第三話
初めて小説を書かせていただきます。
それ故、右も左も分かりません。
迷惑をかけてしまうこともあるかもしれませんが、よろしくお願いします。
注意 この小説には『妖怪』、『陰陽師』に対する自己解釈が多く含まれています。
それでも気にしない方はどうぞ、お楽しみください
第三話
さて、僕ながら中々な演技だったと思う。
逃げるふりをして、終夜と僕だけで話せる場所を作る。
これが彼の家に訪問した目的だ。
決して、美少女の氷香ちゃんを見ようとしたわけじゃない。
ブランコがある、いや、ブランコと砂場くらいしかない公園の真ん中で彼を待つ。
「ソウジン、一対どういうつもりだよ? 僕に殺されたいのか?」
「おお、怖い怖い、シュウ。そんな怖い顔をしないでくれよ」
何時も通り、気付かない内に僕の後ろに立っていた。
僕を恐ろしい形相で睨むシュウ。
比喩でも何でもなく、その視線で人を殺せそうだ。
凪が見たら幻滅する。
どちらがシュウの本性かは分からない。
だけど、この顔もシュウなんだい。
怒りと、後悔に満ちたこの顔も。
「ふざけてるなら、君でも容赦しない」
「はいはい、じゃあ、説明しますよ」
彼がここまで豹変してしまう時はある理由がある。
その理由は。
「なぜ、氷香に僕の『強さ』を話した?」
「だから、全部言いますよ」
『強さ』。
シュウの前で『強さ』の話はしてはいけない。
『ちょっと』した理由で、終夜はある秘密を抱えてる。
もちろん僕も、ある秘密を抱えてる。
まあ、一つ言っておくとシュウと僕を結んでるのは友情ではない。
ちょっと前にちょっとした事件があって、そこで僕は、いや、この場合は『俺』が終夜と出合った。
僕らが馴れ馴れしくしてるのは、互いが互いの秘密を握られているからだ。
脆く、儚い友情なんかでは断じてない。
「それと、僕は氷香に聞かれたから答えた」
「何を?」
「終夜おにいちゃんの家は何処ですかって」
「は?」
終夜が声をあげた。
まあ、そうだろうね。
これだと、氷香が嘘をついてることになる。
「つまり、氷香は僕のことを最初から知っていて、覚えていたわけ?」
「そういうことだい。あのこは、どうやら、シュウのことを覚えていたらしい」
「僕の何を覚えていたんだ?」
何かだって?
分かってるだろ、終夜。
「お前が遊んでくれたことを、助けてくれた事を」
「記憶に無いね」
記憶に無い?
おかしいな。
いや、おかしくないか。
今の終夜とあのころの終夜は別人だと捉えるべきかな?
「その時のことを覚えていたんだって。終夜お兄ちゃんが私と遊んでくれたって」
「覚えがないね」
「そりゃそう、だってそのころの終夜は」
「宗冶」
終夜ではなかったんだから、言おうとした所で、
「紅、宗冶」
「ったく、短気だなあ、『俺』が怒るぞ?」
呼吸がし難くなった。
まるで、何かに首を絞められてるかのように。
「まあ、とにかく、何か覚えてないのかい?」
「覚えてないね」
「じゃあ、お前の策ってのは?」
さっき、終夜は任せておいて、と言った。
「簡単だ」
「どうやって?」
答えは大方想像がつくけど。
前に話したとおもうけど、シュウは何も無い所を眺めながら、独り言を呟く。
僕からみれば独り言だけど、シュウやある者、いや、物かな?
そいつらからみれば、れっきとした会話だ。
「こうやって」
その言葉と共に、またも息苦しくなる。
今度は僕の首を何かが締め付けてるわけじゃない。
どちらかと言うと、狭い部屋にたくさんの人間が集まった時みたいだ。
満員電車の中みたいな感じ?
と、言っても此処らへんで満員電車にめぐり合うことなんてありえないけど。
まあ、つまり、公園を埋め尽くすほどの何かが集まったってわけだ。
何かは言わなくても分かるだろ?
