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第八話「今更、弾丸(めいし)交換」 OP、Aパート

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ガルガンチュア・ファミリーのナンバー2。

 ……と言えば、誰もがイザーク・バァンと答えるだろう。

 このファミリーはボスが自ら金庫番をしているという変わり種ではあるが、それだけ他の職務については、このナンバー2に負うところが多い。

 そして、このファミリーのもう一つの特異性は、そのシノギの手段として「天国への階段(EX-Tension)」を最大限に利用しているということだ。

 こちらも、ボスの担当……だと今までは思われていた。

 ところが最近、この「天国への階段(EX-Tension)」でのファミリーの活動がピリッとしない。

 シノギにはっきりとわかるほどの影響は出ていないが、取引相手が必要以上に関わってこようとしない――つまりは沈む舟からはいつでも逃げ出せる準備。

 そんなことを考えている“きらい”がある。

 原因は、はっきりしている。

 今までは、文字通り天国であった「天国への階段(EX-Tension)」の安全が脅かされているのだ。

 あの黒い悪魔――GTの手によって。

 ファミリーのボスが、この悪魔相手にイモを引き続けている――つまりは負かされ続けている。

 そんな評判が「天国への階段(EX-Tension)」に広まりつつあるのだ。

 実際にはっきりと負けたのは二回だけであるのに、他の敗戦についても“クーンが負けた”という事になっている。

 しかも、とんでもない化け物まで使ったのに負けた――という都市伝説の如き噂まで広まっていた。

 この事態をイザークは非常に憂慮した。

 彼の業務には、他組織との渉外も含まれているからだ。

 なんだかんだ言っても、裏社会では保持している暴力の規模で交渉結果も変わってくる。

 結果、一向に先の見えない「天国への階段(EX-Tension)」対策に、ついにこのナンバー2が乗り出すこととなった。

 イザークの思考はシンプルだ。

 「天国への階段(EX-Tension)で殺せないのなら、現実世界で殺せばいい」

 以前から主張していた事ではあるが、それを具体的に肉付けしていった。

 幸いにして販売網の拡張は、そのまま情報網の拡張にもつながっている。

 然るべき情報さえ入手できれば「一週間の世界ア・ウィーク・ワールド」で個人を探すのも全くの不可能事ではない。

 然るべき情報――それはGTの顔である。

 イザークは学んだ。

 「天国への階段(EX-Tension)」では例外なく、元の顔を基準として分身体アバターの顔が形作られるという仕様を。

 そして、それに手を加えることが出来るのは基本的に色だけで、その容姿を整形でもするように変えることは出来ないということも。

 つまりは、写真ホロでも撮って後は民族的にスタンダードな配色を考えてやれば、立派な指名手配書が完成することになる。

 その写真を手配すれば――


「それはな、俺も考えた」


 だが、イザークが考えた作戦はボスであるクーンはとうに思いついていたようだ。

 頼もしくもあるが、何故それを実行に移さないのか、という疑問がある。

「お前は天国への階段(EX-Tension)の仕様を理解し切れていない。天国への階段(EX-Tension)の中から持ち出せる物は実質的にはないんだ。それがデータでもな」

「……しかし、あれは何というか……所詮デジタルデータなのでは?」

「そこが違うんだよなぁ。安楽椅子リフティングチェアの構造については、それこそ世界ア・ウィーク・ワールド中の人間が解析を試みてるんだぞ。チート技は誰だって使いたいからな」

 クーンはどこか得意げに語った。

「そんな中一番に匙を投げ出したのは、システムエンジニアの連中だよ。専門外だってな」

「じゃあ、成果は上がっていないんですか?」

「いや……超光速機関に関わってる連中が、どうもとっかかりを掴んでるみたいなんだけどな……実質は何も掴んでないのと同じ事だろう」

「超光速機関……?」

 それこそはブラックボックス中のブラックボックス。

 クーンが、その関係者と論を交えている――天国への階段(EX-Tension)でのことであっても――事にも驚きだが、それと同等の機密性を持つシステムということであれば、ここに拘るわけにもいかない。

