バアル姉弟についての考察 5
(あぁ、もう自分で自分が信じられない。馬鹿!間抜け!無神経!KY女!もうーーーー!!)
ベッドに身を投げ出し、サンドバッグのように枕を殴りつけながら、私は後悔と自分自身への怒りでいっぱいだった。
(エリカよ、そう自分を責めるでない。)
(だって、私がしたことって最低!)
お局様に今日の出来事を報告しながら、どこまでも自己嫌悪で沈み込む。そんな私をお局様は慰めてくれたけれど、ゼブルに酷いことをしたという事実は変わらない。
(ゼブルに謝りたい…謝らなくちゃだよね。でも、どんな顔で会えばいいかな。どうしようお局様。)
12歳のお局様に意見を聞くだなんて、28歳にもなって情けないことこの上ない。それでも聞かずにはいられないほど、私は追い込まれていた。
(ふむ…謝る必要はないと思うがのう。)
(え?でも、ゼブルはアーシュとのことですごく傷ついてたんだよ。それなのに傷口に塩を塗りこむようなことを言って。そりゃあ、ゼブルがアーシュを好きだったなんて知らなかったけど…。)
悪いのは私で、それをわかっているならゼブルに謝罪しなければならない。
そういう私の考えをお局様は否定するのだ。
(ゼブルが未だアエーシュモーのことを引きずっておるのは、アエーシュモーとゼブルの問題であってエリカに責はあらぬ。ゼブルの心情について質問したとして、そこに悪意はなかった。そうじゃろう?)
(も、もちろん悪意なんかなかったよ!ただその…好奇心っていうか軽い気持ちで聞いちゃったから。だけど、ゼブルが本気でアーシュの事を好きだったならその質問って軽率だったと思うし。だから…。)
(ふむ・・・エリカが反省しておるのはわかる。詫びを入れたい気持ちもあるじゃろう。じゃが、それは謝ることでエリカの気が晴れるからではないか?)
(え?)
お局様からの思ってもみない返しに戸惑う。
(謝ればゼブルは許すじゃろう。いくら自身が傷ついていたとしてもな。謝って許されればエリカの気も晴れよう。じゃが、謝ったとてゼブルの傷が浅くなるわけでも癒えるわけでもない。むしろ、話を蒸し返されて再び傷付くやもしれぬ。それでも話すのかえ?)
そうお局様に諭され、良い歳をした大人としては多少の反発を感じながらも考えてみる。
暴言を吐いてしまったことに自己嫌悪真っ只中の私よりも、お局様の方がどう考えても冷静だったからだ。年齢に見合わない達観とも思える状況分析は、さすが王たれと教育された結果といえるのか・・・?
魔王はゼブルからすれば、言わば上司のようなもの。頭を下げられれば否とは言えない。
それ以前に、ゼブルはやや(??)粗暴だが善良な気質だ。それに、お局様がアーシュのことで自分のように傷つき辛い思いをするのではないかと同情的でもある。そういう心情もあって、謝られれば許してしまうだろう。
それをわかっていて謝るのは、確かに卑怯で自己満足な謝罪なのかもしれない。
(うーん。じゃあ、手紙を書くのはどうかな。そうすれば目の前で私に謝られるよりゼブルも気を遣わないでいられると思うし。一言謝らないと、それはそれで言い逃げみたいで魔王としての誠意が感じられなくて、もっと悪いと私は思うから。)
(ふむ。誠意を示す、という訳じゃな?手紙なら傷つけぬよう、よくよく考えて言葉を選んで伝えることも出来る。良い考えやも知れぬな。)
(よーし、思い立ったら即行動!)
お局様は100パーセント納得したわけではなさそうだけれど、私はとにかくまず謝ってから先に進もうと、手紙を書き始めた。
どういう言い方をしたところでゼブルは嫌な思いをするのかも知れない。けれど、少なくとも今回のことに関して私が悔いていることは伝わるはずだ。あとは同じ過ちを繰り返さず、尊敬される上司…いや、魔王になるのが一番の償いだろう。
手紙を書き終わり、ゼブルへ渡してもらうように侍女に渡す。
別の侍女たちに手取り足取り入浴を手伝われ、全身まるっと洗われてさっぱりグッタリすると、後は泥のように眠ってしまった。
(新しい朝が来た。希望の朝か?)
