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第七話「O.O.Eのある世界」 アバン、OP、Aパート

 惑星「カルキスタ」にある、とある食料品店。

 その店の看板娘は、大ピンチを迎えていた。

 視界の中に、ある人物を捕らえてしまったから。

 黒髪に黒い瞳は明らかに東洋系。

 白くはあるが染みの付いた、無地のシャツ。明らかに丈の合っていない灰色のチノパンを黒のサスペンダーで吊った、色々と残念な出で立ちの男性。

 恋愛対象にはむろんならない。

 身内であればその生活態度に対して苦言を呈しただろう。

 しかし、看板娘はこの男性が大好きだった。

 だが、今からこの男性には辛い言葉を投げかけなければならない。

 そしてその言葉は、もしかすると自分にも不幸をもたらすかもしれない。

 そんな残念な未来予想図が看板娘の中で描かれている間にも、男性はドンドンと店に近づき、自動扉は何の抵抗もなくそれを迎え入れた。

 そして、紡ぎ出されるのはいつもと変わらぬこの言葉。


「ロブスターをくれ」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「一週間の世界ア・ウェーク・ワールド」の中心。

 そして物理的な意味でも“ほぼ”中心。

 そこに行政首都「ロプノール」は浮かんでいる。

 惑星イシュキックの衛星軌道を周回する、巨大な人工天体。

 その正体は、様々な宇宙船の集合体と言い換えることも出来る。

 必要に迫られて、色々な機能を付け足していく手段として、最も早く、そしてもっとも手軽な手段として、そういう建設方法(?)が選ばれた――なれの果て。

 まだ行政首都という名称を正式に冠されることもなく、ただの中央省庁という名義だった頃は、その方が都合が良かったという事情もある。

 人類の版図が広がり続ける中、中央に位置することがもっとも効率的だった時代、このロプノールはしばしば、その位置を変える必要性に迫られたからだ。

 いざとなれば分割して、移動できる人工天体。

 非常に泥縄的ではあったが、それはそれで有効だった時代もあったのだ。

 そして、イシュキック上空にその姿を完成させて後――


 ――三十年にわたって行政首都ロプノールは異形をその空に晒し続けている。


 そんな行政首都ロプノールの一角にある、情報集積と分析を担うための部署「クライス・ア・サンテ」に片眼鏡モノクルを掛けた、壮年の男性が陣取っていた。

 長ったらしい名前が付いているのは、この部署が宇宙船として独立した場合の船名でもあるからで、普段は「IE-302」という味も素っ気もないコードで呼ばれている。

 そして壮年の男性が居るのは、この部署のメイン区画ではない。

 メインである周天型モニターと、それを監視するオペレーター。そして“世界中”から集められて情報を集積し分析する量子コンピューター。

 意志決定のための情報は、まずここに集められると言っても過言ではない。

 もちろん、リスク分散のためにもこの部署で全ての情報を扱っているというわけでは無い。だが壮年の男性が必要な情報が集められているのはこの区画であり、さらに裏技が通用するのはこの区画だけだった。

