異変
夕方。缶コーヒーを飲みたくなったのでドアを開ける。外は曇天で、地面はアスファルトで、全てが色を失ったようだった。
自販機のある交差点で違和感が覚えた。灰色の交差点を音もなく、何台もの車が通り過ぎていく。信号機は青色でも赤色でも、黄色でも無く、どこにも明かりが灯ってない。違和感はこれだった。停電したのだ。
国道を渡ってみる。向かいのコンビニは照明が全て落ちていた。自販機は正常に動いており、アパートにも異常がなかったところをみると、国道を境に停電は起きていると思われる。駐車場にオバサンが何人か集まり「‐‐もダメみたい」、「困ったわねえ!」と井戸端会議中。原因は何だろう。昨日まで降り続いていた雨だろうか。しかし長雨であっても、雷を伴うものではなく、どこかに落ちたという報せもない。
自販機の前に戻り缶コーヒーを買う。隣の新築の家の庭先で、女の子が何かを待っているように、鉛色の空を見つめていた。何かが起ころうとしているのか?彼女たち児童は夏休みに入った。子供たちからすれば、永遠とも思えるほど長い休みに。
部屋に戻って明かりを点ける。二つの電球のうち一つが点かない。たまには二つ点くこともある。こういうどっちつかずの状態であるから、ついそのままにしてしまう。
ピンポーン!自治会やら保健福祉課やらの人間が訪れるのは夕方である。アパートの窓から明かりが漏れていれば、在宅である動かぬ証拠と行くわけだ。私はパソコンの前に座っている。ドアを開けてやるつもりはない。明かりを点けたまま出かけている可能性もあるはずだ。本当に留守かどうか、それを知っているのはその部屋の住人のみである。・・・ピンポーン!隣のインターフォンが鳴った。来訪者は諦めたらしい。
ガチャリ。食器を洗っていると、いきなりドアが開いた。カギをかけ忘れていた。開けたのは中年女性。彼女はハッとして「ごめんなさい!」とドアを閉じた。私は彼女のフルネームを知っている、先月隣に越して来た。なぜ知っているのかといえば、彼女の郵便が誤って私の部屋に配達されたからだ。それに加え、前の職場で彼女のお宅を訪問したことがあった。対応したのは彼女の母親だったが、彼女のフルネームをそこで知った。我々には不思議な縁があったのかもしれない。しばらくして、彼女は一か月足らずで引っ越してしまったが。
それ以降、食器を洗う時は鍵を開けるようにしている。誰か、例えば昔の飲み友達(女性)が入ってくるかもしれない。
‐‐‐当たり前のように入ってきたその女性は、飲み物が入ったグラスを二つ持ってきて、食器を洗う私にピタリと体を押し付けてきた。「ねえ、ヒマなんでしょ」媚びた目つきでグラスを渡す。「いや、終わったら出かけなきゃならないんでね」、「ええ、泊まろうと思って来たのに」。彼女には目もくれず食器を洗い続ける。「本当つまらないヤツ」彼女に恥をかかせることになったとしても、何とも思わなかった・・・
妄想でも現実でも大体こんな具合だ。女性の前で変に見栄を張ってしまう。いや、臆病なだけだ。昔の飲み友達(女性)はよく私に色目を使っていたのだった。
腹が空いた。独りだと腹が空いた時が食べ時である。準備しようとしたら、急に照明が明るくなった。沈黙していた電球に灯りが灯ったのだ。
ドン!ドドン!夜空を劈く轟音にビクリと体が反応する。すぐにそれが、夏祭りの花火だと気が付く。会場はあの女の子が見つめていた方角。今夜は夏祭りだったのだ。パソコンの前で食べ始める。ドン!ドン!ドン!とんでもない大音声がしばらく続いた。パソコンの画面には、いつも花火より興味深いものが映し出されている。今夜だけではない、三百六十五日、年中無休で。
女の子は花火を観に行ったか、家の庭先から観ているかの、いずれかだと思う。




