
結果、GTはそのまま、フォロンが背後に隠していた扉の中に飛び込んでしまった。
その扉の向こう側は――何もない小部屋。
だがそれは今まで散々目にしてきた、牢獄と同じ大きさだ。
なによりもその部屋は鉄格子によって区切られている。
ここは牢獄。
GTを閉じこめるための牢獄。
「そこが君の終着点だよ、GT」
フォロンの声が聞こえる。
GTが振り返ると、鉄格子の外側にいたフォロンの姿はその場から消え失せ――
――GTは自分が囚われたことを悟らざるを得なかった。
◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇
リュミスは天国への階段から戻ってきた。
クーンを倒したわけではない。
途中でクーンがいなくなったのだ。
さりとて、ピラミッドに援護に行くことも躊躇われた。
何かがおかしい、と理屈ではなく予感めいたものがリュミスを突き動かしていた。
さほど高級ではないが清潔で居心地の良いホテルの部屋を後にすると、リュミスは「シェル・カリアリ」へと向かった。
さほどの距離があるわけではない。
走って向かう最中、思い出されるのは「シェル・カリアリ」の設備。
楽屋のある地下一階に安楽椅子が二基も用意された部屋があったはずだ。
今や、連絡用に欠かせない設備だからあのレベルのライブハウスであれば、安楽椅子があることに違和感はない。
そこで、あのジョージという薄汚れた男がGTとして接続しているはずだ。
――もう、切断いるはず。
だが、その想いをリュミスは自分で信じ切れないまま「シェル・カリアリ」へと向かって走る。
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次回予告。
天国への階段に囚われてしまったGT。
そして“篭”の策略はここからが本番だった。
一人その陰謀に立ち向かう、リュミス。
GT――ジョージにその声は届くのか?
次回、「現世と幽世の交差」に接続!
というわけで、またまた続きます。
2クール、全26話という恵まれた話数を確保している(という設定)ですから。
なので、次の13話が山場になるんですね。
今週はやばかった。
次は余裕を持って仕上げたいですね。




