第30話
「…沙良?ねえ、沙良?」
「あ………。ごめ、ん…。」
「いや…いいんだけど…。どこ見てたの…?」
紫苑は私の目線を追っていた。
「え…、………あれって。」
「………」
「………。…とりあえず、休憩しようか。このままここにいても…」
「………。うん…。」
私たちはそのままそこを後にした。私の気持ちをそこに残したまま。―――どこに向かうのかもわからずに。
「………。紫苑も見たよね。先生、やっぱり彼女いたんだね。…っていうか、いないほうがおかしいよね、あんな素敵な人なのに…。」
「見たけど…。彼女かどうかはまだはっきりしてないよ…?妹とかかもしれないし。」
「それはないよ…。だって、妹だったらああいう雰囲気出さないと思う…。先生が大好きで仕方ないって、顔でも声色でもわかるくらいだった…。すごく幸せそうで…。」
先生がどんな顔をしてるのかは怖くて見れなかったけど、あの人がすごくうらやましいと思った。当たり前のように先生の隣にいれることや幸せそうな顔をするほど大切にしてもらっていること…。私にはその可能性すらない。―――だって、私は、先生の隣に並べないから。
「………。そっか。………。」
「…ふっ。なんかごめんね。せっかく楽しい休日なのに、私のせいで暗くなっちゃって…。………。っ…。…、楽しみだ、ね。グラタン、ここのはみんな美味しいって言うもんね?」
「沙良…、いいんだよ。別に明るくしなくたって、無理しないで…私だって、落ち込むよ沙良の立場なら…。彼女いるからって、すぐに切り替えられるものじゃない、よ…。」
私のことなのに紫苑の方が泣きそうだ。―――先生に彼女がいるかもしれない、って心のどこかで思っていたことなのに………。直面すると受け止めきれない私がいる…。今までだって、先生から見たら私なんて子供にしか見えないだろうなって思っていたのに、相手がいるのならもっての外だ。私と先生の気持ちが交差することなんてない、それが事実だ。
「ん…。そうだね。今は自分の気持ちが整理できないや…。せっかくこの感情に気付いたと思ったら、叶わないなんてね…。どうすればいいのかな…」
先生は今頃あの人と笑っているのだろうか
あの人にしか見せない顔をしているのだろうか
そんなことを考えてしまう
もうわかっているんだ。叶わないから諦める、ということが出来ないことは。
気付かないうちだったらよかったのかもしれない。
でも、もう、日に日に大きくなっていた。
止めることなんて出来ない。
たとえ、私とあなたの距離が遠く感じても。
―――どうしようもないくらい、あなたのことが好きなんです