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第五話「砂上の後宮(ハーレム)」 Bパート、ED、Cパート、次回予告

◆◆ ◇◇ ◇◆ ◆◆ ◇◇


『ちょ、ちょっと何言い出してるんですか!?』

 アガンからの突然のGTへの申し出にモノクルがすかさず割り込んだ。

『困りますよ。GTとは契約の真っ最中です。勝手なことをされては……』

「どうせ表沙汰に出来ないだろ、お互い」

 アヒャヒャヒャヒャと、アガンは耳障りな笑い声でモノクルを威嚇する。

「なら、GTに良い条件を出した方に付く自由だってあるはずだ。それにモノクル――」

『はい?』

「あんただって連合に堅い忠誠を誓ってるわけでもないだろ? このあたりで手打ちにしてくれれば、口きいてやっても良い。クーンの奴はアレで金を貯め込んでるからな。かなりの贅沢が楽しめるぜ」

『ははぁ……それで私は捜査するふりを続ければ良いんですね』

「当然そうなるな。まぁ、それも仕事だと思って――」

「待てよ。俺の好みの話はまだ終わってねぇぞ」

 今度はGTが二人の交渉に割り込んだ。

 実に不機嫌そうだ。

「お、おい、あれだけ並べてまだあるのか?」

 さすがのアガンも、そんなGTの追加発注には呆れ顔を隠せないでいた。

「安心しろ。こっちの好みが俺の要求通りなら、さっきの外見についてはどうでも良いよ。ペチャでもガリでも乳首がピンクでもかまいやしねぇ」

「お、おう」

「性格は“ツンデレ”だ」

『ツン……』

「……デレ?」

 思わずシンクロする、モノクルとアガン。

『ツンデレって、あれですか? “アンタのことなんか好きじゃないんだからね”って、クルリとポニーテールを振り回す……』

「役人のくせに妙なこと知ってるな」

「違うぞモノクル。それは間違った知識だ」

『は? いやいや、これで間違いないはずですよ』

 GTはチッチッと指を立てて、その言葉を否定する。

「ツンデレは、そのままの意味だろ。ツンツンしていた女がやがて心開いてデレる。何でそんな妙な台詞が代表例になるんだ?」

『ですからこれは“ツン“の時の話でして……』

「男にとって重要なのは“デレ“の時じゃねぇのか?」

 それは違う――と反論してしまうと何だか妙な性癖の持ち主だと告白しているみたいになってしまうので、モノクルは黙り込んでしまった。

 その間にGTはさらに言葉を重ねる。

「通常だと厳格で相手もしてくれなかった女をどうにかこうにか落として、惚れさせてデレさせる。これがどういうことかわかるか?」

「…………どういうことなんだ?」

 黙り込んでしまったモノクルの代わりというべきか、アガンが先を促す。

「その女にとって俺が“特別”になるって事だ。強い意志で俺を特別扱いにすることを選ぶことが出来る女。そういう女に認められることが、俺の美学ロマンだ」

 そう言って、GTはジャケットのラペルをピッと伸ばす。

 そのまま胸を反らし、アガンを見下ろすようにしながら言葉を突きつける。

「どうだアガン。お前に用意できるか? “ツンデレ”が」

「…………」

「できないよな? お前が用意できるのは人形みたいに言うこと聞くばっかりの女だけだ」

 GTの右手が閃いた。


 ドドドゥン!