 裏技。

 それはロプノールが移動する際、各部署は独立した宇宙船となるということが重要な要因となる。

 つまりそれは区画の制御を行う艦橋ブリッジが必ず付属しているということであるのだ。

 壮年の男性が居るのは、そのブリッジ。

 座席が三席しかないかなりの狭さ。あらゆる意味で特別扱いされる航法士席シャドーロールはまた別の場所にあるわけで、ここには本当に最低限の設備しかない。

 だがブリッジに変わりはないので「クライス・ア・サンテ」内のことであれば、ここで一括してモニターすることが出来るという寸法だ。

 つまり言葉を選ばなければこっそりと覗き見をしている、という状態が一番状況を正確に言い表している。

 もっとも本当にこっそりと覗いているのではなく、もちろん許可は出ていた。

 ただ、その仕事をおおっぴらにやられると困るので、こういう場所に押し込められているわけだ。

 航行時には船長席になる座席に腰掛け、壮年の男性は目の前のコンソールに座る二人の部下の動きを眺めていた。

 今、別の業務内容で雇っている外注の二人と違って、この二人であれば機密を扱う業務も安心して任せられる。

 決してあの二人が無能というわけではない。

 むしろ有能すぎるので、扱いに気を遣い過ぎると言うべきか。

 そこそこの能力で、そこそこの人生を送りたい。

 それが壮年の男性の生活信条である。

「シェブランさん。結果出ました」

 事務的な声と口調で報告が上がってくる。

「“フォロン一派”のO.O.E内での勢力は減少傾向にあります。つまりは――不透過地域が減っているということになります」

 壮年の男性――シェブランは眉を潜めた。

 相手がイレギュラーすぎる――と言うよりは今の事態が人類史上初めてのことばかりなので、状況を説明するための言葉が出来ていないのだ。

 O.O.Eの開発者に非常に無理を言って、一応の監視ツールは連合の手にある。

 その監視ツールがまったく役に立たない地域が存在していることが、今現在シェブランが関わっている懸案事項であった。

 その監視ツールが役に立たない地域を“不透過”と表現することは、正式に決められたわけではないが、チームの間ではそれで機能している。

 シェブランが戸惑ったのは“フォロン一派”という言い回しについてだ。

 この呼称に関しては初耳であるし、コンセンサスが取れているとも思えない。

「……その“フォロン一派”というのは何です?」

 結局、直接聞いてみることにした。

「いい加減、決めておかないと色々と面倒ですから無難なところを選択したつもりですが」

「確かに無難かもしれませんが……」

「でしょう? 敵というのは大げさすぎますし、厳密に言いますと法を犯したわけではないですし」

「ですが犯罪幇助は明らかなのでは?」

 もう一人が加わってきた。

「それはそうだが立証するのが難しい。確かに流通効率は上がっているようだが……」

 臨時に名付けられた“フォロン一派”。

 その名称を借りるなら一派のしていることは、O.O.E内で新種のサービスを提供しているだけ、と強弁できなくもない。

 だが裏の世界で、その利便性が飛び抜けているのだ。

 O.O.E内で行われていることは、確かに取引の“口約束”だけだ。

 問題はそれを、裏世界の住人達に遵守させる強制力の高さなのである。

 ここで行われた約束は必ず守られる。

 その信頼性が高ければ高いほど、流通速度は加速することになるのだ。

 必要な分だけ、作って運んで売りさばく。

 この理想の流通形態が達成できれば、在庫という癌を抱え込むことなくあらゆる作業が効率化される。

 それに加えて不透過地域内では、相手が現実世界ではどういう地位にあるのかがほとんど加味されない事が想像できる。

 重要なことは、約束を守ること。不透過地域での秩序を守ること。

 それが出来ていれば現実世界での取引では、全くの作業になる。

 これはつまり流通基盤が貧弱でも、看板が有名でなくても、不透過地域での取引の約束が履行可能であるならば、一気に大量の商品がさばける可能性があるということだ。

 これは一種の流通革命と言っても良い。

 扱う商品がことごとく非合法なものばかりであるところに問題があるのだが、そうでなければこのまま放置してしまいたい気持ちもある。

 皮肉なことに、不透過地域の拡大以降、CIコンポジット・インデックスは上向き傾向ですらある。

 だがわからないのは、いくら利益が上がるとしても、この不透過地域を運営している“フォロン一派”の動機だ。

 いみじくも以前GTが、

「もう一つ国があるようなものか」

 と、言っていたらしいが実のところかなり正確な評価だといわざるを得ない。

 だが――

 シェブランは違和感を覚える。

 いくら小規模であったとしても国を運営するのは並大抵の労力ではない。ましてや接続時間制限もある世界なのだ。いくら利益が出ると言ってもそこまで熱心になれるものだろうか?

 自分の身にあてはめるとわかる。

 やり甲斐があっても、給料が良くても、不満というものは蓄積する。

 “フォロン一派”

 その中でも中枢に近いと位置に居るであろう、フォロンという人物は一体何者なのか……

「……ランさん!」

 思考の海に沈み込みそうになっていたシェブランは、部下の声に引き戻された。

「実際、どうなんですか? 法整備の方は?」

「あ、ああ。立法首都アクラでは委員会が発足したようですね」

「随分と遅れていますね……」

「民間に供与することに反対していた議員先生が多いですから。それみたことか、としばらく放置しておけ……などとは実際には仰いませんがね。あるいは“フォロン一派”から恩恵を授与されておられる方もおられるのかも」

