第十二話「終焉の虜」 アバン、OP、Aパート
グリニッジ標準時、20:43。
行政首都職員、シェブランは抱えている懸案事項の一つ――それも優先順位筆頭の――が緊急事態に陥っていることに気付いた。
気付いたきっかけが、イシュキックにあるガルバルディ宇宙港での騒動の報告であるので、厳密に言うと“気付かされた”シェブランはたっぷりと、脂汗を流すこととなった。
だが、その騒動の事情が明らかになるにつれ、最悪のケースではない、と判断を下せるまでに事態は回復した。
もちろん、それで気を抜く事も出来ない。
彼の持っている僅かばかりの権限を使って、リュミス・ケルダーというアイドルの護衛を命じた。
名目は治安維持でも、要人警護でも、書類作成の間に勝手に付け足されるだろう。
あとは、当人達に注意を促せばいい。
いっそ足下の惑星に降りていこうか、などとシェブランは考えていたが、結果論からいうとこの判断は色々と甘かったことになる。
彼もまた、疑うことを怠っていたのだ。
情報と――そして組織とを。
そしてほとんど同時刻。
ガルガンチュアファミリーの若き頭目クーンは、リュミス拉致失敗の報告を受けていた。
それだけであれば以後の対処は簡単であったのだが、その情報にノイズが紛れ込んでいる事が判明する。
いや、それは“雑音”と呼ぶには、あまりにも巨大すぎる情報。
クーンはそれを聞いたとき、容易には信じようとしなかった。
襲撃に失敗した連中が、それを誤魔化すために嘘を紛れ込ませたのだと。
だが、見過ごすことも出来ずにマフィア式の慎重な尋問を行った結果――安易についた嘘ではない、というところまで情報の強度を上げることが出来た。
(だが、まだだ)
クーンは珍しく慎重に天国への階段へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リュミスは目の前の光景をどう判断すればいいのか、未だに判断が付かなかった。
イシュキックに降りてきて、すぐに目の前で銃撃戦が始まった。
ライブ告知は行っていたとはいえ、自分の知名度はさほどではない。
実際に事前準備をしてくれている、楊という人物が宇宙港に来てくれる手配にはなっていたが、降り立った直後にこんな事が起こるというのは、正直言って初めての経験だった。
――天国への階段での経験を除けば。
銃撃戦の折、実際に自分を守ってくれたらしい薄汚れた男はすぐにいなくなってしまった。
その後、現れた小柄な男――この男が楊だった――がやって来た宇宙港の警備員と官憲に事情を説明して、あっという間に段取りを付けてしまう。
この惑星の仲間はなかなか頼りになる、と心の内で胸をなで下ろしたが、気になるのはあの薄汚れた男だ。
どうにも、あの動きがある男の動きに似ているような気がする。
それを気にしている間に事情聴取――話せることなど何もなかったが――も終わり楊がホテルへと送ってくれることとなった。
その最中に、結局あの騒動は何だったのか? と尋ねてみると、これからその確認が行われるという説明をされ、
「自分も立ち会いたい」
と、リュミスは申し出た。
難色を示した楊であったが、こんな風に巻き込まれて事情を全く知らないままというのは、我慢できないとリュミスがさらに主張すると結局は折れた。
そして、ライブ会場予定の「シェル・カリアリ」へと同行。
元々、騒動がなければそういう予定でもあったし、なによりその“確認”を行うのも、そのライブハウスであるらしい。
楊がライブハウスを事実上本部にしているかららしく、何とかここまでは理解できた。
問題はそこから先である。
~・~
「シェル・カリアリ」に到着して、まずライブハウスの支配人に挨拶する。
それも楊が付き添おうとしたのだが、それは断った。
なんでもかんでも楊が付き添いでは舐められるし、実際の演出プランなどを確認するための時間が必要で、それに付き合わせて先ほどの騒動の確認が遅れるのもいやだった。
楊も、そのリュミスの申し出には同意する。
それでも支配人室の近くに二人の仲間を配置して、警護と連絡は付くように手配していった。
当たり前の配慮ではあるが、あの騒動の後だ。
素直に感謝して、実際に警護に就く二人にたっぷりと笑顔をサービスしておく。
いかにもチンピラ風の二人ではあったが、それだけで頬を染めてくれるのは可愛く思えるし、なによりも、そんなファンの存在はありがたかった。
