シャイターン・ルキフェール兄弟についての考察 まとめ
ーーーーー紫水晶の月・13日 お局様の日記ーーーーー
アエーシュモー・ダエーワが王城を辞し、妾の心に平安が訪れたのも束の間。
よもや、シャイターンまで同じ病に冒されるとは・・・。
エリカはずいぶんとシャイターンに心を許しているようであった。
確かにあやつは心根がまっすぐで、魔界人には珍しく自分を取り繕うことをしない。多少短気で箍が外れるとこちらの声も届かぬほど我を失ってしまったりもするが、平常時であれば優雅に貴族らしく振る舞うこともできる。特に、妾には優しいようにも思う。
エリカが気を許すのも無理からぬ事であった。
エリカはあやつが病にかかったことをひどく気に病んでおるようであった。会いたがってもいた。
妾はそれをよく知っていたゆえ、あやつが「夜這い」とやらに来た夜も抵抗せずに大人しくしておった。シャイターンの様子をうかがいつつ、いつエリカを起こそうか頃合いをはかっておった。しかし、どうやらそれを見誤ってしまったらしく、なぜ早く起こさなかったのか、と目覚めたエリカにしかられてしまった。
ううむ。妾は未熟じゃと再確認させられてしまった。
シャイターンと言えば、あやつに身体を触られた時は未知の感覚にひどく驚いた。しびれると言うのか、こそばゆいと言えばよいのか。悪寒にも似ておるが、それとも違う不快ではない不思議な震えじゃった。
エリカは必死でそれらから逃れようとしておったが、妾はむしろあの感覚がなんなのか追求してみたいと思っておる。
知らぬ事を知ることは、魔王の勤めであり妾の望みでもある。そして成長への一歩である。
じゃが、問題はそのエリカじゃ。あの経験が余程衝撃であったのか、あれ以来シャイターンに苦手意識を持ってしまったようじゃ。
「王子様の皮を被ったロリコン狼さんだったんだー!!」などと、悲嘆に暮れておった。
はて?ロリコンとはなんであろう?それにシャイターンは狼ではなく、グリフォンなのじゃが・・・。言っておる意味はよくわからぬが、心を許せそうな相手を失った心持ちであるのじゃろう・・・可哀想に。
まぁ、どのみちシャイターンの怪我が癒えるまではしばらく会うこともないであろうから、今は望みを心に秘めておこうと思う。
心を許せそうな、といえば、妾としてはルキフェールが適任であると思うのじゃがどうであろう。
あやつは研究に没頭しがちであるが博識ではあるし、おそらく魔界の誰よりも人間の生態についてもよくわかっておる。
世の中に対して等しく興味を持っておるせいか、または研究材料くらいにしか思っておらぬせいなのか、公平で貴族には珍しく身分にも分け隔てが無い。
解剖させてくれ、と顔を合わせるたびに言われるのには少々困っておるのじゃが、仮にも魔王である妾に無理強いをするような男ではないし、解剖されても元の形に戻してくれるのであれば協力もやぶさかではない。痛くないのであれば、の話じゃが。
とはいえ、今のところはアエーシュモーが断固として反対しておるし、エリカと同居もしておるゆえ受け入れようとは思っておらぬ。
そのアエーシュモーは、ルキフェールを蛇蝎のごとく嫌っておる。それというのも、50年ほど前に自分がルキフェールに実験体のように扱われたことを今でも根に持っておるかららしい。個人の好き嫌いに口を挟むわけにもゆかぬゆえ、嫌うなとは言えぬ。
じゃが、そのおかげで魔界人の子孫繁栄の危機においてあやつに原因の一端があるとわかったのじゃから、ルキフェールを嫌うのは間違っておるようにも思える。逆恨みではないのか?ルキフェールは先代魔王から命令されて仕方なくアエーシュモーの検査を・・・いや・・・ルキフェールならば嬉々として実験に使うたのやも知れぬ。そう思えば哀れ、アエーシュモー・ダエーワ。
と、するならば「ルキフェールを恨むな」と言うのは妾が実際に被験者でなかったから言えることか。
妾は話に聞いておるだけで当事者ではない。妾が身体を刻まれたわけではないし、幼体の妾には成人男性であるアエーシュモーが性的欠陥をつきつけられることがどれほどの屈辱だったのかを知るすべはない。
妾が女じゃからか?それとも幼体であるためか?
そういった理由でアエーシュモーの気持ちを理解できないだけなのであろうか?
魔王であるからには臣下を把握しておかねばならぬ。そう思うのじゃが、妾にはどうにもあやつが理解できぬ。
アエーシュモーは側近で、生まれてから一番多くの時間をともに過ごした相手でもある。誰よりもわかりあえる、そういう相手になれるはずであった。おそらく周りにもそう望まれていた。
しかし、実際はどうじゃ。
熱が感じられない茫洋とした視線も、美しいだけで表情ひとつ変えぬ能面のような顔も、慇懃ではあるが感情を含まない声も、妾には相対することが苦痛でしかなかった。
理解しようとする前に、向こうから拒絶されていた。
だから、仕方ない。妾は、そうやって諦めておった。
エリカが来てからはその態度も一変したが、手のひらを返したかのような変化は不気味であった。妾はどうにもあやつが信用できない。急に歩み寄るようになったその変わりようは受け入れがたい。真意が読めず、警戒し続ける緊張感からあやつを側に置くことが苦痛じゃ。
あやつが病に倒れ、会わずに良くなったと聞けば喜びさえした。
そんな薄情な妾に比べ、エリカは仏か菩薩のようじゃ。
本性を現しルキフェールの屋敷をおとずれたアエーシュモーを、その広い心で受け入れたのだ。
あやつの姿を見て「悪魔のようだ」と怯えたのはほんの一瞬。
抱きしめ頬ずりをし、接吻を浴びせるなど、妾にはとうてい真似できない方法であやつを歓迎したのじゃ。
正直、その時妾はエリカのすることが理解しがたかった。
なにしろ相手はあのアエーシュモーなのじゃ。
エリカは実家で飼っているという猫を重ねてみていたようじゃが、アエーシュモーは断じて猫などという可愛らしいものではない。確かに金の瞳は猫のように縦に割れているが、あれは猫というよりむしろ蛇や爬虫類のたぐいと同じ眼。得体が知れぬというか、寒気のするような嫌悪感とでも言おうか。
そんなアエーシュモーを、エリカが「連れて帰りたい」と言い出したときには正気を疑った。妾は昼間の数時間ですらアエーシュモーを側に置くことが耐え難く、エリカ任せにして意識の奥に身を潜めているというのに。加えて同じ部屋に住まうなど言語道断。身の休まる暇すらないではないか。
幸いアエーシュモーがあの姿では口をきけなかったゆえ了承されず事なきを得たが、あれには寿命が縮まる思いだった。
エリカは優しく寛大で、恐れを知らず、途方もない勇気がある。
まったく尊敬に値する人物じゃ。
妾もエリカを見習い、いっそう精進するとしよう。