 ブラックパンサーの銃弾が、後宮に侍っていた三人の女の頭を弾き飛ばす。

 消失エフェクトに包まれて消えていく女達。

 だが、その後に続くべき反応がない。

 すなわち悲鳴を上げる女、逃げまどう女、あわてふためく女。

 GTが突如行った蛮行に、まったく反応を示さない女達。

 それは、この空中庭園においても、もっとも異様な光景だと言っても良い。

『GT、もしかして……』

「例の連中が用意した人形が紛れ込んでるな。あとは未帰還者だな」

「し、知らないと言ってるだろうが!」

 GTのいきなりの銃撃に呆気にとられていたアガンが、その言葉は聞きとがめた。

「いやいや、ここにいる女の内の何人かは、間違いなく未帰還者だよ」

 GTは笑みを浮かべながらアガンの言葉を再び否定する。

「しょ、証拠は?」

「証拠だぁ?」

 目を見開いてアガンを見つめるGT。そして突然ボルサリーノと腹を抱えて笑い始めた。

「な、何がおかしい!?」

「――これが笑わずにいられるか。俺が住んできた世界でそんなこという奴は一人もいなかった。お前――」

 GTは笑いを収めた。

「――表の世界の人間だな。何だってこんな事に首を突っ込んだ。ああ、女か。人形みたいな女をあてがわれていい気になったか? 特殊な能力があることで舞い上がったか? こんな嘘だらけの世界でお前は何を得意げになってきたんだ?」


 ヒュンッ!


 アガンの手に突如現れた曲刀シミターが横薙ぎに振るわれる。


 ピッ!


 GTはその刃を指先でつまんで止めた。

「教えてやろう。裏の世界では道理が通っていてもまず必要なのは力なんだ。お前にそれがあるかな? アガン」


 ヒャハハハハハ!


 そんなGTの問いかけに答えたのはアガン特有の哄笑と――左手にも出現した曲刀シミター

 それをブラックパンサーで受けることを嫌ったGTは、軽い跳躍で後方へと飛ぶ。

 アガンの刀は先ほどまでGTがいた空間を綺麗に薙いでいった。

 刃筋も通っているし、両手で刀を扱うに足るだけの技量はあるようだ。

 GTはそれを確認して、銃口をアガンへと向けた。

 刀を構えるアガン。

 先ほどの言葉が嘘でないなら、銃弾をかわせるのだろう――あるいはその刀で切るつもりか。

 しかしGTの狙いはアガンではなかった。


 ドドドドドドゥン!


 連続で放たれる銃弾。その全てがアガンの背後にいる女達の頭部を破壊していた。

 消失エフェクトに掴まれて、女達が次々と消えていく。

「銃弾が目覚まし代わりだ。これで勝手に目を覚ますだろ」

「てめぇ! 女を撃ちやがったな!!」

「撃ったさ」

 GTは嘯いた。

「お前、俺を正義の味方だとか勘違いしてるんじゃないだろうな? 俺達がやってるのはただの縄張り争いだ。お互いにすりつぶし合って、生き残った方が総取りだ」

 今度こそ銃口がアガンに向けられた。

「オ○ホールが壊されたぐらいで、頭に血ィ昇らせてんじゃねぇぞ」


 ドンドンドンッ!


 リズム良く三連射。


 キン! キン! キン!


 その銃弾を刀で弾くアガン。

 なるほど見えているし、それに対応するだけの身体能力はあるようだ。

 それを確認したGTに、僅かな油断があったのか。

 アガンのフェイスペイントが歪んだ次の一瞬――


 ――その姿がいきなりGTの眼前に出現した。


「……!」

 もはや声を出す暇もない。

 右から迫る斬撃。頭上から落ちてくる斬撃。

 しゃがみ、身体を捻りそれを交わすGT。

 さらに反撃のために身体を回転させて銃口を向ける。

 が、それぞれの刀が反転してさらに襲いかかってきた。今度の攻撃方向は、ほぼ平行に左右から。

 GTは再び身体を捻りながら跳躍して、その刃の隙間をすり抜ける。

 銃口はアガンに向けたままだ。


 ドンドンッ!