おかげで気分良く、報告を受けていたライブハウスの設備について、実際のところを確認することが出来た。
基本的な演出プランに大きな変更は無しで済みさそうだ。
そして、気になっていた騒動の確認作業現場とやらに赴くことにした。
場所は楽屋であるらしい。
支配人室のある三階からエレベーターではなく階段で地下一階まで下っていく。
それに付き合わされる警護の二人には気の毒だが、さすがに密室に迎え入れるほどに心は許してはいない。
階段を下りてすぐのところに楽屋の入り口があった。
そこに、まず楊がいる。
その横には見知らぬ男。派手な色の開襟シャツに、膝丈のズボン。それにぎらつくサングラス。
楊と同じく東洋系で、年の頃もそう変わらないか。
その割に印象が正反対と言っても良い。
だがこの二人には、印象以上に注目せざるを得ない共通点があった。
部屋の入り口近くで直立不動のまま、なにやら尋常ではない程の汗を掻いている。
部屋の奥に誰かいるのだろう、と思いヒョイと覗いてみると、そこには宇宙港で見た薄汚れた男がいた。
入り口の二人は、その男相手にほとんど廊下に立たされているような状態であるらしい。
見知らぬ開襟シャツの男が、自分を見て表情を輝かせたが、すぐにその表情は引き締められた。
自分のファンであるのは間違いないようだが、それで浮かれることが許されない。
そんな状況らしい――部屋の中の男の為に。
「なんで、そいつがそこにいる?」
その男が発したらしい声が聞こえてきた。
“そいつ”扱いとは大層なことだが、粋がってそういう風に呼んでいるわけではなさそうだ。
「騒動の事情を自分も知っておきたいと仰いまして……」
歯切れ悪く楊が応じると、部屋の中の男はフンと鼻を鳴らした。
「なるほど。それは道理だ。入って貰え。と言うか何でお前ら入ってこない」
色々と状況が混迷さを増してきた。
別に薄汚れた男が、二人を立たせているわけでもないらしい。
それなのに、この男の前では二人は異常に緊張を強いられている。
(一体、何者……?)
「適当に掛けてくれ。俺はジョージ・譚。今は自分でも何をやっているのか、わからん状況だから名前だけ知ってくれればいい。あんたはリュミス・ケルダーでいいんだよな?」
「え、ええ。あなたこの二人の上司……とかじゃないの?」
勧めに従って楽屋の椅子に腰掛けながらリュミスが尋ねると、ジョージは首を横に振った。
「違う。俺にそういう役職があるとややこしくなるんだ」
「じゃあ……」
一向に状況が整理されない。
「楊は知ってるよな? もう一人が李。李は最初はあの騒動の主犯かと思ってここに呼び出したんだが……」
リュミスの呟きをスルーして、ジョージは説明を続ける。
「ちょっと待って。あなたの立場はよくわからないけど、今のこの二人見てれば、あなたに逆らいそうにないのはわかるわ。まず、そこを説明して」
リュミスがそう切り出すと、三者共になんだか微妙な顔になった。
「……楊。お前がやれ」
「俺ですか?」
「消去法でお前しか残らない」
何だか、よほど面倒な状況だったらしい。
「――つまりですね。俺と、そこにいる李は同じ会社に勤めてまして」
「はぁ」
「で、俺がリュミスさんのライブについてあれこれさせて貰ったじゃないですか」
「うん。それ会社と関係あるの?」
「無いんですが、それを聞きつけた李がそこに横槍を入れてきましてね。李はその……会社社長の親戚で――」
「それは……」
リュミスにしてみればくだらない、と思うと同時に難しい事態だった。
両方ともファンには違いないのだから、そこで区別も出来ない。だからといって李のやり方が――
「あんたは言いにくいだろうから、俺の判断で言ってやる。悪いのは李だ」
言い淀んだリュミスを助けるように、ジョージがすっぱりと断定した。
その言葉に李が首をすくめる。
「俺達の業界では、李のやり方は絶対に許されない。正直、この事態を聞いたときに真っ先に李を殺――排除すれば済む話だと思ったからな」
今“殺す”と確かに言いかけた。
どうも、思考パターンが“あの”黒ずくめの男に似すぎてはいないだろうか?
言われた李の方は、ガタガタと震え始めていた。
どうやら、この男が殺すといった場合、その実現性がかなり高いというわけだ。
……ますます誰かに似ていないか?
