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空土 海

うそつき

 みんなが笑っている。騙されてることも知らずに。

『そうだね』

 だけど、嘘をつき続けるのは辛いかな。

『嘘は軽いけど積りやすい。だから重ねていけば、重くなる。理由も最初は小さくてもいずれ大きくなるし、新たに生まれる』

 重くなるよ。いっそ捨てたらおもしろいかも。

『嘘は簡単にいろいろと作れるから、大きくなっていく。捨てたらもう戻れないよ』

 戻れない?

『そう、嘘は真実を塗りつぶしていく。周りにとって嘘は真実になる。嘘が壊れるまで。だから一度壊すと一緒に真実も壊れるよ』

 嘘が真実までも壊す……

『だけど嘘は壊れなければいい。嘘と言う名のきぐるみは、自分の周りの人の前では着こんでも、いなければ脱いでもいい』

 そうだね、ずっと着てたら窮屈だし。

『だけど、時間が経てば脱げなくなってしまう。本心を知られるのを恐れるようにもなってしまう……だから決して暴かれてはいけない』

 


 高瀬(たかせ) (こう)はなんで自分が生きているか、生き続けると何かあるのか。そんな陰気な考えがいつも頭の隅にある。

「おはよー」

「よう」

「おはよう」

 朝の高校の教室では挨拶が飛び交う中で、虹にはクラスメイトの大半が挨拶をしてくる。凛々しい顔立ちに、少し鋭い目つき。平均以上の体格をしている。外見は威圧的に見え第一印象は恐怖。しかしクラス代表としての半年、その行いはメリハリの良さ、行動力があると評判となった。結果印象は反転、多くの人望を集めている。

「よっ、いつもながらすごいな」

 虹が挨拶を返して席に座ると小林 大がやってきた。大の顔立ちはよく整っている。髪こそ虹によって黒く直されたが、中身はチャラ男と言える軽い印象だ。

「おはよう、そうだな。別に挨拶されるほどの存在でもないのに」

「またまた、ご謙遜を~気取らないってのも良さだけどさ」

「褒めても何も出ないぞ」

 先ほどと変わらない表情は気取らなさを表わしている。

「ところで今日は放課後あいてるか?」

「……またか、俺は興味がないからな」

 虹は前に大の誘いを受けたが、それはナンパの釣り餌だった。その時は女子と大が話している内に退散した。

「だってさ、虹はすげーからさ。俺と組んで夜の帝王でも目指そうぜ」

「だから、興味ないから」

「男なら――」

「虹が困ってんだろ、やめとけ」

 会話に割り込んできたのは草加 祐助。顔、体格と学力ほとんどが平均並の男だが、助け舟や空気が読めるとして有名だ。

「何人か睨んでるぞ、あんまりやると後が怖いぜ」

「そ、そうだな。わりいな虹」

 祐助の助言で大が周りを見渡す。何人かの女子がこちらを見ている。その眼は変な誘いをするなと言っているようだ。

「いや、別にいいさ」

「そういや、今日転入生が来るんだよな、しかも女子!」

 興奮気味の大はこれが言いたかったかのように強調する。後ろの空席が一つ増えている。クラスのほとんどはその会話で持ち切りだ。

「性別までは知らなかったな、そういうのは耳が早いな」

「まあな。で、どんな感じ?」

 大が話を振る相手は虹だった。クラス代表なら何か知っていると考えているようだ。

「確かに、先生から面倒を頼まれた。だけど人物像までは知らないな」

「そうか~まあ来てからの、お! チャイムだ!」

 意気揚々と席に向かう大を尻目に、虹はいつもチャイムが鳴るとだるそうに席に向かうのに、今日は異様に元気だな。どうせどんな奴でも変わらないと言うのに。そう思いながら窓の外をぼんやり眺めた。

 チャイムのすぐ後に担任が、後ろで束ねた髪を揺らして入ってきた。いつも元気な体育教師の荒巻 夢。よく生徒から相談を受けるなど人間としてはできている。しかし教師としての能力は高くない。