 辛うじて二発。

 それでもアガンを捉えているのはさすがと言うべきか。

 無理な体勢で斬撃を繰り出したアガンは、こちらもほとんど転がるようにして、その銃弾をかわす。

 GTは寝そべってはいるが、撃つことが不可能な体勢ではない。

 勝負は決した――かに思われたが、GTは何故かそこで大きく距離を取り、そのままアガンからは死角になる柱の影に身を潜めてしまった。


                    ~・~


 思わぬ事態、と言うべきだろう。

 GTの行動に、完全に虚を突かれた形となったモノクルはそれでも声を潜めて、

『……アガンは強いんですか?』

 と、一番に思いつく可能性を尋ねてみる。

「いや、それほど強くはないな」

 即答するGT。

 確かに、一度は必殺の状況にまで追い込んでいる。

「だが、チャンスだと思ってな」

『チャンス?』

 間の抜けた声を出すモノクルに、

「お前なぁ、情報が欲しいんじゃないのか?」

『あ、ああ。そうですね』

「たいして強くもねぇし、奴は表の世界の人間だ。自分が持っている情報の重要性を根本的なところで理解できてねぇ。締め上げれば一番可能性がある。それにどうも“ひいき”されてるっぽいしな」

『ひいき?』

「この世界での強さを獲得するための条件が相変わらずよくわからんが、あいつは明らかにイレギュラーだ。それにこの馬鹿げた施設』

『上と強く結びついている……?』

「それにあの剣だ。壊そうとしたが壊れなかった」

 最初に指でつまんだときだろう。

 情報を引き出すつもりであるのなら、敵の武器を無力化することはまず常套手段だと言っても良い。

『それは並の硬度じゃありませんね』

「ああ、だから“ひいき”」

『なるほど。是非とも情報を引き出しましょう』

「気楽に言ってくれるぜ。だけど、あの刀は奪いたいところだ」

『なんですって?』

「俺の銃じゃ威力がありすぎて、小細工できない。あの刀があればいろいろと情報を聞き出しやすい」

 拷問用ということだろう。

 気まずい沈黙が訪れたところで、GTがスッとしゃがみ込む。


 シャッシャンッ!


 GTの頭上を二筋の斬撃が通り過ぎる。

 アガンが柱ごとGTを斬ろうとしたのだ。

 当然、柱は倒れ地響きを立てて倒れてしまう。

 その混乱の最中、GTは再び距離を取り、


 ドンドンドンッ!