「だが、俺が楊の方に付いたことでそれ以上いらないことをしないだろう、と考えていたのがあの騒動までの状況だった。が、実際に騒動は起こった。最有力容疑者は?」
何故かそこで、ジョージは問いかけてきた。
リュミスは戸惑いながらも、一番妥当な答えを模索する。
「それはまぁ……李さんになるわね」
「違うッス!」
ようやくのことで発言したと思ったら見事なチンピラ口調だった。
「譚先生が楊についた段階で俺達が相談していたのは、どうやって詫びを入れるかと言うことだけッス。第一リュミスさんを攫おうなんて、そんな大それた事、考えたこともないッスよ!」
李は必死に主張する。
リュミスはそんな李を半眼で眺める。
ふと、ジョージの方に目を向けてみると、ほとんど同じような表情をしていた。
「……無条件に信じたわけではなさそうね」
「そこまで無邪気には育ってないからな。だが、用件を伏せて呼び出したら、こいつノコノコここに現れたからなぁ……」
「なるほど」
「あと、事情は先ほど説明したとおりですが同じ会社なので、どこにいるのか大体わかるんですよ。で、その確認を行ってみたところ……李の仲間の騒動時の所在は概ね判明しました。宙港に近づいた者もいなかったようです」
何とも微妙な話である。
攫わせるのに人を雇った可能性があるからだ。
だが、状況証拠的には現在、白に近いだろう。
「……李」
「ハイィ!」
ジョージの不機嫌そうな声に、全力で応える李。
「こうなったらお前にも協力して貰う」
「先生! それは……」
その指示に楊が声を上げる。
だがジョージは静かな声でさらに説明を続けた。
「こっちの仕事には混ぜない。そもそも今更混じられたら仕事が複雑になるだけだ。こいつらにやらせるのはこの騒動の調査だ。元々あるはずのない仕事だからな。それに、こいつらがやってないというなら必死になって何か見つけてくるだろ。さもないと――」
ジョージはそこで薄く笑った。
李が、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「楊。お前はグレゴリーに連絡して、こっちに人を回して貰え。今のお前の仲間は荒事向きなのはいないんだろ?」
「そ、それはそうですが……」
「俺にケツ持ちを依頼したのはあいつだ。状況がこうなって今更知らぬ存ぜぬじゃ筋が通らない。文句言ったら“殺すぞ”と伝えておけ」
今度はきっぱりと、殺すと言い切った。
間違いない。
リュミスは確信した。
こいつら“堅気”じゃない。
今までも、こういう連中とつるむことはままあったから、今更怖じ気づいたりはしないが今回は何か“桁”が違う。
その原因は、このジョージという男だ。
相変わらず事情がさっぱりわからないが、危ない男達の間では相当なカリスマであるらしい。
そして、あの宇宙港での一件を見る限り腕も確かだ。
そのジョージがリュミスに声を掛ける。
「あんたも、着いて早々に色々あってすまなかったな。そこの楊の手配はキッチリしてるから、あとは任せて――」
そこで、ジョージが視線を流すと楊は力強くうなずいた。
「大丈夫みたいだ。俺はあんたの仕事のことはよく知らんが、上手くいくように祈ってるよ」
「あ、ありがとう」
少し構えていたリュミスは、拍子抜けしたように言葉を返した。
セクハラじみたことを要求されるかと、そんな心配もしていたのだが、まるで自分には興味がないらしい。
「せ、先生!」
話は終わりだと気を抜いたところに、まだその場にいた李が声を上げた。
「……何だよ」
「し、調べるにしても何から手を付けて良いのか――」
何とも情けない告白だった。
これは雷が落ちるかな、とリュミスは肩をすくめたが、そもそもジョージには怒る気力ももう残ってないようで、気怠げに楊に声をかけた。
「楊。あの宇宙港はどこのシマだ?」
「ベラネッツィ家ですね」
「李。あれだけのことをしでかそうとしたんだ。先に話は付けているはずだから、どこからか金が入ってないか調べろ。上に聞く方法もないし、聞いたところで答えたりはしないだろうが、下っ端が羽振りの良くなった兄貴分のことは知っているかも知れない。下っ端は下っ端同士で仲の良いのもいるだろ。それが糸口になるはずだ」
「は、はい! で、でも……」
「まだなんかあるのか?」
「ベラネッツィのとこは、カイ・マードルのツアーにも噛んでいて、今、全員がかなり潤ってます」
「そうか……そうだったな」
李の言葉に、楊が思わず声を出した。