 GTへの報復にいくらでも時間を掛けても良い、とイザークは決して思ってはいないからだ。

 そこで、この計画にこだわりを持つのは止めた。

 だが方針としては合っているはずだ。

 イザークはその確信と共に、今度はマイクを呼び出して新たなる可能性を追求した。

 そして――


 星間連絡船「フォーマルハウスト」

 連合建造の連絡船の慣例に倣って、ただ星の名前が順番に与えられただけのグリース級六番艦。

 無論、豪華客船でも何でもないが、何よりも“ほぼ”定時に目的地に到着することで人々はこの連絡船を重宝に使っている。

 それに何よりも運賃が安価であるのだ。

 クーンがそれを利用しない理由はどこにもない。

 それでもS級個室を利用しているあたり少しは吝嗇が治ってはきているようだ。

 実際そこまでの倹約をする必要はなく、むしろ裏稼業を営む身としては当然の配慮ではあるだろう。

 かくして目的地へ向かうまでの間、ファミリーは仮初めとはいえプライベートな時間を持てることとなった。

 イザークが二度目の提案を行ったのはこのタイミングだ。

 「天国への階段(EX-Tension)」で、ただ遊ぼうと考えていたクーンは隠す事なく嫌そうな表情見せたが、さすがにイザークの提案は無下には出来ないと諦めて、カウンターバーに腰掛けた。