「今日は新しいクラスメイトが来ました」

「女子ですか~?」

 どこからともなく男子の声が上がる。

「喜べ男子」

 笑みを浮かべる夢の言葉にほとんどの男子が動き、がやがやと騒ぎだす。

「こらこら、騒がない。静かに」

 夢の声で教室は静かになっていく。早く見てみたいのだろう。

 虹にはこれと興味がないためどうでもよかった。

「んじゃ、入って来て」

 教室の前の扉に視線が集まる。扉がゆっくりと開いていく。転入生が入ってくる。すると教室のそこら中で小声が飛び交った。

 虹は正面を見ているだけで、特に目で追うことはしない。

「ほらほら、自己紹介ができないでしょ」

 またその静けさを取り戻す教室に転入生の声が響いた。

常坂(ときさか) 美香(みか)です。親の仕事の関係でこっちに来ました。たぶん短い時間になると思いますが、よろしくお願いします」

 第一印象は、真面目で明るい。背は虹より頭一分近く低く、髪は肩にかかる程度の長さ。顔も人目を引く可憐さを持っている。その顔には人懐っこそうな笑みを浮かべている。

「彼氏はいますか~?」

 大が手を上げて発言している。

 虹は美香をただ見ているだけで、特に感想もなくただ視界に収めている。

「いませんよ~」

 その顔には拗ねたような表情が生まれる。

「じゃあ俺はどうよ!」

 大がここぞとばかりにアタックしている。

「ごめんなさい」

「ちょっとは考えてよ」

 そのやり取りに教室には笑い声があふれ、大は机に突っ伏した。

「はいはい、質問は後で。HR始めるよ。席は後ろのあいてるとこだから」

「はい」

 その言葉に美香は動く。その時に虹と目が合った。虹はそこで妙なものを感じた。

 その後、夢のHRは転入生には優しく、基本虹に任せる、といった内容だ。

 HRが終わるとすぐさま美香は囲まれた。質問攻めだ。人数は印象の善し悪しで決まるが、結果からとてもよかったようだ。

 虹は困っているなら助けようと席を立つ。しかしそれは無用の心配だった。そうとう転校に慣れているのか、簡単にあしらっていた。

 それを傍観するように窓枠に寄りかかる。

「ん~ガード堅いのかな」

「……常坂さんの印象は?」

 玉砕した大が寄ってきた。虹はさっき感じたことを確かめようと聞いてみる。

「ん? そうだな。明るくて可愛い、ガードは堅そうかな」

「そうか」

「ちなみに見立てでは、上から――」

「そんなんだから、学校中の女子に相手されなくなるんだよ」

「……」

 また発言を止めるように祐助がやって来た。痛いところを突かれ大の表情に一瞬影が落ちた。虹は聞いたのが間違いだったと後悔していた。

「それにしても珍しいな虹が他人に聞くなんて」

「そうか?」

「そうそう、惚れた?」

 にやける大はそんなことを口にする。虹はもう一度美香を見た。笑って話している美香を見ても何も思わなかった。

「いや、ただ気になることがあって、まあ気のせいだろ」

「恋の始まりだ。そういうの疎そうだからな」

「茶化すなよ。そういうのは本人が気付くもんだ」

 二人は話を大きくしていく。それを周りでは聞き耳を立てている人が居る。噂は面倒だ、自分にも常坂にも被害が及ぶ。そう虹は考えていた。

「そういうのはありえない。その前に他に好きな人が居る」

「マジか、誰だよ」

 周りの女子が反応を示しているのがわかる。安堵と期待と不安の感情が渦巻いていることだろう。虹は大の質問を適当に誤魔化す。

 未だ美香の周りには人垣ができている。美香の言葉使いはとてもうまく、周りには笑みがあふれていた。しかし美香は 一瞬鋭い眼光で虹を見ていた。



 放課後までの時間は普通に過ぎていった。休み時間はほとんど誰かに囲まれていた、廊下には見物人が少なからず来る。まるで有名人のようだった。しかし美香は焦ることなく普通に過ごしていた。その行動が当たり前のように。

 夕日が教室を照らす放課後。一〇月となれば日が落ちるのもはやくなる。HRも夢の話で終わった。話した内容は美香のことだが、まるで問題ないといったところだ。

「ねぇ一緒に帰ろうよ」

「ここら辺でおいしいとこあるんだよ」

 すでに何人とも仲良くなった美香は、すぐさま帰りの誘いがかかる。しかし、困った表情をしていた。 

「ごめんね、ちょっと職員室行かないといけないんだ」

「そっか、じゃあしょうがないね」

「そうだね、じゃあまた明日」

「お店は今度教えてね、じゃあね」

 数名の女子に手を振って美香はすぐに廊下に出て、職員室の方向へと曲がっていった。

「虹くんじゃあね~」

「じゃあな高瀬」

 それを横目に帰りでも大半の人が虹に挨拶していく。その返事は流れ作業になっていく。そうすると祐助と大がやってくる。

「今日は仕事でもあるのか」

「そうだな、委員の話を聞きにでも行くかな」

「夢先生だと、そういうのうまく答えられないもんな~まあそこがなかなか」

 放課後になっても虹、大、祐助の三人だけだった。他の男子とはある程度しゃべっているが、虹は人気があっても女子から話しかけてくることは少ない。虹は好都合であるので気にも留めない。