「はぁ……」

 部下のため息に、思わず苦笑を浮かべそうになるシェブラン。

 こんな若い職員までもが、議会制民主主義にどこか諦観を抱いている現状は確かに末期状態なのかもしれない。

「ですが、だからこそ今のようにこちらもすれすれの手段で対抗できるわけでして。前向きに考えましょう」

「本当に彼は何者なんですか? シェブランさんの謎の人脈で連れてこられましたが」

(……謎の人脈ねぇ)

 今度は吹き出しそうになる。

 中々に愉快で優秀な部下達だ。

 だからこそ、この質問に対する返事は決まっている。

「知らないままで居てください。彼の存在は本当に非合法ですから――関わると、それだけで手が後ろに回りますよ」


                      ~・~


 とかく、犯罪者には厳しい世の中である。

 無情にもロブスターの在庫切れを告げた店員は、他の店を紹介はしてくれたのだが、その店名しか言ってくれなかったのだ。

 しかし考えれば当たり前である。

 現在普及している個人端末は、それこそ店名を言っただけで最短ルートを示してくれるからだ。

 しかし、その端末は使うことは出来ない。

 使ったが最後、居場所がばれてしまう。


 ――広域指名手配犯、ジョージ・譚の居場所が。


 ジョージは仕方なく、宙港へと向かうことを決意した。

 宙港付近では端末のデータリンクを待ちきれないせっかち者や、単純に端末の形式が合わない利用者のために、幾らかは融通が利くようになっている。

 つまり犯罪者にも優しい。

 問題は、宙港まで結構な距離があることだ。

 同一ルートを巡回し続ける、多人数で共有する公共機関――いわゆるバスは即座に却下だ。

 誰が居るかわからない。

 脱出の際に邪魔になりそうな連中がたくさんいる。

 どう考えても、この選択肢はない。

 そうなると個人で利用する交通機関――いわゆるタクシーの利用を考えるが、バスに比べると随分と割高になる。

 この星がもう少しインフラに気を配ってくれていれば、他にも選択肢はあったのだが、今のところこの二者しか思いつかない。

 タクシーを選択するしかないのはわかっているのだが、そうなるとロブスター以外に、結構な金額を消費することになる。

 それは生きるための純度を下げる行為ではないのか?

 その葛藤が胸の内にある。

 それを抱えたまま、フラフラと視線を彷徨わせる。

 店が開店する時間に合わせて出てきて、まだそれほどの時間は経過していないだろうから、昼食時ではないはずだ。

 真っ当な勤め人なら、この時間に出歩いていることは――確か“営業”という職種以外はないはずだ。

 天気がこれほど良いのに、気の毒なことだ――などと考えているがジョージ自身も順調にロブスターを入手できていれば、外を出歩くこともなかっただろう。


 パパパパァ……


 クラクションの音が響く。

 鉱山惑星であるカルキスタでは、採掘資源をスムーズに運搬するために交通関係のインフラは開発初期から入念に手を加えられてきたはずだが、逆に言えば老朽化が始まっていると言うことでもある。

 街の発展に対して道路網の不備があれば、そこを起点にして渋滞はどうしても起こってしまう。

 タクシーを拾うにしても、もう少し大通りに出たからにした方が良いだろう。

 ジョージはそう判断すると路地に潜り込み、幾つも角を曲がって、幹線道路に姿を見せた。

 ここまでは接続ライズの為にしばしば使用している行程だ。

 さすがにこういった作業を、宙港――おおよそ直線で3kmぐらいの距離がある――まで行うのは色々な意味で無理だ。

 それに一刻も早くロブスターを入手したいという欲求もある。

 ジョージは、ちょうど通りかかったタクシーを止めた。

 即座に後部の扉が開かれて、運転手が白い歯を見せて笑いかけてきた。気安そうなアフリカンで、その笑みには含むところはなさそうだ。

 いきなり笑ったのは営業努力なのか、元々の人柄なのか。

 とにかく官憲の詰め所の前で、じっくりと人物鑑賞をする趣味は持ち合わせては居ないらしい。

 そう判断したジョージは、座席に滑り込む。

「どちらまで?」

「港だ」

 良いながら、マネーカードをスロットに突っ込む。

「おやお客さん、左手は義手かい?」

 いきなりそんなこと聞くか?