すがすがしい晴天の光がまぶたを刺激する。
私はベッドから身を起こし、ぼんやりと窓の外を見つめた。
(事態はなにも進んでいません。皆様お気づきでしょうか?)
(エリカ、誰に向かって言っておる?)
(魔界の皆様に、だよ。)
お局様のもっともなツッコミに、珍しく今日はお局様が朝になっても起きていたことに驚く。いつもは私が寝た後にお局様が起きて、私が起きる頃には眠っているのだ。…うん、寝過ぎだよね。
(今日はまだ起きてるの?)
(ふむ、そろそろ先のことも考えなければならぬ、と思ったゆえ、エリカが起きるのを待っておったのじゃ。)
(うん。それは私も思ってた。現状のままじゃ駄目だよね。)
なるほど、お局様も寝てるばかりじゃなくて考えていたのね。私もちょうど魔王としての今後を考えると最近ダラダラしすぎだったな、と反省していたところだった。
電車に撥ねられるという絶体絶命の危機をお局様に救ってもらったうえに、無料で衣食住を提供され早3ヶ月以上。恩ばかりが積もり積もって、このままでは28歳にもなって完全なニートだ。右も左もわからない、常識さえ違う魔界に放り出された私だけれど、準備期間という言い訳はここまでにしてそろそろ恩返しを始めなければと焦りも出てくる。
魔界についての知識はアーシュに教えてもらったし、12歳の体にも城内での生活にも慣れた。
そろそろ次の一歩を踏み出すべきだろう。
(アエーシュモーとシャイターン、この二人でないなら誰に教えを請えば良いのじゃろう?ルキフェールは妾の代わりに政を行っているゆえ、なかなか時間が取れぬじゃろうし…。)
(うーん、教育係も大事だけど、環境も変えないといけないよね。今までお局様の周りってアーシュ以外は全員女性だったでしょう?それって異性を知るチャンスを逃してるって思わない?)
(ふむ、確かにそうじゃな。命題は出生率を回復すること。王が男をアエーシュモーひとりしか知らぬなどとは確かに勉強不足であるな。)
勉強不足はもちろんだけれど、異性をアーシュに絞り込んだ環境だなんて、意図的に仕組まれたものだとしか思えない。
人間もペットなどの動物を交配させるために雄と雌を同じケージに入れて「お見合い」などと称することがあるが、それと同じだ。
つまり、アーシュとお局様にくっついてもらおう、という意図がみえみえなのだ。
切羽詰まった魔界としては当然の対処なのかも知れないけれど、お局様だって相手を選ぶ権利くらいあるだろう。仮に一番のオススメがアーシュなのだとしても、他に選択肢がないのはあまりにも可哀想だ。魔界には何百何千の男性がいるのだから、せめて候補を何人かに増やしてあげることくらいできるはず。
それ以前に、まだ幼体なのだから実際にセック…//ゲホゲホッ。
あうー乙女にはスラッと言えない言葉もあるのよ!
それで、ええと、性的交渉?するにはまず幼体から成体に成長しないといけない。それには数年の猶予がある。と、いうことだから、それまでの間にアーシュ以外の男性も見て「男性もいろいろいるんだな」って知っておいても良いと思うのだ。
物語のお姫様のようにたった一人の素敵な男性と結婚してめでたしエンド!ですむのならいいけれど、お局様は守られていればいいだけのお姫様じゃなくて魔王だ。女性だけでなく男性も含めたすべてを統治しなくてはならないのだ。「男性のことはよくわかりません」などと甘えたことを言って許される立場ではないだろう。
側近であるアーシュやルキフェール、サタンともっと話をして彼らの事を知っておくべきだし、他の7公爵とも直接会ってどんな人物なのか見極めておく必要があると思う。
(他は良いとして…妾はアエーシュモーとも会わねばならぬのか?)
(うん。お局様がアーシュのこと苦手なのは知ってるけど、やっぱり会わないわけにはいかないよ。問題の中心人物だし、お局様の夫の第一位候補みたいだからね。そうじゃなくても魔王を支える7公爵なんだから仲良くしておくべきかな。)
(ふむ、嫌でも王としては必要な事か。仕方ないのう。)
ため息混じりの口調で言うお局様は、そうとうアーシュのことが苦手のようだ。
(うん。私もアーシュに会うのはちょっと憂鬱だけど、一緒に頑張ろうね。)
(なんと!?エリカはアエーシュモーを気に入っておったのではなかったのか?)