「じゃ、俺らは帰るから」

「じゃあな」

「ああ、またな」

 二人は軽い挨拶をして帰っていく、教室には掃除当番と数人のグループが残っている程度だ。虹は窓の外を見て今日ももうすぐくだらない一日が終わる。そんなことを考え廊下へと向かう。目的地は職員室だ、詳しい話は夢ではなく学年主任である竹林 清志に聞きに行く。夢では詳しく話せない、夢が聞きに行くならば二度手間になってしまう。

 職員室は忙しいそうにする教師、のんびりと話し込む教師といつもの光景だ。近くの教師に聞くとどうやら竹林は出張に出ているとわかった。

 寄り道せず真直ぐ帰ろうとする虹の視界に動くものが映る。

「あ、高瀬君だよね」

 美香は上の階段の途中から声をかけてきた。

「名前は夢先生から」

「うんん、青木さんと黒田さんから」

 クラスメイトの名前を口にした。どうしてまだいるのか疑問が過ぎる。

「何か困ったことでも?」

「ん~じゃあ、校舎を案内してくれない? 昼休みもおしゃべりしてていけなくて」

「……わかった。引き受けた」

 虹は先生から面倒を任されていることもあり、承諾をする。何も感じない。やっぱり気のせいだと考えていた。

「ここが図書室、六時には閉まってしまうから」

「へ~結構広いね」

 中を除く美香の感想はいくつもの学校を見てきたからだろう。そしてどれもそれほど関心は高くないようだ。

 そして美香は施設を見学する中、虹に気づかれないように、観察するような眼差しを向けていた。

「次は……」

 


 ほとんどの場所を案内し終わると夕日はほとんど落ちていた。

「ありがと、助かったよ」

「それなら良かった」

「じゃあ、わたしは帰るね。学校もあなたのこともいろいろと分かった」

 そういうと手を振って走り出す。虹はその背中を目線で追う。

 わかった。というのはどういうことだ。虹は考えながら歩きだす。しかしすぐに思考は止まった。どうせ関係はない。そう切り捨てたのだ。

 虹には見えていなかった。美香が走り出すとき、顔には笑みが張り付いていた。先ほどまで浮かべていた笑みと明らかにちがうものが……


   ◆


 もうやりたくない。

『前回は一ヶ月前だったね』

 でも衝動が抑えきれないかも。

『そうだね、じゃあ明日やろうか』

 ……

『もう戻れないんだよ。諦めなよ』

 


   ◆


 美香が転入してから三週間が経過しようとしていた。彼女は持ち前の明るさで、瞬く間にクラスの人気者となっていた。そして転入日以来クラスの活気が上がったように感じる。

 クラスの活気が向上し、笑顔が増え、やる気も上がる。クラスの代表としては喜ばしいことだ。しかし虹は何か腑に落ちない、引っ掛るものを感じていた。何気なく教室全体を見渡す。変わった光景と言えば教室の一角、美香の席あたりが賑わっている程度、今では普通の光景だ。

「どうしたんだ?」

 いきなり視界の横に現れたのは祐助、その後ろから大が顔を覗かせていた。

「いや、クラスが賑やかになったな」

「そうだな~美香ちゃんが来てからな、もうすぐ十一月だってのに」

「お前は寒いの苦手だよな」

 大が自分の肩を抱いて震え、寒さを表現している。

「だってよ、手とか痛いじゃん。外に行けないし~」

「確かに寒いのは面倒だな」

「あれ? 虹も冬ダメなのか」

 仲間も見つけた喜びと、虹の弱点みたいなものを見つけた喜びからか頬を緩める大。そんな光景を眺めている祐助。自分の周りでは何も変わっていないという喜びと安堵、妙なざわつきを虹は感じていた。

