第十一話「焦点の夏(イシュキック)」 Bパート、ED、次回予告
◇◇◇◇ ◆ ◇◇◇◇ ◆ ◇◇◇◇
もちろん、男は車でジョージの出迎えに赴いており早速ジョージもその恩恵にあずかった。
その車中でようやく自己紹介とあいなり、晴れて男の名はグレゴリーであることが判明した。
さらに素性を確かめると、イシュキックに根を下ろしたチャイニーズマフィア、つまりは黒社会に所属する構成員の一人だと説明される。
ここまではジョージも予測していたから、確認以上の意味はない。
そこから先の情報については、これからというところだろうが、とりあえず今は十分だ。
向かう先は、組織の運営するビルではなく――もしかしたらそうかも知れないが――未だに再開発の手が入れられていない、雑多な街角の中華料理店へと誘われた。
ロブスターを供する、という話であるから、この展開にも疑問はない。
案の定というべきか、グレゴリーは店の者とは顔なじみの間柄であるらしく、グレゴリーの姿を見た瞬間に、奥まった個室へと通された。
店の構えは確実に中華料理店であったが、この個室はそうでもない。
無機質な無個性な事務所のような部屋で、食卓はかろうじて丸い形をしてクロスが掛けられているが、どちらかというと事務用のスチール机の方が部屋の雰囲気に合っている。
冷房の効きすぎが鼻につく、というよりは肌に違和感を覚えるがこの際仕方がないだろう。
時折、聞こえてくる言葉――連合公用語ではない――から判断するとチャイニーズ・マフィアといってもその母体は客家のようだ。
もともと欧州系の移民が多いこの星に、こうしてある程度の地盤を確保しているのだから当然といえば当然か。
そうすると、この目の前のグレゴリーと名乗った男はどういう立場にあるのか。
カルキスタのサミー・陳と同様にそこに疑問を感じるが、同じ民族の者は自分に会わせないという不文律でも出来上がって居るのかも知れない。
「当主、李兵輝より……まぁ、これも型通りのものですな。とにかく意を汲んでくだされば幸い、ということです」
言いながら席を勧めてくるグレゴリー。
それにジョージが素直に従うとグレゴリーもその向かいの席に腰を下ろした。
その行動で、大体のところが読める。
グレゴリーと自分は会ったら「飯でも食おうか」となるぐらいの個人的な友誼を育んでいる――という設定なのだろう。
李家――これまた腐るほどありそうな名前だが――が自分に依頼を出しているわけではない、という形を整えたいわけだ。
それを、こんな確実に息のかかっているであろう店でも行うところを見ると、色々とややこしい事情があると、ジョージは判断した。
こういう緊張感を見せつけられると、確かにカルキスタの組織はどこかのんびりしていたように感じられる。
だが、実際のところ相手が大きかろうが小さかろうが、ジョージにとってはさほど重要ではない。
「ロブスターは?」
これが重要だ。
「間もなく来ますよ――ところで譚先生は茹でたロブスターがお好みとか」
「ごちそうしてくれるのに、調理法までは文句は付けないよ」
以前、その問題でガルガンチュアファミリーを虐殺しているのだが、その件は置いておく。
「それは良かった。実のところ先生に試していただきたい調理法を――もしかしたらお試しかも知れませんが」
タイミング良く、給仕が現れた。
その両手に捧げ持つのは、蒸籠である。
必然的にグレゴリーが提案したい調理法は一つに絞られた。
「……蒸す、か。そういえば試したことはなかったな」
「では、一度おためしあれ。ロブスターの味を余すところ無く味わうとなれば茹でるよりも、こちらの方が良いと思いますよ」
無駄に調味料を使用しないのは確かにジョージ好みではある。
蒸籠の蓋が開けられ、真っ赤に色づいたロブスターが現れた。
「先生。一応、タレを各種用意させてますが……」
「いらねー」
ジョージはロブスター二つに割って早速かぶりつく。
「む……旨いな」
「それは良かった。私もご相伴にあずかりますよ」
「俺のロブスターはヤラねぇぞ」
「そんな危険なことはいたしません。私はステーキを頂きます」
「お前……そんな食生活だと早死にするぞ」