驚くお局様の反応に、こっちが驚いてしまう。うーん、私アーシュの事気に入ってるとか言った事あったかな??
いや、無いな。うん。
(そりゃあ、アーシュは優雅な洗練されたセレブで、美人でスタイル良くて格好良いし。あの肩から背中、腰のラインとか綺麗過ぎるよね。あと、外見だけじゃなくて頭も良くて、おまけに人間の私相手にも丁寧に接してくれるくらいできた性格だけど…。)
(随分と誉め倒すのう?)
(イヤ、そうなんだけど!!女にだらしないってところが、私にとっては全てを覆すくらいのマイナスポイントなのよ!!)
(…ほう。)
突然口調に力がこもった私の剣幕に、若干引き気味のお局様に畳み掛けるように言う。
(だって、何人も股掛けするのってどういう感覚なのか理解不可能なのよね!一人の愛情じゃ足りないの?相手の気持ちを軽く考えてるか、自分が相手にたいした愛情持ってないってこと?相手が悲しい思いしても気にしないとか、どういう神経してるわけ?自分に向けられる愛情って、もっと大事にしなくちゃいけないものなんじゃないの?)
(愛情…のう…。)
突然興奮しだした私にお局様が戸惑っているようなので、軽く頭を振って冷静さを取り戻す。
(まぁ、アーシュと私は付き合ってるわけじゃないから、怒っても仕方ないんだけどね。アーシュの過去のことなんて部外者だから関係ないと言えば無いんだし。ただ、交際相手と泥沼三昧なんて悪趣味な人とは今後の友人知人としてもお付き合いしたくないなって事なの。だから、アーシュのことも好きじゃないよ。)
(ふむ。ではあやつの過去の女関係を聞いたあとで評価が下がった、というわけじゃな。)
(うん。地に落ちたわね。)
私もだてに28年も処女をやってない。男性に対する潔癖さは折り紙付きだ。
過去には男性と付き合ってそれなりに親密になりかけた事もある。だが寄って来るのは私のFカップ目当ての男ばかり。純愛思考で、恋人になってゆっくり関係を温めてそれから少しずつ先に進みたいわ、などと言う女はお断りだったらしい。私の胸に簡単に触れられないとわかると、彼らは捨て台詞と共に皆去って行った。
男たちは言った。私が期待を裏切ったのだと。
聞けば、胸が大きい女性は「バカですぐヤラせてくれてエロい」という伝説があるそうだ。
一言、言わせて欲しい。
知 る か !!!
というわけで、不本意ながら鉄壁の守りで処女を守り通した28年。悔いはありません、まる。
悔いなんてないったら、ない!!
グスン。
そんな私だから、エロ目的だけのオスどもは軽蔑と忌避の対象だ。人格者と思っていたアーシュがその第一人者とは信じ難いし信じたくないけれど、それを教えてくれたルキフェールが嘘をつく必要もないから真実なのだろう。
正直に言うと、アーシュにはガッカリしてしまった…。
マゾヒストという性癖以外はまともだと思っていたので、失望感が半端ない。お局様の言うように、私はアーシュに対して好意を持っていたのかもしれない。本気の恋心とまではいかないまでも、小さな芽くらいはあったのだろう。憧れていた、とも言える。
少し前までは毎日見ることが出来たアーシュの姿を脳裏に思い浮かべてみる。
緩くウェーブのかかった柔らかそうな髪は、日本人として親近感を持たずにいられない黒。
赤いルビーみたいな瞳は色に反して穏やかで、けれどもともと垂れ目がちだから微笑むと溶けそうで。宝石と言うよりはキラキラした赤い飴玉に見えて、思わず舐めたく…あわわ、変態入りました、すみませんっ!
