第27話
「沙良~、そういえば先生たちの部屋ってどこなの?」
「ああ、言ってなかったね。1階の食堂近くの部屋だよ。ほら、あんまり使われてない教室あるでしょ?あそこだよ。」
「あーはいはい!そこね。じゃあそろそろ行く?」
「うん。ちょっと待ってね。まだ教科書詰めてなくって。」
先生の私をからかったあの行動―――もう思い出したくないほど恥ずかしい出来事―――の後は、前とは違う意味で授業に集中出来なかった。指にまだ感覚が残っているようで、ついついそこを見てしまうから。
そんな感じで午後を過ごして、今は放課後。紫苑と一緒に先生たちの部屋に遊びに行くのだ。今日は先生たち全員がそろっているみたいだから、またちょっと緊張するけど、紫苑も一緒だから心強い。紫苑はあんまり物怖じしたりしないから、うらやましい性格をしていると思う。だって、その方がずっと得だ。人見知りで、緊張しやすいなんて、いいこといっこもない…。
「沙良…?沙良ってば、トリップしないでってば…!!」
「え…?あ…あぁ、ごめんごめん!考え事してて。…もう詰め終わったし行こっか。」
「もうー!ほっとくとすぐこれだからな。」
―――ガラガラ。
「あ、いたいた。来ないから帰ったかと思ったよ。」
先生。迎えに来てくれたんだ。…というか、私たちのおしゃべりが長かったせいで、思ったより時間過ぎてる。
「すみません。今から行こうとしてたんですけど、沙良がトリップしたりして、時間かかっちゃいました。」
「ちょっと!!それは…本当だけどさ…でも、それまで一緒にしゃべってたんだから、私だけのせいじゃないでしょ。」
「い~や。沙良のトリップが長かったんですよ。自覚してないけど。」
「…うそだ、そんなにじゃないもん…」
紫苑のいじわるな口調が始まった。これが始まるととてもじゃないけど、私はこれに太刀打ちできない…。紫苑に口で勝とうなんて思わない方がいいんだ。だから、ついつい私の声も小さくなってしまう。
「そうなの?また藤木さん妄想しちゃったんだ。結構な時間だな。」
「先生まで?!…二人ともSですよね。やられたら絶対やり返すタイプでしょ…。」
「ん?いや、俺はそんなことないよ。もしそう感じるんだとしたら、藤木さんがMすぎるのかもしれないね。」
「ち・が・い・ま・す・よ!!」
私がMすぎるってどういうこと…。そんなわけないじゃない。そんなことを笑顔で言う先生が私は怖いよ。どう見たってSだよ…先生。自覚ないわけ…?
「そうだよ。沙良がいじめられやすいだけだよ。私も先生も普通よふつう。」
うそだ!!そんなわけない!!…けど、それをここで言えない私は、Mよりなのかもしれないな…
「ん…いいよそれでもう…。私はどうせMだよっ!!」
「「………」」
「っはは!!あっはっはは!!はぁー…なんだよそれー!!何宣言?っはは…はー腹いたいなぁ。っは、っくく。」
先生はそう言ってなかなか笑いを止めようとはしない。いや、とめようとはしているんだけど、とまらないみたいだ。…こんなに笑っているのを見ると、私の言ったことって、やっぱり恥ずかしいことなんだって実感するから、やめてほしい。勢いで言ってしまったことなんだから…
「何逆ギレしてるのよー沙良ってば。ぅっぷぷ。ほっんと…変な子~。あははっ」
「二人して笑わないでよ…もう…ぅぅぅ。」
「っぷぷ。はぁ~…っく…笑った…。何日分も笑わせてもらったよ。」
「そんな笑わなくても…」
「ごめんな。でも、藤木さん面白いんだよ。機嫌直して?な?」
笑われすぎて、ついほほを膨らませてしまった私の顔に先生の手が近づいた。
「へ…?ぅぷ。あにょ、にゃにしゅる…でうか」
先生は私の膨らんだほほを押したかと思うと、両方のほっぺを左右にひっぱたのだ。
なに…?と思う間もなく、遠慮なくほほをむぎゅむぎゅされてしまった。
「っふ。なんかキレイにほほ膨れてるからつぶしたくなったんだけど、藤木さんのほっぺた柔らかそうだな、と思ったらつい、ね。」
「にゃ…にゃん、れすかしょ、れ!!」
先生ってば、そんなことで私のほっぺ触ったわけ?!こっちは、気になる人に触られてドキドキだっていうのに…
今だって、ほっぺたに脂ついてないか気になってるし、ニキビ跡とかあってそんなに顔キレイじゃないから、じっくり見ないでほしい…
でも、先生っていうだけで、強く出れない。私にとっての先生は、特別な位置にいる人だから。恥ずかしいんだけど、嫌じゃなくって、ほほから伝わる温度に心地よく感じてる…
「にゃにって、可愛いなあ…いい感じに伸びるからひっぱちゃったけど、ごめんね。女の子の顔に安易に触ったらだめだよね。」
―――やっと、離してくれた。このままじゃ、ドキドキしすぎて死んじゃうかと思った…
―――あ、また頭なでてくれた。先生って、頭触るの癖、なのかな?でも、気持ちいい…なんか、先生に頭触られてると猫になったみたいに感じる…つい、目を閉じたくなっちゃうな。
「…あの、私いるの忘れないで下さいね。目の前でいちゃいちゃするのを見ている私の身にもなってよ…。」
―――え、いちゃいちゃ?!って、は…!つい、紫苑居るにも関わらず、先生に集中してしまった。
「いやいや、してないしてないよ!!忘れてないしね!!ですよね、先生!」
「ん?さぁ…いちゃいちゃしてたんじゃないかな、俺ら?佐藤さんにそう見えたんだから。」
「な、なに言ってるんですか!」
「ふ~ん。やっぱ、いちゃいちゃしてたんだ…へぇ。ひどいなぁ、沙良。」
「し、紫苑まで…もー!!なんなのよー!!」
「「っぷぷ。」」
「藤木さんはからかいがいがあるなぁ~。ねえ、佐藤さん?」
「本当ですよね~。来て2週間も経ってない先生にもわかっちゃうんですから、相当ですよね。まぁ、そこが面白くっていいんですけど。」
「そうだね。」
「そうだね、じゃないですよ!!二人でにやにやして…!!ほら、早く行きましょ!!時間結構経っちゃいましたから。」
「ちょ、沙良?!」「藤木さん?!」
私は、いじわるすぎる二人を残して、先に教室を出た。
だって、こんな緩んでる顔見せられないよ…。先生と紫苑と好きな三人でいる時間は特別に楽しいから、やっぱり笑っちゃう。
一応、怒ったふりしたから、すぐに笑ったら微妙でしょ?だから、顔がゆるまないためにもちょっとだけ時間が必要なの。…それに私も二人を困らせたいし。
ちょっとくらい、私を優位でもいいよね。
待ってるから。
だから、早く追いかけてきて。―――先生。