「大丈夫。先生よりは長生きして見せますから」
こうして、なかなか和やかな食事会と相成った。
グレゴリーがイシュキックの印象を聞き、ジョージがそれに適当に答えるという形で、何とか会話も継続している。
そして、お互いの腹が満ちてきたところでグレゴリーがさりげなく切り出した。
「……先生、最近は連合の仕事を手伝ってらっしゃるそうで」
「ああ。ロブスターを買う金欲しさにな」
「ほう……」
その答えに、グレゴリーは目を細めてみせる。
だが、それ以上は何も言わなかった。
ここで連合の取引として、減刑を申し出なかったのか? と尋ねてこないところが田舎の組織とは違うところなのだろう。
……と、ジョージは勝手に結論づけた。
「先生が手伝っているのはO.O.Eでの連合の活動ですかな?」
「オーオー……あ、ああそうだな。そうなるな。ん? それが話か? それだとロブスター分、俺の得だな」
「いえ、これは事のついででして。ついでにしては収穫も大きかったですが」
グレゴリーが肩をすくめて見せる。
「何故だ?」
「当家の天国への階段での取引から順次手を引かせます。先生が関わっているとなると、無事では済みませんでしょうし」
「信頼されたものだな」
皮肉のようにジョージが呟くと、グレゴリーはまじめくさった顔でうなずいた。
「もちろん。復讐完遂者の恐ろしさを一番理解しているのは我々です」
そんな風に正面切って言われてしまうと、ジョージもポリポリと首筋を掻くことしかできなくなる。
「まぁ、そういうことなら俺も何も言わないよ」
「では本題に参りましょうか。少し部屋を暗くしますがよろしいですか?」
「ああ」
ジョージが了解すると、グレゴリーの宣言通りに部屋の照明が少し落とされる。
その代わりというのもおかしな話だが、飾り気のない壁に一枚の写真が映し出された。
蜂蜜色の豊かな巻き毛の女性。
「……見たことあるな」
「それは話が早い。まぁ、天国への階段では有名なアイドルですから」
「アイドル……ああ、アイドル」
色々な記憶がつながったのか、一人うなずくジョージ。
その最中にエトワールが思い出されるが、それはもちろん口にしない。
「名前はご存じですか?」
それを見透かしたかのようにグレゴリーが尋ねてくるが、ジョージは首を横に振った。
実際、本名かどうかはわからないし、これから聞かされる名前も本名かどうかはわからない。
「リュミス。リュミス・ケルダーといいます」
だからどうした、と返したいところだがとりあえず名前を知ることはケジメになる。
「で、こいつがどうした?」
「いや、彼女がどうしたという話では実はないのかも知れませんが……彼女の説明を続けても?」
ジョージはしばらく考え込む。
別段、急ぎの予定があるわけではない。
それに、この女がエトワールであるとするなら、聞いたところでさほどの損にはならないだろう。
あとロブスターの旨い食い方を教えてくれた恩もある。
これを無くすためにも、相手の要求に応えておいた方が良い。
「まぁ、いいだろう。これで貸し無しだな」
それをわざわざ宣言すると、グレゴリーも軽く頭を下げた。
「助かります。彼女は天国への階段最初のアイドルといわれていまして、あの世界でショービジネスを最初にはじめ、そして成功させた人物ですね」
「へぇ」
その説明に、ジョージの口から素直に感嘆の声が漏れる。
「ステージなどは自分で設営。使用する楽曲は同じく天国への階段でオリジナルを発表している個人と契約。徹底的に従来の芸能界とのしがらみを断ってますね」
「うん、待てよ? 配信は……そうか天国への階段じゃ、そもそも無理か」
「録音機器は一応あるんですけどね。普及するには、まだまだですね」
「じゃあ……こいつは歌ってるだけか」
ジョージのその言葉に、グレゴリーは苦笑を浮かべる。
「身も蓋もない表現ですなぁ。どういうシチュエーションでどんな曲を歌うか、とか歌い手の技量とか、そういう要素もあるんですよ」
「んで、それからどうした? 何かやけに詳しいが。ファンか?」
「私は特別ファンというわけではないのですが……ある状況が発生しまして。それが先生へのお願いにも関係してるんですが」