「いや、いい思い出はないな」

「だよな~祐助は冬好きだとか言ってるし――」

 祐助を咎めるように軽く騒ぐ大を止めるため、祐助は話題を無理やり変えた。

「そういえば、職員室が荒らされたとか噂あるけど、実際はどうなんだ」

「あ~そんな噂がちょっと前にあったな、俺は窓が全部割られたとか聞いたぜ」

 噂は尾ひれが付いていくもので、情報の信用性も一致もほとんどない。教師ともよく話す虹ならなにか知っていると、いつものように考える二人。

「いや実際には鍵を壊されただけだ、荒らされた形跡もなかったらしい。誰かの悪戯だろ」

「なーんだ、そうか」

「まあ所詮噂だしな」

 つまらなそうにする大を祐助はそんなものだとなだめる。そんなやり取りは、ほとんどいつも通りの光景だ。

 虹にとって変わらない日常は苦痛であり、安堵するものだ。授業を受けて大や祐助と話をするそんな日々。今日も委員の仕事はなく早々と帰ろうと玄関の靴箱を開ける。そこには一通の手紙が入っていた。



「あ、やっと来てくれた」

「何か用なのか?」

 そこは虹の通学路の近くにある公園。二年ほど前、少し離れたところに新しい公園ができて以来、子供はそっちに向かいここは寂れているため、静かな空気が漂っている。

「大事な話があるんだよ。ファンクラブみたいのあるし、いつ、どう呼ぼうか迷ったんだ」

「ファンクラブ?」

 小さな疑問を浮かべる。

「あ、気にしないで。とにかく手紙とかもらい慣れてそうだし、無視されないか心配だったんだ」

 美香は余計なことを言ってしまい、誤魔化すように口調を早めた。

「そんなことよりも大事な話の方を聞いてよ」

「いったいどんな用?」

「そっけないな~ま、いいけどさ~」

 美香の拗ねたような表情を眺めても、虹はどうとも思はない。ただ来る前から思っていたことがある。それは、どいつもこいつも分かってないと呆れの感情だけだ。

「五年前の二月」

「……どういう意味だ?」

「その二ヶ月後、さらに二週間後、一週間、三週間、一ヶ月、三ヶ月――」

「わかるように言えよ」

 ただ年月の羅列を話す美香は、どこか楽しそうに見える。一方、虹はわけがわからないのか、苛立ちを含んだ言葉を発した。

「これはね、あることが起きた大まかな日付。なんだかわかる?」

「……転校か」

 最初の美香の自己紹介のことが頭を過ぎる。声にはまだ苛立ちが含まれている。

「残念、はずれ~もうちょっと冷静かと思ってたのに。しょうがないな~ヒントは今この場に居る人がやったことでーす」

 虹の回答に落胆しつつもどんどん笑みは濃くなっていく。

「……」

 そのヒントによって虹は表情をなくしていく。この場には二人だけしか居ないのだ。

「しょうがない、さらにヒントね。それは悪いことです。いったいどんなことでしょうか?」

 まだかまだかと何かを我慢か、待っているように美香は堪えていた。

「……」

 しかしなにも答えない。ただ茫然としている。ただ視線だけが鋭く、美香を睨みつけるように捉えている。

「あーあ、時間切れ。答えは――連続通り魔です。女性だけを狙いとした」

 美香は楽しそうに笑っていた。なにかを自慢するように。

「何を――」

「誤魔化しても無駄だよ」

「……どこで知ったんだ」

 表情は学校では見せたこともないほど険しく、目は鋭くなっていく。

「調べたんだよ」

「調べた?」

「そう、家族のこと、引っ越す前のとこの中学校、小学校、そこの先生。近所の人、起きた出来事に、とかいろいろ」

 虹は驚きよりも、得体のしれない者への恐怖が勝って、顔を強張らせる。しかし府に落ちないことが多すぎる。

「調べた方法と理由はなんだ」

「そうそう、やっぱり冷静。そこが――」

「答えろ」

 低い唸り声のように声を出し、警告する。もう待たないぞと。

「あ、ごめんごめん。えっと方法は職員室から取ってきた情報を元に調べただけ、理由は~一目ぼれ? 学校案内してもらったときにこう、ビビっときたんだよね。ほら好きな人のことはなんでも知りたいでしょ?」

 こいつは危険だと本能が知らせる。身構えるように腰を落とした。

「そんなに身構えないでよ、別に警察にーとか思ってないから」

「信じられないな」

「信じてよ~それに全部知ってる私なら慰めてあげられるよ」

 その言葉を皮切りに怒りを表わすように虹は動いた。大きく踏み込んで美香との間合いを詰める。恐怖を植え付けるためだ。変な気を起させないために、逆らわないようなにするために、徹底的に。犯って弱みも握るか、暴力で植え付けるか、この後の状況や相手の態度によって判断を変える。まず接近して鳩尾を狙う。一瞬、まだやったことのない殺害が頭に浮かぶが、その思考はすぐさま霧散した。

