第二話
初めて小説を書かせていただきます。
それ故、右も左も分かりません。
迷惑をかけてしまうこともあるかもしれませんが、よろしくお願いします。
注意 この小説には『妖怪』、『陰陽師』に対する自己解釈が多く含まれています。
それでも気にしない方はどうぞ、お楽しみください
第ニ話
「はあ、はあ、宗冶!」
公園についても、『紅 宗冶』はいなかった。
代わりに。
「また、お前か!!」
血で濡れた鋏を携えた妖怪がいた。
いや、もう一匹、それと対峙する妖怪、いや、魔物がいた。
「ヒャッハー、俺、降臨!!」
紅宗治に住み着く、紅鬼。
吸血鬼。
ヴァンパイア。
ソウジン=ヴァンパイア。
『僕』ならぬ『俺』。
「ん、久しぶりだぜ、シャバの空気を吸うのは」
「……」
「で、いきなり目の前に気持ち悪い変なのが居やがるんだが、人間どういうことだ?」
僕のことを、人間と。
そう呼ぶ。
あれにとって、人間とは餌でしかない。
妖怪。
魔物。
それらの頂点に立つ、吸血鬼。
彼から観れば、人間に名前など要らない。
餌に、情など持たない。
「ソウジンを帰せよ」
「あれは何だ?」
僕のことなんか、視界に入れない。
目の前に立ちはだかる、物しか見て居ない。
「まあ、いい。ちょい早めの朝食だ」
そう、朝食。
吸血鬼にとって、八時は早朝。
そして、吸血鬼にとって、妖怪は。
獲物。
「一撃でしとめてやるぜ」
刹那、吸血鬼の腕が空を舞った。
原因は、鋏。
鋏、万物を断ち切る役目をもつ鋏。
吸血鬼の体も例外なく断ち切る。
「おいおい、気が早い野郎だな!!」
嬉しそうに、自分の腕の切断面を眺める。
そして、切断面から腕が飛び出す。
そっくりそのまま、切り落とされた腕と同じように。
トカゲの尻尾のように、あたり前のように再生する。
「じゃあ、行くぜ」
おもむろに、切り落とされた左腕を掴み。
構える。
槍を投げるように、上段に。
月の光に照らされて、不気味なその左腕を。
太陽ではなく、月の下に掲げる。
「運命の槍って知ってるか?」
赤く、紅く、染まった。
腕を媒体に、肥大化していく。
そう、血によって。
自分の腕から止め処なく溢れる血液が形作っていく。
『運命の槍』。
レーヴァテイン。
たしか……ゲルマンの神話に出てくる魔槍。
太陽よりも強い輝きを放つ、獲物を意志を持って仕留める、煉獄の魔槍。
そう、吸血鬼を呪う太陽よりも強く輝き。
己の血液によって紅蓮に輝く。
吸血鬼による吸血鬼殺しの為の武器。
それを、何処の馬の骨かも分からない妖怪に、投合する。
鋏妖怪が背中を向ける。
「俺は知らない。運命ではなくてもお前は死ぬ」
大地に、魔槍が突き刺さった。
吸血鬼の目の前の大地にゆっくりと。
何故なら。
「おいおい、こんな夜中に何やってんだい、近所迷惑だぜ?」
「がああああ!!」
その槍を、吸血鬼から取り押さえた人間がいたから。
その、人間は。
「やっと戻ってこられた。ふう、疲れた」
紅 宗冶。
吸血鬼を体に留めることができる唯一つの人間。
吸血鬼の血を己の体に流す人間。
人間としての宗治と吸血鬼としての宗冶。
表と裏。
「で、今の状況は?」
「ソウジンが襲われて吸血鬼化して、運命の槍の発射前だ」
「ギリギリセーフだい」
紅宗冶には、二つの人格がある。
一つは、紅宗冶本来の人格。
もう一つは、名を失った吸血鬼の人格。いや、『怪格』。
僕と俺。
「で、何がどうセーフなんだよ?」
「あり、気付いてない?」
「何がだよ?」
ソウジンが心底呆れたようにため息をついた。
魔槍が消えた。
正確には、持ち主の下へと戻った。
「鋏」
「鋏がどうした?」
「はさみ、波佐見散髪店」
やっと、気付いた。
襲われた時の映像が頭で再生される。
雨合羽の、顔の部分から見えた、二つの丸い金属。
眼鏡。
そして、どうして人ごみに紛れることができたのか。
だって、人間なんだから。
人間に紛れる。
鋏、波佐見、身長、雰囲気、襲撃された人間。
すべて、波佐見計斗に共通している!