 とアガンの足下を銃撃。

 飛び散った石畳の欠片がアガンを牽制。

「アヒャヒャヒャヒャッ!」

 眼前に散った欠片を、景気よく切り刻むアガン。

 だが、それは謂わば無駄な動き。そうやって自分の背面に致命的な隙を作ってしまう。

 その背後にGTは音もなく出現した。

 GTの身体能力を持ってすれは、これぐらいは容易い。

 だがGTはそこで動きを止めてしまった。すでに銃はホルスターの中だが、開いた両手がわきわきと動くだけでそれ以上何もしようとしない。

「ケヒャー!」

 GTの存在に気付いたアガンが、振り返りざまに剣を繰り出してくる。

 それを、GTはまたも大きく後退してかわした。

『……何やってるんですか?』

 さすがに呆れた口調でモノクルが尋ねてくるが、それに対するGTの答えは意外といえば意外なものだった。

「も、もろすぎて扱い方の見当が付かない。殺すのは簡単なんだが……」

『ああ、もう。刀だけでも奪えませんか?』

「考えてみると、あいつ自分が不利になったら切断ダウンしちゃえばいいんだよなぁ」

 この世界の仕様を今更ながらに思い出したGTが、ポリポリと頭を掻く。

「どうしたーーー! お前は俺よりも強いんじゃなかったのか!?」

 刀を振り回しながら吠え猛るアガン。

 結果的にGTが逃げ回っているようにしか見えないのだから、この勘違いも仕方がない。

「ああ、悪い悪い」

 GTは素直に謝った。

「俺が強いんじゃなくてお前が弱すぎるんだ。ま、結論は同じだけどな」

『GT……』

 毎度の事ながら、GTの酷さのおかげで相手に同情してしまうモノクル。

「て、てめぇ……」

 アガンは当たり前に頭に血を上らせて、さらに刀をぶんぶんと振り回している。

 ただの駄々っ子だ。

 GTは、アガンがそのまま突っ込んでくることを予期し、そっと腰を落として迎撃態勢を取る。

 思惑としては、斬撃の中に踏み込んでアガンの両手を捕まえる――ぐらいであろうか。

 だがアガンはGTに近づくどころか、むしろ遠ざかっていく。

「何だ?」

 アガンが向かう先は、先ほどまで女達と興じていたテラス部分。

『他の武器でも隠してますかね』

「それで刀を手放してくれれば、むしろ歓迎だが」

 どこまでも危機感のない二人は語らいながら、アガンへと大胆に近づいていく。

 二人の視線を集める中、アガンは自らの玉座に寄り添った。

「GT! お前は俺を怒らせた!」

 アガンが叫ぶ。

 それを自覚しているGTは、特に感想もなくさらにアガンへと近づいていく。

「これはな、出来れば使いたくなかった俺のとっておきだ! 俺にこれを使わせたことを後悔しやがれ、ヒャーハッハッハッハ!」

『やっぱり武器ですか?』

「刀は持ったままだな」

 まだまだ暢気なままの二人。

 だが――


 ガコンッ!


 突然に響いたその音はまたも二人の予想から大きく外れていた。


 ガコガコン!


 続けてアガンがいる玉座付近の床が大きく持ち上がる。

「おおおお?」

 さすがにGTも驚きの声をあげてしまう。


 ガコン! ガガコン!


 音はなおも止まらない。

 その音によってもたらされる変化は玉座付近だけで収まらなかった。

 GTの足下が揺れる。

『な、何ですか?』

「俺に聞くな!」

 GTはボルサリーノを抑えながら、崩れる足場の上をピョンピョンと跳びはねるのに必死だ。

 単純にピラミッドが崩れた――わけではなさそうだ。

 ピラミッドを構成していたブロックが組み変わり、別の形になろうとしている。

 それほど複雑な形ではない。

 これは――


「野郎! ピラミッドをひっくり返しやがった!」


 そのGTの叫びが現象を端的に説明していた。

 逆四角錐が、普通の四角錐に。

 その四角錐の頂点に、アガンが寄り添う玉座がある。

 それを見上げるGTを見下しながら、アガンは笑う。

「ヒャハハハハハァ!! 粘るなGT! だけど、これで終わりじゃないんだ!」


 ドシュッ!


 出し抜けに、ピラミッドの上部から砂が吹き出してきた。

 それは当然重力に従って、GTが踏ん張っているピラミッドの中腹へと砂津波となって押し寄せてくる。

「おいおい……」

 さすがに頬を引きつらせるGT。

 今、GTは判断を迫られていた。

 砂の流れに逆らって、あくまでアガンとの距離を詰めるか。

 砂の流れに従って、とりあえず待避するか。

 時間の猶予はあまりない。


 タッ!


 跳躍。

 砂の流れに沿って飛び上がる。

 これほどの奥の手を披露してきた相手に、一か八かで突っ込むギャンブルは今までのGTの経験則がこれを拒否した。

 空中に飛び上がるGTに砂津波が追いすがる。

 GTは砂地に着地。足を取られるがさらに前転して、何とか受け身を取ろうとする。

 そこに頭上から砂が襲いかかってきた。

 さすがにこれはかわせない。


 ――そしてGTは砂の海に消えた。


                     ~・~


 砂漠の中にそびえ立つ、ピラミッド。

 あるいは正しい状態を取り戻したとも言える風景。

 陽炎がその周囲を彩り、風が砂の上に波紋を描いていく。

 その砂の中からいきなり突き出される、手。

 そして起き上がる黒スーツ姿の男――GTは生きていた。

「あ~、死ぬかと思った」

切断ダウンしてないのが不思議なほどです』

 薔薇も健在のようだ。

 そして、それが気にくわない者がいる。


「ヒャッハーーーー!」


 二筋の斬撃がGTの背後から襲いかかってきた。

 当然その襲撃は察知していたGTだが、いかんせん足場が悪すぎた。

 一つは身を捻って何とかかわすことが出来たが、もう一つは無理――


 ガッヒィン!