その楊にジョージが尋ねる。
「その、カイというのは何だ?」
「アイドルですよ。ツアーのファイナルが間もなくあるんです。リュミスさんとは客層が被りませんから、知ってはいましたが今まで意識してませんでした――迂闊です」
「いや、この場合――」
何かを言いかけたジョージは、そこで異変に気付いた。
リュミスの顔から血の気が引いている。
「おい、大丈夫か?」
「そう……あの男がこの惑星にいるの……」
天国への階段で、抜群の人気を誇る歌姫の声が虚ろに響いた。
~・~
クーンは予定より早く天国への階段から帰ってきた。
接続延長薬の使用も考えたが、天国への階段と現実世界とで伝言ゲームを行った結果、割と早くに必要な人間が揃った結果である。
イザークと別行動を取ったのはカイと会うためだった。
しかし今の事態が訪れるとわかっていても自分はイザークと別行動だったろうな、と考えると面倒でも今の事態を受け入れるしかない。
それに天国への階段であれば、こうやって連絡も付く。
リュミス襲撃のメンバーを集めて、以前撮ったGTの写真を確認させる。
タナカがプログラムした画像処理機器で加工した写真だ。
そして幼少期の食生活から恐らくは東洋系だろうあたりをつけ、黒目黒髪に改変されている。
そして襲撃者の全員が、この男が自分たちの邪魔をしたと証言した。
「ボス……これは……」
イザークが何か言いたげに、話しかけてきた。
その瞳を見ればわかる。
この絶好の機会に自分がイシュキックにいない悔しさ。
そして、この情報の真偽を議題へと持ち出すことが、自分がこの場にいないことに対する意趣返しと受け取られないかという危惧。
なるほど、イザークはこの情報が本物だと確信しているらしい。
――ふと、
クーンは気付いてしまう。
天国への階段でのイザークは所詮、分身体だ。
なのに、何故こんなところまで“再現”出来ているのか?
「ボス?」
クーンの答えが返ってこないことで、イザークが再び声を掛けてきた。
「あ、ああ。そうだな。こいつがGTで間違いないと俺は思ってるよ」
ふと浮かんだ、答えのでない疑問を振り払いつつクーンが答える。
イザークの迷いを払拭するためにもここは、断定しておいた方が良い。
するとイザークもそれにうなずき賛同して見せた。
そうなると次の議題は当然こうなる。
「……やれそうですか?」
「相手は、生身の人間であってGTじゃないんだ。確かにそれでも腕は立つようだが、あれほど馬鹿げた強さはないだろう。ちゃんと準備すればやれる」
当たり前のことを自分で口にして、クーンはようやく心が落ち着くのを感じた。
そうだ。
あのGTのでたらめな戦闘能力こそがこの世界の“嘘”を証明している。
「では、ボスにお任せします。良い報告を待ってますよ」
「まかせろ」
そう言って、その場を後にしたかったが一人気になる動きをしている者がいた。
何度も見ているだろうに、GTの写真を色々な角度から眺めている。
マイクだ。
「どうしたよ?」
クーンが声を掛けるとマイクは首を捻りながら、
「GTの正体についてなんすけどね……」
「だから、それを発見したって話だろうがよ」
焦れたように、クーンが言うとマイクは首をすくめて、
「いや、居場所はもちろんボスの話で良いと思うんスけどね。何かこの顔を見たとかいう話が結構あって……」
その言葉に、クーンとイザークは顔を見合わせる。
「何でそれを早く報告しない?」
実際に詰め寄ったのはイザークだった。
その声も顔も本気だ。マイクは脂汗を浮かべながら、必死に首を振る。
「だ、だって、欲しい情報は居場所でしょ? それに見覚えがあるというだけで、実際に名前は出てこなかったんですよ。名前がわかっていたら、いくら俺でもちゃんと報告しますって」
それでも報告はするべきだと思ったが現状でそれを追求しても仕方がない。
それよりも、ここではっきりさせておくべきはマイクの抱えているらしい疑念についてだ。
クーンはその点を問いただす。
「……で、何で改めて写真を見てるんだ?」
「俺らが聞いて回ったのって、要するに裏社会の連中でしょ? それが見覚えがあるんだから、GTの正体も――でしょ?」
「まぁ……そうだな」
「そんなのが、なんでアイドルの護衛なんかしてるんです?」
クーンは首をかしげ、イザークを見やる。
マイクの疑念も確かにうなずける部分はあるが……
「組織の人間だとして、何か事情があるんじゃないか?」
イザークがまず指摘する。だがマイクはさらに反論してきた。
