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シャイターン・ルキフェール兄弟についての考察 3

『私はサタンではない。』


 その衝撃は半端ではなかった。

 口をあんぐりと開け、呆けたように彼の顔を見つめる私。


「面白い顔だな。」


 そう言った彼の顔に浮かぶ笑顔も、確かに王子スマイルではなかった。

 そっくりな外見だが、よく見れば、眼鏡の奥の瞳の色が違った。サタンはエメラルドのような濃い緑だったが、目の前の男はずっと薄い青い色の瞳だった。


 冷たい色合いの瞳と銀縁のメガネは良くあっていた・・・まさしくインテリメガネという感じで・・・。


「じゃ、じゃあ、あなたは誰ですか?」

「・・・その前に、離れてもらおうか。足がしびれそうだ。」

「わっ!ご、ごめんなさい!」


 彼の足の間、というか腿の上に座っていたことを思い出し、私は慌ててそこから降り・・・ようとしたのだが、そこはベッドの上。スプリングで安定がとれず、私はベッドから転げ落ち床に転がってしまった。


「あぐっ・・・。」

「・・・何をしている!・・・まったく。」


 ため息混じりでそう言うと、彼は猫が子猫を咥えるように私の首の後ろを掴んで拾い上げ(どんな扱いだ!)、再び自分の腿に座らせた。


「あ?・・・ええと。」

「もう、このままでいい。」

「で、でも、足しびれちゃいますよ?」

「おまえのようなチビを一人乗せたくらいでどうにもならぬ。」

「・・・・・・。」


(さっきと言ってることが違うだろー!)


 と言いたいのは山々だったが、私は黙っておいた。

 さんざんその胸で泣いてしまったせいで、なんとなく逆らいがたかったのだ。


「さて・・・質問に答えてやるとしよう。私は魔界7公爵の一人、ルキフェールだ。お前は?」

「あ、わ私は安藤絵里香です。」

「安藤、絵里香・・・か。ふん。」


 彼はぶつぶつと何度か私の名前を繰り返した。覚えてくれたようだ。

 そう言えば今更だが魔界でフルネームを名乗ったのは初めてだ。

 うーん・・・まともな人間関係を築いてない証拠だなぁ。がっくり・・・。

 でも、この人とならそれを築けそう。頭良さそうだし、理路整然って感じで。

 そう思って自己紹介を続けたのだが。


「え、とお局様に呼ばれて、と言うか私が呼んだ、と言うか、それで魔界に来てしまって。あ、別に後悔しているとかではありません。はい。で、今は魔王として教育を受けていて、」

「そんな事は知っている。知りたかったのはお前の名だ。他は良い。」

「・・・・・・。」


 まともな人間関係は築けそうもない・・・。


「ふん、なんだ。ふてくされたのか?ククッ、よくもそんな顔を私に見せられたな。・・・まぁ、良い。」


 とてつもなく偉そうだけれど、機嫌は良さそうだ。

 私は機嫌が悪いけどねっ!!


「私に聞きたいことがあるのではないか?チビ。今なら答えてやっても良いぞ?」


 チビって・・・。だから、なんでそんなに偉そうなんだ!?

 ・・・でも、聞きたいことはたくさんあるし、今は我慢するしかない。なにしろこの隔離された状況で、7公爵の一人だという有益な情報源を得たのだ。逃す手はない。

 私はなんとかメガネへの(こんなやつメガネで十分だっ!!)腹立たしさを押さえつけると、愛想笑いを浮かべた。

 これでも日本人の接客業経験者。愛想笑いは鍛えてある!