 美香に接近し殴りつけようとする拳は、なににも掠めることなく虚しく腕が伸びきる。その腕を絡めとられるように掴まれた。

 次の瞬間、気が付けば虹は地面に叩き伏せられ、自分の右腕を背後に回され関節も決められる。背中に重たいものが乗っかる。うまく身動きがとれない状態になっていた。

「だめだめ、そんなに暴れちゃ」

「ぐ、離――うっ」

「ほらじっとしてよ。動くと痛いよ~」

 じたばたと暴れようとする虹の動きを止めるため、腕を押し込む。限界を超えようとする関節は悲鳴をあげる。

「いいから反歳を聞いてよ~」

「……クソ」

 悪態とは裏腹に、冷静にこの状態からどう抜け出すかを考えていた。右腕一つ犠牲にして逃げ出したとしても、次がない。戦ったとしても先ほどの動きから勝ち目は薄い。考えを保留にして、機会を待つことにした。

「わかった話を聞く、だから離せ」

「だ~め、離したらまた暴れるでしょ」

 予想通りの返答だ。そう簡単にうまくいくわけがない。美香の表情からは獲物は逃がさないと言いたげな笑みをしている。虹は確認する術もなくただ思考する。こいつの目的はなんなのかと。

「じゃあさっきの続き、私なら慰められる、助けられると思うんだけどな」

「なんのことだ!」

 虹はこみ上げてくる苛立ちを吐きだす。先ほどの動くきっかけともなった言葉、自分でも制御できない、わけもわからない感情に支配された。

「やっぱり気付いてないんだ、自分の弱さに」

 裂けんばかりに吊り上がる口、とても楽しそうにランランと輝く瞳はより美香を一層不気味に見せた。

「じゃあ教えてあげるよ。あなたの弱さ、脆さを」

 理解ではなく、感じていた。心が叫んでいる。やめろと、言うなと、顔は子供が泣き出す前触れのような弱々しさがあった。

「母親がそんなに嫌い?」

 虹は肌が剥がされるような衝撃を感じた。

「自分に暴力を振るう外面だけはいい母親。父親は仕事仕事で気にも留めない。母の猫被りは父親にも使っている。両親なんてただ同居してる大人と一緒。母親の厳しい躾によって猫被りのうまさだけが上達していく苦痛の日々。五年前に――」

 美香は目を瞑って、まるで現場の映像を思い出すように語っていく。

「や、やめろ!」

 虹は古傷を掻きまわされる。外枠だけを岩のように強固にすることを教えられていた。内側は砂でできた城より脆い。軽く触れただけですぐに崩れていく。暴れようと動くが押さえつけられるか、右腕の痛みで止められる。

「五年前に母親が事故で死亡。呪いのように解けない母親の陰。呪縛を解くために通り魔へ、だけど呪縛は解けない。それを悟ったのは四回目、中年女性を鉄筋か何かで殴り終えた後。いくらやっても無駄だと悟り、次第に理由はただの欲望へと変わった。もう発作レベルまで依存しちゃったんだよね」

 制止の叫びは届かず、美香の口からは次々と言葉が紡がれていく。

「……や、やめ」

 虹の声には力がなく弱々しい響きしかない。耳を塞ごうともがく腕は掴まれ、その行為は許されなかった。自分の肌が、今まで覆い隠してたものがどんどんあらわになっていく。

「五回目以降は女子高生からお婆さんまで幅広く狙っていた。学校でも目の奥は暗かったし、笑っていない。外面の皮は堅くても、そう言った才能はないみたいね、簡単に分かったよ。嘘に飲み込まれちゃったんだよね」

