第29話
「…ん、よしっ。今日はうまくいったかな?」
鏡を見て今日のメイクの仕上がりを見るとなかなかだった。メイクと言っても、アイラインとマスカラにリップ位のものなのだが、普段化粧をしない分メイク慣れしていなくて、アイラインが太すぎたりマスカラが眼の下についたりして失敗するのだ。でも今日はアイラインも自然に入ってるし、マスカラも綺麗についたと思う。
ここまでで結構な時間がかかったので、ふと時計を見ると約束の時間まであと30分だった。
今日は土曜日で紫苑と遊びに行くことになっていた。
「って、もうこんな時間!!やばいっ早く着替えなきゃ、また遅刻して紫苑に怒られるっ。」
丁寧にメイクしたせいで時間がなくなってしまったが、洋服は昨日のうちに考えておいたので着替えるだけでいい。
シフォン素材の花柄が入った淡いピンクのワンピースにエクリュの薄いカーディガンを羽織って、ピンクベージュのパンプスを履けば完成だ。
私は可愛い格好が好きなので、ワンピースやスカートが多くなる。今日もピンクベージュのパンプスが履きたくてこのコーディネイトにしたのだ。
「よし、オッケイ。じゃあ、行ってきます!」
「あ、おはよー。紫苑。今日は間に合ったよね?!」
「ギリギリね…。髪ぐちゃぐちゃになってるから直しなさい。」
「えっ。…はぁ。急いだからか…。なんで、いつも余裕持って行動してるのに時間なくなるんだろう。」
「女の子は時間がかかるんじゃない?って言っても私は遅れないけどね。」
「うっ…。すみませんね…。これからはもっと気をつけますよ…。」
「わかればよろしい。…じゃあまず洋服でも見る?」
「うん。その後ご飯にしよ。」
今日は学校がないので、先生とは会えない日だ。先生とは会えないけど、こうやって勉強から一瞬遠ざかることが出来るので、私には必要な時間だ。
―――今週も濃い日を過ごしたなぁ。先生の行動に振り回されて、自分の気持ちに気付いたり、他の教育実習の先生たちと話をしたり。賑やかなときを過ごしたと思う。感情の揺れがこんなに起こることってそうそうないから、何カ月分も凝縮された気分だった。
基本的には先生と居ると落ち着くんだけど、突然の行動にドキドキして次は何をするんだろう、ってわくわくしたりもする。先生のことを思い出しては、嬉しくなって顔がゆるんじゃうんだよね。
「あ、このシュシュ可愛い。体育のときとか使えるかも。ボルドーとブラウン、どっちの方いいと思う?」
「ん~。可愛いのはボルドーだけど、ブラウンのほうがいいかも。こないだ雑誌で髪飾りは髪色に近いほうが浮かなくて、自然だって書いてあったんだよね。」
「そうなの?じゃあ、ブラウンにするわ。買ってくるから待ってて。」
「ん、わかった。」
紫苑がレジに並ぶのを見て、私は店の出入り口付近に行き、そこに並んだピアスを何となく見ていた。すると、私の視界に見慣れた人が映った。
―――先生?
いつものスーツ姿じゃない私服姿の先生だけど、すぐにわかった。
何回も何度も、見てるから。私にはわかる。
きっと、いつもだったら先生に声をかけていたと思う。
「こんにちは。買い物ですか?」って…。
でも、声をかけられなかった。隣に並んだ人を見て。
茶色の緩いパーマをかけた、小柄な可愛い人。背の高い先生を見上げて、笑顔で話しかけていて、とても幸せそう。
声が聞こえた。
「ねえ。悠里、次どこ行こうか?」って。
でも聞こえたのはそれだけ。その後の会話は一切耳に入ってこなかった。
先生の声さえも。先生の顔ももう見れなかった。
「お待たせ~。…沙良?どうした、固まって、なんかいいのあったの?」
―――あなたの隣で笑う人は誰ですか?
胸の痛みが止まらない。
不安が止まらない。ねえ、どうしたらいいの。
―――教えて、先生。