散髪店の店主、計斗の父親。
僕。
ソウジン。
すべて、計斗に関係がある人物。
いや、待って。
「ソウジン、波佐見後輩知ってる?」
「いや、名前と顔だけ。あと、床屋ってこと。会ったことはあるけど」
それなら、波佐見は、何故、僕らを襲った?
「それについては私に任せなさい」
「姉さん!」
「おいおい、勘弁願うぜ」
セーラー服に身を包んだ姉さんが、『竹刀を抜刀した状態』で歩いてきた。
戦闘準備が、できている。
「安心しろ、吸血鬼。今回は手を出さない」
「ふう、よかった」
「そして、『あれ』は何なんですか?」
あれ。
鋏の妖怪。
「それはどっちについて聞いてる?」
「両方です」
「じゃあ、まず、あれは『妖怪』ではない」
「え?」
妖怪ではない。
「神さまだ」
「おいおい、胡散臭い話だな」
「これと、同じ原理だ」
そう言って、長浜家に代々受け継がれてきた竹刀を差し出す。
万物に、神が宿っているという考え。
「九十九神」
「そう、それと同じだ」
九十九神。つくもがみ。
長く生きた生き物や大事に使われた道具に神が宿る。
その神様の力を使った能力。
それが、姉さんの竹刀。
妖怪斬りの、隠し刃。
妖怪のみを切り裂く隠し刃。
それと、『切れ味を操る力』。
二つをあわせて、姉さんは陰陽師として最強に等しい。
そして、波佐見は。
「鋏に宿った神さまってことかい?」
「ああ、その波佐見とやらは、床屋だろう? 納得だ」
鋏。
その用途は、切り裂く。
断ち切る。
髪を。
紙を。
糸を。
「だけど、何で僕らを襲ったんだ?」
「僕ら? 違うぞ終夜」
姉さんが意地悪そうに笑った。
夕日の下の帰り道の時と同じように。
「お前を狙ったんだ」
「僕を?」
何故?
精々名前を知ってて会えば話すぐらいの関係の僕を?
大した縁もないのに。
「正確には、お前と繋がる『縁』を」
「縁?」
僕に何の縁がある?
家族?
友達?
縁があるを親しい縁だと考えれば。
ソウジン、姉さん、波佐見後輩、あとは、まあ、家族。
ほかに、は、凪ぐらい。
一体、何の縁だよ?
「そう、お前に繋がる縁だ」
「そういうことかい。いやいや、モテル男は辛いねえ、終夜」
「どういう意味だよ?」
「その通りだな」
姉さんまで、呆れ顔になった。
僕が何をしたというんだ?
「説明してください」
「つまり、波佐見はお前を恨んでるんだぜい」
「なんで?」
心当たりはない。
だって、彼女と話した事なんかそんなにない。
「お前の関係を恨んでだと思うんだい」
「僕の関係?」
「人間関係だ」
いや、僕の人間関係、ほとんどないんですけど。
姉さんは先輩。
ソウジンは仲間。
友達は、いない。
「嫉妬、お前のその『太くて強い糸』が羨ましかったんだろう」
「は?」
「誰よりも、太く、強く、少ない人数に繋がってるその糸が」
「どういう意味だよ」
「簡単にいえば、波佐見はお前に嫉妬している」
分からない。
どうして、僕に嫉妬する?
何で、僕なんだ?
