第四話
初めて小説を書かせていただきます。
それ故、右も左も分かりません。
迷惑をかけてしまうこともあるかもしれませんが、よろしくお願いします。
注意 この小説には『妖怪』、『陰陽師』に対する自己解釈が多く含まれています。
それでも気にしない方はどうぞ、お楽しみください
第四話
何とか逃走に成功した、みたい。
一息ついてもよさそうだ。
えっと、陰陽師には特別な力があるって言ったよね?
姉さんの力は『切れ味を操る力』。
凪の力は『風を操る力』。
僕の力は『認識を操る力』。
その名の通り、『万物に対して発生する認識』を操ることが出来る。
この能力のお陰で、普通の人間には『認識できないもの』を認識することが出来る。
逆に、認識をさせないことも出来るのさ。
さっきのように『竹刀を認識不可能』にすることが出来る。
大したこと無い力だけど、こんな風に使う日がもう一度来るなんてね。
「しゅ、うや?」
「喋らないで」
凪がベットの上で呻くように呟いた。
声に力は無く、瞳も焦点が合っていない。
彼女には悪いけど、とある知り合いのとある家のとあるベットに寝かさせてもらってる。
ここには彼女の害になるようなものは無い。
いや、あったけど。
そこらじゅうに貼られたプロレスラーのポスター。
それに、あたりに散らばるプロレスラーのマスクだよ。
とにかく、凪を救わなければならないけど普通にやっていたら手遅れだろうね。
一つだけ方法があるにはあるんだけど……。
「な、んで、きたの? 無茶がきらいなんでしょ」
凪が辛そうに言った。姉さんから聞いたのかな。
僕が『無茶』が嫌いなことを。
でも、決まってるよね。そんな事。
「知り合いの女の子を助けることが『無茶』?」
自分で言っといてなんだが、恥ずかしいね。
かっこつけてみたけど、僕には似合わない。
凪も一瞬ビックリした顔になり、プイと横を向いて、
「馬鹿」
少し笑って言ってくれた。だけど、笑顔に力は無いのがよく分かる。痛々しいくらいにね。
僕が求める笑顔はこんな見ている人が悲しくなる笑顔じゃない。
僕に『無茶』をしてもいいと思わせられる、笑顔がもう一度、いや、ずっと見たい。
「いい、よく聞いて」
「な、に?」
今行おうとしている事が姉さんに知られたら……。
いや、それだけでは済まないかもしれないね。あは、あははは。
……無茶をしてみたかったんだ。強がっていたんだ。
あの気持ちは『嫌悪』じゃなくて、『嫉妬』だったんだ。
「凪、今君はとっても危険な状態だ」
臆病で弱い僕には決して出来ない行為、『無茶』へのね。
……主人公になりたかったんだ。
いや、そんな高望みじゃなくて、他人の物語を彩る脇役でもよかった。
とにかく、僕は誰かの『物語』関わりたかったんだ。
逆に、凪という少女が僕の物語を変えてくれる気もしたから。
だから、助ける。
そうだよ。
他に理由は……ない。
「僕と、『契約』しよう。僕の式になってくれ」
「契、約? 式?」
言ってしまった。
もう後には戻れない。
遥か昔に封印された古術。
何で僕がそんなものを使えるかって?
まあ、僕の知り合いのとある『神さま』のお陰だよ。
「えっと、これで良し」
机の上においておいたあるものを、零さないように手にとる。
掌に納まるくらいの杯に、さっきキッチンで汲んできた水道水が入っている。
その杯は、『契りの杯』。
その中に入っている水を飲み交わした者と契約を結べる杯だ。
これも、その『神さま』から貰った。
契約を結べば、互いの力の源を共有することが出来る。
そうすれば、凪の怪我を僕の体力を使って治せる、かも知れないね。
確信は無い。
だって、試した事は無いんだから。
いや、あるけど、それは立場が逆だったからさ。
「凪、僕のこと信用してくれるかな?」
「……いいよ。信用する」
ありがとう。
杯の中に入っている水を半分飲む。カルキの味が口いっぱいに広がる。やっぱ、水道水は飲むものじゃないね。
もう半分を凪に与えようとして、杯を口に近づけた。
「……」
意識が無くなってた。
辛うじて息はしているのが分かった。
……よし、やるしかないね。
もう一度水を口に含み、凪の唇を奪った。
このとき、僕は一人の少女の物語を大きく動かした。
もちろん、僕自身の『物語』もだよ。
「誰だ、お前は?」
「はははははは」
私の前に立ちはだかった、やたらが体のいい少年を睨みつける。
工場の出口にそいつは立っていた。
こいつ、何笑ってんだ?