「じゃあ、ルキフェール。あなたはサタンの、」

「様、であろう?」

「え?」

「ルキフェール様、だ。・・・まったく。礼儀も知らぬのか。」

「・・・・・・。」


 思わず愛想笑いも忘れて真顔になってしまった・・・私もまだまだ修行が足りないようだ。

 だが、すぐに気を取り直しつくり笑顔を浮かべて言い直す私。

 えぇ、大人ですから。


「ルキフェール様はサタンとそっくりだけど、兄弟なんですか?」

「あぁ、そうだ。双子だ。」


 なるほど。道理で似ているわけだ。


「なら、サタンが今どうしているか知りませんか?私、サタンが病気になったんじゃないかって心配で・・・。」

「サタンの・・・心配だと?」

「はい、その・・・私も病気かも知れなくて、だから先週会ったときに移してしまったんじゃないかって思って、それで・・・サタンももしかしたら私みたいに一人で隔離されているんじゃないかって心配なんです。だから、もし知っているなら教えてください。」

「ふむ・・・。」


 教えてくれる気があるのか、ないのか。

 彼は顎に手を当て、その薄い色の瞳でじっと私を見つめた。

 探るような、見定めるような視線に居心地が悪くなる。


(なんで?私、何か変なことを言った?)


「心配、とはなんだ?」

「なに、って・・・。」

「あれも7公爵。隔離されようがそれなりの待遇は受けている。それとも、あれの仕事のことか?それならば心配はいらぬ。あれの配下は優秀でな。常からあれは遊びほうけているから、今更あれが働かずともどうにでもなるようになっている。むしろ、あれが横やりを入れぬほうが仕事が進むであろうな。」


 なんともひどい言われ様だが、言いたいのはそんなことじゃない。


「そうじゃなくて。だから、病気で苦しんでるんじゃないか、とか。不安で寂しい思いをしてるんじゃないか、とか。そういう心配です。」

「・・・ほぅ・・・では、おまえはそのように感じている、と言うことなのだな?苦しくて、不安で寂しいと。」


 指摘された内容に、思わず息をのんだ。

 図星だった。

 だが、それを認めるわけにはいかない。

 私はもう「安藤絵里香」という個人ではないからだ。「魔王」に転職?したからには仕事はきっちりこなしたい。魔王は魔界のトップなのだから、配下に侮られるようではいけないのだ・・・たぶん。


 彼の冷たく澄み切った瞳に、何もかも見透かされているような恐怖を覚えて、慌てて言いつくろう。


「!!・・・ち、違います!私はそんな・・・だって、私は魔王だから、十分な治療も受けているし、たくさんのお医者様にも診てもらっていますから。だから、そんな苦しいとか不安とか・・・思ってません!」

「ふむ・・・そのように強がらずとも・・・。まぁ良い。」


 そう言うと、彼は私を抱えたまま立ち上がった。


「今日はここで診察をする予定だったが、気が変わった。私の屋敷に行くが、良いな?」

「え?ルキフェール様は医者なんですか?」

「そうだ。この格好を見てわからぬとは、阿呆か?」

「ぐ・・・。」


 言い返せないうちに、彼は私を抱えたまま部屋から出てさっさと廊下を歩き始めた。


(失礼なやつ!!)


 私って魔王なんじゃなかった?

 一番偉いのは私なんだよね・・・?

 このメガネの態度からは、一切それを感じられないんですけど!?


 なんだか割り切れないものを感じながらも、抱えられた腕から飛び降りる勇気は出なかった。

 なにしろ魔界人というのは恐ろしく身体が大きいのだ。個人差はあるにしても、ルキフェールはおそらく2メートルを超えている。私は12歳当時の身体だから120センチほどしかない。チビと言われても仕方ないほどの身長差があるのだ。

 しかも残念ながら、抱きかかえられ、移動している腕から飛び降りて無事に済む運動神経を私は持ち合わせていなかった。むむむ。

 どうせ体育の成績は1か2しか取ったことがありませんよー。ふん!


 廊下ですれ違う人々の奇異の眼差しにさらされながら、到着したのは不思議な部屋だった。

 窓が無く、薄暗い部屋には家具というものも一切置かれていない。床は真っ黒で、なにやら発光する塗料でわけのわからない文字が円形の枠に沿うように一面に描かれていた。

 映画か何かでこれと似たものを見たことがある。

 ・・・魔法陣だ。

 どういった技術なのかわからないけれど、これで彼の屋敷に移動できるのだろう。


「行くぞ。」


 彼の言葉と共に、視界が暗闇に覆われた。驚いてきつく目をつぶる。


(わーーーーっ!!まだ心の準備がっ!)