他にも居るはずだ。
強く、太い糸で結ばれてる関係を持つ人間なんて。
いや、いる。
長浜詩織。
剣道大会全国三位。
姉さんのほうが、僕なんかよりよっぽど友達が多い。
「波佐見の事は私には理解できる。以前、彼女から相談を受けた」
「ああ、そうかい、そういうことかい」
ソウジンが軽いため息をついた。
呆れて、呆れ果てて、溜まった息を吐き出す。
姉さんはそんなこと気にせずに、こう言った。
「私みたいなのは、糸が長くても、弱い」
私みたい、つまり、学校の有名人。
波佐見も、有名人。
成績トップクラスの天才。
誰とも友達だが、親友ではない。
つまり、簡単に斬れてしまう糸が複雑に、絡み合ってる。
それに比べて、僕は。
絡まることなく、一本筋で誰かに繋がっている。
「鋏、か」
そう、糸を切る。
人間関係の糸を。
関係を、切り裂く。
「だから、僕に関係がある人を襲撃した」
「失敗してるけど」
「もちろん、私のところにも来たが、」
すぐに逃げ去った、と言った。
まあ、当然だと思う。
本能があれば逃げ出すよ。
「それで、あの鋏は何なんだい?」
僕が襲撃された理由は分かった。
だけど、あの鋏の説明は。
「鋏にとり憑いた神さまが願いをかなえようとしている」
「願い?」
「ああ、持ち主の願いを。『雑賀終夜の人間関係を切り裂きたい』と」
最悪だよ。
九十九神は持ち主の願いに敏感に反応する。
願いの本質を汲み取る。
彼女の願いは嫉妬。
だから、あんな妖怪染みた姿になっている。
神さまと、リンクしている。
「で、どうすれば止まるんですか?」
「一、お前が死ぬ。ニ、波佐見を殺す、」
三、と言って。
こう続けた。
「神さまを殺す」
「最悪だ!!」
「手分けして探しましょう!!」
あの後、一旦マンションに戻った。
玄関のタイルの床にに靴を脱ぐ。
そこで気付いた。
靴が足りない。
「氷香、空から探してくれ」
「分かりました」
氷香が夜空に向かって浮上する。
今は夜の九時。
独り言を呟いても問題ないさ。
「くそ、どういうことだよ!」
その靴の持ち主の所在は不明。
部屋にはいなかった。
ただの外出なら問題はないけど。
だけど、波佐見の次の狙いは。
「くそ、何処だよ!」
凪。
波佐見は今日の午前中、僕にこう言った。
(ちょうど、その頃、終夜先輩の隣に一人の女性が)
もう、ばれてると考えていい。
凪の存在に気付かれてる。
「見つけました!」
「どっちだ!!」
「あっちで」
言い終わる前には駆け出していた。
「吹っ飛べ!!」
突風を生み出し、目の前に迫る鋏を押し返す。
鋏のしまる音が私の耳元で響く。
「なんなのこいつ!!」
妖怪、じゃない。
どちらかと言えば、神さま。
竹刀女の竹刀と同じ感覚。
両手の巨大な鋏から感じる。
私にすれば、天敵のような感覚。
体中が悲鳴を上げる感覚。
「はあ!!」
足元に転がる砂利を巻き上げて。
「!!」
突っ込んでくる鋏にぶつける。
「な!?」
次の瞬間、石が全て真っ二つになった。
広範囲に広がった小石を全て切り落とした。
そして、鋏が私の首に迫る!
「ッツ!」
尻餅をつくように、腰を落とす。
重力に従って、ストンって。
私の首があった場所で、鋏が閉まった。
金属音と共に、後ろの街灯が倒れた。
「うそ、」
なんて切れ味。
いくらなんでも、これじゃあ太刀打ちできない!
「はあ!!」
倒れたまま、私を中心に風を発生させる。
これで吹き飛ばす!!
だけど。
巨大な鋏二つ、地面に突き刺さった。
深く、体を固定するように。
円形に道路に散らばっていた砂利が吹き飛んだ。
鋏は、吹き飛ばなかった。
(鋏を抜くのに時間がか)
鋏を閉じる金属音と共に、鋏の刺さっていた大地が『割れた』。
亀裂が大きくなり、簡単に二つの鋏が引き抜かれた。
「う、そ」
そのまま、引き抜かれた鋏は私の首に突きつけたれた。
視界の端に二つの刃が見える。
正面には鋏の支点。
ああ、死ぬんだ。
首が、ちょん切れるんだ。
刹那、金属音と共に……。