枯れた声で。
しっかりとした体つきで、オレンジ色の『I am strong!!』とでかでかと印刷された服を着ていた。
顔には得体の知れないマスクを被っていた。
そこからはみ出す髪は茶髪だ。
プロレスラーか?
派手すぎる。
そして何より、怪しすぎる。
「正義の味方に決まってるであろう」
このプロレスラー、もとい馬鹿をどうしようか。
明らかに無理している。
声が変だ。
それが気にならないくらい、全体的に変だが。
「お前、どっかで会った事があるような……それも、今日の夕方ごろ……」
「げ!? ははは!! 気のせいだい気のせい。……そうよ、私は『樹の精』だわ……これいいな。メモっとこ」
「死ね」
「あ、痛ッ!」
竹刀を振ってしまった。この竹刀、妖怪や霊しか切れないから『馬鹿』は切れないのに。
だが、目の前の覆面プロレスラーの腕に傷が出来た。
つまり、確定だ。
任務外だが、まあ、ボランティアとしてやっておこう。
「危ないんだな!? じゃ無かった、コホン、いきなり攻撃してくるとは野蛮だな」
わざわざ声を変えて言い直す必要があったのだろうか?
こいつ……何の妖怪だ?
「何者だ?」
「『正義の味方』だ」
奥底の見えない声色で告げられた。正義の味方と。
ふ、面白い。だとすると私は悪者か。
悪党の、悪党のための、悪党による『妖怪』退治の始まりだ。
「で、あんたはどうすんのよ?」
「僕はソウジンの助けに向かう」
宙をフワフワと浮かぶ白い白衣を着た少女に話しかける。
うん、彼女はもちろん幽霊だよ。体が半透明だし。
綺麗に整えられたベットの上に寝ている凪の呼吸は落ち着いていた。
……あんまり考えたくないけど、彼女はやっぱり人間じゃない事の証明だ。
いや、こればっかりはどうにもならないから認めよう。
凪は、人間じゃないと。
『妖怪』と、認めたうえで僕は助けたんだ。
助けた理由はまだあるけど、まあ、黙秘権を行使する。
「宗治なら平気だろ? なんたって『紅鬼』の血が流れてるし」
やたら気が強く、口も悪いが、親切なこの幽霊少女にはお世話になっている。
今も、凪を見張っておいてくれるように頼んだら、快く承諾してくれた。
お人良し。
いや、お霊良し。
ん? 名前? 聞いたことが無い。
霊になれば生前の記憶は大概なくなっちゃうからさ。
これは一種の防衛作用なんだよ?