「……それ、GTっぽくないような……」
「天国への階段では性格が変わることは、結構あるだろ?」
クーンがそこにフォローを入れる。
何しろ、カイという生きた事例を見てきたばかりだ。
「そう……なんですかね。すいません、俺が気にしすぎッスね」
マイクは頭を掻きながら引き下がった。
クーンはそれを見届けて切断したのである。
後に、マイクのこの疑念が大いなる示唆をクーンに与えることになるのだが、この時のクーンは気付くことはなかった。
~・~
そこからのクーンの行動は迅速だった。
もはやリュミスの事など二の次であったがリュミスがいるところにGTがいる。
そう考えて間違いないだろう。
そしてリュミスがライブを行うライブハウスも判明している。
あとは話を通して、人を集め、襲撃するだけだ。
カイとの約束があるので、リュミスは攫うことになるだろうが邪魔者を先にやってしまえばどうということはない。
イシュキックの売人を組織して、金も断腸の思いで盛大にばらまき、何とか形になった頃、凶報がもたらされた。
ライブハウスが、連合の手配によってガードされているという報せ。
それと同時に、チャイニーズマフィアの李家がこの件に関わっているらしいとの報せだ。
冷徹に計算すれば、李家の方はこれで抗争状態になっても構わない。
だが連合の方はマズイ。
襲撃のためには武装が不可欠だが、その武装を抱えたままライブハウスに近づけなくなる。
いや――近づけないことはないが、時間がかかるだろう。
自分たちの居場所がばれていないと相手が油断している、この優位性を維持できるのがいつまでかわからない以上、ここで時間を掛けるのは避けたいところだ。
クーンは、そこでカイを巻き込むことに決めた。
そのついでにフォロンもだ。
どちらにしろ、GTの件はフォロンには報告しなければならない。
で、あるなら利用した方が得だ。
クーンはそう考えたのだが、カイは予想通りそれを嫌がった。
それを予想していたクーンは、カイに賭けをふっかける。
――今から、例の場所に行ってフォロンがいたら全てを話そう。いなければ俺達だけでやる。
天国への階段に許された接続時間は三時間ほど。
これを素直に信じれば、フォロンに会える確率はそれほど高くない。
もちろん接続延長薬をフォロンが使用している可能性も考慮に入れるべきだろうが、カイは結局この賭けに乗った。
何よりも、実働部隊を指揮するであろうクーンが、この賭けに応じなければ動いてくれそうにないことをカイが悟ったことが大きい。
そして二人は、盟主アーディが鎮座する天国への階段のとある地点へと向かった。
この地点を知覚していることが、幹部の証でもある。
そして――
――そこにはフォロンがいた。
足下の僅かな灯りだけが周囲を照らす、例の場所である。
中央の椅子には、アーディの姿はないがその椅子の下、蹲るようにしてフォロンが座り込んでいた。
明らかに衰弱した様子ではあったが、確かにフォロンだ。
剣呑な目つきで訪れた二人を睨み付けていたが、クーンから現在の状況を説明されると、眼鏡の奥の目つきがますます険しくなった。
カイ――アガンの背信とも思える行為を非難したいのだろうが、その無益さと戦っているのだろう。
クーンもそのあたり誤魔化して説明しているし、何より、
「今、思い出した」
と言われれば、それ以上追求の使用もない。
それに何より、こうして報告はしているのである。
しかもギリギリ間に合いそうなタイミングで。
「……ここは勝負のしどころだろう。正直、奴らの対応に苦慮していたところだ」
ようやくのことでフォロンが、口を開く。
しかも、似合わない弱気な言葉だった。
「実は、敵がこの世界自体に深刻なダメージを与える武器を持っていることが判明してな」
「そんなのは、わかってたことじゃないか」
散々に自分好みの世界を破壊されたクーンが応じると、フォロンは首を横に振った。
「そういう破壊ではないんだよ。この世界の“意味”ごと抹消してしまう、そんな攻撃だ。この攻撃の前にはダイヤモンドの壁を築いたところで意味はない」
「それはそんなにビビる事か? そんな便利なものがあるなら今まで使わなかった理由がねぇだろ?」
フォロンの慎重な反応をアガンが混ぜっ返すと、フォロンは再びアガンを睨み付け、
「少し前に完成したのかも知れない。そしてその武器を何よりも盟主が恐れている」
「……盟主が?」
その言葉に驚きを隠せないクーン。
あの得体の知れない老人が恐れている?