 この個室はさほど広くはないが、一流ホテルのスイートルームにある設備をギュッと詰め込んでいるような印象がある。

 イザークはクーンが観念したのを見計らって、さらに二人を部屋に呼び込んだ。

「マイク? ……と、誰だ?」

 自分に害を及ぼそうとする者をイザークがここに招き入れるとは思えないが、見知らぬ顔があるのは正直――気にくわない。

「こいつはマイクの伝手で、今回の作戦の為の機材を製作してもらった……」

「イザークさん、ダメッスよ。製作じゃなくて、プログラミングッス」

 いきなりイザークの文言にダメ出しするマイク。

 それだけで、クーンには大体の事情が飲み込めた。

「まさか、外に天国への階段(EX-Tension)へのデータが持ち出す方法を見つけたわけじゃないんだろう?」

「それはやっぱり無理でしたよ。ただそこで起きた出来事を記録する事は、出来ますよね?」

「ああ。しかし何が映っているのわかるぐらいのもので……」

「ええ。回覧用にするには画像の不鮮明さなど問題は色々とある。だがそれを解決する手段があるらしいんですよ――そうだな?」

 イザークは紹介の遅れた、もう一人に目を向けた。

 もちろん――と言っても良いものか、外見はまったく裏社会ファミリーに似つかわしい格好ではない。

 ギンガムチェックのシャツに、洗いざらしのジーンズ。

 だらしなく伸びた長髪。痩せぎすの身体に猫背。

 正直言うと、クーンは最初からこの乱入者に苛ついていた。

 だが「天国への階段(EX-Tension)」関係の技術者とは、概ね“こんな感じ”である事も知っている。

「え、ええ。僕はあそこでの出来事を記録して――」

「名前ぐらい言え」

 クーンはイラついたままの声で、当然の作法を要求する。

「ぼ、僕は、あなたの名前を知りませんよ」

「なんだと……?」

 クーンの目がキュッと細くなる。

 時々こういう輩が居る。

 状況をまったく考えず、しかも感じずに、杓子定規に正論を振りかざす輩が。

「タナカ! マズイって。この人がボスだよ!」

 マイクがフォローしているが、そのフォローの仕方からしても裏社会としてはあり得ないほどフリーダムだ。

「ボス」

 イザークが状況にたまりかねて口を開いた。

「こいつが作る物がGT対策に有効であることはもちろんですが――それ以外にも、上手く使えばかなり儲かる事も出来ます」

「何ィ!?」

 クーンの表情がさらに険しくなった。

「お前ェ! ようこそいらっしゃいました!!」

 言葉の繋がりも口調も無茶苦茶である。

 クーンは席を立って、先ほどまで自分が座っていた席にタナカを座らせると、

「酒飲むか? 何か食べるか? マイクでもパシらせるか?」

「ボス! そりゃあ無いよ!」

「るせぇ! 俺のファミリーで一番偉いのはお金様だと何度も教えただろうが! それをお前はいつまで経っても、俺にくっついてるばっかりでろくに稼ぎもしやがらねぇ!」

 足にすがりついてくるマイクを足蹴にするクーン。

「ボス、今回のことは一応、マイクが渡りを付けましたので……」

 イザークが口添えすると、クーンも金儲けの機会が目の前にあることを思い出したようだ。

「それで、タナカ様。その金儲けのプランとやらを話してくださいやがれ」

 あまりにも無茶苦茶なファミリーのボスの姿に、タナカはすでに目を白黒させている。

「おお、そうだった。俺はクーン・ガルガンチュア。マイクのボスだ」

 元が自己紹介を巡るトラブルがあったことをここでようやく思い出したようだ。

「ぼ、僕はタナカ……」

「よく考えれば金稼ぐのに、名前は重要じゃないな。で、何をしようとしてるんだ? いや、それよりもそれはもう完成してるのか? 俺からの資金援助は? 取り分はどうする? 1:9か?」