 銃弾と刃が噛みつき合って、火花を散らした。

 ブラックパンサーの威力と、アガンの膂力。

 当然の帰結としてブラックパンサーが勝利した。

 それでも刃筋が僅かにそれただけなのはさすがと言うべきか。

 が、そのそれた刃筋に、生き残る余地を見いだせたのも事実。

 GTはそのタイムラグを利用して砂地を転がり、距離を取る。

「く……」

 そのまま立ち上がろうとした、GTは足下の不安定さに歯がみする。

「ヒャッハーーーー!」

 さらに襲いかかってくるアガンの斬撃。

 アガンはこの砂地になれているようだ。

 GTは覚悟を決めた。

 迫り来る刃を横合いから殴りつける。

 ダメージエフェクトは出ないが、その軌跡はずれた。

「アガン、俺は動くの止めたぞ」

 決意を口にするGT。

「この足場じゃ、お前の攻撃に付き合うしかなさそうだ」

「ハッハーー! 勝手にしやがれ。俺は俺のやり方でお前お切り刻んでやるだけだ!」

 さらに斬撃を繰り出すアガン。

 刀の腹を掌底で叩いてその軌道をそらすGT。

「何でよりにもよって曲刀シミターなんか選びやがった!? 弾よりも遅い分厄介じゃねえか!」

「ヒャハハハァ! 刀じゃねぇと傷つけてる快感が味わえねぇだろうが。俺はなぁ、なんだってまず気持ちいいかどうかが重要なんだ!」

「それがお前の美学か!」

 一歩も譲らずに攻防を繰り広げるGTとアガン。

 砂漠、そしてピラミッド。

 薄衣を纏い、曲刀シミターを振るう戦士。

 攻められているのは、この光溢れる世界に溶け込もうとしない黒。

 この世界から消え去るべきは、明らかに黒。

 だが、黒は消えない。

 曲刀シミターの戦士の猛攻を。

 縦横無尽に振るわれる斬撃を。

 その場から一歩も動かずに、かわし、そしていなし続ける。

 GTは、この砂漠の区域に、そしてアガンに否定されることを全力で拒み続けた。

 アガンの表情が歪み始める。

 彼はこの世界の王だった。

 何もかもが彼の意のまま――彼の心がそのまま具現化したのがこの世界。

 好きな時に好きなだけ女を抱き、気に入らない相手は、授かったこの力で殺してきた。

 それが彼のルール――世界のルール。


 ――なのに、なんだこの目の前の男は!?


 怒りがアガンに必要以上の力を込めさせた。

 斬撃の合間、その必要以上の力が隙を生じさせる。


 ガッ! ガッ!


 左手、右手。

 GTのそれぞれの手が、アガンの右腕と左腕をがっしりと掴んでいた。


 ミシィ……


「グッ、グワァアアアアアア!」

 アガンが悲鳴を上げる。

「離せ! 離しやがれ!!」

「おっと、すまんすまん。お前のひ弱さを忘れていた」

 GTは言いながら、下から睨めあげるようにアガンに顔を近づけた。

「まったく好き勝手やりやがって、このまま握りつぶしてやろうか?」

「離せ! 離せって言ってるだろ!!」

「……ったく、俺の話を聞け。俺の質問に答えたら離してやる」

「し、し……質問?」

「そうだお前の上は――


 ゴバァアアアアアアアアアッ!!


 突如、GTの背後で砂が爆発した。

 吹き上げられた砂が、二人を影の中に包み込む。

 間髪を入れずに、GTはアガンを放り出してその場から逃げ出した。

 尋常ではない殺気を背後から感じたからだ。

 それに対抗しようとか、意地を見せてその場に踏みとどまろうとか、そういう思考が及ぶ前に、GTは生存本能に従って、ただ逃げた。

 この場で必要なのは人間の理性ではなく野生の本能。


 チュンチュンッ!!