 と内心で突っ込むが、確かに自分の付けている義手はかなり珍しいだろうという自覚はある。

 もっとも、それでこの客商売に不向きな運転手の悪癖が肯定されるわけではないだろうが。

「ああ。俺のは見た目じゃなくて頑丈さ優先だからな。メンテナンスにいちいち金を掛けてる余裕がない」

「おいおい、代金は大丈夫か?」

 と、陽気に混ぜ返してくるが、カードに十分な金額が残っていることは確認済みだろう。

 ジョージはこの手の人なつっこい性格の相手に対しては“現役”の時の癖で友好的に接してしまう。

 黙っていても、ぽろりと情報を漏らすことがあるし、何よりも自分のしゃべりに夢中で相手のことをろくろく覚えないという特性がある。

 もっとも今回は義手を覚えられた分、多少の問題はあるが“引退”の身の上では特に意識するほどでもないだろう。

 ジョージは積極的に、この運転手を利用することにした。

「――実はロブスターを売っている店を探してるんだ。港に行くのもそれを確かめるつもりでな」

「ロブスター! そりゃあダメだ!」

 “ロブスターを探していた”という情報を与えることに危険性を感じたが、思いの外、反応が良い。

「ダメって、何がだ?」

「A級航法士が慢性的に不足しちまってるらしくて、運搬品目の優先順位が低い方はカットされてるらしいんだよ。この星だと海ものはダメだな」

 海ものという表現は初めて聞いたが、言いたいことはわかる。

「……じゃあ、どこに行ってもダメか」

 このまま降りてやろうかと思った瞬間、発車するタクシー。

 あざとすぎるタイミングだが、文句を言う気も起きない。

「まぁ、ダメだろうなぁ。何か特別なコネを持っているところとかはまだ望みがあるかもしれないけど……」

 車線をずらしながら運転手が応じる。

「コネ?」

「ああ、つまり……高い店だよ。ロブスターを使った料理をだすところ」

 説明がいちいち引っかかるが、ちゃんと伝えるべきところは伝わってくるのは、この運転手の不思議なところかもしれない。

「俺は、茹でてるだけのロブスターが欲しいんだがなぁ」

「ええ? そりゃ勿体ないよ。いつだったかチャイニーズレストランでチリソースのロブスターを食ったことあるけど、ありゃあ旨かったよ。お客さん、東洋系だろ? 喰ったことないのかい?」

「あるけど、俺の好みじゃないんだよ……だけど店と直接交渉する方法はあるな。そういう店に回せるか?」

「いやいや。やってやりたいのは山々だけど、俺の稼ぎじゃとてもとても。場所もはっきり覚えてない。それこそ港の案内受けた方が確実だよ……というか、直接交渉に応じてくれるかってのが一番の問題だと思うけど」

