第35話
「じゃあ今から問題解いてみて。わからなかったら、僕と外崎先生が周るからどこがわからないのか聞いてください。」
先生もだいぶ慣れてきたんだな…。最初の頃に比べたら教えるのも上手くなったし。ちゃんと私たちの顔を見て話しているし、焦ってないから話し方もゆっくりでわかりやすい。本当に「先生」みたいだ。
―――今日で最後の週…か。今日も入れるとあと5日しか先生に会えないんだ。
自分から先生を避け始めたのにいざ別れが近づくと寂しい、行かないで、という気持ちになる。わがままだし、自分の言動が矛盾していることもわかっているのだけど、こればっかりはどうしようもない。自分のことなのに思うようにいかないのだから。
結局あれから先生とは話せていない。何回も先生は私に話しかけようとしていたが先生を見るたびに私が逃げてしまうからだ。先生はなんとも言えない表情をしていたけれどそれが何を意味するのか、私にはわからなかった。…わかりたくもなかった。
「なあ、沙良。これどうやってやんの?」
「ん~?えっとね。まずはこれを微分して…。そうそう。で、=0として方程式で解いてxを求めるの。…そう。2と3ね。そしたら…。」
「…表書いて。…図はこうか?おおっ。出来た!!サンキュー沙良。やっぱお前わかりやすいわ。」
「どういたしまして。でも、これで次の問題も解けそうでしょ?わかると意外と簡単なのよ。」
「うん。出来そうだよ。あんがとなー!!」
「ちょ、ちょっと!!頭ぐしゃぐしゃにしないでよ。…あ~もう。髪からまったじゃんかぁ。長谷川の馬鹿やろう。…お前なんかこうだっ。」
「お、おいっ。んなっ、ちょっ!!…はぁ。お前なぁ…。せっかくセットした髪ぼさぼさにするんじゃねえよ。男前が台無しだろ…それに俺はお前の頭をなでただけであって、ぐちゃぐちゃにしたわけじゃねえよ。」
「はあ?どこがよ?それならもっとソフトに撫でてよ…。それにいつも思ってたんだけど、その髪似合ってないよ。長谷川には普通の髪型のほういいと思うんだけどな。そのほうが…」
「…なんだよ、にやにやして。続き言えよ気になるだろ。」
「いいやぁ。別に。どこぞの女の子もその髪型好きじゃないって言ってただけのこと。…なんていってたかな。ワックスつけてベトベトの髪より何もつけてない髪の方が好きらしいんだよね。…イニシャルS・Sさん。」
「………?!おまっ、何言って…!!」
「ぷっくっくっ。長谷川わかりやすー。反応しすぎでしょ、そんなんじゃ本人にばれてしまいますよ~?」
そこで第三者の声が入ってきた。
私の知らない冷たい声をした先生の声が。
「ちゃんと問題は解いたの?さっきから騒いでるけど。」
「うわっ。先生、すんません。沙良に聞いてたんですけど…。」
「わかったの?」
「は、はい。わかりました。」
「そう。ならいいんだけどね。…藤木さんもちゃんとやってね。遊んでないで。」
「…すみません。」
まさか先生に声をかけられるとは思っていなかった。話していると言っても、大きな声で話していたわけではないし、他にも外崎先生や川口先生に質問している子もいたから。
そんなに怒ることだろうか。
どうしてそんなに冷たい声を出すのだろうと思って顔を上げた。
「っ………。」
どうしてそんな顔をしているの?
今までそんな先生の顔なんて見たことなかった。
一体何に怒っているの。
一体何があなたをそんな目にさせているの。
いつもは穏やかな光を宿した目が今は燃えるような目をして私を見つめている。
目をそらしたいのにそらせない。
激情を秘めているのがわかるその目に捕われてしまう。
どんな表情をしても私を捕まえてしまう先生にくやしくなる。
どうしてこんなにも好きなのだろう。
自覚させられる。
先生をどうしようもなく好きなことを。
「………。じゃあ残り頑張ってね。」
その一言だけを残して先生は離れて行った。
―――ねえ先生…あなたは何を伝えたかったの?