第32話
勇気を出さなきゃ…。
何も始まらない。この気持ちを大事にするって、決めたじゃない。だから。
「せ、先生ってどんな人がタイプなんですか?」
「え、あー…。んん…と、特にこれといってないけど、一緒に居て楽しくなれる人かな。楽しいことを楽しいと思える人、前向きな人、頑張ってる人とかかな…。って、結構真面目に答えちゃったよ。ははっ」
それって、あの人のことを言ってるのかな…。
でも、頑張らなきゃ。本当に聞きたいことは…。
「そうなんですかー。それって具体的?な気もするんですけど。…先生って、そういえば彼女いるんですか?…美穂先生にも、前聞かれててはっきり言ってませんでしたけど…」
「え…、あぁ。さぁ、どうかな?…家には、スズっていう可愛い子がいるんだけど、その子のことかな?」
一瞬の間の後、先生は私から目をそらして言った。
先生は私と同じで人と話すとき、まっすぐ目を見てきちんと話す。なのに、今は私から目をそらした。そしてほんのわずかな沈黙。
それがすべてを物語っていた。
先生の口から真実を聞かずとも、あの反応でわかってしまった。
あの人は、先生の彼女…大事な人なのだと。
私が先生の隣にいれる日なんて来ないのだ。
優しく見つめられて、甘やかされて、愛を乞われるなんて、私が思い描いた幻想であって、ただの高校生の夢でしかないのだ。
恋の甘い痛みは、蓋を開ければ、甘くなんてない、ただの痛みでしかなかった。
私を暗い闇に落とすだけの。
どんどん黒い感情が出てきて、顔が歪んでいくのがわかる。
それでも、普通でいなければいけない。
先生に悟られてはいけないのだ。私の恋心は。
きっと、先生を困らせるだけのものだから。
だから、私は…
「なーに言ってるんですか!!それって、先生の飼ってるペットの猫の名前じゃないですかー。ごまかさないで下さいよ、もう!!」
「うわ~ばれた?いけると思ったんだけどなぁ。」
「先生が前にスズちゃん飼ってるって言ったんですよ?忘れたんですか?」
「あれ、そうだったか?ははっ。いくら天然の藤木さんでも誤魔化せなかったか~。」
「ちょっ、私を何だと思ってるんですか?!」
「いや、だってさぁ。お、おい、そんな怒るなよ」
きっと、先生のそばにいて今まで通りに笑うことなんてできない。
真実をはっきり伝えてもらえない、先生を困らせるだけの子供なんだとしたら…。
―――私はただの生徒に戻るだけ、これ以上、深入りなんてしないから