「ボス、そんな話もまずはGTを排除してからです」

 勢い込むクーンにイザークが冷や水を被せた。

 途端に、表情を曇らせるクーン。

「ボスに任せても、そいつに任せても面倒なので、ここから先はまず自分のプランを説明します」

「「ええ!?」」

 声を揃えて、抗議の声らしき物を上げる二人。

「せ・つ・め・い・し・ま・す」

 もう一度宣言するイザーク。

 ボスとコミュ障は大人しくなった。


                      ~・~


 イザークのプランは簡単な物だった。

 要するに「天国への階段(EX-Tension)」でGTを写真ホロに収めよう、というプランだった。

 ただし、その写真ホロには解像度の上昇、そして加工とあとから手を加えることが出来るのが、今までのプラントは違うところだ。

 話によると、3D映像も作れないことはないらしい。

 とにかく画像データを残しておいて、構成員に順番に接続ライズさせ、それを確認させる。

 実質的には写真ホロを配るのと同じ効果が認められるはずだ。

「待て待て待て。それいくらかかるんだ?」

 予想通り、クーンが突っ込んできたがイザークは意に介さなかった。

「試算してません」

「何で!?」

 悲鳴のような声を上げるクーンに、イザークは追い打ちをかけた。

「いくらかかってもやり遂げなければならないからです」

「な、何を馬鹿な……」

「我々の商売が、それぐらいの危機に追い込まれていると考えてください」

 もちろん構成員一人一人に安楽椅子リフティングチェアを与えるなどという馬鹿なことは、しなくても良い。

 現実的なのは接続ライズする際に各惑星のサービスを利用することだ。

 これなら、目の玉が飛び出るほどの経費がかかることにはならない。

 クーンもそれをわかっているはずだが、クーンの場合は単純に金がかかることをするのが嫌なだけだ。

 だから、脅しの意味も含めて多少大げさに言ってみる。

 実際のところは、ある程度の不自由さを感じるものも現状は維持されている、というのが本当の感触だ。

 だがクーンが負けているという噂が流れていることも事実。

 この場合注意すべきは、他のファミリーがガルガンチュアが独占していた市場に割り込んでくることだ。

 クーンが、あの不思議な力を持っているらしい連中から見限られた場合――

 やはり、今確実にGTに報復しておく必要がある。

 そういう意味では“追い込まれている”と言ったのも全くの嘘ではないことになる。

「……それはわかったよ。それで写真ホロで金儲けの話はどうなった?」

「ほ、写真ホロじゃありません」

 ボソッと、タナカが呟いた。

「ぼ、僕が目指しているのは動画の撮影と編集です。そ、それをコピーして売り捌く……」

「というのは現実的ではないので、修正してみました」

 イザークが割り込んだ。

「動画の撮影までは良いんですが、それを記録媒体にコピーしても受け手にそれを再生する機械がありませんので」

「その機械も売ればいい」

「敷居が高すぎます。自分は動画の上映会みたいなものを開催するほうがコスパも良いと考えますが――もちろん、ゆくゆくはそれを売り出すところまで視野に入れても良いでしょう」

「……ああ、つまり映画を作るつもりなのか」

「ぼ、僕は反対です。だ、だってそういうものは個人で楽しみたいものでしょう?」

「「…………」」

 タナカが何を作ろうとしているのか、それで察したクーンと、恐らくはそれをすでに知っていたであろうイザークがジト目でタナカを見る。

 もちろん、その手のビデオに需要がないとは言わないが、接続時間の制限がある世界でそれを行おうとする男性限定の商売はあまりにもニッチすぎる。

 どう考えても、映画館でも作って逢瀬を楽しむカップルでもターゲットにした方が市場は広いだろう。

イザークはそこまで視野に入れているに違いない。

天国への階段(EX-Tension)ならではの無茶を映像に収めることが出来れば、計画としても悪くはないかと」

 この時、イザークの脳裏にはGTの超人的な身体能力が頭の中に浮かんではいたが、それは慎ましやかに言わないことにしておいた。

「ふん、確かにな」

 この慎ましやかさの効果もあって、クーンはそれには同意したものの、すぐに問題点に気付いた。

「……いや今の段階じゃ動画撮影も出来てないんだろ? 見通しはどうなんだ」

「それは大丈夫だよボス。加工できる画像を撮影できるカメラについては完成してると言っても良いんだ――ただ資金が続かないらしくって……」

 今まで静かだったマイクがここで言葉を添える。

 イザークが現実世界の腹心なら、マイクは天国への階段(EX-Tension)での腹心と言っても良い。

 マイクがそう言うのであれば写真ホロに関しては技術的な問題は克服していると考えても良いだろう。

 そこで具体的に、作戦の流れを想像してみるクーン。

 そしてすぐに困難な状況に行き当たった。

 どう考えても、レンズを向けられて素直にそれに応じるGTの姿を想像できない。

「大丈夫」

 それもまたイザークの想定の範囲内だった。

「これには足で稼いだ情報で対処します――GTには弱点があるんですよ」

「弱点?」

 イザークは顔の傷を引きつらせるようにしてニヤリと笑った。


                     ~・~


 戦線に復帰したGTは絶好調だった。

 絶好調すぎて不透過地域にいる連中が、姿を見かけただけで逃げ出す程である。

 それで取引の約束は成り立つのかと言えば――

『何とかなってるみたいですね。データ上』

 感情のない声でモノクルが言う。

 ここは真っ直ぐに空へと伸びる針葉樹の森の中。

 GTは枝を払いのけながら、

「どういう絡繰りだ?」

 と誘いに乗るように尋ねてみる。

『GT注意報みたいなものが出ているようですね。で、それが出ると取引は中止。改めて“篭”中枢が場所を用意して、取引の面倒をみる』

 すでに相手を“篭”と呼ぶことはGT、エトワールと共に了承している。

「そこも俺が来たら?」

『情けない話ですが、我々がそこまでフレキシブルに対応できているとは思えません。一方で他の職員を派遣したところで――』

「RAが派遣されるわけか。相手はRAをどこに向かわせればいいか確実にわかっているわけだしな」

この相手有利の条件を覆すにはGTが最低でも、もう一人必要で――そんなことはもちろん無理だ。

『やはり、敵中枢の位置を掴まないと、このいたちごっこに終わりはありませんね』

 それを望んでいる人物もいるには居るが、このままでは望むも何も永遠にこの状況が動かない可能性だってあり得る。

「……で、あのクーンバカの誘いにまた乗る必要性が出てきたというわけか」

『確実に“篭”幹部につながっている事が判明している人物ですからね』

 GTが突然にブラックパンサーを抜いた。

 抜いたからには目標物を発見したと言うことだろう。


 ガンッ!