「ん」
ジョージは、小さくうなずいて先を促した。
「このリュミスは、要望があると現実世界でもライブを行うわけでして」
「へぇ」
エトワールが忙しそうにしているのは、そのせいなのかも知れない、とジョージは心の中で呟いた。
「今度、このイシュキックに来るんですよ」
「ここにか? ここで、そういうことするのはハードル高そうだが」
「仰るとおりです。普通であればそう簡単には行かないんですが――今回、それを可能にする要素が出現しまして」
「要素?」
「ウチの若いのがリュミスの熱烈なファンでして。それで……ライブの手配を請け負ったんです」
ジョージは身体中から力が抜けていくのを感じた。
思った以上に馬鹿な事態だ。
一言で言うと“しょっぱい”。
「……それを止めろと?」
「いえいえ。それ自体は良いんです。ファミリーの名前を出したわけではなく、個人の伝手で手配したようですから。将来的な経験を積むのには良い機会だとも思いますし、それに止めるつもりなら、先生の手を煩わせたりはしません」
言われてみれば、確かにそうだ。
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「リュミスのファンが、ファミリーには他にもいましてね」
それを聞いたジョージは眉を潜めた。
言ってしまえば、だからどうした? というのが正直なところだからだ。
グレゴリーも半分はそれに同意なのだろう。どこか虚ろな笑みを浮かべたまま、さらに説明を続ける。
「旧来のファン――こちらは楊という男が代表ですが、この楊が今回のライブについてはまとめて面倒見てます。リュミスをここに呼ぶのに随分と骨を折ったようでしてね。何しろファミリーの名前出せませんし、下っ端なので」
「それはわかる」
「で、そこに現れたのが新しいファン。これを率いているのが李という男です。リュミスに会えるとわかった段階で、乗り出してきたというわけで……端的に言うと、お行儀が余りよろしくない」
「一種のシマ荒らしだなそれは。だが、ファミリーの看板を出してない以上、ファン同士のもめ事にしかならないよな」
「……だけど、そのもめ事を起こしているのは両方ともウチの構成員なんですよ――割と絶望できるでしょ?」
言われてみると確かに、かなり情けない構図だ。
ファミリー内で意見が合わないことはままあるが、その原因がよりにもよってアイドルを巡ってのトラブル。
「これが外に知れただけで、ウチとしては相当なマイナスですよ。本当に官憲が出てくるような事態にでもなれば……」
グレゴリーを見れば脂汗を浮かべていた。
これには、さすがにジョージも同情する。
「ま、まぁ、いざとなれば無理矢理にでも押さえつければ……」
「そこで先生です」
グレゴリーの口調がいきなり切り替わった。
「俺?」
自分を指さしながら、ジョージが応じるとグレゴリーは力強くうなずいた。
「楊の奴にしばらくご同道願えませんか? もちろん四六時中、ということではありません。楊の後ろには先生がいる。それだけで抑止力になるのです」
「お前は?」
即座に切り返すジョージ。
一応最後まで聞いてみたが、やはり自分が乗り出すほどのことはないと思われた。
ポジションがいまいちわからないが、グレゴリーがイシュキックの李一家の幹部であることは――
「――李?」
思わずジョージは呟いていた。
その姓は先ほど聞いたばかりだ。
まさか……
「ご理解いただけて何よりです」
ジョージの顔が、ロブスターのグラタンを見たときよりも派手に歪んだ。
「じゃあ、何か? あとからシマ荒らししてるのは、ここの主筋の関係者なのか?」
「遺憾ながら……」
「普通なら、家の事情が優先されるから、主筋の者でもそんな横車は引けない。だが、これは家には関係のない事柄。だから個人の権威がものをいってしまう」
「ご明察恐れ入ります」
「で、主家を抑えるほどの権威の持ち主が都合良く、この星でフラフラしているから使ってしまおう、と」
「そこまであからさまな事は……」
「これまた都合良く、家のこととは関係のないことなので、俺を利用しても言い訳もしやすいと」