だからこそ、フォロンは何とかしようと、ここで何事かをしていたわけか。
「なら、天国への階段じゃなくて現実でケリを付ける俺達の作戦には賛同してくれるよな?」
強引に畳みかけるクーン。
さきほど、フォロンも“勝負のしどころ”と言っていたから、まず間違いなく乗ってくるはずだ。
「GTと、ついでに女も始末してしまえば、盟主も安心するだろう」
「……とにかく、細かなところを聞こう」
フォロンに促されて、リュミスとその護衛であるらしいGTの“本体”がどういう状況なのかを説明。
また、マイクが気にしていたGTの正体についても触れておく。
アガンには、ライブハウスがどういう構造になっているのか。
そして、カイの名前を出した場合、イシュキックで何が出来るのかを確認。
フォロンは瞑目し、そしてそのまま目を閉じた状態で言葉を紡ぎ始める。
それは、現実の動きと天国への階段での行動を組み合わせた、確実な策のように思えた。
だが、その策には一つ問題がある。
しかもそれは、何よりもフォロンが危険視していたはずだ。
「GTさえ取り除くことが出来れば、奴らは実行力を失う。あいつらが“それ”を仕掛ける前に、本体を亡き者とする。それぐらいの期待はさせてもらえないのか?」
クーンの確認に、フォロンは挑発的に応じた。
そういわれてしまうと、クーンも文句を付けるよりは自分で前向きに対応策を積み重ねた方がマシなように思えてくる。
今がチャンスなのは違いなく、フォロンの策は一度軌道に乗れば実現性は高い。
「アガン。君もだ。女は用意してやるから妙な欲は出すなよ。今、我慢できなければ、あの後宮も何もかもを失うことになるぞ」
「…………チッ。わかったよ。俺はリュミスを足止めすれば良いんだな」
「それと、クーンの手引きだ。君の表の世界での看板がものを言う。それを当て込んでこの計画を立てたんだ。スケジュール調整は大丈夫か?」
「なんとかするさ。これでも俺は扱いやすいアイドルで通っているからな。たまの我が儘ぐらい何とかさせてみせる」
「いいだろう。それでこそ君にあの後宮をあてがったかいがあるというものだ」
「――奴らは乗ってくるか?」
クーンが、もう一つの不安点、いやフォロンの計画のもっとも脆弱な点を指摘した。
フォロンもその点については強気に言い返せない。
「……新しい武器について、こちらが悩んでいると同じように向こうも悩んでいるはずだ。こちらが武器について、どういう判断を下したのか」
「それは……そうだとして、どうする?」
「使ってみせるように挑発する。一度きりしか使えないとしても、ここで引き下がるわけにも行かないだろう。相手は乗ってくる」
「複数回、いや何度でも使える場合は?」
「それも乗ってこない理由はない」
上手くいく、という未来しかないように思える。
そこに危うさを感じはするが、クーンが思うに向こうの陣営云々というよりもGT自体がこの手の挑発に乗りそうだ。
「それにだ」
何かの確信を込めた声で、フォロンがさらに続ける。
「この挑発を派手に行うことで、こちらの目的を上手く隠すことが出来る」
「それはつまり……ええと『向こうが新しい武器についてどう思っているのかを俺達が知りたいが為の挑発』と向こうが思いこめば、相手も油断をするということか?」
「理解できているなら、わざわざ言葉にしなくとも……ああ」
フォロンはアガンを見ながらうなずいた。
「んだよ。俺だってわかってるよ。俺達が奴らの本体の情報を握っている事をギリギリまで悟らせないためだよな。というか、危うく俺がそっちを信じるぐらいだ」
「そのぐらいの方が良いぐらいだ。だが、忘れるな? この策では死んだら失敗だ」
「ああ。俺も……死ぬのはゴメンだ」
アガンが苦々しげに呟く。
フォロンは満足そうにうなずき、厳かに告げた。
「――では、始めよう」
◆◆◆◆◆ ◇ ◆◆ ◇◇ ◆◆
続き物の二話目ですね。
他に書くことがないなぁ。
後半がちょっと手こずっています、というぐらいかな。
今、前半読み返して目星が付きました。
では、日曜日に。