 銃声一発。

 木々の隙間から無造作に出てきた相手を仕留めるGT。

 容赦も警告もなかった。

『……無慈悲な』

「慈悲を掛ける必要がるとは思わねぇが……」

 そのまま、さらにガンッガンッと銃撃を加えるGT。

『どうしました?』

「いや……消えた後に何か残ってた。何だ?」

『今度の罠は、自爆攻勢ですかね? RAの例もありますし』

「……の、割には何も爆発しなかったが」

『まぁ、銃で撃ったぐらいで爆発するような危険物抱えていたら、目的を果たす前に勝手に自爆するでしょうが……』

 問題のブツはすでに消失してしまっている。

 ただ、今の消え方の順序からすると、残された“何か“は後からわざわざ用意した“何か”だということになる。

『今度、また出てきたら残しておいてもらえます?』

「りょーかい」


 ガンッガンッガンッ!!


 良いながら再び発砲。

 またもわらわらと人間が湧いてきていて――みるかぎり正装姿の男達――GTはその男達の後頭部に正確に銃弾を叩き込んでいた。

 もちろん、そのまま消えていく男達。

 明日は寝台ベッドから出ることが出来ないに違いない。

 そして、やはり何かが残されていた。

 警戒すべきは、残されているものがやはり爆薬で、GTが近づいたときにそれを起爆させる罠。

 こればかりは銃を構えていても防ぎようもないので、GTはホルスターに銃を戻し警戒しながら近づいていく。

 実のところは、銃をしまうことでここを監視している“誰か”を油断させる目的もあった。

 視線を感じた瞬間に、その位置を特定。

 爆発に対してはその後に避けても良い――そういう心づもりで近づいていく。

 だが、いつまで経っても向けられる視線は感じられない。

 エトワールの“認識阻害”さえ通用しなかったGTの知覚能力を欺く――というのも現実的ではないので結論としては、そもそもここを監視している奴はいない。

 ……という結論になってしまう。

 それに首をかしげている内に、男達が残した“何か”の側にまでたどり着いてしまった。

「……モノクル、意見を聞きたい。これは何だ?」

 一目瞭然なのだが、その存在の不条理さに思わず尋ねてしまうGT。

『……プラカードですね』

 仕方ないので、モノクルが答える。

「……読んでくれ」

 プラカードには当たり前に文字が書かれていた。

 それを読めないはずはないのだが、モノクルは触らぬ神にたたり無しという心境で素直にそれに従った。


“Welcome, GT! Preparation of a party ia a cinch! ”

(ようこそGT! パーティの準備はばっちりだ!)