 その判断が正しかったことを示すように、GTが一瞬前までいた空間を熱く灼けた銃弾が疾り抜ける。

 もちろん、その銃弾はアガンにも襲いかかることになるが、アガンはそれを辛うじて避けた。

 もっとも、それを見越しての銃撃でないことは、GTにも――そしてアガンにもわかっていた。

 爆発の中から現れたのは――


「RA……!」


 右手に銃を構えたGTが呟く。

 即座にRAに向けて銃撃。

 RAはそれをかわし、

「ウフフフフフフフフ」

 と、笑みを浮かべながら、両手の拳銃でGTに反撃する。

 GTはもちろんそれをかわすが、足場が悪いことに変わりはない。

 その上――


「こいつ……強くなってる」

「ウフフ。ええ、GT。僕は変わりましたよ」


 GTの呟きが聞こえたのか、RAが銃撃を止めてそれに答えた。

 見れば出で立ちも変わっている。

 犬耳は生えたままだが、頭には真っ白なボーラーハット。

 その色に合わせたのか、これもまた白いジャケットを新調しており、ちょうどGTとコントラストを競うような装いだ。

 そして下半身は――

「尻尾が無くなってる?」

「気付いたら無くなってましたよ。原因はあなたでしょう!」

 叫びざま、RAの銃撃が再開された。

 アガンを助けに来た――と考えるのが妥当なところだろうが、そのアガンに一向に構う気配がない。

 あるいはアガンの口を封じに来たのだとしても、あまりにもアガンを無視しすぎている。

 足場が悪い中、最小限の動きで弾をかわしながら、RAが出現したことの意味を探ってしまうGT。

 その合間にも、RAに銃撃を加えることを忘れない。

 ――と言うか、忘れると一気呵成に攻めきられる可能性まである。

「ケヒャヒャヒャア!」

 その上、アガンまでRAの銃弾を気にせずに近接攻撃を仕掛けてくる。

 足場が悪い。

 手練れが二人。

 あまりに不利な状況にGTは二人の攻撃をかわし、いなしながら胸元の薔薇に呼びかける。

『モノクル、さっきから黙ってるが壊れてないか?』

「……話しかけると邪魔をしそうだったので」

『気遣いには感謝するが、そこまで余裕を無くしたわけじゃない』

 そう言いながらも、RAに牽制の銃撃を加えるGT。

 その銃弾をRAは自ら放った銃弾に迎撃させた。

 明らかに技量――というか視力、反応速度を含めた身体能力が上昇している。

 そこに横合いからアガンの斬撃だ。

 GTはそれを弾き飛ばし、さらに二人から距離を取るが、端から見ているといつGTが死んでもおかしくない光景だ。

「――アガンから情報引き出すのは今は無理だ。諦めてくれ」

『やむをえません』

 即座に了承するモノクル。

『しかし“今は無理“と言うのは?』

「奴が死んで消えるまでの間に、あいつの身体にしこたま銃弾を叩き込んでやる。今度俺の姿を見ただけで萎縮するようにな」

 物騒な宣言と共に、GTは両者の足下に向けて残りの銃弾を全て叩き込んだ。

 巻き上がる砂。

 その隙に乗じて交換されるマガジン。

 シャコン! とチャンバーがスライドして次弾を装填する。

 GTは、アガンへ向けてダッシュ。

 足場が悪い中ではあったが、その一瞬の加速と行動はアガンを戸惑わせるに十分なものだった。

 自らが作り出す斬撃の嵐の中にGTが自ら飛び込んできた――要は自殺行為を行ったように思えたのだろう。

 しかし、GTの思惑はもちろん別にあった。

 迫り来る斬撃にたいして、その刀身をブラックパンサーで横から殴りつける。

 この日初めてGTは銃把でアガンの曲刀シミターを横合いから殴りつけた。

 そうすることで刀を持つアガンの手を痺れさせ、そこに決定的な隙を生じさせたのだ。

 そこまで計算していたわけではなかったが、その経験はアガンにとって初めてだったのだろう。

 効果は抜群で刀を取り落としそうになっている。

 しかも、銃口はすでにアガンへと向けられていた。

 さらにとどめとばかりにGTはアガンの身体を下から蹴り上げる。

