第33話
「おい、沙良。今日暇か?俺たち今日カラオケ行くんだけど、お前もどう?」
「あー…。うーん…。最近カラオケ行ってないし行こうかな。ストレス発散したいし。」
「おーよかった。男ばっかりでつまんねえと思ってたんだよ。紫苑も行くだろ?」
「私は行く前提ってどういうことよ。…まあ、行くけど。」
「あ、私日誌出してない!ちょっと待ってて。」
「玄関とこで待ってるからな。」
紫苑は日誌を出しに教室から出て行った。私はまだ帰る準備をしてなかったので鞄に教科書を詰めながら紫苑を待つことにしたのだがドアが開く音がして顔を上げた。
「っ…。先生…」
そこにいたのは先生だった。
なるべく顔を見ないようにしていたのに。目が合わないようにしていたのに、どうして…。
「藤木さん…。」
「あのさ…。」
「ごめんっ。遅くなった!!って先生ここにいたんですか。出しに行ったのにいないから日誌机の上に置いてきちゃいましたよ。」
「あぁ…。それはいいよ別に。それで、藤木さん…。」
「ごめんなさいっ。これから長谷川たちとカラオケ行く約束してて、玄関で待たせてるのでもう行かなきゃいけないんです。ほら、紫苑行こう。それじゃあ、さようなら。先生」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。早いって。あ、それじゃあ、失礼します。」
「あぁ。また明日。………。」
―――はぁっ。っどうして。
あの場から去ってしまいたくて逃げるように先生の前から消えた。
私を射抜くような強い瞳に耐えられなくて。
何かを言いかけていた続きを聞くのが怖くて。
私はまだ受け止められない。
先生の特別になれないということを。
あの日から、先生をまっすぐに見つめるのは苦しくて切なくて、そばにいられなかったから先生を避けるようにしてきたのに。
どうして一人のときに会ってしまうんだろう。
私と話をするため?…そんなわけないよね。話をしたいことなんてない。あるとしても、きっと私が先生を避けているのを聞きたいだけ。わかるわけもないよね…。私が先生を避ける理由なんて、私の気持ちに気付かない限り…。
勝手に避けて申し訳ないっていう気持ちももちろんある。
でも、それだけで割りきれない。私は感情を上手に隠し続けるほど大人じゃないんだ。
きっと歪んだ気持ちが出てきてしまう。
だから、先生には悪いけど前のように接するのはやめた、
みんなと同じ生徒の一人として過ごしていた。
なのに。
先生は私が避け始めてから、私に話しかけようとする。
ほっといてほしいのに、笑い掛けないでほしいのに。
特別になれないのなら、そんな優しさはいらなかった。
それはただただ私をみじめにさせるだけだった。
「ちょっと…。っはぁはぁはぁ。沙良早いって!追いつくの大変だった…わ、はぁ。急に走り出すからびっくりしたわよ。」
「あ、ごめんね…。」
「まあ、どうせ私のことなんて考えてる暇なかったんだろうけど。…最近また沙良おかしくなったから。気になってたんだ。」
「ごめん。…先生のこと。」
「ん、いいよ。話したいときに話して。いっぱいいっぱいになる前に私に話してくれればいいから。」
「………。ん、ありがと。」
「おいっ、おっせーよ。15分も待ったぞ。」
「うっさいわね。たかだか15分でわきゃわきゃするんじゃないわよ。それくらい待ちなさいよ子供じゃないんだから。せっかく来てあげたのに。あんたたちに勉強教えてやってんの誰だと思ってんのよ。そんな態度じゃ、考えないと。ね?」
「っ、…。わかったよ。たく…。紫苑に口では勝てそうもないな…。」
「紫苑言いすぎ。っぷ、長谷川も焦りすぎだよ。ほら、行こう?時間また過ぎちゃうよ」
「そうだね。ほらっ行くわよ。」
―――長谷川と紫苑て、やっぱり仲良いな。私も同学年に好きな人がいたらこんな風に気軽に遊べたのに…。………。こんなこと考えても仕方ないか…。どうすることも出来ないんだし。
私はまだ宙ぶらりんなまま。
自分の気持ちの行方もわからない。
―――私はどこへ向かうのだろう。先なんて見えないのに。