「……どういうことだ?」

『挑発行為……なんでしょうね。ちょっと大胆すぎて目眩を覚えますが』

「そもそもここに呼び出された紙切れにも、パーティとか書いてあったらしいな」

『ええ……まさか、本当にパーティを?』

 GTがいきなりジャンプした。

 そもそも、この地形に付き合う必要もGTにはないのだ。

 一回目のジャンプで、針葉樹の中程までに飛び上がりそこから上の状態を確認して、幹を蹴飛ばして、さらに上へ。

 そのまま、一本の木のてっぺんを掴んで身体を固定すると周囲の地形を確認。

 針葉樹を抜けると視界が開けるようで、さらには周囲の風景を静謐な水面に映す湖がある。

 遠くには、実際にあるのかどうかはわからないが峻険な山脈が見えた。

 風光明媚、とはこういう風景のことを言うのだろう。

「……パーティ?」

『バーベキューパーティでもする気ですかね?』

「実際にパーティをするという方向で考えるなよ……何かあるな?」

 湖の畔で何かがきらめいている。

 最初は水面が反射していると思ったのだが、明らかに場所が違った。

 だが、クーン達の姿が見えない。

「とりあえず、アレに近づくか――くそ! あのバカを放置できるならそれが一番なんだがなっ!」

 叫んで、さらに上空へとジャンプするGT。

 そのまま、軽い身のこなしでトントンと針葉樹を足場にして湖へと向かう。

 その間にも、クーンの姿を確認しようと目を凝らしてはたが、どこにも見あたらない。

「おい、奴が呼び出したのはここで良いんだよな?」

 さすがに不安を覚え胸元の薔薇に話しかけるGT。

『それは間違いないですよ。それにここが不透過地域であることにも間違いないですし』

「じゃあ、何で奴が居ない? 姿が見えないにしても俺を殺すための装置は? 地対空ミサイルでも配置したいのなら、もっと真っ正直にやる奴だと思ったが」

『その人物評には同意ですが、それ以外のことを私に聞かれても……』

 ついに針葉樹の森を抜けた。

 同時にGTは足場を失うということでもある。

 最後の跳躍は大きく前へ。

 GTは前回り受け身を行いつつ着地すると、すぐに膝立ちの姿勢へと移行した。

 右手にはブラックパンサー、左手はボルサリーノを押さえている。

 そのまま上下左右を警戒。

 しかし――何もない。

「……何か、俺バカみたいじゃないか?」

 思わず我に返るGT。

『大丈夫。必要な動きですよ……しかし、これは一体』

 GTを励ましはしたが、モノクルも事態の異様さに戸惑いを隠しきれない。

 だが、そんな二人の戸惑いは次の瞬間に驚愕で報われた。


 ブォオオオオオオオオォォォォ……ン


 得体の知れない、今まで聞いたこともないような音がGTの耳朶を打つ。

 そして足下から伝わってくる振動。

 音のする方向に目を向けてみると、そこには鋼鉄の異形が迫りくる光景があった。

 黒煙を吐き出し、動輪を振るわせ、ドンドンとこちらに近づいてくる。

 近づけば近づくほど、騒音が酷くなっていく。

 今、自分が感じている振動が音によるものなのか、それとも足下から伝わってくる振動のものなのか判然としない。

 音の中に包まれる感触。

 その物体の出現に、一瞬完全に惚けていたGTだったが反射的に銃口を向ける。

 そしてトリガーを絞る、その一瞬。

 GTのエメラルドの瞳は、その鋼鉄の物体から差し出される旗を見つけていた。

『……白旗……ですね?』

 人類は、未だにこの旗の意味を形骸化させてはいなかった。

 当然GTにもそれは理解できる。

 が、油断はしない。

 銃を構えたまま、その物体の接近を待つ。

 その物体はやがて、その動きを変化させGTの視界を横切るような動き――湖の縁をなぞるような――を見せた。

 その動きで、モノクルはこの物体が何か思い当たるものを発見できたようだ。

『ははぁ、これは鉄道の一種ですか。すると、あなたが見た光るものはきっとレールですね』

「鉄道? じゃああの煙は何だ?」

『大昔の駆動装置を稼働させたときに発生する余剰部分……というところでしょうか』

 そんなことを話している間にも、鉄道はその速度を落としやがてGTの前で停車した。

 先頭車両の無骨さとは違って、目の前の客車は随分と繊細な造りだった。

 車両自体を支える黄金のフレーム。セーブルブルーの壁面には象眼細工が施されている。

 走る美術品、という表現も決して大げさではない見事な一品だった。