「…………」
ついにグレゴリーは黙り込んでしまった。
これだけ先回りで説明されてしまうと、言い訳を付け足す隙がない。
ジョージはそこでしばらく考え込んだ。
この一家には何ら借りもないし、貸しを作る気もないが、説明された事情であるならば付き合ってみるのも悪くはないと感じていた。
今のところ説明された事情に嘘はなさそうに思える。
それに、個人的な好奇心も刺激されていた。
エトワールの正体がリュミスかどうか――
それこそ確かめたところで、どうとなるものではないが、それだけにこの“遊び”のおまけとしては相応しいようにも思えた。
「――まず、三食ロブスター。あっちで仕事してるのは言ったとおりだから、それを優先させるぞ。だから俺を引きずり回す必要があるなら、先々で何だっけあの椅子……」
「安楽椅子ですね。心得ております。手配させましょう」
今度はグレゴリーが先回りした。
ジョージは、その後もしばらくは何か要求できないかと視線をさまよわせていたが、自分の欲望が思ったほど少ないことを自覚して、一つため息をついた。
「わかったよ。その楊とかいうののケツは俺が持ってやる」
「た、助かります!」
本当に救われたような声を出すグレゴリー。
彼は彼でなかなか苦しい立場なのだろう。
「ただ、ちょっと気にくわないところがなぁ……」
「なんでしょうか?」
「この流れだと、俺がリュミスの熱烈なファン、みたいなことにならないか?」
グレゴリーからの返事はなかった。
~・~
ジョージは昼食の後、グレゴリーによって楊に引き合わされた。
楊は背の低い男であったが、鳥の巣のような頭に象徴されるように身体の内側でエネルギーが爆発しているような、そんな男だった。
なるほど、グレゴリーが目を掛けたくなるのもわかる、とジョージは心の中で呟いた。
未だにスーツを仕立てるほどの金回りが良くないせいか、はたまたイシュキックの今の気候に合わせてのものか、麻に見える合成繊維のジャケットを着こなすなかなかの色男だ。
仲間――同じリュミスのファンらしい――に矢継ぎ早に指示を出している姿も様になっており、グレゴリーの言うとおりジョージはその後ろにくっついているだけで良かった。
「本当に助かります。先生が来る前は、妨害が酷かったものですから。これで遅れを取り戻せますよ!」
前髪でほとんど目が見えないわけだが、それでも如才ない対応も出来るらしい。
ジョージの感じたところ、楊の周りには確かに不穏な空気も感じられたが、今のところ手出ししてきそうではない。
ジョージは戦うと決めれば、全く容赦しなくなるが、それでも“戦う”という状況を自ら作り出そう、などとは考えない。
それをするほどの気力を持ち合わせていないからである。
そんなわけで、最初はジョージを伝説の人物として、幾らかは遠慮をしていた楊とも一日もすれば気安い会話も出来るようになっていた。
「……凄い女だな。航法士でもあるのか」
「そうなんですよ。それで彼女は星々の海を巡り、歌を届けてくれるわけです。航法士なら、もっと安泰な生活もおくれたでしょうに……」
ライブ会場として、楊はイシュキックでも有名な「シェル・カリアリ」というライブハウスを抑えていた。
収容人数は、五百人程でなかなかの大きさと言えよう。
楊はここ数日ライブハウスに寝泊まりしていて、ジョージもそれに付き合っている。
安楽椅子もこのライブハウスにはあったからだ。
同じ空間にいれば、気心も知れてくるという寸法だが、ジョージはその楊の意見には首を捻った。
「そうかな? 例えば俺が航法士だったとしても同じことしてたと思うぞ。いや、歌うことじゃないぞ。自由にこの世界を行き来できるんだ。それなのに雇われて、言われたままのところに行くばっかりの仕事やってられるか?」
ジョージがそう言うと、楊は人好きのする笑顔を浮かべ、
「なるほど。しかし僕にしてみると譚先生が航法士じゃないことが不思議ですけどね。距離なんかバカにしてるでしょ」
「俺が航法士じゃない理由ははっきりしてるよ」
「何です?」
「気力が足りないんだ」
何ともリアクションの取りづらいジョージの答えに、楊は愛想笑いを浮かべるに留めた。