あと睫毛がとにかく濃くて長い。外人系?なのかな。少なくとも和顔ではない。だからと言って顔が濃いわけじゃないんだけど目力があると言うか、綺麗で色っぽい。ふむふむ、うわぁ、さすが女性たちをさんざん誑かしてきた実力というわけですかね~なるほど。
色白だけれど不健康さが感じられないのは、たぶん日本人をはじめとした薄っぺらいアジア人体型とは違うからだろう。体型としては白人と言うよりは黒人に近い。スラリとしているのに筋肉のついた胸の厚さやカッチリした肩のライン。腕も足も長いけれど決してヒョロリとした感じではなくて、筋肉質というかある程度の太さがある。
チャンスがあれば水着とかになってもらって、その肉体美をじっくり見てみた…ぐ、ゲホゲホ、ゴホンっ!危ない危ない、つい本音がっ!!
(あーーー、こうしてあらためて考えてみたら、アーシュってすごく格好良い。…それに、綺麗だよねぇ。)
(あやつは7公爵じゃからのう。)
ん?それ、綺麗となんの関係が??
(7公爵だと何かあるの?)
(魔界人の美醜は魔力量に比例するのじゃ。7公爵ともなれば魔界の頂点。ゆえに美しいのも道理なのじゃ。)
へぇー!なるほど。弱肉強食の魔界では地位の高い者ほど強い。そして美しいという訳だ。
言われてみれば、確かにお城の侍女さんたちはわりと平凡な見た目だった。それに反してアーシュはもちろん、サタンやルキフェール、ゼブルは美形だ。魔力が多いか少ないかは私にはわからないけれど、7公爵という支配階級にいるくらいなのだから、魔力もそれなりに多いのだろう。
(それであんなに綺麗なんだぁ。)
(ふむ。エリカはあやつの外見を気に入っておったのか?)
(うん、まぁ普通に美形は好きだよ。それだけじゃないけどね。)
(と言うと?)
(私に優しくしてくれる男の人って、今まで身体目当ての相手ばっかりだったの。でもアーシュは違ったから。下心無く接してくれた…って言うか、あれ?これ私の勘違い?見抜けなかっただけ!!???)
そこでしばし愕然とする。
物覚えの悪い私に、何度でも丁寧に教えてくれたこと。
柔らかな微笑み。
あれって、女を落とすための手管ってやつだったの!?
(・・・・・・。)
(ふむ・・・・・。)
これが、告白する前に失恋した、というやつだろうか。
…ブハッ、痛すぎる私!人生でいったい何回失恋するつもりなのよぉおおお!
ちょっと優しくしてもらったからって好きになるとか、チョロ過ぎる。
いや、そもそもアーシュが優しかったのはお局様に対してであって、私個人に対してではないのだ。
(お局様、私けっこうアーシュのこと好きだったかも知れない。)
(ふむ。)
(まぁ、過去形なんだけどね。)
そう。好きだったかも知れないのは、あくまで過去の話。
私は無差別異性交遊を心から軽蔑するし、他にどんな良い部分があったとしても全部が打ち消されたあげくマイナスに陥るくらいの全否定!
まぁ、あくまで私の好みの話だから、なるべくたくさんの夫たちと子作りしなくちゃならないお局様に私の価値観を押しつけるつもりはない。だって、こんな私の価値観はお局様になって障害になってしまう。成人した暁には逆ハーレムを築いてもらわなければならないのだから。
うん。こう考えると駄目だな私!
やっぱり魔界を救う計画の一端を担うには、かなーり難有りな性格みたいだ。むしろ、計画の邪魔になりそう…ぶはっ。
いやいや、ここで仕事なくなって放逐されても困るから、頑張るしかない!魔界で他に頼れるところもないし、何より魔力がない。弱肉強食の魔界では最底辺を這いつくばって生きる羽目になる。あぁ、その前にお局様の中から放り出されたら、人間の身体が魔界に適応できず弾けちゃうんだった・・・グロ過ぎる。
(お局様は気にしないで良いんだからね!将来アーシュと結婚したかったらしても。あ、しなくても、その…エッチしても良いんだからね!)
(いや、今のところその予定はないぞ?)
(そっか。まぁ、アーシュに会う覚悟だけはしておこうよ、お互いに。)
(そうじゃのう・・・仕方ないのぅ。)
そんなことをお局様と話しながら身支度を調え朝食を食べた私は、意気揚々と部屋を出て歩き出した。
(はて、エリカよ。どこへ向かっておるのじゃ?)
(英気を養おうと思って!)
(英気…ふむ、何やら楽し気じゃのう?)
ぐふふふ!