アエーシュモー・ダエーワについての考察 1
「・・・さま。・・・ね・・・ま。」
んん・・・?
誰かが呼んでいる?
「う・・・んんー。」
「どうか、目を開けてください。」
声は、知らない男の声だ。
その声の主が肩を揺さぶってくる。
「ぐ・・・や、め・・・。」
頭がグラグラする。
やめて、揺らさないで。飲み会が飲み放題食べ放題だったのよ。わかるでしょ?ね。だからね、限界まで飲み食いしちゃったわけ。
揺らさないで、危険だから!満腹の酔っ払い揺さぶるとか、一番やっちゃいけないことなのよ?
あぁぁ~胃が・・・胃が・・・だめだ。
このままでは!!
「う・・・っぷ・・・ううっ!」
「大丈夫ですか!?お気を確かに!」
だ、だから揺らさないで・・・物体エックスが口から飛び出そうなの!
こみ上げる吐き気をこらえる私を、だが男は容赦なく揺さぶり、あげくとどめの一声をあびせた。
「お局様!!」
その時の私は、人生で最高の身体能力を発揮していたと思う。
カッと目を見開き!
稲妻のような早さで素早く上体を起こし!
口から世にも恐ろしい流動物をまきちらしながら!!
男をグーで殴り飛ばしたのだっ!!!
(ああ・・・もう、お嫁に行けない・・・。)
殴られた男は吹っ飛び、床でバウンドし、そのあと4回転前転を披露して壁に激突した。
パラパラとお約束のように壁がはがれ落ちる。
(すごい!あの人、プロのスタントマンなの!?)
か弱い私に殴られて壁まで飛んでいくフリができるなんて、すばらしい演技力だ。
呆然と見つめていると、周囲から歓声が上がった。
「え?」
見回すと、ここはどうやら神殿のようだった。旅行でギリシャに行ったときに見た建物にそっくりだ。おまけに大勢の神官らしき人たちまでいる。
私は、と言えば祭壇のような、まな板のようなものの上に座らされていた。
神官らしき人たちは遠巻きに私を見つめ、近づいてこようとはしない。
(何が起こってるの!?)
どこからか手をたたく音が聞こえたかと思うと、やがてそれは大きな拍手となった。
「え?・・・ええっ?」
何?何に拍手?
ここ、どこなの?
あんた達、誰??
何が何だか・・・。
思考一時停止・・・しているうちに、壁に張り付いていたスタントマン(仮)が動いた。思わずそちらに注目してしまう。
「ふっ・・・ふふふ・・・。」
(何?笑ったの?)
男は立ち上がり、ぐるりと首を回した。ゴキリと骨の鳴る音が聞こえる。
(プロだ。この人、プロだ!)
目を見開いた私を見ると、男は唇と鼻から血を流しながらニタリと笑った。
「ひっ!」
その顔の恐ろしいことと言ったら!
とてもその辺の大根役者とは思えなかった。
いったいいつの間に血糊と特殊メイクを顔に施したのか。
もったいないことをした。見逃してしまった。周囲を確認していて男から目を離したのがとても悔やまれる。
男はそのまま右へ左へとよろめきながらと私の方へ歩いてきた。
血まみれの顔と、笑顔。
身体から漂う汚臭(これは私のせいだけど!)
ふらつく足取り。
ホラー映画の主人公にでもなった気分だ。
「す、ばら・・しい・・・。グッ・・・これほど、とは・・・。」
(すばらしいのは、あなたの方です。)
言い返したかったが、せっかくの演技に水を差しては、と我慢した。
そうする間にも男は近づいてきて、とうとう私の目の前まで来た。
よく見れば血まみれの鼻は折れたように曲がっている。
(いい仕事してる!)
まるで本物の折れた鼻のようだ!
私が感激していると、突然男が跪いた。片膝をつき、優雅な仕草で右腕を胸にぴたりとくっつけた。
映画で見た忠誠を誓う騎士のようなポーズだ。
男は恭しく頭を垂れると・・・決して口に出してはいけない言葉を口に出した。
「ようこそ、魔界へ。お局様。」
私が男を蹴り飛ばしたのは言うまでもない・・・。