「暇?」
「 」
返事は無い。当然。
だけど、独り言ではない。
息苦しさは瞬時に薄くなっていった。
でも、感じる。
まだ、此処に居る。
「さて、僕は帰るけど」
「僕も」
シュウが僕に背を向けて言った。
「忘れるなよ、僕らは仲間であって、」
「仲間ではない」
合言葉を交わし、挨拶は交わさずに別れた。
「私、一つだけ覚えてる事が、終夜お兄ちゃんと一緒に遊んだことなんです」
「へ?」
話が掴めない。
何で、終夜のことだけを覚えていた?
「私と一緒に遊んでくれたんです」
「ど、どういうこと?」
「それだけしかなかったんです。何をして遊んだのかも、何処で遊んだかも、何時かも分かりません」
それでも、と真っ白い頬を紅く染めながら続ける。
「私の唯一の『思い出』なんです」
それはそれは、幸せそうに。
それだけで、生きていけるという風に。
思い出を失った少女の唯一つの思い出。
「そうなんだ」
「うん」
一瞬の沈黙の後。
「失礼」
「ひっ!」
部屋の中に私でも、終夜でもない声が届いた。
立ち上がって声のした方を睨みつける。
「だれ!!」
「私は、『朱雀』。 『不死の朱雀』です」
その言葉と共に、赤髪、赤いスーツ、赤いズボンを履いた男が玄関から部屋に侵入してきた。
見るからに、『炎』をイメージさせる『赤』を纏い。
何食わぬ顔で一歩一歩、歩んでくる。
「あなたは、ああ、『青龍』の……」
感情のない瞳で私を見つめた。
その男は、服の色に合わないくらい、落ち着いていた。
「退きなさい、『妖怪』。私の目的は、そこの少女です」
私のことを『妖怪』っていうことは、こいつ。
陰陽師。
「氷香に、用があるの?」
「ほう、氷香というのですね」
「やだ、いやだ」
氷香が私のスカートを固く握り締めた。
「嫌がってるみたいだけど?」
「それは心外です。それにとって悪いことはしません」
「うそ、嘘!」
氷香が狂ったように叫び声を上げた。
より一層、私のスカートにしわが出来る。
「あなたは、わたし、を殺す気なんでしょ!」
「その通りです」
肯定した。
氷香を殺すことを。
「何で?」
「私が陰陽師でそれが妖怪だからです」
「え?」
男は言った。
『妖怪』と。
「本人に自覚がないようですけど」
「私は人間です! 怪異なんかじゃありません!」
「では、凪さん」
いきなり、男は私に話を振ってきた。
「それに、体温はありますか?」
「ッツ!」
小さな悲鳴が上がった。
私のスカートを握ってる小さな手に、触れてみる。
冷たかった。
温もりなどなかった。
「分かりましたか?」
「う、うわあああああああ!!」
氷香が狂った。
私の手を振り払い、男の脇を通り過ぎて、玄関から飛び出す。
男は、何もしなかった。
すぐ横を氷香が通り過ぎても。
「氷香!!」
「おや、逃げられてしまいました」
男が私に背を向けた。
その背中に、言葉をぶつける。
「お前!!」
「うるさいですね、あなたには用がないんです」
男も氷香を追いかけ、しかし、焦る様子もなく、落ち着いた調子で玄関から出て行った。
「待て!!」
わたしも追いかけようとしたところで、後ろから肩を誰かにつかまれた。
驚き、振り向けば、そこには。
「落ち着いて、凪」
終夜がいた。
彼ならば。
妖怪の私を救ってくれた彼なら。
氷香を。
「それは出来ないんだ」
「え?」
「凪の時のようにはいかないんだ」
どういうこと?
何で、私を助けられるのに氷香はできないの?
「あのときは、どういう訳か『青龍』が賛成してくれたけど、今回ばかりはそういうわけには行かない」
「助けるのに理由が必要なの?」
だって、終夜は。
助けてなんて一言も言ってない私を助けてくれた。
それなのに、助けてって言ってる氷香は助けないの?