未練が大きくならないようにするために、記憶を『隠す』のは。
「そういう訳には行かないよ。君も知ってるでしょ、僕とソウジンの関係を」
「ふーん。ま、いい。好きにして」
「好きにするよ」
二人の少女に背を向けて、プロレスラーオタクの部屋、宗治の部屋から出た。
「終夜」
「何?」
「『元』医者の命令だ、帰って来い」
「はい、はい」
それだけで十分だ。余計な言葉は要らない。
「おい、終わり?」
「ゲホッ、つえーな」
足元に、血塗れの『紅鬼』が倒れている。
私がやった所為もあるが、半分は妖怪が自分でやっている。
血を固めて棍棒のように使ったり、槍のように使っていたりした。
恐らく、『血を操る力』を所有しているのだろう。
まあ、これだけ出血して死なない事に驚きだが。
人間でないのだから、常識は通じない。
「妖怪の癖に学校などに通うなど驕ましいんだよ」
思ったとおりの言葉を口に出す。
驕るな、つけ上がるな、妖怪。
「で、言いたい事はあるか? 妖怪」
薔薇色に染まった剣を妖怪の首元に突きつける。
それだけで、妖怪の喉に小さな傷がうまれる。
「正義の味方だよ、悪党」
「それは残念だ」
邪魔者は消すことに変わりはない。
その瞬間、蛍光灯がバチッと音を立てて点滅した。
乱入者の存在を暗示するかのように。
「待って、姉さん」
真打の登場か。いきなり、私の後ろに現れた。
そう、現れただけだった。
攻撃は来なかった。唯一の隙を突くことのできた攻撃が。
「終夜、何のつもりだ?」
「宗冶、下がれ」
「あいあいさー!!」
答えない。終夜は答えない。
紅鬼がささっとずらかっていった。
正義の味方が逃げてどうするんだ。
それに、倒れていたのは演技か。
「お前は、自分が何をしたか分かっているのか? 反逆だ。陰陽師を、人間を」
「姉さん」
「なに?」
終夜の口から漏れた言葉を聞き逃す事はない。
確かに、終夜の口から漏れた。
初めて見て、聞いた。
彼が他人を憤りの眼で、怒りにまみれた言葉を吐くのを。
「僕は、間違ったことをした覚えはない」
「しているだろう。お前は人間を殺すかもしれない存在を救った」
「『かもしれない』、殺してないのに殺す?」
危険性のあるものはあらかじめ対処しておくものだろう。
「自分たちの生活を脅かす『物』を退治するのは間違った事か?」
こちらが殺らねば、殺られるのだから。
「僕たち、人間と同じように笑い、悲しみ、謝ったり、喜んだりする。実態だってある『者』を?」
お前は何を言いたい?
そんなもの、あるからなんだ?
結局、『妖怪』だ。
「それが?」
「僕らと何が違うんだよ、一緒じゃないか! それをどうして人間じゃないからと言う理由で」
「何度も言わせるな、危害を加えるからだ」
人間は気がつかないうちに妖怪から被害を受けている。
それは、些細な事から裁判がらみの大きなことまで。
「僕には、できない。彼女を殺すなんてことは出来ない。だって、」
「私は出来るぞ。危険な可能性があるものは潰すに限るだろう?」
今回の事を見過ごせばきっと終夜はこれからも妖怪を助けて欲しいと言うはずだ。
それを防ぐ為にわざわざ妖怪とあわせて認識を持たせたのに、逆効果だったようだ。
「妖怪ってなんだよ、なんで、退治されてるんだよ! ちょっと人間と違うだけじゃないか!」
「うるさいぞ、終夜。お前はあいつの、凪だかのなんなんだ?」
珍しく、終夜が食いついてくる。普通の彼ならここらへんで引き下がると思っていたんだが。
見当違いのようだ。
「僕は、凪と契約した」
「な!? お前、正気か?」
契約だと!? こいつ、本当に……人間の敵になるつもりか?
「僕が、いや、僕と凪が証明して見せます、妖怪と人間は共存できると」
「だからなんだ?」
「姉さん、凪の事は僕に任せてくれませんか?」
そして、私に頭を下げた。
誠意に満ち溢れた礼だった。
……まさか、そう来るか。
てっきり拳の語り合いに持ち込んでくるかと思ったが。
終夜らしいといえばそれでお終いだが。
この眼には見覚えがあった。立場は違えど、私の横にいた一人の、いや一匹の。
妖怪に、似ていた。
憎たらしいことに、終夜とその姿が重なって見えてしまった。
そんな権利は私に無いのに。
だが私の隣にいた『妖怪』は、頭を下げずに認めさせた。
私の横にいることを。
武力で、私の横にいる権利を勝ち取った。
そして、武力によって……。
「……好きにすればいい。だが、その行為は陰陽師だけじゃなく、人間を裏切る行動だと、肝に銘じておけ」
好きにすればいい。
その結末が、どれほど悲しく、虚しいものかその身をもって学習しろ。
それとも、お前には出来るのか、終夜。
私とは違う物語を歩めるのか?
愛するものを殺し、未来を歩む覚悟はあるのか?
その言葉は、私の口を突き破ることなく、あろうことか私の心に突き刺さっていった。
そう、愛する妖怪を殺してしまった時、私の『物語』は終わった。
月夜の元、少年の物語が始まった。
その物語の結末は誰にも分からない。
いや、神様がいるのなら分かってるかも知れないな。