 その車両から降りてくる、一人の男。

 もちろんGTは油断無く銃口を向ける。

 そんな中、男は深々と一礼した。

 アイボリーのフロックコートに身を包んでおり見かけ上は、

『車掌……ですかね?』

「まぁ、格好は。だけどアレはクーンの部下だぞ」

『え?』

「さすがにお見通しですね」

 GTの指摘に答えるように男は身を起こした。

「私は……そうですね“スカー”ということで」

「なるほどボスと違って、少しは思慮があると見えるな。それに確かにその傷面には似合いの名前だ」

 果たして、その車掌姿の男はイザークだった。

 が、GTを改めて視界に収めるとその表情が曇る。

「……迎えの者を寄越したはずですが」

「殺した」

「…………白旗を用意しておいて正解でした。お一人しかおられないので念のための掲げておきましたが……」

『心中お察ししますよ。それで、この騒ぎは一体何なんですか?』

 どうやら向こうの目的は罠を掛けることではなく、こちらとの接触にあるらしい――実に今更ではあるが――と察したモノクルが割り込んだ。

「ウチのボスが、改めて話をしたいとのことで」

「――何を話すんだ?」

 とりあえず銃を収めながら、GTが気のない様子で尋ね返す。

 その目は改めて、鉄道車両を前から後ろへと観察していた。

 どうも、この車両自体に関心を引かれているらしい。

「まぁ、恐らくは趣味のこととか金のこととか……そんな話だと」

『ご存知ないんですか?』

「我々も、わけがわからぬままにボスの意向に従っているだけなので――私からアドバイスさし上げたのは一つだけです」

『何ですか?』

「我々の技術力の限りを尽くして――」

 イザーク――スカーは全くの無表情でこう続けた。


 「ロブスターを再現させました」


 モノクルは絶句した。

 それではこの先の展開が一つに絞られてしまう。

 GTは真っ正面からスカーを見据え、しばらくは探るようにその様子をうかがっていたが、何とか自制心を働かせたらしい。

「……用意ってお前、それをどこで食べるんだ?」

 まず、慎重に伺ってみる。

「私もよくはわからないんですが、この乗り物には“食堂車”という車両が連結しておりまして、そこで饗させていただきたい、とウチのボスは申しております」

「食堂車……?」

「この乗り物に乗りながらにして、食事が出来るという寸法です。どうやらずっと昔にはこういう乗り物に乗って旅をする慣習があったようでして、それを再現したらしいです」

「ほう」

 と、思わずGTは食いついてしまった。

「ご覧のように、この辺り一帯は穏やかな自然の風景を再現しておりまして、お食事中の間にも移り変わる景色をお楽しみいただけるかと」

「……なるほど」

 その声の調子で、モノクルはGTが随分とこの申し出に惹かれていることがわかった。

 何しろ自分自身が惹かれているのだから、その心中も察して余りある。

「話をするということなら、まぁ、この誘いに乗るのもあり……か?」

 一応の節度として、GTがモノクルに尋ねる。

『……仕方ないですね』

 モノクルもそれに同意した。

 何しろ本来の目的は“クーン殺すこと”ではなくて“クーンから情報を引き出すこと”なのであるから。

 相手の目的がはっきりしないのが何とも不気味ではあるが、古来、虎穴に入らずんば虎児を得ず、との言葉もある。

 実質、危険にさらしてしまうのがGTだけという部分に忸怩たるものを覚えるが、当の本人がロブスターと豪華でクラシックな列車に心奪われているのだから――問題なしとすることにしよう。

『しかし、当然ですが武装解除などこちらが譲歩するつもりはありませんよ』

「この人相手に、武器の有無でこちらの状況が有利になったりするとは思えませんが……ええ、もちろんそんなことを要求したりはしません。こっちだって武器は持っていますから」

「なるほど完全になれ合いを求めているわけではないって事か」

 GTはニヤリと笑った。

「よし、話をしよう」


◆◆ ◇◇ ◆◇◆ ◇◇ ◆◆


八話前編です。


私の中でガルガンチュアファミリーがコメディリリーフ状態ですが、仕方のないところでしょう。

しかしプラン通り書いてはいるんですが、ほぼ唯一の女性キャラクターが全然出てきませんな。計画を立ててていたときに私は何を考えていたのか。


では日曜日に後編を。

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