 それは痺れていない左手に握った刀の腹で何とかガードするアガン。

 しかし、身体が宙に浮くことは避けられなかった。

 いかな達人とて、宙に浮いた状態では回避できない。

 この間、僅かに一秒と少し。

 RAは当然撃ってきているだろうが、それを“見て”からかわしてもまだ間に合う。

 GTは宙に浮かぶアガンに銃口を向け、トリガーを――


 ――また影がGTを覆った。


 そして再び感じる尋常ならざる殺気。

 原因はRAであろう。それがわかっているのなら、確認するためにわざわざ視線を向ける必要はない。

 今はただ、アガンに銃弾を――

 そんな理性を裏切ったGTの視線は上から覆い被さってくるRAを確認していた。

 目を向けずにはおられなかった。

 知らずにはおられなかった。

 RAの持つ“未知”への恐怖に野生が反応したのだ。

 そして野生はまたも正しい選択をGTにもたらした。

 そこには銃口を向けたRAではなく、ジャケットの裏に大量の爆薬をぶら下げたRAがいたからだ。

「――――!」

 声にならない悲鳴を上げ、GTはその場に仰向けに倒れ込む。

 そして、アガンを狙うはずだったブラックパンサーを垂直方向に跳ね上げた。


 ――ドーーーーーーーーーンッ!!!!


 その音は果たして銃声だったのか。

 それともRAの抱えた爆薬が炸裂した音だったのか。

 轟音と共にGTの頭上、砂漠の空にもう一の太陽が出現する。

 その異形の太陽からは細かな金属球が雨のように降り注いだ。

 そしてその雨音の中に――


 ――何もかもが沈んだ。


◇◇◇◇◇◇ ◆ ◇ ◆ ◇◇


 ピラミッドの麓。

 砂地一面に穴が穿たれた、異様な光景。

 砂漠を渡る風がその異様さを包み込もうとした直前、GTがゆらりと立ち上がった。

 ボルサリーノには穴が開き、スーツにも引き裂き傷をはじめとして大小ひとそろいの傷が全身に刻まれていた。

「……アガンはどうした?」

 出し抜けに呟いた。

 RAがこの場にいるはずのない事をGTは理解していた。

 あの爆発を至近で食らって、この世界にいるはずがない。

『もう影も形も見えませんね』

「くそ……追うぞ!」

『もう無理です』

「何を言ってるんだ? ここで引いてたまるものか!」

『あなたの接続時間が限界なんですよ』

 砂漠を徒歩で渡り、アガンとの会話。さらにはひたすら受けに徹した戦闘。

 時間を使いすぎている。

『それに、その格好で戦うんですか?』

 その指摘に自分の出で立ちを改めて確認するGT。

 みるみるうちに、その表情が歪んでいく。

「……これも“金”を変化させて作ったんだろ。ダメージを受けてるのに良くも消えずに、こんなボロボロな状態に出来るな」

 その憎まれ口は、負け惜しみの一種なのだろう。

 そうと悟ったモノクルも、ここは無理に反論せず、

『特注品ですから。で、追いますか?』

「やめだ。こんな格好で戦うなんて、まったく俺の美学に反する」

 GTは穴の開いたボルサリーノを被りなおしながら、ニヤリと笑った。


「そして、このままアガンを見逃すのもな――奴は俺が仕留める!」


-----------------------------------------


次回予告。


アガンとの決着に拘るGT。モノクルはその心情を鑑みながらも、エトワールに協力を依頼する。

一方で、アガンもまた別な意味で窮地に陥っていた。そんなアガンの元にフォロンが訪れ、協力を申し出る。

果たしてフォロンが用意したアガン救済の一手とは?

果たしてGTはフォロンの策を打ち破れるのか。


次回、「砂は血で潤う」に接続ライズ


実は続き物でした、という話ですね。

毎回一話完結もどうかと思うので、この辺りでやっておこうという、実に作為的な話です。で、幹部再登場も含めてルーチンが完成すればいいかな、というぐらいの時期ですね。


では、金曜日に続きが上がる予定です。

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