そして――
ついにリュミス到着の日がやってきた。
イシュキックにはその性質上、小さなものから大きなものまで多種多様な宇宙港が存在しているが、リュミスが降りてくるのは新・カリアリの郊外にある「ガルバルディ宇宙港」である。
大層な名前が付いているが、大型の宇宙船やシャトルは受け入れ不可能な手狭な空港である。
しかし、リュミスのクルーザーのような小型のものであれば、このくらいの宇宙港の方が色々と便利だ。
逆に言えば、クルーザーを持っている選ばれた者こそが、こういう小さな宇宙港を利用できる、という見方も出来る。
楊も、そしてジョージももちろん迎えに来ていた。
ジョージはモノクルに天国への階段での仕事を断ってまでここに来ている。
普段、エトワールにはその自由を許しているし、フォロンの動きを観察することがこのところの主な仕事であったので、これにはあっさりと許可が下りた。
そして現在、仕事を断っておいて良かったと、発着ゲートのベンチに腰掛けていたジョージは胸をなで下ろす。
これ以上、事態がややこしくなるのは防げそうだからだ。
「――楊。この港、妙な奴らが入り込んでる」
短く告げると、ジョージの傍らで立って周囲を警戒していた楊の表情が引き締まった。
小さいとはいえ宇宙港である。多種多様な人間が出入りしているが、ジョージの危機感知能力は確実に敵意ある人間の存在を察知していた。
「無理をしてでも、すぐに降りてくるクルーザーに近づけるように手配しろ。このタイミングで襲撃を掛ける理由は一つしかない」
楊は、すぐにジョージの言わんとしていることを理解した。
後先考えずにリュミスの身柄を抑えてしまい、それから楊との交渉に乗り出す。
まともな神経をしていればジョージを敵に回そうとは思わないはずだが、まともな神経を維持しているアイドルファンもまた希少な存在だろう。
楊は端末で何事か指示を出したり連絡を受けていたが、一分もしないうちに、
「先生、付き合っていただけますか?」
と切り出してきた。
どうやら話を付けてしまったらしい。
「ああ」
「それと、殺すのは無しで……虫のいい話だとは思いますが」
「いや。そうでもない。妥当な判断だ」
二人揃って走り出すと、クルーザーが降りてくるエプロンへと乗り出した。
停まっている宇宙船は二隻。
その内の一つに、邪な想いを抱いた連中が詰め込まれている可能性――いや予断は禁物だ。
「港全体を監視できるところに仲間を――」
「やってます。宙港の外にも監視を。先生、銃は?」
「必要なら敵から取る」
嫌な予感がますます高まって来ている。
襲撃がある可能性、ではなくて襲撃があると考えて行動した方が良い。
「来ました。リュミスのクルーザーです」
言われて見上げるが、宇宙船の腹なんかどこからどう見ても同じにしか見えない。
色が赤色系だということはわかるが、すでに影になっていてほとんど黒だ。
「先生、我々のものとは違う通信が行われています。ここを監視している別集団がありますね」
ジョージの勘を裏付けるだけのものだったが、確証が得られたことは良い材料だ。
「外から船を開けるのは不可能だな。ということは……」
「彼女が降りてきた瞬間を狙っている?」
それが答えだろう。
リュミスのクルーザーは、すでに着底寸前だ。
管制から開けないように指示を出させるか――いや、相手が実力行使に出るような馬鹿なら、ここで動かぬ証拠を押さえて、いらない手間を省いた方が良い。
相手もファンであるなら、リュミスをいきなり狙撃というようなことはしないだろう。
リュミスのクルーザーが静かに着底した。
「どこが出口だ?」
と、尋ねるが明確な答えが返ってこない。
その点について、楊を責めることは出来ない。
何しろ、リュミスがどんな型のクルーザーに乗ってきているのか、今の今まで情報がなかったのだ。
「わかりました。逆側ですね」
だが、すぐに情報が入ってきた。
仲間からのものだろう。
それはありがたかったが、運が悪い。
その時、二人の他にもエプロンに侵入してくるものがあった。
スキール音をきしらせて突っ込んでくる、黒塗りのバンだ。
クン……!