「そこは何とかするさ。じゃあ予定通り港に回してくれ」

「あいよ」

 と、言うところで会話は途切れ、タクシーは港へと進み始めた。

 この運転手、腕は確かのようで巧みに渋滞を避けて順調に進んでいく。

 やはりこの運転手の問題は遠慮の無さだな、と結論づけたジョージはふんぞり返って窓の外を眺めた。

 ちらりと腕時計に目をやる。

 今日の定期連絡までにはまだ間がある。

 あの巨獣スフィンクスが出現して以降、それに対抗するための手段をモノクルが製造しているところだ。

 現実の装備で言うと、GT用には反応焼夷弾。

 簡単に言うと、あの“血”を強制的に気化させる弾頭だ。

 エトワールの方は、あの腰の剣に細工をしているらしい。

 GTが驚いたのは、エトワールがあの剣をただのファッションで付けていたという事実だ。

 ……まぁ、それがエトワールの美学こだわりというなら、それはそれで構いはしないが……

 そういった装備開発のために、仕事は今小休止中だ。

 だからロブスターを食べる以外にやることもないというのに、まったく今の事態には納得いかない。

「お客さん、もう着くよ」

 運転手が話しかけてきた。

 そんなに時間が経ったかな、と疑問を抱いたが確かに外の風景はだだっ広い宙港が広がっている。

「助かった。早かったな」

「そこは腕だよ」

 まんざらでもなさそうに答える運転手に、ジョージは代金にチップを上乗せした。

「サンクス! 俺はダウリンってんだ。指名してくれたら、こんどこそロブスターの旨い店覚えておくからさ」

「俺は茹でたのが一番良いって言ってるだろ」

 と言いながら、ロータリーに到着したタクシーから降りる。

 指名手配犯としては、悪くない時間だった。

 この運転手が誰を乗せたのかに気付いたときが、少し楽しみではある。


                   ~・~


 宙港、と言っても惑星に一つだけ、というわけではもちろん無い。

 運転手に「港」の一言だけで場所が通じたのは、カルキスタには基本的に海がないことと、近場の宙港がここだったということだ。

 もちろんこの宙港にも名前が付いているはずだが――ジョージは覚えていなかった。

 この惑星ほしに来たときに利用して以来だ。

 あの時に使った偽造パスは……確かまだ使えたはずだが。

 タクシーの中で色々と思索に耽った影響か、どうにもとりとめのない思考にとらわれている。

 それを自覚しつつ惑星ほしの案内所を探した。

 重力制御によって往復するシャトルの発着場だけであればさほどの広さはいらないのだろうが、中には“宇宙船のまんま”降りてくる場合もある。

 この星では特に大量の鉱石が運び出されるので、そのための大型貨物船が頻繁に降りてくることも多い。

 そのために灰色の平原の上に、ポツンと入星管理局などの設備が付属した建物が放り出されている。

 それがこの星の宙港の全体的な印象だ。

 ――相変わらず名前が思い出せないのだが。

 兎にも角にも、この宙港を普通に利用するのが目的ではない。

 発着ロビーを目指しながらも、整理された区画ではなく売店や喫茶店が並ぶ区画へと向かう。

 他の星のパターンでは、あのあたりに星の案内所があるはずだ。

 そこに向かうまでの吹き抜けのホールには、天井から大型のホロタペストリーが表示されていた。

 何か男性アイドルが、近々来星するらしい。そのライブ告知のようだ。

 名前は……「カイ・マードル」か。

 視覚から入ってくる情報を無差別に受け入れながら、キョロキョロと目的の場所を探すジョージ。

 いつもの習性と、必要性に従って柱の陰に寄り添うようにして移動する。

 そうしていると今度は、随分と古いポスターが貼られている柱の前にたどり着いてしまった。

 この時代に、まずあり得ない紙媒体で、こんな場所に貼るのはどうにも“地下”の臭いがする。

 真っ当な活動に伴ってここに貼られたものではないだろう。

 興味を引かれて目を向けてみると、こちらもアイドルの宣伝目的であるらしい。

 ただし、男性ではなく今度は女性。

 ほぼ暗闇の中。ライブハウスか何かだろうか。カラフルでどぎつい照明を当てられており、ほとんど人相もわからないような写真ホロを利用したらしく、宣伝としてこれで良いのか、とも思ってしまう。

 名前は――リュミス・ケルダー……かな?

 何故、こんな扱いなのかは見当が付かないが。

「よう、兄さんもリュミスのファンかい? 半年前のライブは盛り上がったなぁ」

 突然に話しかけられて、ジョージは身構えそうになる身体を一心に御した。

 声には殺気も警戒心も感じられないし、何よりは“引退”した身としてはここで事を大げさにしたくない。

「いや、どこかで見た顔だなぁ、と思ってそれだけだ」

 同じファンだと持って声を掛けたのだろうから、少し気の毒に感じながらも振り返る。

 そこにはありふれたスーツ姿の白人が居た。

 年齢は二十代半ばといったところだろうか。

 全体的にくたびれた印象であるのは――これが噂に聞く外回りの営業職なのだろう。

「お、それは嬉しいなぁ。リュミスもやっとそういう風にしれるようになったのか。俺なんか天国への階段(EX-Tension)で、ず~~っと追っかけをしてて――初期からのファンなんだよ」