なによ、それ。
「理由が必要なんだよ」
「なら、いい」
なら、私が。
氷香を助ける。
「それも駄目だ」
「どうして!!」
「凪は立場上、陰陽師なんだ。とにかく、しばらく」
それが、どうした。
陰陽師の終夜は妖怪の私を救ってくれたじゃない。
「もういい、知らない!!」
終夜の手を振り払って、玄関を飛び出した。
考えれば分かるはずだった。
私が行けば、もっと状況が悪くなる事くらい。
月が昇った空の下、駆け出した。
「はあ、はあ、」
かなり、長い距離を走ったと思う。
振り切れたのかな?
赤福の男を。
空は、すっかり暗くなってる。
月は雲の隙間から少し見えるくらい。
だけど、その明かりは、私のいる場所を薄暗く照らしてくれた。
ここは、公園?
小さな公園。
小さな街灯の明かりに虫達が群がっていた。
たった一つの、希望に縋りつく虫達が。
「大丈夫」
終夜お兄ちゃんが、助けてくれるから。
私を、助けてくれるから。
「氷香!」
声が聞こえた。
優しい、心配した声が。
でも、でも、待ち望んでいた声じゃない。
後ろから近づいてくる足跡の正体は言うまでもなく、凪さんだ。
首元までの黒い髪を揺らしながら走ってきた。
「私、気付いてたんです」
私には、体温がなかった。
人間ではなかった。
「私が、人間ではない事を」
「うん、知ってるよ」
「知られちゃいましたか……」
やっぱり、私は退治されちゃうのかな。
いや、退治される。
「では、ここでお別れです。ご飯、美味しかったです」
「ううん、お別れじゃないよ」
「私は人間ではありませんよ」
「私も妖怪だよ」
そう言って、彼女、凪さんは私に背を向けた。
そこには、小さな白い翼が生えていた。
人間には無い、純白な翼が。
「だから、平気」
ちょっと待って。
凪さんは、いや、凪さんも、妖怪。
それなのに、どうして?
退治されないの?
「私も、終夜に助けてもらったから」
終夜お兄ちゃんが凪さんを助けた?
私のことを救おうとはしなかったのに?
いや、したけど、嫌々と言った感じで。
「私が、氷香を守ってあげる」
なんで、『こいつ』は終夜お兄ちゃんの、隣にいてもいいの?
こいつは、殺されないの?
どうして、私ばっかり?
どうして?
ドウシテ、コノオンナハ。
コンナシアワセソウナノ?
「氷香?」
「そうなんだ、凪さんは、終夜さんに助けてもらったんですね」
氷香の、まとう空気が変わった。
まるで、氷のように冷淡な。
だけど、激しく煮えたぎる何かを私に向けてきた。
「私は、こんな辛いのに、おまえだけ、幸せなんですね」
「氷香!」
「気安く私の名前を呼ばないで下さい!!」
違う。
そんなつもりで言ったんじゃない。
「おまえは、いいですね、終夜お兄ちゃんに助けてもらって、一緒に暮らして、幸せなんですね」
「氷香!!」
もう、私の言葉は届いてなかった。
いや、届いているけど。
それは、氷香の嫉妬しか生んでいない。
「どうして、私だけ!! 私だけっ!! あああああああああああ!!」
氷香が叫んだ瞬間、変化が起きた。
私の吐く息が、見える。
白い煙のように。
そして、寒い。
春とは思えない、寒さ。
「みんな、凍ればいいんだ!!」
そして、氷香の体から、白い湯気のようなものが出ていた。
湯気の正反対。
冷気。
触れたものを、凍らせる冷気。
「うわあああああああ!!」
その冷気が、私に向かって押し寄せてきた。
「くっ!! 吹き飛べ!」
風を、操って冷気を押し返す。
横にそれた冷気が、背の高い木に纏わりついた。
一瞬で、冷気のあった場所が凍りついた。
「な!?」
「いけ!!」
また来た!
今度はさっきよりも、より広範囲に広がって押し寄せてくる白い霧。
これに触れれば、どうなるかは簡単に分かる。
「はああ!!」
風を、私を中心に発生させる。
私の視界を遮るように、押し寄せてくる冷気を。
「いない……」
冷気を吹き飛ばした時には、氷香の姿はなかった。