と、ジョージは自分の頭の中でスイッチが入るのを感じた。
その時にはすでに、楊を置いて駆けだしている。
情報戦では負けていたらしく、黒塗りのバンは迷わずクルーザーの出口がある側面に横付けしていた。
すでに、様々な格好をした男達がバンから湧きだしてきている。
殺すつもりであれば、ここで姿を隠すところだが今回は追い払えばいい。
普段とは逆に、見せつけるように派手な音を立ててクルーザーの機首方面から回り込む。
男達は突然出現したジョージに明らかに戸惑った表情を浮かべていたが、ジョージはそれに構わず、そのままジャンプして停車したばかりのバンの上へと飛び乗った。
相手には予想外な動きに見えるだろうが、ジョージにしてみれば油断しているであろう、一番奥の男から狙うという合理的な行動だった。
バンの上を転がるように移動して、着地と同時に足払い。
改めて確認すると、男の数は五人。
タラップを囲もうと意図してのことか、都合良くクルーザーの壁面に沿って一直線に並んでいる。
ジョージの身体は、お互いの身体が邪魔をして実際にジョージに接している者しか確認できないだろう。
そして襲撃されているというのに、その陣形を変えようともしない練度の低さ。
足払いで倒した男の頸動脈を締めて落とすと、懐を探って銃を取り出す。
ようやくのことで、他の連中も銃を抜き始めた。
その銃を狙って、躊躇うことなく発砲。
なんだかんだいっても相手の方が数が多いのだ。
しかも殺さずに、お引き取り願わなければならない。
面倒なことだとは思うが、しがらみというものがある。
ジョージは次々と男達の拳銃をはじき飛ばしていく。
ショートノーズのリボルバー――官憲みたいな銃だ――の手入れは確かなようで、ジョージの連射に見事に応え、男達の手から銃を弾き飛ばしていった。
その上で、無防備になった手近な男の首筋に銃把を叩き込む。
「おい、これ以上やられたら、引き上げるのにも面倒になるぞ」
今、立っているのは三人だがあと一人倒されると、撤退するときに一人は見捨ててしまいたくなる誘惑に駆られることになる。
それに加えて、一瞬の襲撃で事を済ます予定が、このように手こずっては……
ビーーーーーーーーッ!
宇宙港に非常事態を告げるブザーが鳴り響いた。
「チッ!」
「引き上げるなら手出しはしないぞ。安心しろ」
そう言って、ジョージは大胆にも銃を捨てて見せたが、男達にはジョージに構っている暇はなかった。
ここでささやかな復讐心を優先させてしまうと、そのあとに訪れる警備員に取り込まれ、道路は封鎖されてしまうだろう。
残された三人の男は、ジョージが捨てた銃も含めてことごとくを回収すると、バンに乗り込んで逃走していった。
「さて……」
ジョージにしてみてもここでのんびりとはしていられない。
「先生!」
と、呼んで近寄ってくる楊が都合を付けてくれるかも知れないがこの場にいるのはいかにもマズイだろう。
その時、ジョージはふと自分に注がれる視線に気付いた。
全く殺気がなかったので、今まで気付かなかったが、剣呑な雰囲気を纏った男達が去ったことで、それに気付くことが出来たのだ。
その視線は頭上から。
ハッチが開放された、クルーザーの出入り口。
蜂蜜色の巻き毛。ヘーゼルの瞳。
グリーンのサマーセーターにスリムジーンズを着こなした女がいた。
ゴールドチェーンのネックレスと、巻き貝をかたどったイヤリングが夏のククルカンの日差しを浴びて輝いているがそれ以上の存在感を女性は放っている。
確認するまでもなく、この女こそがリュミスだろう。
リュミスは難しい顔でジョージを見下ろしており、ジョージもまた難しい顔でリュミスを見上げていた。
――こうして、夏に役者が揃う。
◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇
次回予告。
襲撃失敗の報を受けるクーン。だがその報告には続きがあった。
自分たちを退けたのは、あの手配書の男なのではないか、と。
一方で、行政首都では、シェブランがジョージとリュミスが接触していることに驚いていた。
万一に備え、警備の手を差し向けるシェブラン。
だが、この千載一遇の好機を“篭”一派が見逃すはずもなく、策謀を巡らせ始める。
次回、「終焉の虜」に接続!
後編です、と書いて良い物かどうか。
続き物ですね。
ええ。
1クール終わりですから、盛り上げなければならないという不文律に従っております。
戦闘シーンは一応入れ込みましたが。
……アニメのシナリオって大変だなぁ。