 困ったことに、男はまったくめげずに語り始めた。

 だが、先ほどの運転手と同じように上手く使えば情報収集の手助けになる――かもしれない、ということでジョージは少しばかり乗ることにした。

「……そうか俺が見たのはあそこでだったか」

 そこでジョージの脳裏で初めて、ポスターの女性とエトワールが結びついた。

 だが、そこでまた首をかしげる。

「いや……こっちの方が美人じゃないか?」

「出たよ」

 その言葉に、よれスーツは何故か上から目線で反論してきた。

「大方、髪の色が不自然だとか、目の色がおかしいとか、そんな理由だろ?」

 よくわからないが、確かにエトワールの髪の色は人間としては不自然なものが多かったような気がする。

「それが天国への階段(EX-Tension)発信のアイドル、リュミスのリュミスたる所以じゃないか。そこを受け入れないと“にわか”になっちまうぜ」

「お、おう……」

 逆らってはいけない、と本能でジョージは察した。

「だけど、これ半年前のライブなんだろ? 何でまだ貼ってるんだ?」

 露骨に話題をそらしてみる。

「ああ、新規ファンを増やしたいのとか、アンタみたいなのにリュミスの顔と名前を一致して貰いたいって事なんだろうな――俺は本当はこう言うの取り締まらないといけないんだが……」

 マズイ、と思ったときには身体に反応が出てしまっていた。

 一瞬でそれを抑えたが、果たして相手はジョージの変化に気付いてしまったようだ。

「ん? その左腕――」

 即座に対応を検討するが“この手の職種”――営業職ではもちろん無い――が単独で行動している可能性は低い。

 そして柱の陰に入り込んでいるとはいえ、ここは開けたホールであることに間違いはない。

 ジョージは即座に逃亡を選択。

 一気に宙港ロビーを脱出するが、その背後にはもちろん足音が迫ってきている。

 思った通り二人分だ。

 スッと視線を滑らせて、迎撃に使えそうな地形を探す。

 だがここはだだっ広い宙港だ。

 そうそう都合の良い見通しの悪い路地などあるはずもない。

 先ほどのことといい、宙港という場所に赴くことの危険に気づかなかったことと良い、相手が持っているであろう銃に気付かなかったりといい、自分の油断振りに思わず笑ってしまいそうになるが、それは後回し。

 そして、ようやくのことで利用できそうな地形を発見し、そちらへと向かう。

 追跡者も見失ったりはしていないようだ。

 もちろん応援の手配はしているだろうが、この二人を始末しないことには、その先がない。


                 ~・~


 広域指名手配犯、ジョージ・譚。

 具体的な犯罪歴を上げるとだけで、調書が真っ黒になる。

 その中でも一際目立つのは殺人件数二百件以上。

 男も、女も、老人も、若者も――そして殺人を阻止しようとした官憲も。

 丸ごと殺して、二年ほど前にピタリとその足跡を消した。

 ここであったが百年目、という古典的表現がリアルな意味を持ちそうなほどの連合の標的。

 カルキスタにいるなどとは、まったく想像していなかったが、見つけたからにはどんな不真面目な官憲でも無視は出来ない。

 標的はパーキングへと向かい、大型の運搬車――つまりはトレーラー――が並んでいる区画へ入り込んだ。

 銃を構えて、二人組みでその区画へ飛び込む二人。


 ――いない。


 と思った瞬間に、一人が何かに絡みつかれた。

 それをもう片方が察知したときには、相方はもうその場に崩れ落ちていた。

 命はあるようだが、口から泡を吹いている状況ではもう役には立たないだろう。

 しかし、それだけの“何か”をしたはずのジョージ・譚がいない。


 ――没形兇手。


 得物を選ばず、姿も見せず。

 ただひたすらに殺していくジョージに付けられたあだ名の一つだ。

 残された一人はがむしゃらに頭を振って、とにかくジョージの姿を捕らえようとした。

 そして見つける。

 サスペンダーの金具をトレーラーに引っかけて、音もなくその側面に張り付いているジョージの姿を。

 だがそのために、顎を上げたのがその後の男の運命を決した。

 ジョージの手が伸び、顎をロックされ、そのまま悲鳴を上げることも出来ずに、先ほどまでリュミスについて熱く語っていた男はその場に引きずり倒された。

 続いて腕がロックされ、拳銃を落としてしまう。

 そして次の瞬間には頸動脈を絞められ……そこで意識がブラックアウトした。

 ジョージは、男から離れゆっくりと立ち上がる。

 その手には、拳銃が握られていた。


◆◆◆ ◇◇◇ ◇◇◇ ◆◆◆


思った以上に閑話休題的な話になりそうです。


一番最初にやらないといけない、基本設定の説明じみた言葉が並んでますが、これ一番最初にやるとだれるので、このタイミングですね。


では、後編は日曜です。

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