 そう思ったが、この強引メガネに通じるはずもなく、気がついたときにはすでに移動が終わった後だったらしい。

 思いの外、未知の体験はあっさりと終わってしまった。

 恐る恐る目を開ければ、先ほどの部屋と似たような、でも少し広さの違う部屋にいた。


「そう握らずとも落とさぬ。離せ、服が皺になるであろう。」


 言われて初めて気がついた。どうやら彼の襟元を握りしめていたらしい。

 それにしても、もう少し説明くらいしてくれても良かったのでは?と思う。

 こっちはただの人間で、魔法陣での移動なんて初めてだったのだから。


(このまま首を締めてやろうかっ!?)


 などと物騒なことを思いついたが、今の状況を考えて思いとどまった。

 彼は医者で、私は患者なのだ。せめて、診察が終わるまではおとなしくしていよう。うぐぐぅ・・・。


「なんだ?そのカマドの調節を間違えて失敗した蜷局焼きのような顔は・・・。そうか、わかった。・・・まったく。」


 なにが「まったく」なのか。

 いやその前に「失敗した蜷局焼き」って何のこと?まぁ、メガネのことだから何か馬鹿にした表現には違いない。

 くそーーー覚えてろー!!


(病気が治ったらぎゃふん、って言わせてやるんだから!)


 んー?・・・ぎゃふん、ってなんだろう?

 今時こんな言い方、って言うか、ぎゃふん、って誰が言い始めたんだろう。謎だわー。

 などと、つまらないことを考えていると、人気のない廊下を通ってたどり着いたのはどうやらダイニングルームのようだった。

 彼は私を椅子に降ろすと、頭に手を置いて言い聞かせるように言った。


「私が戻ってくるまでここで待っていろ。おとなしく。・・・それくらいは、できるな?」

「もちろん!できます。」


 外見は12歳でも実際の私は28歳なのだ。

 大人なんですからねー!いい歳をした・・・あ、自分で言って傷ついたなぁ。ぐすっ。


 言い切った私に満足そうに頷くと、彼は部屋から出て行った。


 それにしても、もう少し普通に話すことはできないのか。

 彼の言う言葉には、いちいちいちいち刺がある。馬鹿にされているような気もするし、見下されているとも思う。


(ねえ、お局様、ルキフェール様って前からあんな態度なの?それとも私のせいで・・・私が人間だから気に入らないのかなぁ?)


 彼は上位の魔界人。教育係のアーシュによれば「魔界人は実力至上主義だ」ということだから、7公爵のルキフェールは当然相当な実力者だと言える。その彼がなんの力もない人間ごときに膝を屈するはずもないのは理解できる。

 とはいえ、仮にも私はお局様と身体を共有しているのだ。私への態度はそのままお局様への態度として、周囲に捉えられる。お局様にも失礼だし、なにより彼の立場が悪くなったりはしないのだろうか?


(いや、あやつはエリカが来る前からあのような態度じゃった。エリカのせいではないぞ?)

(そうなの!?だってお局様は魔界で一番偉いんでしょう?なのに、上司に対してあの態度はちょっとないんじゃないかな。)

(妾は魔王ではあるが、今はなんの力があるわけでもない。実質今の魔界を動かしておるのはあやつらなのじゃ。文句を言える立場ではない。)

(んー、それはそうかも、だけど。)


 役に立つとか立たないとか、力が有るとか無いとか。魔王とはそういうもので左右されるような立場なのだろうか?魔界のことはよくわからないが、王政というのは王の子供が王になる制度のはずだ。

 それに、地位があるなしに関わらず、人と人の付き合い方というのは互いを尊重するものだと思う。

 双子とはいえ、サタンとは大違いだ。サタンはもっと優しかった。

 それを言うなら、アーシュも。城にいるたくさんの使用人たちも皆、丁寧だった。

 ルキフェールは完全実力主義で、認められない相手には相応の態度をとるということなのだろう。

 しかし、理解はできてもあの態度は許せない。私も腹が立つし、お局様だって傷ついているに違いない。


(むー、やっぱり、ぎゃふん!って言わせなくちゃね。)


 昔の人が考えた言葉も、なかなか捨てたものではない。

 性悪メガネが「ぎゃふん」と情けなく言うのを想像して、私はニヤニヤと笑った。

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