 激痛に耐えるかのように顔を歪める虹の口からは、声にならない音が漏れている。その音を聞いて美香は満足そうに笑う。

「嘘ってさ飲み込まれると守ってきたもの、隠していたものはどんどん腐ってっちゃうんだよ」

 嘘の中身は小学生の頃から変わっていない。ただ脆くなっただけだ。今は子供のように泣こうとしている。

 美香は虹の体を仰向けにする。虹の表情を真直ぐに見た後、微笑む。頭を抱く形で腕を背中へと伸ばす。

「でも、もう大丈夫。私が居るから」

 抱きしめられる虹は縋るように泣き出した。


   ◆


 親はうそつきだ。

 いつの頃からだろうか嘘がわかるようになったのは。嘘をつかない同世代の友達の顔と、嘘ばかりついている親の顔をよく見ていたせいだろう。

「なんで、うそをつくの?」

 そんな問いかけをすれば、誰もが怒るか困った顔をする。だったら騙されるしかない。だけどその生活は、気を使いすぎて精神的に疲れてしまった。だからすぐに嫌になった。

 そして思った。騙されるなら騙してしまえと、だけどそれも疲れてきた。自分も周りの奴と一緒なのだと思うと吐き気がしただけど、すぐにやめることはできなかった。

 嘘への意識をどうしようと悩んでいた頃だった。

 両親の離婚。別れは一瞬だった。特に争う声は聞いていない。両方とも嘘に疲れてしまったのだろうかとその思った。

 嘘で騙されるのは疲れる。騙される生活をして抱いた感想。

 嘘を続けると戻れない。騙す生活をして抱いた感想。

 嘘をもっと早くやめればいいのに。離婚の光景を見て抱いた感想。

 どれも嫌な思いだった。だけどまるでパズルのピースが揃うように考えが浮かんだ。

『嘘を終わらせてあげればいいんだ』

 その考えとともに壊れたおもちゃのような笑みが広がる。


   ◆


 朝日が差し込む部屋で美香は布団から体を起こす。嫌な夢を見たと露骨に不機嫌な顔をしていた。

 窓の外を眺めようと立ち上がる。その瞳は、どこか冷めたように見える。

「これで二十三人目」

 過去を振り返るような呟き、二週間の出来事を思い出していた。



 子供のように泣く虹を慰め、落ち着かせる。嘘を暴いて中身を壊せば、脆いものは簡単にできる。縋り付く虹を優しく迎えてあげた。

 そうすれば簡単だ、後は適当でも向こうからやってくる。心は何かに支えられないと完璧に壊れてしまう。

そして一緒にいる二人は恋人のように見えただろう。女子の落胆と妬ましいという眼差しを浴びた。しかしそれは違う。虹はただ縋りついているだけ、依存するものが事柄から人物に変わっただけだ。しかし美香の目の輝きは薄く、冷めていた。



 虹は登校すると校舎前の掲示板には人だかりができていた。それを横目に通り過ぎようとすると、人だかりはざわめいた。鋭い視線がいくつも突き刺さる。

 人垣の中から祐助が出てきた。顔は信じたくないという絶望で染まっていた。

「……なあ……あれって本当なのか」

 祐助が指さす方向には掲示板に大きく張られた一枚の紙があった。袖を惹かれ掲示板の前までくると全体がよく見えた。

「――え?」

 そこに書かれていたのは新聞記事のように、虹の通り魔事件が載せられていた。写真から細かい文字まで。

 鈍器で殴られたような衝撃。嘘だ、こんなのがあるはずがない。なにかの間違いだ。そう思う虹は、変わらない現実を周りの生徒の小声の会話、鋭い視線によって認識させられる。

「ち、ちがう、こ、こんな……」

 動揺を隠せずに、周りの生徒を見渡す。絶望か悲しみ、怒りといろいろな表情が見えた。その光景を前に心は崩れかける。

「こ、こんな――」

 逃げるように走り出した。考えることは一つだけだ、すぐに支えを求めるようと携帯電話を操作する。

 携帯電話から聞こえてきたのは『現在、この番号は使われて――』聞こえてきた音声に顔の青さが増していく。聞き間違えだと、何度も何度もかけた。しかし返答はかわらない。

 虹は蒼白になって、ただ茫然と立ち尽くしていた。



「見に行ってもどうせ予想通りの顔しかしてないだろうし、いいかな」

 美香は駅のホームに居た。次の場所へ引っ越すためだ。父親に預けられている美香は、親の都合と称して引っ越しと一人暮らしを繰り返していた。金はある父親からすればいい厄介払いだろう。

「今回はそんなにレベル高くなかったけど、一月半は楽しめたからまあいいかな」

 おもちゃに飽きてしまったようなもの言い。暗い影を落とす笑みが浮かんでいた。

「次はどんな人がいるかな~」


「恋愛」、「命」、「サークル」ときて今回は「うそ」をテーマに書いてみました。

 できるだけ読者の方にストーリーを考えながら読んでもらえるような作品を目指しました。

 でもなんだか……

 もっと話の展開をうまくしたいな

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